Realize・Id  ~統境浪漫譚~

86式中年

文字の大きさ
上 下
55 / 56
本編 『転』

第五十二章 東雲の出撃・前編

しおりを挟む
 広めの搬入通路を二人の壮年男性が連れ立って歩く。

 一人は身長が190cmに迫る上背に執事服を身に纏い、短くした白髪をオールバックにしたロマンスグレー―――ローガン・スミス。箱庭の執事長であり、三人存在する管理代行者の一人だ。

 一人はローガンよりは幾分かは低い身長であるが、白髭と鷲を思わせる鋭い眼光の容貌は非常に威圧感があり、被った船帽と身につけた折り目正しいコートによって非常に厳格な雰囲気を漂わせていた。ウェイブ・大和・サーティーン。箱庭に帰属する艦隊司令官であり、同時に旗艦の艦長である。

「さて、久しぶりだな。主の直接の裁可とは」
「ああ、我々は出れんがな」

 ウェイブの言葉に、ローガンは頷いた。

 箱庭にとって二代目の主である飛崎連時は、あまり直接的な命令を下すことは多くない。積極的に指示をするのは箱庭にとっての宿願―――先代主である雨矢希虹を殺害した無貌に関することだけであり、それ以外に関しては放任と言うよりは野放図に近い。

 本人は「良く分かってねぇ儂がアレコレと口出すよりも今までやってたお前さん等の方が上手く運用できるだろ。だから任せた」と宣っているが、アレは多分、面倒だからと枕詞が付く台詞だった。

 そんな中で、彼が直々に指示を下した。シンシアが戦力を欲するだろうから、全戦力の1割率いて近くまで来いと。

「キューバの方で暴れすぎたか」
「日本組はしばらくは調査だけだと思っていたからなぁ」

 しかし、直前のキューバ解放作戦に参加しなかった者に限ると但書付きで。

「で、どうするのだ?」
「求められているのは航空支援と少々の手勢だ。最近出来た弟子も直接戦闘以外なら役にも立つだろうし、なら、若人の修業には丁度よかろう。そっちは?」
「こちらも似たようなものだ。―――そろそろ、後釜に実戦を経験させるのも良い頃合いだろう」

 同じ結論に至ったか、壮年二人はにやりと笑って歩を進める。

 通用口の出口へと辿り着くと、広い場所へと出た。いや、広すぎると言ってもいいだろう。何しろ400m級の戦艦を複数収容できる乾ドックだ。箱庭の存在を隠すため、施設内部に作っていることを考えると異常とも言える広さだ。

 今、収容されているのは一艦だけであるが、今回の作戦で運用される400m級の戦艦だ。二人の位置からでは赤く塗られた二艘のバルバスバウまでしか見上げることが出来ないほどの威容であった。その前に、百余名からなるメイドと執事が船帽を被って整列していた。比較的年齢層が若く、皆一様に緊張した面持ちだった。

「敬礼!」

 その先頭にいた、一人だけ船帽を被っていない小柄なメイドが声を張り上げると一斉に敬礼し、ローガンとウェイブも答礼した。

「―――先程、侍従長経由で主からの要請があった。これより、先のキューバ開放作戦に参加しなかった面々で支援に向かう。温存していた旗艦一艦だけの出撃となるが、諸君ならば問題ないと判断した」

 ウェイブが言葉を紡ぎ、そして小柄なメイドへと視線を向けた。

「マリアベル君」
「は、はい!」

 小柄なアッシュブロンドをお下げにしたメイド―――マリアベル・サザンクロスは背筋を伸ばして震える声で返事をした。そしてウェイブは一つ頷いて。

「今日の艦長は、君だ。―――頑張り給え」
「ひゃい!」

 自らの帽子を取り、彼女へと被せた。

 その師弟関係を見ていたローガンは、整列する執事の中に最近手ずから育てることになった少年を見つけて声を掛ける。

「デヴィッド」
「は、はい!」

 そばかすの少年―――デヴィット・アンダーソンだ。ここ三ヶ月で少々日に焼け、痩せぎすから中肉と呼べるまでに健康的になっていた。その少し精悍になった少年に、ローガンは微笑んだ。

