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1章 見知らぬ世界にくの一'葵’見参!

14 たぬき親父との化かし合い

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「ふわぁ~おはよう~」

『おはう~』


 この世界の人たちの朝は早い。
 蝋燭やランプなどの照明器具があるものの、電気のように安価ではないので夜遅く営業する酒場のようなお店や夜の見回りをする兵士のような人を別として、日が落ちてから数時間で眠りにつくのが一般的だ。
 お酒や音楽など以外に手軽な娯楽が無いのも起因しているかもしれない。
 だから目覚めも日の出が基本となるし、それに合わせて朝食の時間も決められている。

 つまり、私も早起きを強いられるのだ。


「こう毎日毎日、早起きというのも新鮮だよね」


 強いられると言っても、読む本もするゲームも無いので勝手に早寝早起きの習慣が付きつつあった。
 この体は寝付きや寝起きがとても良いし、たぶん逆に三日ぐらい徹夜しても全然平気っぽい。
 睡眠時間的に不満は無いけど、朝早くに起きるというだけで偉くなった気分だ。

 さっそく寝巻きの浴衣からいつもの装備へとウィンドウを使い変更する。
 木製の窓を開き外を覗くともう町はとっくに起きているようで、そこらかしこからやや控えめでゆったりとした人々の気配が届いてきた。

 この部屋も気に入っていた。なんだかんだアレンたちと別れてからすでに五日ほど経っていて、少しずつ自分の部屋みたいに愛着が湧いてきている。
  
 着替えが終わり階下に降り、井戸で顔を洗うと給仕をしている女将さんに挨拶をするのがもうルーティーンだ。


「おはようございます」

「はい、おはようさん」


 朝日が昇ると同時に起きて食事の準備をし、昼間はシーツや枕を洗い、また夜には夕食の準備。
 誰よりも早く起きて誰よりも遅く寝る、個人営業の宿屋というのは本当に大変そうだ。
 なのにこの女将さんはいつも屈託のない笑顔で私たちお客をもてなしてくれる。


「今日のスープは何ですか?」


 まだ空いている椅子に座ると、テーブルの上に配膳されたのは白くどろどろしたシチューとパン、サラダだった。パンは三つまでならおかわり自由だ。
 

「牛飼いの乳売りがきたんで麦のミルクシチューだね。嫌いかい?」

「いえ、頂きます」


 ぶっちゃけ見た目が美しくないので躊躇しているのがバレたらしい。
 意を決して木のさじですくう。ふやけた麦が入っていた。オートミールか食べるのが遅くて牛乳にふやけたシリアルみたいな感じだ。鼻に近づけると確かに牛乳の匂いがする。
 しかし思ったよりも匂いは薄くてなんでかな、と疑っていると、


「匂いを消す葉っぱを入れてるのさ。そうじゃないと食べられないお客さんが出てくるからね」

「ほいひいへふ」

「食べてからしゃべりな」

「おいしいですよ」

「そりゃ良かった」


 肩を竦めてキッチンへ戻っていった。
 社交辞令はお見通しかな?

 ちょっとクセがあって馴染みがないしお世辞にも好きとまではいかないけど、たまになら食べられる味だ。
 正直、味がどうこうというより、献立の大半がシチューかスープとパンというのを何とかして欲しいところではある。
 日本で食べていたような柔らかいパンはなく、やや固いパンばかりなので、ふやかすためにシチューやスープが必要になるんだろうけど、和食が恋しくなってしまうんだよねぇ。
 

『うまうま』


 ウィンドウを操作して豆太郎の視界を盗み見ると、部屋の床で私が雑貨屋で買った木の皿に入れた『ペットフード』を満足そうに頬張っているところだった。
 そっちの方がおいしそうで気になる。
 さすがにちょうだいとは私からはお願いできないけど、味がついたビスケットみたいな見た目だし食べても問題なさそうだ。
 いや言えないんだけど。


