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5章 くノ一異世界を股にかける!

19 その名はリム

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 ただそれはこの世界の話である。
 レベル百のプレイヤーからすれば――


「お待たせしまシター! 遠からん者は音に聞ケ、近くば寄って目にも見ヨ! ―【舞楽術】詩歌管弦しいかかんげん 清浄なる調べ―」


 ギターをかき鳴らしその場に登場したのはステファニーだ。
 彼女の安らかな音色がモンスターたちの大進撃の足音も戦場の悲鳴も全てを掻き消し響き渡る。


「て、手が動く!」

「お、俺は助かったのか……」


 するとコカトリスに石化されていた者や他のモンスターの毒などに汚染されていた者たちが正常な状態に戻っていく。
 しかも命の危険を孕んだ緊張と憎しみの死地で気分はすこぶる晴れていった。


『シャア!!』

「ふっ!」


 そんなステファニーをサンドサーペント大砂蛇たちは排除しようとする。
 目に映らないようなスピードの噛み付き攻撃を彼女は跳んで避けると、


「―【舞楽術】打壊だかい― デース!」

 
 サンドサーペントの首に上から強烈な足技を炸裂させ、そして彼女の数倍はある巨体が一発でぐったりとなって息絶える。


「す、すごい……」


 騎士たちは強くなった自分たちですら手こずる相手を一蹴するステファニーさんの姿を網膜に焼き付けた。


「さぁここからビートを上げていきマスヨー! ―【舞楽術】詩歌管弦 三重奏―」

 
 ステファニーはさらにスキルを発動させる。
 ギターを奏で、歌を紡ぎ、足で韻を踏む。彼女の十八番であるバフの三重掛けだ。
 他の人間には見えないメロディーラインが三つステファニーの視界の前に現れ、それを全て同時進行で弾いていく。
 一つ一つはそこまで難しくはないが三つ同時となるとこれが出来るプレイヤーはそうはいない。
 さっきまでのリズムと打って変わり、今度は心が高揚し湧きたつような音が戦場を駆け巡り支援のバフ効果を与える。
 それは物理的にこの場にいる全員に物理的な力強さを付与した。


「これは――よし、反撃だ!! 教会騎士団ジルボワの意地を見せろ!!」

「「「おおおおお!!!」」」


 体が熱くなり反抗のキッカケを迅速に嗅ぎ付けたグレーが激を飛ばし、千を超える騎士たちがそれに応える。
 彼方らが駆け付けたことにより戦場に非常に大きく変化をもたらせた。
 彼らがヘイトを買い一騎当千の勢いで数秒ごとに数十のモンスターを屠り、抜け出た者たちも騎士たちが確実に処理していく。
 もちろん鈴鹿御前や自動人形たちの奮戦もある。
 休める場面ではないがそれでも事態は防勢から攻勢へ、特にプレイヤーたちの奮戦はすさまじくモンスターたちの亡骸も万を超え徐々にリポップも少なくなってくる。
 確実に戦局はぐっと人間側に傾いていった。
  
 そして――


『エネルギー充填限界だ』


 ついに葵と戦った自動人形オートマトンが声を上げる。
 それはこの場にいる全員の念願の瞬間だった。
 ゴーレムたちはパチパチと口から漏れ出るエネルギーを上空に見上げる。


『撃て!』


 その命令と同時に全てのゴーレムたちから特大のエネルギーが空の一点に向けて放出された。
 カッシーラの城壁を壊した時よりもさらに強烈な一撃。それが四つ。
 恐ろしいまでの稲光が地上から空へと昇り、そのエネルギーは一瞬で先ほどの着弾点に到達し強固な結界とせめぎ合う。
 耳を塞ぎたくなるような凄まじい音が聞こえるが不可視のシールドを破るにはまだ足りなかった。


「そんな!?」


 セラが空を見上げ絶句した。
 現状、これが彼女たちに持ちうる最高の威力だった。
 これで破壊出来ないとなるともはや夢は潰え、後に残るのはリムへ反抗したという事実だけ。
 そうなれば十中八九、リムはセラたちを許そうとせず報復として街の一つや二つ簡単に蹂躙することはたやすく想像できた。

 だがそこでペルセウスが動いた。
 空に浮かぶ船から主砲のビームが発射されたのだ。
 それはゴーレムたちに匹敵する威力で一点集中に加わる。
 五つの集中砲火はもはや世界観が違うと言わんばかりに苛烈に放出され続けた。