「まだまだ肉体的には功夫が足らぬが、今回求められているのは支援だ。近接戦闘はそうあるまい。折しも統境圏を統括するアナムネーシスが乗っ取られているらしい。ならば―――存分に己の領分で暴れてくると良い」
「―――はいっ………!」

 かつて復讐を果たし、今は野望を叶えるため己を鍛えていた少年は、力強く頷いた。



 ●



 埼玉州と旧群馬県の境目に、利根川は昔も今も変わらずに流れているが、そのかけ橋となっていた坂東大橋はその役割を変えていた。昔は群馬は伊勢崎市と埼玉は本庄市を繋ぐ大動脈であった国道462号線は、本庄側を統境圏の第三次防衛地点―――圏境線より内に入って初めての防衛地点となっており、ここに侵攻された時点で人的被害はおよそ無視できないレベルまで膨れ上がっていると予てから予想されていた。

 そして今。圏境線が消失し、その侵攻を妨げるものがなくなった消却者達は我が物顔で南下。第三次防衛地点を抜け、臨時で本庄早稲田に防衛拠点を作った圏軍は迫り来る皇竜と消却者の群れに奮戦していた。

 深谷基地から出陣した1個師団の砲兵部隊が総火力を皇竜に叩き込んで足止めし、同じく深谷基地から上がった2個中隊の天風がガルーダやワイバーン等の消却者を相手に制空権争いをしており、その合間を縫っては皇竜にミサイルをブチ込んではいるがダメージが入っているようには見えない。それでも連射できない竜砲を、戦闘機動で撹乱しては空撃ちさせることによって、地上部隊の被害をかなり抑えていた。もしもあのこの世の終わりかと思うほどの竜砲を地上に向けて撃たれたら、この防衛線は撤退する間もなく壊滅する。

 そう、撤退だ。

 その命令は出てはいないが、そうなるだろうとこの戦線を支えている誰もが思っていた。何しろ最大の脅威である皇竜と空の戦力は戦闘機と砲撃によって釘付けにしてはいるものの、それ以外の消却者達は他の地上部隊が請け負っているからだ。

「くそ………!こうも数が多くちゃ………!」

 37式強化外骨格を身に纏ったある少尉は舌打ちしながら、右手に装備した44式連装重機関銃の引き金を引き続ける。

 12.7口径、全長2.145mm、全備重量49kgの連装重機関砲を片手で引き回せるのは全て強化外骨格による賜だ。ローラーダッシュによる高速機動、簡易ながらも鋼による装甲、そして何より元は建築重機ということもありその膂力と汎用性、拡張性は歩兵の泣き所を全て補ってくれた。

 リンクベルト給弾で分間600発から800発もの霊素粒子コーティングの特装弾を吐き出し、次から次へと襲いかかってくる消却者へと雨霰の如く弾幕を見舞う。

 そう、次から次へとだ。消却者はおおよそ獣の姿をしているのが大半で、その思考回路や行動原理もそれに似通っている。故にこそ、そこに戦術性は無く、あるのは獲物を追い求める直進性だけ。だが、その直進性は非常に厄介なのだ。

 何しろ、足並みは揃えず、足の早い順から波状攻撃でやってくるのである。対人戦での戦力の逐次投入による波状攻撃は愚策とされているが、それは投入される兵士が国家に帰属するものだからだ。戦いが終わればまた別の労働力―――即ち国を動かすための血流となるのだ。だからこそ国は先を見据えて被害を最小限に抑えて軍を動かす。

 だが、消却者には帰属するべき国がない。あるのは、自身を存続させるための飢餓感。その飢えを満たすために、ただそれだけのために人間に襲いかかる。背後など無い、後など無い、あるのは生存競争の一点のみ。故にこそ彼等はただただ前進する。