 食事が済むと冒険者ギルドへ顔を出す。
  すでにガルなんとかたちのことは噂になっており、冒険者たちが憶測で面白がっているのが聞こえてきた。
 その視線のいくらかが私に突き刺さる。

 聞き耳を立ててみると、私がやったんじゃないか、とか以前からいじめてた誰かから復讐されたんだろうとか、色々な説があった。
 それでも彼らの負傷具合から刃物傷が一切無く全て殴打や打撲ばかりで、また大勢による痕跡というのも発見されなかったため、相当な手練れが犯人だというのが推測されているようだった。

 中には私が絡まれた腹いせに金で暗殺者でも雇って闇討ちさせたんじゃないか、とか話すやつもいたけど、私の経済状況知ってんの?
 そんなのに使う余裕あったら貯金してるわ。

 でもまぁ証拠も無いし、仮に何か言われても先に手を出したのは向こうだし問題ないでしょ。
 それが私の持論だ。
 よっぽど素行が悪かったのか、会話の多くはざまぁみろと喝采するものばかりだった。

 一応、この数日でそれなりに稼いではいた。
 今手元にあるお金は金貨二十四枚、銀貨三十枚、銅貨十七枚だ。
 どやぁ、って感じ。
 ついでに魔石ポイントなるのも『6』まで貯まっている。残念ながらここまできても新しいスキルはもらえなかった。

 そろそろ一日ぐらい休日を作ってもいい気はしているんだよねぇ。


「アオイさん」


 ふいに呼ばれた声は、あのガルなんとかに絡まれた時に一人助けてに来てくれた女性職員の『ジェシカ』さんだった。
 あまり職員と冒険者が仲良すぎるというのは良くないらしいけど、同じ女性同士なのと私が年齢がやや低く見られがちなのでそこは黙認されているらしい。
 それに一人でそれなりに稼いでいるのは、多少なりとももう噂にはなっているとか。


「おはようございます」

「おはようございます。頑張ってますね」

「ぼちぼちと」

「でも一人なんだし決して無理はしたらダメですよ? それにアオイさんには圧倒的に知識と経験が足りないんですから」


 彼女に指摘された通り、依頼によくある指定の素材や、特定の魔物の討伐というのはなかなかに大変だと実感していた。
 広大な土地から、落とした糞とか毛とかの手掛かりを元に住処を探し出す知識が私には持ち合わせていなかったからだ。
 だから例えば『○○の毛皮が欲しい』という依頼を受けても期日までに納品できるか分からないので、軽々に受けられない。
 依頼ではなかったんだけど、一度それで失敗していた。もう笑い話だね。

 ただ出会った魔物は適当に倒してウィンドウに貯めているのでそのうち該当する依頼に当たるかもしれないし、それでいいかなというのが今の心境だ。


「どうかしました?」


 ジェシカさんの表情はどこか固く神妙な顔つきだった。


「もうご存知ですか? ガルドレアさんたちのことですが。何者かに襲われたらしくて、現在重症で入院中なんです」


 あぁそんな名前だったかな。
 ご存知もなにも原因は私だからね。


「知ってますよ。みんな噂しているみたいですし。そういや魔術ですぐに治ったりしないんですか?」


 これはちょっと気になってた。
 もしすぐに復帰してくるなら何度でも心が折れるまで闇討ちするしかないし。


「えぇ魔術にも限度があるようで、普通の切り傷や打撲程度ならすぐに治りますが、内臓や骨まで怪我が達している場合は自然治癒力を高める程度しかできないそうです。あと部位欠損などもよっぽどの治癒術師ハイヒーラーですら一部分の復元しか叶いません」

「へぇ」

「例えば貯金がある場合や、無くてもギルドへの貢献度が高い方であれば出世払いという形で貸しにして高名な方をお呼びすることもできますが、彼らはそのどちらにも該当しませんでした。だからゆっくりと傷が癒えるのを待つしかないでしょうね。こう言ってはいけないんでしょうけど、ほっとしたところもあります」


