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本編 『起』

第二十章 ブリーフィング・裏

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 特班のメンバーが対策を練っている頃、別区画のブリーフィングルームに集まった第一班の面々も同じ様に顔を突き合わせていた。

 教官の西野からレギュレーションの説明を受け、彼がブリーフィングルームを後にしてから班長の東山がぽん、と手を合わせて間延びした声音で告げる。

「はい、そういう訳でしてー。本模擬戦の作戦指揮は加賀君に譲渡しまーす」

 打ち出された方針は今年入学の一年達にとっては耳を疑うものだった。

「………。宜しいのですか?本当に私で」

 名指しされた加賀が数拍置いて訝しがるように尋ねると、東山も副長である風間も頷いた。

「『軍団長』の愛弟子というのは聞いているし、こっちとしても把握しておきたいんだよねー。戦場に出た予科生としての実力を」
「君や宮村の来歴は聞き及んでいる。七菱予科生で構成される試験部隊の出だということも。その顛末も。これは試金石と同時に試験でもある、と理解すると良い」

 加賀徹也と宮村詩織は去年起こった9・25事件の被害者であり、起点となった作戦の従事者だ。

 それ故に、か。二人は他人―――特に大人に対して著しい不信感を覚えていた。まして自身の命を預けることになる作戦指揮者に関しては取り分け厳しい目を向けている。

「私が指揮を執るのが定石だけど、それじゃ納得もできないでしょ?」
「―――命令とあらば、受け入れますが」
「少なくとも、君達の方針を受け入れることが出来るぐらいの器はある。今回はその理解を得たいだけだ」

 東山と風間の言葉に、加賀は無言。

 これは誠意であると共に懐柔だ。この甘さは生来のものか侮りか付き合いが浅い今は判断がつかないが、いずれにしても気は遣われているらしいのは理解できる。

 特班の面々よりは問題を抱えているわけではないのだがな、と加賀は吐息。

 加賀と宮村の来歴は確かにある意味特班の面々よりも特殊だ。日本政府と日本国軍の恥部―――その最大の被害者と言っていい。だからこそ、長嶋武雄が怒り狂って当時の国防長官と幕僚長と野党タカ派の一部を襲撃し、なんやかんやあってあの事件の被害者全員を身請けした。

 その時の怒りようは凄まじく、多額の国家賠償を提示した国に対し記者会見を開いた上で『恥知らずの施しは受けん。賠償したくば彼らが成人して私の手を離れた後でしろ』と突っぱね、言外にこの件の落とし所などないと全国に知らしめた。

 つまり国家の恥部を恥部としたまま残し、数年は精算も禊も隠すことすら許さないと楔を打ったのだ。今後事あるごとにこの件を持ち出すのだろう。既に醜聞は広まっているし、禊も出来ないとなると取れる手段も限られる。

 最近あの件に主に関わっていた人間は、派閥に限らず一族ごと干されるか物理的に消されているらしい。

 政治上の理由もあったとは言え加賀にしろ宮村にしろ長嶋武雄には感謝しているし一定の信用もしている。だからこそ彼の御膝元では大人しくしていようと事前に二人で打ち合わせしていた。猜疑や疑心は拭えなくても、与えられた環境に適用しようとは努力していたのだ。