 ピシ……ピシ……ピシピシピシ……

 やがてまるでガラスにヒビが入っていくかのような音と亀裂が生じその速度は加速度的に増していく。
 そしてついにその瞬間が訪れた。
 断絶の壁ワールド・エンドと呼ばれ約千年、この大陸を覆っていた不可視の壁が壊れさっていくのだ。
 透明の壁が崩れても視覚的には大して差はない。しかし大陸中にいた人々全員が何かから解放されたような気分を感じ、これこそが本当の空なのだと不思議なシンパシーで確信を得た。


「や、やった……ついに……!!!」


 セラは晴れやかな気持ちで本当の空を眺めた。
 いや彼女だけではない。他の騎士たちもモンスターでさえもその奇跡に戦いを忘れ呆然と空を見入った。

 そうしていると空から光が差す。
 まるで祝福しているかのような光であったがセラたちはその中に人影を見つけ眉間に皺を寄せて注視した。
 その人影は光の柱から抜け出ると上空に浮かぶ。
 見た目は黄金のマネキン。ただし背中に羽があり雰囲気は人のものではなかった。
 それが眼下の彼女らを見据える。


『人の子らよ。我が名はリム。女神リィム様に作られこの世界の管理を預かりし者』
 
 
 その声は不思議なことに頭に直接聞こえ、大陸全ての人間に伝わっていた。
 千年、この世界を裏で操り外界と途絶させてきた黒幕のお出ましだった。


□ ■ □

「あれがリム?」

 
 ペルセウスのブリッジモニターに映る人影に私を含めみんなが注目していた。
 ようやく空の壁を破壊したと思ったらついに親玉の登場だ。そいつの一挙手一投足を警戒して見るしかない。


「せっかくいいところやったのに水差すなぁ」

『ホンマやで。何のために今更出てきたんか知らんけど大人しくしとけっちゅーねん』


 美歌ちゃんの台詞にテンが相槌を打つ。
 若干、部外者の立ち位置の私たちからしたら言いたい放題だ。


『人の子らよ、何ゆえリィム様が施された結界を壊した?』

「もう嘘で塗り固めるのが限界に来ているからです! 戦争を企む国だけはなく、外の世界に目を向ける人々や画期的な発明をする才能ある者たちをあなたは自分の都合のいいように抹殺を命じてきました! 千年私たちはその閉塞感に耐えてきましたがそれも限界なのです! これからは外に目を向けなければならない! だから壊しました!」


 リムの問答に答えているのはセラさんだった。
 相手が相手だけに彼女も緊張しながらもハッキリと胸を張って『敵』を見据えている。


『外の世界がどうなっているかも知らずにか?』

「えぇ知りません。ですからこれから知るのです」


 確かにそれは未知数だ。
 外がここ以上にひどいモンスターがいたり、訳の分からない環境になってたりする可能性はある。
 でも外があると知ってしまったら見たくなるのが心理だと思う。
 世界が広がればそっちに目が向くし余計な争いもなくなる。新しい発見がある。苦難はみんなで乗り越えていけばいい。


『お前たちはリィム様のおかげでそうして繁栄出来た。それを蔑ろにするつもりか?』

「確かに魔術や天恵といった能力はリィム様によるものです。そのおかげで魔物たちがはびこるこの世界で私たちは生き永らえてきました。けれど子供はいつか巣立つものです。いつまでも籠の鳥ではいられない」

『では反旗を翻すというのだな?』

「いえ、あなたやリィム様と敵対する気はありません。ただ飼われるだけでは我慢出来なくなっただけです。どうかこのまま黙って見過ごしてはもらえませんか?」

『……』


 リムが目を閉じ沈黙が流れる。
 あくまであえて敵対する気はないと伝えた。それについてリムがどう反応するのか、全員が固唾を呑んで返答を見守る時間だ。


「大人しくするならこれで終わり。そうでなかったら……」


 ブリッジにいるジロウさんがポツリと漏らす。
 二者択一。反逆ルートで敵となるか、それとも和解ルートで味方となるか。
 もし敵となるのであれば彼方さんたちはこの世界の神様みたいな存在と対決しなければならない。
 そうなれば私たちの立ち位置はどうなる? 意外とここでリム側に付くという裏切りルートの選択肢もあったりするのだろうか。
 
 もどかしい時間が過ぎ、やがてリムの双眸が開いた。


『リィム様に逆らう罪、万死に値する!! よくも――やってくれたな!!!!』


 途中までは不思議な雰囲気があったリムが一気に憤怒の形相に変わり睨め付ける。
 さらに彼が手を振ると、突如モンスターたちの死体が震え出す。


「な、なんですかこれ!?」


 あまりにも異様な光景にセラさんだけでなくその場にいた全ての者が今度は視線を地面に下ろした。
 それだけではなく死体となったそれらから光る魂のようなものがリムへと集まり出す。
 見ようによっては蛍の光のように綺麗な光なのだが、なぜかうすら寒さが背筋をぞっとさせ微動だにすることが出来なかった。


『異世界人たちが集めた魔石とここにある魔石。これだけあれば異界の王を呼び出すことも可能となった』


 よく目をこらすとそれらは魔石だった。万を超える数の魔石は集まり徐々に何かの形を作っていく。
 それはゴーレムなんて目じゃないほどの大きさだ。ざっと東京タワー約三百メートルほどのでかさ。
 一体何をするつもり?