 職員としては客が減ったのと問題児が片付いたのとを天秤に量って、いなくなった方が良かったという感じかな。
 しばらく静かになるならそれでいいよ。
 また変なことしようとするなら同じ恐怖を味合わせてやるだけだし。


「まぁあの人たちがどうなろうと私にはあんまり関係ない話ですね」

「そうですか。そうですよね。すみません。あと別件なんですけど、ギルド長があなたを指名してお話があるそうなんです。今お時間大丈夫ですか?」


 あまり大きな声量じゃなかったので全員に聴こえてはいなかったが、周りにいた何人かは目ざとく反応していた。
 それほどギルド長からじきじきの話というのは珍しいのだろうか。
 「犬女が?」とか侮るような声が耳に入ってきてちょっとイラっとした。間違ってはないけど他に呼び方ないの?
 やっぱり私は目立つようで影で『犬女』と呼ばれているのは知っている。

 それはともかく、


「私、何かしましたっけ?」


 心当たりがあるような無いような。ガルなんとかさんの件は犯人が私とは知られてないはずだけど。


「いえ、そういうわけじゃないと思うんです、たぶん。ごめんなさい私もあまりよく知らなくって。とりあえず呼んで来て欲しいと頼まれただけなんです」

「そうですか。ちなみにギルド長ってどんな人ですか?」

「そうですねぇ。実務的というか、合理的な人ですね。ただそれだけじゃなくて、たまに伸び悩んでいたり怪我をした新人の冒険者たちと面談をして励ましたりもしているみたいです。ひょっとしたら今回もそうかもしれませんね。私たち下の者にも気を掛けてくれますし評判は高いです。あとお酒に強いです。飲み比べで負けたことが無いのが自慢だとか」

「ふぅん、分かりました。行きます」

「ありがとうございます。部屋は二階です」


 にっこりと微笑まれながら案内されるのは未だに訪れたことのない階段の上だった。
 上の階はギルド長の部屋の他に大人数の会議室とか、上級冒険者だけが使える部屋があるらしい。
 そういう特権を与えることで競争心を高めるんだって。


「こちらです」


 上がって一番奥の部屋の前で足が止まる。
 とんとん、とジェシカさんがノックをすると「入ってくれ」と男性の声が小さく扉越しに伝わってきた。


「失礼します」


 ジェシカさんはエスコートするように扉を開け入室を促してくる。
 頷いて入ると応接用のテーブルと革張りのソファ、その向こうに書類に見え隠れした五十代後半ぐらいの初老のおじさんがいた。
 部屋はよく分からない調度品が置かれ、幾何学文様の布地が壁に飾られているし、分厚い絨毯は柔らかくて踏み込むと足が沈み良質で高級なイメージを与えてくる。

 状況把握に手間取っていると、ばたん、と後ろで音がして扉が閉められた。


「あぁすまんな。座ってくれ」


 奥の席から立ったおじさんが手を向け、応接用のソファに促された。
 座ると柔らかい。ここにきてから柔らかいのなんてベッドの敷布団ぐらいなもので、それよりもさらにふかふかとしていたので驚いた。
 さすがに頭の上に豆太郎を乗せたままというのもはばかられたし、ソファの上に降ろすわけにもいかなかったので膝の上に座らせる。

 おじさんが対面のソファに座るとテーブルの上にあった水差しを手に取り、陶器の器に中身を注いでいく。
 見た目は赤茶色く紅茶に似ていた。
 それを自分と私の前に置くと話し始める。