 それを見透かされたか、それとも今後一緒にやっていく上で早めの相互理解を得ようとしたか。

 いずれにしてもだ。

「徹矢。遠慮は無用らしいわ。―――情報自体は集めていたんでしょう?」

 黙して思考を回転させる加賀に、随分と小柄な少女がにまにまと楽しむような表情を浮かべて言った。相変わらずチェシャ猫のように享楽的な相棒に彼は呆れたように嘆息して。

「そうだな。―――式王子も、それでいいか?」
「はい。作戦指揮の事は全く分からないので勉強させてもらいます」

 同期の同意も得たことだし、と加賀は懐からPITを取り出して中央のホログラムプロジェクターとリンクさせる。

「―――まず最初に、特班の班員についてだ」

 立体映像で浮かんだのは紫の瞳をした少年だった。

「一番警戒すべきなのはこの飛崎連時。得物は刀のようだが、先週の各班ごとの模擬戦で、暗器の類を使っていた所を目撃されている。登録上の異能は電磁気制御。日本に来るまで傭兵で活動していたこともあり、実戦経験は豊富と思われる。クラスExと言うこともあって、直接戦闘での警戒度が一番高い。まず間違いなく、一筋縄では行かない相手だ」
「傭兵協会での登録階級が中尉って、もう教練校通う必要ないよねー」

 傭兵協会での階級と国軍の階級は、完全ではないもののある程度リンクしている。記録、公開されている戦歴や作戦従事記録は考課の対象であるし、経験豊富な人材は多少性格に問題があろうとこの人手不足の時代では何処も重宝する。装備は金で買えても、経験となるとそうもいかないからだ。

 流石に登録階級よりも上の待遇で迎えられることはまず無いが、性格に問題がなければそのままスライド、あっても一個下が大凡の習わしだ。これは何処の国の軍も同じぐらいの扱いになる。

 つまり既に中尉である飛崎は別に教練校に通わなくても、士官待遇で日本国軍に迎えられるのだ。こっちでの常識を知らんから勉強し直す、と本人は韜晦しているが。因みに法律関係をどう回避しているかまでは加賀も掴んではいないが、単純に『じゃ、国籍抜こうか』と脅しているだけである。不死王殺し、と言う立場を利用した相変わらずのパワープレイであった。

「次に同じくクラスExのエリカ・フォン・R・ウィルフィード。得物は剣。異能は『無機物複製』。手にした物を増やすという希少型だ。無機物限定とは言え元となるがあれば、重火器であろうが戦車であろうが何でもコピー可能らしい。とは言っても、限度はあるようでほぼ無尽蔵にコピーできるのは剣などと言った比較的単純な構成物だけのようだ」

 次に映し出されたのは金髪に赤い瞳の、非常に造形の整った少女―――エリカだ。

「ソードマウントがあるドローンを従えて模擬戦しているのをネットで見たわね。折られても弾かれても次々剣を持ち替えて、壊れては生産して、ドローンを盾にしたりしながら迫ってくるから真正面からだと確かに怖いわ。それでいて中々に綺麗だから剣姫だとか剣天使だとか持て囃される理由も納得できるかしら」

 国威発揚のためか、あるいは単純にファンの趣味かは不明だがウィルフィード国内で行われた模擬戦の映像が幾つか出回っている。

 中には実戦さながらのレギュレーションでの戦闘もあり、宮村が言うように脳波リンクしたドローンを従えてタンク兼アタッカーとして剣を振るう彼女は確かに動画映えする。

「戦闘面で要注意すべきはこの二人。次に、おそらく補佐で回るであろう二人だ」

 加賀が前置きを入れて次の画像に切り替える。エリカと同じ、しかし銀髪の外国人―――リリィである。

「リリィ・シーバー。エリカ・フォン・R・ウィルフィードの従者で、護衛という立場上、得物はおそらくオールマイティにこなせる筈だ。何で来るかは情報不足で読めない。異能は『風陣』。風を操作する異能で、クラスAである以上、大きめの塵旋風ぐらいは起こせるだろう」
「メイドさんだぁ………!」

 何故か教練校の制服ではなく、来日する前の画像だったらしくメイド服を着用していた。式王子のテンションが一瞬で有頂天を迎え、東山と宮村が若干身を竦めて引いた。どうやら既に被害にあっていたらしい。

「次に新見貴史。特班班長の二年。得物はオールマイティだが、突撃銃やグレイブの類を好んでいるようだ。しかし異能無しの暫定クラスB」
「異能無し、ですか?」

 次に映されたのはやる気がなさそうな中肉中背の、実に特徴のない少年だった。付け加えられた情報に式王子が首を傾げる。異能がないのならそれって半適合者か非適合者じゃないの、と思ったのだ。