 そう、前進するのだ。その圧倒的物量を以て。

 最初に辿り着いたのはオルトロスや白虎などの四足且つ、足の速い消却者達。それを鴨打ちにしている間に子鬼、アラクネなどの比較的軽装な種族。遅れるようにして、鬼や巨人などが押し寄せて―――遂に防戦処理速度を消却者達の増援速度が上回った。

 既に戦線は瓦解している。既に幾人もの部隊員は死ぬか行動不能となっている。少尉と僚機はどうにか持ち場を維持しているが、全ての消却者を処理することは叶わず、後方に大分流してしまっている。それを申し訳なく思いながら、しかしここを生き残る術を模索しなければならない。少尉が思考と銃身を回していると―――。

「がぁあぁあっ!」
「ランド5………!?」

 隣の僚機が一つ目巨人の体当たりを食らって遥か後方に吹き飛んでいった。まるで砲弾のように放物線を描くように吹き飛び、離れた所に路駐されていた車へと直撃した。全備重量500kgはある鉄の鎧が、だ。

「ちぃっ………!!」

 強化外骨格には薄くではあるが装甲はある。まだ死んではいないだろうが、しばらくは戦闘復帰もできまい。その穴を埋めるべく、少尉は重機関砲を一つ目巨人へと向けて。

「弾切れ………!?」

 回る銃身が、カラカラと虚しく役目の終わりを告げる。

 即座にグリップを手放すと、右腕に接続した固定ブラケットを炸裂ボルトが破断させて強制パージ。そのまま背部担架の2mに迫る鉄塊―――27式霊刃刀を引き抜く。両手で構え、柄のトリガー引くと薬室から増幅弾が吐き出され、排莢される。増幅弾は内蔵されたシリンダー内で霊素粒子を増幅。生み出されたエネルギーをECUが整え、鉄塊の縁から放出されて刃となった。

 少尉はその段平を振りかぶって、ローラーダッシュを全力機動。一つ目巨人へと肉薄する。甲高い唸りを上げるローラー音に反応して、一つ目巨人も拳を振りかぶって応戦の構えを取るが、それが放たれる前に少尉は一つ目巨人の横を攻撃せずに右からすり抜ける。そして抜けた直後、左足のピックを起動。射出された内蔵杭がアスファルトを突き破って急制動。それと同時に強化外骨格のCPUはローラーのデファレンシャル配分を調整。右足のローラーを加速、左足のローラーを弱めに逆回転。

 起こるのは急旋回。しかも、両手に斬撃武器を構えたままで、だ。

「―――おぉぉっ………!!」

 裂帛の気合と共に霊刃刀を横薙ぎにぶん回した少尉は、そのまま一つ目巨人の背中へと叩き込み、上半身と下半身を泣き別れさせた。肉を切る手応えと骨を断つ手応えがほぼ同時にやってきて、そして即座に抜けた。強化外骨格の膂力がなければ霊刃刀がスッポ抜けていたか、回転力に負けて転んでいたことだろう。

 深く残心と整息をして、霊刃刀を肩に担ぐと嫌に視線を感じた。周囲を見回せば、十を超える一つ目巨人と二十に迫る赤い肌をした角を生やした鬼がいた。それが一様に彼を見ていた。どうやら少尉の奮戦が彼等の闘争心に火を付けたらしい。

「―――こりゃぁ、年貢の納め時かね………?」

 少尉は軍人ではあるが、適合者ではない。

 つまり、強化外骨格を身に纏って無双できるのはカテゴリC相当まで。一つ目巨人や鬼などはカテゴリBに相当する。サシならば今やってみせたように勝利の目はあるが、この数を相手に勝ち筋を見出すのは難しかった。だが、そのまま手をこまねいていてもこの後方からまだまだ増援が来るのだ。今は一体でも多くの消却者を屠らねばならない。

「しょうがねぇ。100匹斬りにゃぁ、ちょっと足りねーが………相手になってやるよ!」

 だから少尉は霊刃刀を構え、気炎を上げた。

 死んだ仲間もいるが、まだ気を失っているだけで生きている仲間もいるのだ。彼等が戦線復帰するまで時間を稼げばまだ生き残る目はある。僅かではあるが、それでも諦める訳にはいかない。銃後にいるのは仲間だけではない。自分の家族もいるのだ。それだけで引く理由にはならず、踏ん張る理由になる。