「俺はクロリアの冒険者ギルドの束ね役をしている、『セドリック』だ。セドリックでもギルド長でも呼び方は好きにしてくれ。そっちはアオイ、で良かったかな?」

「はい」

「さっそくだがお前さんに一つ依頼があるんだ」

「依頼? それって指名依頼っていうものですか?」

「あぁそう受け取ってもらって問題ない。ランク1に指名依頼は普通しないからかなり例外的だけどな」


 言ってセドリックさん――ギルド長は自分で淹れた飲み物に口につける。


「あぁ飲んでもらって構わないよ。それなりに高い葉だ」


 そういうことなら、とコップを持ち上げるとほんのり甘い匂いがした。これたぶんハーブティーだ。
 飲むと温度は生ぬるい。鼻に抜けるようなきつい花の香りが口いっぱいに広がってちょっぴり嫌味だ。
 リフレッシュ感はあるけどこのままだとあまり好き好んで飲む気にはなれない。はちみつでも入れたらマシになりそうだけど。

 ふいに、聞き慣れた音が聞こえた。片方の眉をひそめるが、今は無視をする。


「ええと、おいしいです」

「ふはっ、こんなにお世辞が苦手なやつも珍しい」


 まずいと言うわけにもいかなくて嘘を吐いたが一瞬で見破られてしまった。
 渋面がいけなかっただろうか。


「すみません」

「いや気にすることはない。好き嫌いがハッキリ別れる味ではあるからな」

「はぁ」


 だったら出すんじゃないよ、と言ってやりたい。
 ギルド長が咳払いをすると、険しい顔つきに打って変わり、私の目を真っ直ぐに見つめてきた。
 前置きは終わりらしい。


「それでだ、依頼の件だが、ここから三~四日ほど行ったところにある『ミール』という村を調査してきてほしい」

「調査? 何か変なことがあるんですか?」

「それが分からん。だから調査してきてほしいんだ」

「さっぱり意味が分かりません」


 率直に返した。
 こんな説明で分かるはずないっての。


「あぁまぁそうだな、すまん俺もまだ困惑していてな。最初から説明しよう。事が知れたのは五日前だ。そのミール村に定期的に行商に訪れている商人が血相を変えてギルドに駆け込んできた。曰く、『村に人がいない』『大量の蜘蛛の魔物に襲われ逃げてきた』と。ちょうどこの近くの森でも魔物の異変が確認されているし、他の冒険者たちから報告があった魔物の大量移動による方角からも一致し、信憑性の高い情報だと判断した。そこで急遽、メンバーを募り向かわせた。お前とは面識もあるらしいが、アレンのチームもそのメンバーに加えている。総勢十五人。ランク4も中にはいる。通常の魔物なら数十匹いようが撥ね退けられる戦力だ。だが……」


 そこでギルド長は一旦区切り、言いにくそうに瞳を揺らす。
 僅かに逡巡してから意を決したように口を開いた。


「――到着してから連絡が途絶えた」


 その台詞に目を剥いた。人間は驚くと思考が止まる。その言葉を飲み込むのにどれだけ掛かったか。
 だってアレンがいたってことはミーシャやオリビアさんだっている。知り合った日数は数日でも私からしたらもう友達みたいな存在だ。それが一気に行方不明というのは心中穏やかではいられない。


「その連絡っていうのは?」


 自分でも驚くほど声音が低くなった。ビクリと豆太郎が膝の上で反応して振り返る。
 脅かすつもりはなかったんだ、ごめんね。


「遺跡から発掘された遠方と会話ができる魔導具があるんだが、それを持たせていた。おとといの定期連絡はきちんとあったんだが、昨日到着してからの連絡がない」
 
「魔導具って見たこと無いんですけど、故障とかしないんですか?」


 何かしらの不備を疑った。そういう可能性だってある。


「確率としてゼロではない。が、今までに一度も無かったし、どこまで届くか距離を試すために行ったテストではもっと遠距離でも稼動した。もちろん、その蜘蛛の魔物に襲われてうっかり壊してしまったなんてこともある。しかしやっぱり考えづらい。だから後続として調査してきてもらいたい。もし単なる魔導具の故障とかであってもすぐに状況を知らせに戻ってきてほしい」