「新見君はねー、霊素出力検査はクラスExに匹敵しているんだけれど、異能が使えないみたいなのー。何年か前に大っきな怪我をして、その後遺症だって聞いたよー」
「だが彼はそんな状態にも関わらず成績自体は中の上を維持している。何でも卒なくこなすから間違いなく特班のブレインだろう」

 二年組はフォローするように口々にそう評した。思いの外評価は高いらしい。だから宮村が面白そうにへぇ、と声を上げた。

「班長達は随分と評価しているのね」
「一時期ウチに来るかもって話もあったものー。その時彼を擁してた班長が『アイツがいなくなったら困る』って泣きついてきたからお流れになったけどもー」
「彼自身、異能が使えない分、上手く立ち回っていたようだ。統率者にとって特化ではなくても小器用に何でもこなせる人間というのは、それはそれで重宝されるものさ」

 かゆいところに手が届くような、重箱の隅をつつける箸のような、そんな人材だと先達二人は評価する。

「最後に、三上正治。クラスC。得物は拳。異能は『霊糸形成』。―――以上」

 最後にブロンドアッシュに短髪の少年―――三上を映し出して加賀は締めくくった。

「以上?他に無いのー?」
「縁者のいる前でこう言うのは何ですが、警戒すべき相手ではないかと」

 特に注意点を挙げることもなかった加賀に東山は小首をかしげるが、代わりに式王子が苦笑した。

「まぁ、ですよね」

 その反応に、ああそう言えばコイツの彼氏だったか、と皆が納得した。

「擁護するわけではないが、評価自体はしている。昨年にJUDAS相手に大立ち回りをして、国軍の突入班が介入するきっかけを作り自身も片腕を失いつつも何人かの信者を討ち取り、結果的にとは言え人質も救っている。その是非は兎も角として、非常時や鉄火場に身を置いても尚困難に立ち向かえる―――所謂正しき資質はあるのだろう」
「あぁ、渋谷の立て籠もり事件。そう言えば、彼が立役者だったねー」

 加賀の言葉に、ぽんと手を打って東山は思い出す。

 去年、結構な騒ぎになったのを覚えている。一時期は毎日のように報道していたし、その立役者である三上にも取材は行っていた。だから顔自体は東山にしても風間にしても覚えてはいたのだ。

 何故か一時期を境に、すっぱりと報道が止まったが。

「しかしその時に負ったPTSDを未だ克服できていない。集めた情報では他者を傷つけることに著しい恐怖を覚えているようで、得意とする得物が拳である以上それは致命的だ」
「成程、少なくとも今回の模擬戦では障害にならないと」

 対消却者戦では分からない。だが、少なくとも対人戦では攻撃不能などとんでもないハンデだ。少なくとも今から行う一戦では脅威にならないだろう。

 だからこそ。

「以上を踏まえて、立案する作戦は―――非常に単調でつまらないものだ」



 ●


 中央管制室と名付けられた部屋に特班と第一班の担当教官二人が顔を突き合わせていた。

 一人は特班の担当教官である山口明里。

 もう一人は第一班の担当教官である西野達郎だ。メガネを掛けた痩せぎすの、神経質そうな男だった。

 管制室の中央、大きなスクリーンに幾つも分割し映し出された映像をまるで映画でも見るかのようなリラックスした様子で二人は眺めていた。

「―――さて、始まったか。山口教官は何か指示を?」

 状況開始、と機械的なコールが響きそれぞれの班が2km離れた開始位置から動き出す。

 その様子を眺めながら西野は隣の山口にそう尋ねた。

「いえ何も。正直、勝つことは不可能でしょうね。むしろ負けてもらわないと困ります。そのために最大戦力をぶつけたのですから」

 それに対し、山口は特に気負うこともなくこともなげに断定する。

 今回の模擬戦。そのレギュレーションは大将に設定された班員が落とされたら負け、と言う非常にシンプルなものだ。それ以外は何でもありとなっている。

 こうまで自由度の高い模擬戦になった理由は幾つかある。まず今期入って初めての班同士の模擬戦であり、元から非常に注目度が高いこと。組み合わせが鐘渡教練校最優の第一班と、ちょっと特殊な背景を持つ連中を集めた特班。中でも歩く国際問題がいることが挙げられる。