『私は戦闘能力を持たない。その代わりリィム様に魔石を使用した世界の管理能力を与えられた。この場にいる魔物たち、それと今まで異世界人たちが捧げた魔石を使用し私自身の体を触媒とする』


 なんだって? 今、私たちが捧げた魔石って言った? それを使って世界を管理する?
 つまりそれって私たちが能力と引き換えにメニューから『奉納』してたのがあいつの力になってたってこと?


『―【八大地獄】無間衆生むかんしょうじょう―』

 
 いきなり聞き慣れない声が大陸中に響き渡り、初めて見たはずのこの世界の本当の空が逆再生でも見ているかのようにやや黒み掛かったベールに閉ざされていった。
 

「【八大地獄】? え、なにそれ?」


 美歌ちゃんが訳が分からなさそうに眉をひそめて私やジロウさんに意見を求めて振り返る。
 けれど私もジロウさんも一緒に顔を横に振った。
 そう、
 ここで八大災厄が登場するかもしれないのは確率が低いながらも無くはないと思っていた。
 でも【八大地獄】なんていう知らない術を使う災厄が出て来るのは想定外だった。

 八大災厄は八つの地獄と人間にとっての災厄をモチーフに作られた大ボスたちのことだ。

 【毒】土蜘蛛姫
 【氷】霙太夫
 【地震】大鯰権現おおなまずごんげん
 【雷】雷童子
 【風】鞍馬の天狗将軍
 【火】火炎ノ皇子
 【水】絡繰りオロチ
 【蝗害】千鬼夜行

 それぞれに属性と特徴があるが、この中で【八大地獄】という術名の者はいない。
 
 光はやがて色付き始め一人の災厄へと塗り替わる。
 そこに現れたのは法衣のような道服の衣装を着て顔は鬼の形相、つまり冥界の王――『閻魔大王』だった。


「やっぱり見たことない!」


 閻魔大王というモンスターは雑魚だろうがボスだろうが大和伝には登場しない。
 いくらリムが大和伝のボスを呼び寄せることが出来るとしたって、いないモンスターを作り出せるというのはおかしな話だ。 
 一体どういうことかと考えていると先に動いたのはリムだった。
 

『数が多くていけないのというのであれば私が間引いてやろう! 万年反抗する気が起きないようお前たちの数が半分以下になるまで処理してくれる!!』


 閻魔大王の体をした巨大なリムが腰に提げた曲刀を振る。
 大きさだけで百メートル以上はあり、動かすだけで豪風が巻き起こるほどだ。


『潰れて後悔しろ。―【八大地獄】石磨崩落せきまほうらく―』


 刃先が地面に激突すると同時に文字通り地面が割れた。
 数キロに及ぶ大きな亀裂が無数に走って地面が陥没し、残ったモンスターたちを巻き込んでいく。
 まさに天変地異。これまでの八大災厄よりもさらに規模が違い過ぎる。

 そして地割れからはまた魔石が浮遊しリムに吸収されていく。


「ひどい……」


 空から見ても地割れの底が見えない。
 おそらく今巻き込まれた人たちは助からないだろう。それにモンスターだって命ある生物だ。目的を持って倒さないといけないのと無残に弄ぶのは違う。
 だけど今それよりさらに気になるのは、


「今、石磨崩落せきまほうらくって言った!?」

「確か、大鯰権現の術だぞ?」


 ジロウさんが私と同じ疑問を持ってくれた。
 そう、地面を割ったのは八大災厄が一つ、地震の化身である『大鯰権化』が使う術の名前だ。


『お前なんかお呼びやない! いてまえ! 大通連、小通連!』


 モンスターを倒しに倒しまくって興奮しているのかハイになった鈴鹿御前が果敢に挑む。
 二刀を射出し、自分もそれに追従してダッシュする。
  

『灰になって大地に還れ。―【八大地獄】焼尽大熱波しょうじんだいねっぱ―』


 呆気に取られそれを注視しているとどこから取り出したのか青い火が点いた呪符のようなものをリムが取り出しそれを放り投げる。
 それが地面に触れた瞬間に業火が巻き上がった。
 炎の大津波とでも言うべきか、二十メートルはある蒼炎が舐めるように鈴鹿御前に襲い掛かる。