「魔物がそうやって村を襲うことってよくあるんですか?」

「あるのはある。ただあってもヒエラルキーの底辺のゴブリン程度なものが、冬が長くて食うに困ったとかそういう理由でだ。なわばり意識が高い蜘蛛系の魔物が森を出て、というのは聞いたことがない。例外的にスタンピード大氾濫というのもあるが、今回は違うだろう。異変前に変な格好の男がいたという話もあるがこっちは関係あるかは分からん」

「……なぜ私なんですか?」


 どういう経緯で私に声を掛けてのか知らないが、まだこのギルドでは新人だ。他に人選はいくらでもいると思う。
 ギルド長はハーブティーで少しだけ口を濡らす。


「一つは普段この町を拠点の一つとしているランク5が今はいないことだ。だから調査隊にはランク4やランク3の上位者たちから選んだのだが、それも生死すら不明の状態で、これ以上数を送るわけにはいかなくなった。そこで単独で動ける者の噂が耳に入った」

「それが私ですか? まだ依頼って一つも受けていないし、実績が無いはずですけど」

「ゴブリン討伐に向かったアレンたちの事後報告を訊いた受付嬢が報せてきたんだ。ひょっとしたらランク4相当の実力者がいるかもしれない、とな。お前さん天恵ありの模擬戦でアレンに勝ったらしいじゃないか。それにここ数日の働きぶりも買い取り所の職員に確認させてもらった。これだけのことを一人でこなしている時点で最低でもランク3上位相当の実力はあると認められる。なぜこんな実力者がぽっと湧いてきたのかは謎だがな」


 意外とアレンたちってきっちり報告してたんだねぇ。
 個人情報が筒抜けというのは気持ち悪いけれど、そこは言いっこなしか。


「確認しますが、私一人だけですか?」

「いや一応馬車の御者と野営の警戒用として二名ほども付ける予定だ。ただそいつらは近くまでお前さんを送って待機させるつもりだ。もし実力者たちを用意してさらに向かわせて消えたとなると、この町の冒険者の数が激減して町としての機能が一部麻痺してしまう。防衛としても経済としてもだ」

「人の命より自分たちの生活が優先ですか」

「お前さんの理屈は正しい。しかし正しいからと言ってそれが正解になるとも限らないのが世の中だ。俺だって数を送るのは諦め、ランク5が戻ってくるまで待つしかないと結論づけた時は心苦しかった。だが今は光明が見えている」


 期待がこもったような視線を向けてくる。おそらく仕事柄、大勢の人を見てきたに違いない。
 天恵や魔法というファンタジーな力がある世界だからこそ、見た目で判断するのが愚かなことだと経験で知っているのだろう。
 私の強さについての情報が誤報だと一笑に付さないだけの根拠があるというのは分かる。それでもこんな女の子一人に何を期待しているというのだろうか。
 

「そうやって耳障りの良い言葉でアレンたちを焚きつけて危険な場所に送ったんですか?」

「冒険者というのは体を張るのを対価とする職業だろう。いつまでも安全マージンを取って薬草を集め格下の魔物ばかり倒すのが冒険か? 確かにギルドは昔から人手不足のためにずっと耳障りの良い物語を吟遊詩人や本を使って喧伝してきた。それでも命を賭けて報酬を得ると決めたのは自分たちだ。未知のものを恐れないから冒険者足り得る、違うか?」

「……」

 勘だけどこれは今考えたものじゃなくて、予め用意された定型文だ。
 きっと今までにこうして言い争うことがあって、そのたびに言い分を構築していった。そんな気がする話し方だった。

 でも配慮の足りないその言い方はなんだかすんなりと受け入れられない。
 そりゃあこんな町の外に出れば魔物っていう危険生物がウヨウヨいる世界と私の価値観が違うのは理解できる。それでも大の大人が自分の半分も生きていないような人間に死地に行けと真顔でよく言えるな。私の言っていることが子供の理屈で自分に都合の良いことかもしれないことも分かる。これが知り合いのアレンたちじゃなかったらここまで心がささくれ立たなかったろうから。だからたぶんこの世界の常識と私の常識が違うんだろうさ。それでも彼らはここ数日ずっと過ごした友人たちだ。それを危ない場所に送ったギルドというものに腹が立つ。命が軽過ぎて気に入らない。この世界はどこか歪だ。
 
