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妻問
妻問
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────東宮に立ってもらえないか。
帝が浪月にそう問いかけたとき、その場にいた誰もが快諾するものと思っていた。
ところが、みなの予想に反し、浪月は辞退したのである。
帝も驚き、説得を試みたが、浪月の心は変わらなかった。
「影親様は遠流となりました。もはや浪月様が東宮になられることに何の障りもないはず。なぜお断りになったのですか」
浪月が盃を床に置き、ひたと真霧を見た。
「そなただ、真霧」
「……私……?」
「東宮位より、そしてその先にある帝位より、そなたが欲しいと気付いたからだ」
「え……────」
目を瞬く真霧を、浪月が真摯な瞳でまっすぐに見つめた。
「いつの間にか、そなたに心を囚われていた。謀られていたとはいえ、そなたは影親に従いし者。惹かれてはならぬと己に言い聞かせ、都に帰した……。だが、離れたことで、どれだけそなたを愛おしく思っているか、よくわかったのだ」
浪月が腕を伸ばし、真霧を力強く掻き抱いた。
「そなたを帰したことを悔いている。私の預かり知らぬ所で、そなたがよりによって兄上に抱かれていると思うと、胸が焼け焦げそうだ……!だが、兄上が自らそなたを手放すことはないだろう。そなたを奪うためには、都の外へ連れ去るしかない。不自由はさせぬと約束する。ともに東国へ下向してほしい」
暖かな腕の中で、真霧は浪月の声を夢心地に聞いていた。
思いもかけぬ言葉にただ驚き、次いでじわじわと胸の奥が熱くなっていく。
「……まことにございますか」
真霧は震える声で、問いかけた。
「まことに私を愛おしく思って下さっているのですか」
「ああ。真霧、そなたが愛おしくてたまらぬ」
胸が打ち震えた。
鼻の奥がツンと痛み、涙が込み上げてくる。
「嬉しい……」
素直な想いが、言葉となってあふれ出した。
真霧の方こそ、どうしようもなく浪月に惹かれていた。
都に戻った後も忘れられず、帝に抱かれながらも浪月のことを思い返してしまっていた。
蔵人に引き立てられ、もったいなくも帝の寵を得ても虚しさを感じていた。
それは、元から出世に興味を抱けなかったことに加え、側に浪月がいなかったからだ。
思いに応えるように、浪月の背に腕を回した。
「浪月様、私もお慕いしております……。どうかお供させてください」
「まことか?全てを捨てて、俺について来てくれるのか」
「はい」
迷わず、頷く。
両親も、もういない。
貴族たちの権謀術数にも興味はない。
帝のお側を離れるのは心苦しいが、あの方は政に携われぬ鬱憤を真霧で紛らわせていただけだ。
一時期とはいえ、誰よりも傍近くにお仕えした真霧には、それがよくわかっていた。
これからは、政務に存分に情熱を傾けられることだろう。
それに、帝には優しく美しい女御様、更衣様が何人もおわすのだ。
「そなたを淫獄に堕とそうとした私を、本当に恨んではおらぬのか」
「あれは、左大臣の謀でした。むしろ、浪月様は私を解放してくれたのです」
しがらみとしきたりでがんじがらめになっていた真霧に、己を解放することを教えてくれた────
「真霧……」
浪月が愛しげに名を囁き、真霧を抱きすくめる腕に力を込めた。
「今宵は妻問いにきたつもりだ。その意味をわかっているか」
「……はい」
頬を染める真霧に、浪月はそっと口付けた。
帝が浪月にそう問いかけたとき、その場にいた誰もが快諾するものと思っていた。
ところが、みなの予想に反し、浪月は辞退したのである。
帝も驚き、説得を試みたが、浪月の心は変わらなかった。
「影親様は遠流となりました。もはや浪月様が東宮になられることに何の障りもないはず。なぜお断りになったのですか」
浪月が盃を床に置き、ひたと真霧を見た。
「そなただ、真霧」
「……私……?」
「東宮位より、そしてその先にある帝位より、そなたが欲しいと気付いたからだ」
「え……────」
目を瞬く真霧を、浪月が真摯な瞳でまっすぐに見つめた。
「いつの間にか、そなたに心を囚われていた。謀られていたとはいえ、そなたは影親に従いし者。惹かれてはならぬと己に言い聞かせ、都に帰した……。だが、離れたことで、どれだけそなたを愛おしく思っているか、よくわかったのだ」
浪月が腕を伸ばし、真霧を力強く掻き抱いた。
「そなたを帰したことを悔いている。私の預かり知らぬ所で、そなたがよりによって兄上に抱かれていると思うと、胸が焼け焦げそうだ……!だが、兄上が自らそなたを手放すことはないだろう。そなたを奪うためには、都の外へ連れ去るしかない。不自由はさせぬと約束する。ともに東国へ下向してほしい」
暖かな腕の中で、真霧は浪月の声を夢心地に聞いていた。
思いもかけぬ言葉にただ驚き、次いでじわじわと胸の奥が熱くなっていく。
「……まことにございますか」
真霧は震える声で、問いかけた。
「まことに私を愛おしく思って下さっているのですか」
「ああ。真霧、そなたが愛おしくてたまらぬ」
胸が打ち震えた。
鼻の奥がツンと痛み、涙が込み上げてくる。
「嬉しい……」
素直な想いが、言葉となってあふれ出した。
真霧の方こそ、どうしようもなく浪月に惹かれていた。
都に戻った後も忘れられず、帝に抱かれながらも浪月のことを思い返してしまっていた。
蔵人に引き立てられ、もったいなくも帝の寵を得ても虚しさを感じていた。
それは、元から出世に興味を抱けなかったことに加え、側に浪月がいなかったからだ。
思いに応えるように、浪月の背に腕を回した。
「浪月様、私もお慕いしております……。どうかお供させてください」
「まことか?全てを捨てて、俺について来てくれるのか」
「はい」
迷わず、頷く。
両親も、もういない。
貴族たちの権謀術数にも興味はない。
帝のお側を離れるのは心苦しいが、あの方は政に携われぬ鬱憤を真霧で紛らわせていただけだ。
一時期とはいえ、誰よりも傍近くにお仕えした真霧には、それがよくわかっていた。
これからは、政務に存分に情熱を傾けられることだろう。
それに、帝には優しく美しい女御様、更衣様が何人もおわすのだ。
「そなたを淫獄に堕とそうとした私を、本当に恨んではおらぬのか」
「あれは、左大臣の謀でした。むしろ、浪月様は私を解放してくれたのです」
しがらみとしきたりでがんじがらめになっていた真霧に、己を解放することを教えてくれた────
「真霧……」
浪月が愛しげに名を囁き、真霧を抱きすくめる腕に力を込めた。
「今宵は妻問いにきたつもりだ。その意味をわかっているか」
「……はい」
頬を染める真霧に、浪月はそっと口付けた。
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