 エリカとリリィに対する感情を単なる好悪で表すのなら、好が大勢だ。見目麗しき姫とその従者、ともなれば物珍しさも手伝って注目度は否が応でも高くなる。突き抜けた美貌を持ってすれば下手な嫉妬も置き去りにするし、その背景を少しでも知っていれば妙な嫌がらせも起きない。

 であると同時に、下手に触れないのだ。

 たった一言が国際問題に繋がるかも知れない―――だったら眺めるだけにしておこうかと何とも日本人的な対応と言うかどうかは別として、その躊躇いが一種の防波堤にはなっている。これが国賓であるならそのことなかれ主義は極めて正しい。

 一般市民が王侯貴族に対する礼節など教育されているわけもなし、少なくともベストでなくともベターではある。当たり障りもなく、心健やかに帰国の日を迎えてもらえれば良いのだ。例え彼我の心に壁があると分かっていても、だ。

 だがエリカの立場は教練校生。座学は勿論、模擬戦や各種イベントまで共に行うことになる。否が応でも接触の機会はあるし、そこから距離を必要以上に取ろうとすればそれはそれで失礼に当たる。

 故にこそ前例―――ボーダーが必要なのだ。ここまでなら問題ないですよ、と言う明確な線引が。第一班はそういう意味ではスケープゴートにされたとも言える。

 だから山口としては盛大に負けてくれていい、と思っている。彼女達を負かしても、何か見えない力が働くわけではないと広く知らしめたいのだから。

 わざわざ第一班に模擬戦の話を特権使ってまで持っていったのは、そうした裏事情があった。この件に際して唯一の懸念点は豊富な実戦経験を持つ飛崎だった。おそらく、彼が本気で対処すれば未だ学生の域を出ない彼等を相手に勝つことは可能だろう。

 だからこっそりと手加減を頼むと、こちらの事情を悟ってか笑って頷いてくれた。妙なプライドの高さを持っていなくて助かったと山口は胸を撫で下ろしていた。

「ふ、む。意外と冷静だ」
「二年は新見一人。班を揃えて顔合わせして、まだ数日ですよ。生徒達自身もお互いを探り合っている状態なのに、教官を信用しているわけがないでしょう」

 西野の意外そうな表情に、山口は肩をすくめる。

「尤も、それはこちらも同じですが」
「信頼関係がないので指示を出さなかったと?」
「指示とは言い難いですが、一つだけ―――好きにやれと」

 教官としては放任が過ぎるかも知れないが、実際に彼等を教育していくのは今日のこの模擬戦以降だ。

 互いの素性や性格、流儀をある程度理解しないことにはあの特殊過ぎる連中を扱うことは難しいだろう。そう言った意味では、山口も彼等に対するボーダーを探っているとも言える。

「―――ふむ。私と同じ指示をした、と」
「西野教官も自由にさせたんですか?」
「信頼関係という面では、少なくとも東山や風間からは勝ち得ているだろうがね。その他の新入生三人からは不可能だろう」

 足を組んでさもありなん、と西野は頬杖をする。

「クラスExの適合者は性格的にとかく扱いづらい。自我が強いからこそ適合率が上がるとか、そういった学術的な見地はさておいて、余りにも奇人変人が多すぎる。特に覚醒直後からクラスExだった者は特に。式王子はまぁ、性癖はさておいてアレはまだ例外的に素直だ。しかしながら加賀と宮村。この二名は出自も相まって大分捻くれている」