 喉の奥で詰まったかのようなそれらの思考は、いっそ吐き出せば楽になるのだろうが、胃に収めるのも躊躇われ宙ぶらりん状態。 
 憤りのせいで私は下を向いて考えが定まらないでいる。そこにギルド長が想定外の言葉を口にした。


「少し前にとある冒険者たちが闇討ちを受けたらしいな」

「は?」


 依頼自体は断るつもりがなかったんだけど、納得がいかず無言で机を見つめていると、ギルド長から唐突な話題変更がされる。
 あまりの突拍子の無さに口を開けて固まってしまう。


「襲撃者は分かっていないが、小柄で一人だったらしい。俺が直接事情を訊き出した」

「へぇ? お金が無いからみんなまだ重体で入院中だって聞きましたけど?」


 心臓が鼓動を刻むリズムが少し速くなり、目を細めて睥睨へいげいする。
 ギルド長は私の返答を聞いてもいないのに勝手に話を進め、背中をソファに預けてどこか含みのある言い方をした。
 

「調べたら分かることだが、一人だけ退院したよ。まぁ経緯が経緯だけに、犯人に対してどうこうするつもりはないらしい。というか怯えきってたがな。ギルドとしても一般人に迷惑が掛かっていない冒険者同士のいざこざで、片方が問題にしないというのなら基本的には放任する姿勢を取っている」

「それで?」

「お前さんには依頼を受けて欲しいと思っている」

 
 会話が成り立っていない。文脈がおかしい。当事者同士だからこそ分かる会話だ。
 これは当てずっぽうじゃないね。犯人が私だって分かってて言ってる。何が襲撃者は分かっていないだ。
 私を追い詰めるために切ったカードの内容は、バラされたくなければ四の五の言わずに依頼を受けろ、というものだ。

 あぁ、なるほど、てっきり人を見る目があるのかと思ったけどそれは的外れで、一人であいつらを倒したから実力があるって知ってただけか。嘘をペラペラと相当にたぬき親父だね。
 それはそうとして一人だけ退院というところが引っ掛かる。ジェシカさんは知らなかったようだし。
 なんだろう、なぜか悪い予感がピンと一本の糸で繋がったような気がした。


「ひょっとして調べて分かることって他にあるんじゃないですか?」

「何のことだ? 犯人のことか?」

「いえ、そうじゃなくて、とか」


 大きく目が開き一瞬だけ硬直する。そしてせわしなく右と左を一往復。
 さすがにたぬきだ。見て取れる隙はそれだけだった。でもそれで十分。私には確信に至るだけの反応をくれた。
 半分勘のほとんど言い掛かりみたいなものだったが、賭けには勝てたらしい。


「何を、言っている?」


 その声はややどもっていた。


「そもそもあいつらが起こした問題の被害者たちが、みんな揃って口をつぐんでずっと処分されないって時点で違和感はあったの。一件や二件ならまだしもそうじゃないんでしょ? でも例えば被害者に立場が上の人が口封じしてたら別だよね?」


 ミーシャだったかな。あいつらのバックに大物がいるという噂もあるって確か言っていた。

 ジェシカさんが新人たちを呼び出して労うみたいなこと教えてくれたけど、きっと逆だ。口止めしていたんだろう。もしくはそういう事実を善意の一つにこっそり潜り込ませた。
 大体、治療費が無いってことだったのに一人だけ退院して、それをすぐにギルド長自らが事情聴取っていうのも変な話だ。
 でももし、あいつらのバックにいる大物っていうのが、ギルド長だったら?
 それなら話はすんなりと納得できる。