 だからこそ―――奇跡というものは、抗う人間の下にこそ訪れるのだ。

『退がれ!!』
「―――!!」

 短い通信。

 少尉は確認する事もなくバックステップ。それに合わせるようにして天から銃弾が降り注いだ。一つ目巨人やと鬼が一瞬にして肉塊へと変わる。先程少尉が扱っていた重機関銃のものよりも威力と連射力が段違いだ。直撃と同時、轟音が上空を駆け抜ける。その情報だけで何が起こったのか理解した少尉は空を見上げる。

「航空支援!?制空権はまだ取れてないだろ!?」

 視線の先、白んできた空を駆け抜けるのは赤を基調とした塗装の可変前進翼に双発機の戦闘機―――天風のマイナーチェンジ試作機、天雷。垂直尾翼には17をあしらった鷹のエンブレム。それが都合12機1個中隊。直ぐに思い至る。その色と、数字を背負う開発試験部隊達へと。

「赤の17―――!?第一艦隊直掩機がなんでこんな最前線に」

 飛空戦艦に搭載される艦載機だ。ここ最近は次期主力戦闘機開発の為に実地試験を兼ねて新型を下げ渡されているが、本来は偵察及び防空と制空権の奪取がその役割のはず。前に出てくるにしても、地上支援などは役割の範囲外だ。

『ビッグセブンの露払いを任されてんだよ!俺たちはなぁ………!!』

 尚も続く通信に、少尉は南の空を見た。日本国に於いて、その名を冠する飛空戦艦は多くない。まして赤の17が所属し、誇らしげに語るビックセブンなどただ1艦のみ。

 日本国海軍、統境圏方面連合艦隊旗艦―――。

「長門………!?第一番艦隊がこんな最前線まで出張ってきたのか!?」

 東雲に照らされるようにして、空飛ぶ鋼鉄の船はその威容を世界に示していた。



 ●



 本来、飛空戦艦の役割は超長距離からの打撃支援が主である。

 銃火器とカテゴライズされる武器、及び兵器は全て―――それこそ、戦艦に積まれる大砲とて例外無く発射される弾丸の軌道は必ず山なりを描く。物理学の粋を集めた武器であるからこそ、重力という枷から抜け出せないのである。発射速度と想定距離が近いために直進軌道を描いているように見えるが、実際にはあらゆる銃火器は雑な軌道で発射されるのだ。

 60センチ三連装砲を5基搭載した長門もまた、その軛からは解き放たれることはない。故にこそ、第一艦隊の通常戦法は統境圏の中心、その上空に陣取り、50km超に及ぶ超長距離射程を戦場となる圏境線へとブチ込むことである。

 だが、それは圏障壁が保持されているからこそ有効な方法だ。何しろ圏域外はほぼ廃墟になっているため、それを更地にしたところで何ら問題もないからだ。

 翻って今だ。

 圏障壁は解除され、消却者達は内地の住宅街へと侵入してきている。守るべき国民の財産を非常時とは言え迂闊には破壊できず、また、逃げ遅れた民間人がいる可能性も否定しきれない。そんな中で主砲による斉射などできようはずもない。

 更に消却者の目的が霊素補給による自己の保存である以上、飛空戦艦が持つ大型霊素粒子機関も消却者を誘引する原因になりかねない。

 設定された苦難、予想される戦況、そして求められた役割。それらを加味して、第一艦隊を率いる提督―――飯田信義少将は一つの決断を下した。

 第一艦隊による有視界戦闘、及び皇竜への突貫―――とどのつまり、殴り合いである。

「三式誘導弾装填」
「三式誘導弾装填よーし」

 既に皇竜とは目と鼻の先。直掩機に至っては飛行型の消却者との格闘戦に移っている。全長400メートル級の長門とそれに随伴する第一艦隊も、今まさにその戦域に足を踏み入れようとしていた。