 西野の言葉に山口は数日前の戦友との電話を思い出す。

「そう言えば二人は七菱の予科生でしたか」
「しかも近畿圏で起きた実験部隊の被害者だ」

 9・25事件と呼ばれ、去年JUDASの渋谷テロと並んで日本を騒がせた事件がある。

 元々、平均よりも早く適合者として目覚めた、所謂早期覚醒者を可能な限り早く実戦投入するために画策された計画があった。予科生制度と呼ばれるものだが対象年齢がその趣旨からして義務教育中まで及んでしまうため、人類の存亡に最中だと言うのに過度な人権意識が蔓延っていた頃の日本国ではまともに許可が降りず、本人の意志と保護者の意見を確認してからと言う枷の元で試験的に幾つかの圏で少々運用されているだけの制度だった。

 適合者は通常、十代前半―――大体が中学生ぐらいの年齢で覚醒する。つまり、早期覚醒者はそれよりも早く―――最年少だと5歳の記録もある―――そんな年齢から教練を行うのは倫理的にどうなのだと議論が紛糾し、結果日本らしい玉虫色の死に制度となったのだ。前述した倫理的な課題もあってこれに拘泥するような人間も長くいなかった。

 結果、最近まで廃れていたのだが、手柄を求めた者達がそこに目をつけた。

 前例はなければ作れないのでその実績作りに血道を上げた政治派閥がいて、その意図を組んで本拠を九州圏に置く七菱教練校が予科学校を設立した。

 そこまではまだ良かった。

 子供に戦闘教育を施し、戦うための機械にする―――などと悪しざまに言おうと思えば幾らでも出来るのだが、本人に何のメリットもないとは一概には言えない。

 そもそも現代社会は一時期よりマシになりはしたが、消却者という脅威に常に脅かされている。圏を囲う障壁を一歩出れば、いつ何時襲われても不思議ではない。法律で決まっている以上適合者として覚醒したのならば、いずれは教練校に通い、卒業後は軍属に最低でも三年はいなければならない。その立場になれば嫌でも命に危険が及ぶ。仮に満期を迎えても予備役だ。緊急事態宣言が成されれば戦地に駆り出される。

 ならば早々に生き抜くための術を教え込むのは、決して悪いことではない。

 そして何より、未熟な精神に異能などという特殊な力が発現すれば暴発や暴走など懸念もある。子供故の全能感や万能感も手伝って、良くも悪くも多大な影響を周囲に及ぼすだろう。そうした結果が何を生み出すか―――もしそれが分からないのならば教育に口を出す権利はない。

 故に特殊ではあるが特別ではないのだ、と叩き込む環境が必要だった。

 繰り返すが旧時代的な倫理を抜きにするならば、決して悪い制度では無かった。得てして制度を悪用してを明確な悪にするのは大人の所業だ。

 とある政治派閥が実績を求め、予科生を戦場に出した。

 当初は単純な漸減邀撃作戦だった。障壁圏外の消却者を一定数狩り実戦を経験させるだけの、これだけならば通常の教練校生も行うぐらいの難易度の低い作戦だ。引率も手厚く配置したので、危険性はむしろ通常の教練校生よりも低かった。

 最初の問題は、そこで消却者の大量発生が起こったということ。

 だが引率した国軍部隊も自らが抱えているのが未熟な子供だということは理解していた。迎撃するにしても撤退するにしてもまず以て未熟な彼等は足手まといであるし、指揮官は早々に本部を指示を仰ぎ撤収を提案した。最低でも子供達だけは、と。

 果たしてそれは叶えられ、予科生の部隊は撤収した。

 だが、ここで2つ目の問題―――いや、事件全体で言うならば真因が起こる。

 とある将校が撤退してきた予科生の部隊を再び戦場に送り出した。ここでの問題を上げればきりがないので割愛するが、結果として護衛は勿論、引率すらつかず―――消却者が跳梁跋扈する戦場を彼等は彷徨うことになる。