「あんなやつらを子飼いにしてもリスクの方が多い。なら例えば、あいつらのメンバーの中に息子がいるとかそっち方面じゃない? それなら庇う必要もあるし、お金を出す理由もある。それこそ調べれば分かることじゃないかしら?」


 酒場でラッキーボーイがいるとかいう言葉も薄っすら覚えていた。あいつらがそいつの立場を利用していたとしたらどうだろうか。
 ちょっと強引だけどバラバラのピースを当てはめていき、押し黙る彼に問い詰めるように続けると、


「――ふはっ。ふはははは。面白い。面白いなお前。ふはははは」


 一転、ギルド長は手で膝を大げさに叩き、込み上げてくる笑いを抑えられないようだった。 
 その滑稽な様をじっと終わるまで待つ。


「当たったようね?」

「ほぼその通りだ。あいつは、大金を払って退院させたやつは俺じゃなく妹の息子だ。良い歳して冒険者になりたいと家を飛び出してきたのを面倒を見ている。何が気に入ったのかガルドレアのような素行の悪いやつらとつるむようになってからは火消しで大忙しだった。だというのにそれにすら気付いていない大馬鹿者だ。あいつは俺の唯一の弱点でもある」

「ふざけないで、かなりひどい怪我をしている人も大勢いたはずよ」


 あの子たちの手傷は素人目に見ても全治数ヶ月以上だった。
 あれを親戚だからと野放しどころか守ろうとしていたのは見過ごせない。


「誓って言うが黙ることを無理強いしたことはない。無論、被害者たちにはそれ相応の慰謝料を支払ったし、多少の優遇措置も配慮していた……が、もうそろそろ限界だった。今回のを期にこの町から追い出すことを決めたよ。今は荷物の整理をしている頃だろう。犯人には礼を言いたいぐらいだ。あぁ、心配せずとも甥にもガルドレアたちにもこれから庇い立ては一切しない」


 気持ち悪い。なんだこの大物ぶった小物は。
 勝手に話を振っておいたくせに、勝手に完結して、あまつさえ罪を告白したおかげでスッキリとすらして終わらそうとしているのがムカつく。
 大体、初心者ビギナーがトップの人に口止めされたら歯向かえるはずがないじゃない。
 納得がいかなくて自然と口がへの字を結んでいく。


「そんなベラベラとしゃべっていいの? 私がバラすかもしれないわよ?」


 私の切り返しに「ふん」と小馬鹿にしたような反応を見せる。


「そうしたければ構わないさ。ぽっと現れた根無し草の女と何十年と信用を積み立ててきた俺と周りはどっちを信じる? それに特別扱いという意味ならアレンたちにだってしている。線引きなんて曖昧で難しい。己の裁量でひいきなんて誰でもしていることだ。お前も日は浅いがそれぐらいは分かるだろう? 付け加えるなら職員たちにも気付いているやつはいるだろうな。それでも俺はここにいる、それが答えだ」

「自分で言ってて恥ずかしくないの?」

「まぁ今回に限っては贔屓が過ぎたのは認めるさ。ただ俺は別に悪の親玉でもなんでもなく、どこにでもいる立場を使って‘ちょっとだけ自分の都合の良い’ようにしているだけの普通の人間だ。俺を叩いても大した埃が出ないのは保証する。信じるかどうかは別だがな?」


 頭に浮かんだのジェシカさんのことだ。もちろんギルド長の悪事を気付いてるということはないだろう。
 ただアドバイスぐらいで特にどうこうしてもらってはいないけど、私と彼女は積極的に話し掛けてくるぐらいの仲にはなっている。それも特別扱いと言えば特別扱いだ。
 数秒葛藤かっとうした後、この話は勝ち目が無いことがよく理解した。
 私にこれ以上言えることも思い浮かばないし、そもそもあいつらの一件はもう片を付けている。
 