「制空状況知らせ」
「制空権奪取率45%!未だ劣勢!進撃は危険です!!」
「構わん、既に地上部隊の被害が尋常ではない。味方の盾にならずして何のための戦艦か。空の敵の目が我らに向けば、戦闘機部隊は地上部隊の支援に回れる。ならばこのまま敵を引き付け、皇竜へ突貫する。―――機関最大」
「機関最大!」

 飯田はオペレーターの報告を受け、操舵士に指示を出す。

 そう。飛空戦艦に搭載された大型の霊素粒子機関に対し、この世界に現れた消却者達は誘引される。だからこそ、どの飛空戦艦も防空装備を盛りに盛っているし、艦を守る直掩機部隊も存在する。この特性を活かして最前線に出て、囮兼最大防御の盾兼最大火力としての役割を担うのだ。

「まずは空域に穴を開ける。ポイント4-7-8、照準。想定効力範囲をデータリンクにアップデート」
「ポイント4-7-8照準完了!」
「想定効力範囲、データリンクにアップデート完了―――戦闘機部隊、退避開始!」
「対空砲火を密に。一匹たりとて本艦に近づけるな。―――主砲、一番から三番まで交互打ちー方始め」
「交互打ちー方始め!」

 長門に搭載された三連装砲塔が旋回し、3つ並んだ砲身の内の左右2つから火を吹き、やや遅れて中央の砲身も砲弾を発射する。

 轟音と共に吐き出された砲弾は飛行型消却者達へと迫り―――そのかなり手前で爆ぜた。だが不発ではない。弾頭に搭載されたのは小型集束弾。親機の爆発煙を貫くようにして出現した都合12のそれ等は搭載したCPUが自動で敵を識別、内蔵した霊素粒子コーティング済のベアリング弾を適切な範囲に放出していく。無論、親機が撃ち出された速度を維持したままだ。

 結果、起こるのは横殴りの鉛の雨である。

 空を支配域にし、しかしそこをフィールドとするが故に己が身以外の防御力を持たない飛行型消却者にとって、それは致命的な痛打であった。運良く弾幕の隙間を抜けた者達もいるが、交互打ち方によって遅れてきた追加の三式誘導弾によって刈り取られる。

 空域に穴が開く。そこを飯田は見逃さない。

「面舵一杯、艦首を皇竜へ向けろ―――艦首砲、充填開始」
「面舵一杯!」
「超霊素粒子砲、充填開始!」

 開いた空域に進撃する長門の体内で、大型霊素粒子機関が唸りを上げる。

 次元穿孔管が安全域ギリギリ一杯まで次元に穴を開け、そこを通って霊素粒子が顕界する。その移動エネルギーを利用してクランクシャフトを回すのが霊素粒子機関の基本構造だが、余剰エネルギーを流用した攻撃法も存在する。

 消却者は霊素粒子を求めている。故に、ただ抽出した霊素粒子をぶつけたところで相手を回復させるだけにすぎない。だが、圏障壁や霊素粒子コーティングや霊刃刀などもそうであるが、消却者の身体を構成する霊素粒子とは逆位相に整えた霊素粒子をぶつけることで対消滅現象を意図して引き起こせる。

 この現象を利用した戦法こそが対消却者戦に於いて最も重要な要素であり、ある意味決戦兵器とも言えるこの長門にも通常兵器の他にそうした特殊兵器を積んでいた。

「皇竜に高霊素粒子反応!」
「ふん、自分よりデカいのが気に入らんかね。図体の割には肝の小さいことだ」

 その動きを察したわけではないだろうが―――おそらくは長門の大型霊素粒子機関の臨界稼働に反応した―――皇竜はその視線を睨むように長門へと向け、都合200mはある両翼を羽撃かせて飛んだ。台風のような暴風―――いや、いっそ爆風とも言える被害を地上に撒き散らしながら飛び立つ竜は、正しく御伽噺のそれだ。その驚異がなければ、さぞ勇壮たる一幕であったことだろう。

