貴公子、淫獄に堕つ

桃山夜舟

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呪詛

情愛※

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 その夜も、帝はいずれの女御の元へも渡らず、真霧まきり御帳台みちょうだいに引き摺り込んだ。
 昼は真霧の声が聞けず物足りなかったと言われ、激しく責められ、散々に鳴かされた。
 何度も極め、ぐったりと横たわる真霧を腕に抱きながら、帝は満足げに眠りに就く。

 一方、真霧は寝もやらず、天井の明障子あかりしょうじをぼんやりと眺めていた。
 体は疲れているのに、頭の奥が冴えてしまって眠れない。
 知らず、物思いに沈んでいく。

 全ては左大臣の思惑通りに進んでいる。
 真霧は蔵人に取り立てられ、禄も増えた。
 謀られたとはいえ、結果的には出世という目的は達せられたと言える。

(されど、これでよいのだろうか……)

 帝は英明なお方だ。
 側近くに侍るようになり、言動の端々からそう気付かされた。
 だが、長年にわたり政を左大臣に牛耳られ、意欲を失っているのだ。

(左大臣様のようなお方が、この国の舵取りをしているのは危ういのではないか)

 あの男は手段を選ばない。
 それは真霧を陥れたことからも容易に知れる。

「は……ぁ……」

 ふと、影親かげちかに欺かれて神子を務めさせられた淫らな祭の記憶が蘇ってしまい、真霧は胸を喘がせた。

 あの日、いちの裏で影親に真相を明かされた後、真霧一人が牛車で自邸に送られた。
 それきり山間の社には戻っておらず、浪月にも会っていない。

(……浪月様はどうしておられるだろう)

 雄々しく美しい宮司の姿が眼裏まなうらに浮かべば、知らず吐息がこぼれ落ちる。
 今頃はもう新たな神子を迎えて、夜毎抱いているかもしれない。
 あの逞しい腕が他の誰かを掻き抱く様を思い浮かべると、胸の奥が引き攣れる。
 たった半月の間、祭祀のために交わっただけの己が、そのように感じるなんて滑稽だけれど────




 明け方頃、ようやく寝入ることができ、朝い眠りの中で夢を見た。


 どこからか芳しい香りが漂ってくる。

 ────ああ、これは浪月様の香だ……。

 香りを辿るように視線を巡らせる。
 すると、辺りにたちこめる霞の向こうに、黒の布衣ほいをまとった浪月がいた。
 そちらに近づこうとして、はっとして足を止める。

 浪月はその腕で誰かを抱いていた。
 横たわり、抱き合いながら、白い裸身を揺さぶられているその者は、嫋々じょうじょうと甘い声を上げている。

 ────私の次の、新たな神子を抱いているのか。

 そう考えた途端、胸が締め付けられるように苦しくなった。
 とても見ていられず目を逸らそうとした時、浪月の腕の中の者の顔が見えた。

 それは真霧自身だった。
 頬を上気させ、汗ばむ額に黒髪を張り付かせ、嬌声をこぼす唇から赤い舌を覗かせながら、淫らに感じ入っている。

「あぁ……っ!」

 気づくと、真霧の意識は浪月の腕の中の体に入り込んでいた。
 逞しい楔を腹の奥まで打ち込まれ、体の中から燃え上がるような愉悦に身をくねらせる。
 抱き起こされ、膝の上に向かい合わせに座らされ、深々と貫かれながら揺さぶられる。
 真霧は随喜の涙を流し、浪月の首に縋りついた。
 浪月が真霧の耳朶を噛み、囁いた。

 ……何人も情愛には抗えぬ。それを覚えておくがよい────




 目覚めた後も、浪月の声が頭の中に残っていた。
 それは、最後の日に牛車の中で囁かれた言葉だった。 
 あれから色々なことがありすぎて、その意味を深く考えることができていなかったが、今、ふと何かの啓示のように真霧の中に降りてきた。

 帝は今、もったいなくも真霧に対して情愛を示して下さっている。
 ならば、真霧が誠心誠意訴えかけた言葉には、耳を傾けて下さるのではないか──?




 数日後、真霧は意を決して帝に進言した。

「恐れながら主上おかみはこの国の要。治天の君であらせられます。どうか今少し政にご関心をお持ち下さいますよう…………」

 冷たい床にぬかずき、決死の覚悟で進言した真霧を帝は咎めなかった。

 その日から帝は変わられた。
 次第に朝議の際の発言も増え、時には影親に反対することもあった。
 変化に真霧が喜んだのも僅かの間のことだった。

 しばらくして、帝は頭痛を訴えるようになった。
 祈祷や薬も効かず、原因もわからない。
 真霧を抱くと治まると言い、実際共寝の最中は楽になるようなのだが、朝が来るとまた頭痛がぶり返す。

 帝はいっそう真霧を放さなくなり、政は再び影親に任せきりとなってしまったのである。

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