 
「分かった。もうその件で押し問答する気はないわ」

「助かる。交渉は俺の完敗だ。報酬には色を付けさせてもらう。俺だって有望な冒険者たちがこぞって全滅なんて信じたくないんだ。これは個人としてもギルドのトップにいる立場としても本心だ」

「今はその言葉を信じることにするわ」

「そうしてくれ。商人が見たというのは小型の蜘蛛らしいが、それだけであのメンバーがやられるはずがない。まず着手金として金貨二十枚。魔物の規模の報告で金貨三十枚。おそらくいるだろうボス級の魔物の正体報告で金貨三十枚。アレンや冒険者たちを救助して戻ってきたらさらに追加報酬を出す。ただとにかく情報が欲しい、無理をせずにすぐに戻ってきて欲しい」

「まったく話にならないわね」

「金額が不満か? 報告だけでこの値なら悪くないはずだが? まぁもう少しだけなら上げることもできるが」 


 私の突き放した返答に顔色を窺ってくる。
 ギルド長はあくまでポーカーフェイスを装っているけど、ここで私に断られるとかなり困るようだ。すぐに金額の修正を提示してくるのがその証拠。
 だけどそれじゃあダメだよ。全然ダメ。見込みがあるふうに言いながら、結局私を小間使いぐらいにしか考えていない。悪いけど私が情報を持ち帰るだけで満足すると思う?
 

「金額? そうじゃないよ」

「なら一体何だ?」


 私は飲み掛けのハーブティーを一気に呷り、空になったコップをだんとテーブルに置く。

 実はこのハーブティー、お酒が混ぜてあった。
 最初に飲んだときに『【ステート異常:酩酊めいていレジスト抵抗成功』というログが効果音と共に流れたのだ。
 おそらく、自分でも気付かない程度にほんのり酔わせて思考を妨げ、交渉事を有利に持っていくのがこの親父のやり口だ。だから最初から気に食わなかった。
 報酬がどうあれもう行くつもりにはなっていたけど、手の平の上で踊ってやるつもりはない。それに意地悪く一矢報いてやりたかった。
 思い通りに何でも事が運ぶと思っているたぬきにお灸を据えてやろう。

 まだ分かってない彼の前で豆太郎を床に降ろしソファからおもむろに立ち上がり、そして、


「―【木遁】変わり身の術―」

「なっ!」


 気付かれないように自分の足をかかとで蹴ると、私が瞬時に消え代わりに丸太が現れる。
 目を白黒させながら唖然とするギルド長の背後に出現した私は、彼の肩に手を置き耳元でそっと囁く。


「情報だけじゃなく、私が元凶を倒したときの報酬を考えておいた方がいいってことよ。あと私まだお酒が飲めない歳だから、今度はジュースでお願いするわ。――次に私が悪事を見つけた時、いつでも後ろに立てるってことを覚えておいて」


 「ひぃっ!」と嬉しくなるほどの反応をしてくれた。まぁいきなり瞬間移動されてたら驚くよね。
 彼が身を硬くし後ろを振り向く前に豆太郎と連れ立って部屋の外に出た。
 きっと今頃、幽霊でも見たかのように驚いてくれていることだろう。
 これで多少の意趣返しはできたかな。
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 これは現代社会に埋もれ、普通の高校生男子をしていた少年が、異世界に行って親友二人とゆかいな仲間たちと共に無双する話。  俺最強!と思っていたら、それよりも更に上がいた現実に打ちのめされるおバカで可哀想な勇者さん達の話もちょくちょく入れます。 ※初投稿なので拙い文章ではありますが温かい目で見守って下さい。面白いと思って頂いたら幸いです。  誤字や脱字などがありましたら、遠慮なく感想欄で指摘して下さい。  よろしくお願いします。

ハズレ職業のテイマーは【強奪】スキルで無双する〜最弱の職業とバカにされたテイマーは魔物のスキルを自分のものにできる最強の職業でした〜

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フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

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400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

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