 だが、この竜は人に仇なす。

 それを証明するかのように、皇竜の口に燐光が溢れ始める。竜砲の発射段階だ。狙いは言うまでもなく長門であろう。

「―――防空艦隊、前へ」
「防空艦隊、前へ出ます!」

 飯田の指示に従い、随伴していた第一艦隊―――100m級防空艦、秋月、照月、涼月が長門の前へ出て等間隔で並び、互いを線で結ぶように障壁を展開。

 そして。

「竜砲、来ます!」

 オペレーターの報告直後、凄まじい光爆が皇竜から照射され、防空艦が展開した障壁へと直撃した。

 轟音と光の瀑布が艦橋を襲い、それに混じって爆発音も聞こえた。たった何秒かの照射時間だというのにも関わらず、永遠のような生きた心地のしない時間がようやく終わると、視界も回復し状況が見えてくる。

「被害知らせ」
「照月、小破!以前意気軒昂とのこと!」
「だろうな。海の馬鹿がそう易易と諦めはせんさ………!」

 先程の爆発音は照月からのようだ。見れば、船体から煙を吹いており、しかし未だ飛行可能のようであった。おそらくは障壁の維持のために霊素粒子機関を出力限界まで上げ、その結果何処かが故障してしまったのだろう。その程度ならば、戦いながらでも修理する。

「超霊素粒子砲充填完了!いつでもいけます!!」

 そして遂に来たオペレーターの報告に、飯田は頷いた。

「では諸君。この長門が、今も尚ビッグセブンと呼ばれる所以を、あの無礼なトカゲに目に物見せてやろう」

 艦首の装甲が展開され、砲門が姿を表す。

 いや、それを砲門と呼べば良いのだろうか。より正確言うならば、砲口である。砲身は長門自身で、薬室も長門が持つ大型霊素粒子機関、更に言うならばトリガーは艦橋だ。それが一軸に繋がって、余剰霊素粒子を位相整流後集束し、解き放つ。

 40m口径超霊素粒子砲、カグツチ。

「―――超霊素粒子砲、撃ぇ!」

 砲撃手が引き金を引き、今度は長門から竜砲を思わせる光の砲撃が皇竜へと向かって解き放たれた。

 しかし、皇竜とてただのカカシではない。危機を察すれば、その巨体故に鈍重ではあるが回避行動も取る。まして今は空を飛んでいるのだから尚更だ。とは言え、その鈍重さが災いして、回避が間に合わずに半身をカグツチによって消し飛ばされた。

 通常の生き物であれば、それは致命傷。だが、皇竜は消却者―――それも、身体を形成する素材がほぼ霊素粒子である。半身を消し飛ばされた故に幾分か小さくなりはしたものの、即座に再生した。これを完全に消滅させるためには、身体の何処かにある核を狙うか、長嶋がやってみせたように再生不可能なまでに跡形もなく一息に吹き飛ばすか。

 飯田とてそれは理解している。この一撃で片が付けば良し。付かなければ―――もう一手打つだけだ。

「続いて艦首回転衝角展開!」
「艦首回転衝角展開―――!」

 飯田の指示に従い、オペレーターがコンソールに手を走らせると長門のバルバスバウが左右に開き、そこに格納された回転衝角がせり出てきた。本来はレーダーやソナーが収められている場所ではあるが、長門は本土防衛の決戦艦だ。遠方に出向いて単艦で戦うことはあまりなく、であれば索敵などはデータリンク経由で随伴艦に任せれば良い。代わりに戦いに出る時点であらゆる状況を想定し、こんな事もあろうかとと適切に対応しなければならない―――というのが設計者が掲げたコンセプトだ。

 故にこそ、ゼロ距離での殴り合いも想定している。

「最大戦速、目標、皇竜!」

 即ち、衝角攻撃。それも、霊素障壁を応用した回転衝角である。

「空ゆかば、燃える漢の、ド根性ォ………!」

 飯田の言葉に応じるように長門の推進装置が気炎を上げ、衝角が獲物に狙いを定めて狂気のような回転を始める。皇竜は、自らに迫りくる鋼鉄の巨体にぎょっとしたような仕草を見せ、それに飯田は悪辣な笑みを浮かべてこう叫んだ。