『あ、ああぁぁぁぁぁぁ!!!』


 一瞬で鬼姫は飲み込まれた。
 上から見ていてもやばいけど、地上にいる人たちからしたら視界一面が炎だ。誰も動けやしない。
 さらに業火はそれで止まらず騎士団を蹂躙する。


「セラ! みんな! 逃げてぇ!!」


 教会騎士団の面子の中で唯一、船に残っていたハイディさんが叫んだ。
 

「やらせない! ―【刀術奥義】次元斬り―」


 その中でただ一人、行動出来たのは彼方さんだった。
 彼は一人前に出て鞘走る究極の斬撃を放つ。その術の威力は次元すらも切り裂くとされすさまじい狂火すらも切り裂いた。
 が、彼一人の攻撃では熱波の一割程度を防ぐのが関の山。
 セラさんたちは助かったものの無残にも彼方さんと離れていた騎士や自動人形たちはあっという間に飲まれていく。


「……!! ……!!」


 阿鼻叫喚も刹那の間のみ。炎が通り過ぎた後には金属の鎧すらも解け僅かな黒炭しか残らなかった。


『が……が……こんな……もんに……わえが……!』


 熱河に晒された中で唯一生き残っていたのは鈴鹿御前。
 けれど服どころか肌も炭化していて痛々しい。
 少しずつ傷が修復しつつあるようでよろよろとしながら立ち上がろうとするが――


『潰れろ異世界の鬼よ!!』


 リムは曲刀を無残にも振り下ろした。
 避けられるタイミングじゃない。しかも大質量。


『……!!』


 大地を砕ける威力に鈴鹿御前は断末魔の悲鳴すら上げることも出来ずに虫のように潰された。
 嘘、あの鈴鹿御前がまさか一瞬で……!? 


『ゴーレムたち。あれを打ち倒せ!!』


 いち早く彼方さんの次に動いたのは私がカッシーラで戦った自動人形だった。
 その指示により四つの稲光がリムに向かう
 充填率は低い。さっきの壁を壊すために限界以上のエネルギーを使った影響もあるんだろう。
 けれど四つも合わさればフルパワー一つ分にはなる。

 だが――


『―【八大地獄】大氷壁―』


 リムと同じ三百メートルほどの超大な氷の壁がせり上がり四つの雷光を防いだ。
 今度は霙大夫の術だ。
 壁というかもはや山。サイズ比からしてあの必殺のはずのエネルギー砲すら静電気程度にしか見えなかった。
 氷壁はすぐさま消え無傷のリムが現れる。


「これってまさか……八大災厄全ての術を使えるってこと!? しかもでかさも規模も桁違い……」


 ハッキリ言って勝てる気がしない。
 だってそうじゃない。向こうが人間のサイズだとしたら私たちの大きさなんて親指ほどしかない。
 私たちがいくら人間離れしていようがあの超巨大生物に毛ほどの傷を付けられるのかも怪しい。
 てかなんなのよあのチートボスは!!


断絶の壁ワールド・エンドを破壊してくれた借りを返そう。『―【八大地獄】僧法圧風そうきょあっぷう―』」


 発現するのはしゃぼん玉のような空気の塊。
 音も無く空似浮かぶ雲が割れる。
 それが頭上から降り落ちゴーレムたちを飲み込んだ。
 
 ギギィィィィィィ!!!

 耳を塞ぎたくなるほどの擦り切れる金属音が響く。
 私があれほど苦労したゴーレムが見えない力に押され搾られ圧壊されていく様はもはや恐怖だ。
 やがて収まったかと思うとゴーレムたちは元の原型など分からないほど見るも無残な姿に圧縮されていた。


「あ、あれがあんな簡単に!?」


 私以外にあのゴーレムの強さを知る美歌ちゃんがその光景が映るモニターに怯えていた。
 これはテレビじゃなくリアルタイムで私たちのいるすぐ傍で行われている蹂躙なのだから気持ちは理解出来る。
 たった三つの攻撃術だけで千以上はいた騎士団や自動人形たちがほぼ壊滅し、その数はもはや百人を切っているのだから。
 彼らは単なる有象無象じゃない。一人一人が最低でもレベル三十から四十程度はあったはずだ。それが一分かそこらで全滅と言っていいほどのダメージを受けた。
 仮に八大災厄であったとしてもここまで強くないだろう。完全に八大災厄をさらに超えた強さなのは明らかだった。

 そこにメニューに変化があった。
 通信だ。恐る恐るそれをタップすると私の目の前にビデオチャットが開く。

 そこに現れたのは――
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