 結果は言わずもがなである。

 死者64名。重軽傷者171名、内再起不能者169名。その全てが少年少女、と言う未曾有の大惨事。

 事実上の生存者が二人しかおらず、挙げ句送り出した将校は責任逃れを今でも行っている。この事件は国軍の体質や政治問題も含めて大きな問題となり、去年起こった事件ではJUDASの渋谷テロと並んでその年を象徴する事件として語られている。

「大人の都合で孤児になり、大人の都合で予科生になり、大人の都合で未熟なまま戦場に出された。挙句の果てに大人が下手打ったがために部隊は全壊。まともに生き残ったのはあの二人だけ。後はほぼ再起不能。その上指示した大人は大声で子供達の力不足だ自分達はちゃんとやっていた、等と責任転嫁。これでも尚、大人を信じられる天真爛漫な子供であったら、私は教練校よりも頭の病院へ連れて行くがね。―――反吐が出る話だ」

 吐き捨てる西野に山口は物珍しげな視線を向けた。あまり付き合いは長くないが、徹頭徹尾冷静なタイプであるのは知っていた。

「珍しいですね。西野教官が嫌味でなく悪態をつくだなんて」
「責任を取らん責任者など存在価値の是非よりも害悪加減の方が先に立つ。保身は生物である以上仕方のない防衛本能だが、ダブルスタンダードは理論そのものが破綻している。およそ知性ある生き物のする所業ではないし、対峙して議論する価値も無い。―――ところで私に対する君の普段の評価が気になるところだが」
「堅物でねちっこい陰険インテリ嫌味ヤクザ。もしくは責任大好きおじさん」
「社交辞令と言う言葉を知らんのかこのジャージヤンキー………!」
「それより始まったようですよ。―――ははぁ、本当に城だわ、ありゃ」

 しれっと互いの評価を流して、山口はモニターに視線を向けると模擬戦区画の一画に城が建っていた。

 燐光を吹き散らしながら出現したそれは、日本的な城ではなく、西洋的な城を模していた。手加減しているのか、最大出力なのかは分からないが、大きさは30m四方。高さはおよそ10m。実際の城からすれば幾分小さいとも言えるが、堅牢さは本物に劣らない。霊素で構築されたものだから、抵抗値も高く異能すら弾くだろう。

「―――タブレット?」

 城塞の一番上にカメラが向けられ、その中心地に宮村がいた。

 彼女の周囲には燐光―――異能行使時に出る余波―――が迸っており、この奇跡の御手であることが見て取れた。そんな宮村は、左手にA4サイズのタブレットを持っている。

「宮村は具現能力の補助の為に本を読むのだと。試験の時に出した騎士程度なら小説の一文程度を諳んじる程度で済むようだが、ああした大物はそれに対応した書物が必要で、維持するのにも読み続けなければならないらしい。まぁ戦場に紙の書物などまともに持ち込めないから、ああした電子書籍を携帯しているようだな。PITではなくタブレットなのは、PITで小さい文字をずっと見ていると目が悪くなりそうだから、だそうだ」
「戦場で読書ですか。使い勝手は悪そうですね」
「小回りが効かないのは確かだな。だが、あの手の異能に求められるのは単体戦闘能力よりも戦略規模の運用だ。であれば、その煩雑さは却って良しだろう。核兵器に匹敵しかねない戦略級異能を照明のスイッチのように気軽に押してもらっても困る」
「国を滅ぼす願望、ですか」

 彼女と同じ異能の持ち主は歴史上何人かいるが、大凡が不幸な人生を辿っている。制御が甘く周囲を巻き込んで自滅した者もいれば、国に囚われ人体実験の果てに暴走し国ごと自身を滅ぼした者もいる。

 9・25事件の被害者であるということを考えると、宮村も例に漏れず不幸な境遇とも言えるだろう。

「さて、対する特班は………―――おい、君の所の生徒は中々大胆不敵だな」

 そして西野が向けた視線の先、特班は初手から奇策を打っていた。

 城の真正面。遮蔽物も何もない道路のど真ん中で、飛崎が一人で無防備に躍り出ていた。
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