「―――痛いのをぶっ食らわせてやれ!」

 直後、核ごと回転衝角に巻き込まれた皇竜はそのまま四散し空の塵となった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

おれは忍者の子孫

メバ
ファンタジー
鈴木 重清(しげきよ)は中学に入学し、ひょんなことから社会科研究部の説明会に、親友の聡太(そうた)とともに参加することに。 しかし社会科研究部とは世を忍ぶ仮の姿。そこは、忍者を養成する忍者部だった! 勢いで忍者部に入部した重清は忍者だけが使える力、忍力で黒猫のプレッソを具現化し、晴れて忍者に。 しかし正式な忍者部入部のための試験に挑む重清は、同じく忍者部に入部した同級生達が次々に試験をクリアしていくなか、1人出遅れていた。 思い悩む重清は、祖母の元を訪れ、そこで自身が忍者の子孫であるという事実と、祖母と試験中に他界した祖父も忍者であったことを聞かされる。 忍者の血を引く重清は、無事正式に忍者となることがでにるのか。そして彼は何を目指し、どう成長していくのか!? これは忍者の血を引く普通の少年が、ドタバタ過ごしながらも少しずつ成長していく物語。 初投稿のため、たくさんの突っ込みどころがあるかと思いますが、生暖かい目で見ていただけると幸いです。

女神様の使い、5歳からやってます

めのめむし
ファンタジー
小桜美羽は5歳の幼女。辛い境遇の中でも、最愛の母親と妹と共に明るく生きていたが、ある日母を事故で失い、父親に放置されてしまう。絶望の淵で餓死寸前だった美羽は、異世界の女神レスフィーナに救われる。 「あなたには私の世界で生きる力を身につけやすくするから、それを使って楽しく生きなさい。それで……私のお友達になってちょうだい」 女神から神気の力を授かった美羽は、女神と同じ色の桜色の髪と瞳を手に入れ、魔法生物のきんちゃんと共に新たな世界での冒険に旅立つ。しかし、転移先で男性が襲われているのを目の当たりにし、街がゴブリンの集団に襲われていることに気づく。「大人の男……怖い」と呟きながらも、ゴブリンと戦うか、逃げるか——。いきなり厳しい世界に送られた美羽の運命はいかに? 優しさと試練が待ち受ける、幼い少女の異世界ファンタジー、開幕! 基本、ほのぼの系ですので進行は遅いですが、着実に進んでいきます。 戦闘描写ばかり望む方はご注意ください。

性転のへきれき

廣瀬純一
ファンタジー
高校生の男女の入れ替わり

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!

どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入! 舐めた奴らに、真実が牙を剥く! 何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ? しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない? 訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、 なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト! そして…わかってくる、この異世界の異常性。 出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。 主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。 相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。 ハーレム要素は、不明とします。 復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。 追記  2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。 8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。 2024/02/23 アルファポリスオンリーを解除しました。

アレク・プランタン

かえるまる
ファンタジー
長く辛い闘病が終わった と‥‥転生となった 剣と魔法が織りなす世界へ チートも特典も何もないまま ただ前世の記憶だけを頼りに 俺は精一杯やってみる 毎日更新中!

ダンマス(異端者)

AN@RCHY
ファンタジー
 幼女女神に召喚で呼び出されたシュウ。  元の世界に戻れないことを知って自由気ままに過ごすことを決めた。  人の作ったレールなんかのってやらねえぞ!  地球での痕跡をすべて消されて、幼女女神に召喚された風間修。そこで突然、ダンジョンマスターになって他のダンジョンマスターたちと競えと言われた。  戻りたくても戻る事の出来ない現実を受け入れ、異世界へ旅立つ。  始めこそ異世界だとワクワクしていたが、すぐに碇石からズレおかしなことを始めた。  小説になろうで『AN@CHY』名義で投稿している、同タイトルをアルファポリスにも投稿させていただきます。  向こうの小説を多少修正して投稿しています。  修正をかけながらなので更新ペースは不明です。

処理中です...