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本編 『起』

第十八章 家族会議と時を駆けた幼女

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 親子三人川の字になって―――という言葉は聞いたことはあった三上ではあるが、実際にそんな状況になるのはもっとずっと後の事だと思っていた。

「とんだ休日になっちまったなぁ……‥」
「そうですか?私は結構楽しんでますけど」

 現状、静かに眠るクオンを挟んで式王子と三人、川の字になって寝転がっている。

 あの後―――確証を得るために行動を移して、それでなくても戸籍関係とかどうにかしてくるからクオンちゃんの面倒見ておいて、と長嶋が席を立ち程なくして『謎の幼女をどうする会』を解散した。ぶっちゃけ新見とエリカ、リリィは完全に部外者だったのだ。取り敢えず一息ついたし、あやすためにクオンに貸与していた黒猫を回収してそそくさと撤収していった。

 飛崎は飛崎でパパとママが居るなら儂の出る幕じゃねぇわな?と言外に押し付けて、リースティアを伴って何処かへフケた。

 残されたのは、三上と式王子とクオンである。仕方がないので、取り敢えずクオンを伴って三上の自室がある寮に戻ることにした。

 普段から式王子が入り浸っているので食材のストックがあるため、それを使って夕飯にし、しばらく食休みしていると不意に長嶋から連絡があって尋ねてきた。その際三人の唾液を簡易キットで採取して、明日ご家族と集まる予定立てたから君達も予定空けといて、と一方的に言い放ってすぐさま帰っていった。

 横暴と言えば横暴かも知れないが、そもそもこちらが世話になっているのであまり文句も言えない。

 そうこうしている内に夜も更けてきて、さて風呂も入ったし寝かしつけるか―――と冒頭に戻る。

 因みに桜山寮には門限は無いし、男女混合寮だ。全盛期の感覚では若い男女が同じ屋根の下で住むなんてと倫理観溢れるコメントで炎上必至のこの体制だが、2049年現在、人類の総人口は20億しかいない。その中で日本だけが古い倫理観で生き残れるほど温くはないのである。当然ではあるが、前世紀の日本人口1億2千万には遠く及ばない。

 間違い上等、そもそも現代の成人年齢が15歳で教練校生は法律上は成人だ。適合者の異能は遺伝するので、むしろ国としてはガンガン子供を作ってもらいたいのである。実は教練校内での託児所もあったりする。まぁ出産は人生の大イベントの一つであるため大半は職員達の子供が預けられているが、中には学生の子供もちらほらといる。

 そう言った背景もあり、家主の同意があるならばお泊りも問題無かったりする。

「かーわいい」
「それは認めるけどよ……‥」

 すやすやと寝息を立てるクオンの頬をふにふにと指先で触りながら、ふにゃりと相好を崩す式王子に三上は同意するがその顔は暗いままだ。まぁ、理由はある。

「明日が憂鬱だ……‥」

 明日、家族と会う。

 字面だけならば何でもないし、特段家族仲が悪いわけではない。三上も普段なら別に思うところはないが、今回は別だ。何しろ議題が彼の横で眠っているクオンである。意図した訳ではないし、身に覚えも全く無いのだが何故かこの幼女のパパになっている。

「親父とかぜってぇキレる。婆ちゃんに至っては殺されかねん……‥」
「大丈夫ですよ、おじさんもおばあちゃんも優しいから」
「そりゃ小夜にだけだ!」
「正治君正治君!しーっ……‥!」

 反射的に三上がツッコミを入れるが思ったよりも声が出てしまい、クオンの寝息が乱れる。思わず口に手を当てて静かにしていると、ややあって規則的な寝息に戻った。

「はぁ……‥どうすんだ、この先」
「まぁまぁ、きっと皆擁護してくれますよ。―――家族ですから」

 宥める式王子に、あの家族に慈悲を求めて大丈夫かなぁ、と三上は不安に思ったまま就寝した。



 ●
 



「判決。―――余裕で死刑」
「お兄ぃサイテー」

 慈悲はなかった。

 三上の祖母と妹の裁定が下り、父が死刑の執行を開始した。

「ば、婆ちゃん鈴奈ちょっと待った!ぎゃぁあぁあっ!あ、コラ関節!関節決めるなバカ親父!」
「うっせぇバカ息子!てんめぇ小夜ちゃんという良い子彼女にしておきながら余所にガキ拵えているとか何様のつもりだコラ!下半身に脳味噌あんのかこの野郎!私の息子は種馬です!ってか!?やかましいわコラ!むしろやらしいわコラ!!」
「ち、違う!俺最近童貞卒業したばっかだし相手小夜だし!そもそも十五歳で5、6歳の娘とかどうやって説明するんだよ!」
「はぁ~?処女懐胎ならぬ童貞托卵とでも言うんですかぁ?想像妊娠ならぬ妄想孕ませとか最っ低ですねぇ正治さん!?パパは小学4年生ですか―――!?エロゲ主人公か貴様!お袋!鈴奈!判決は……‥!?」
『―――超☆死刑』
「だから違うとぉぉおぉぉおおおぉぉおっ!?」

 自身の下馬評通りカオスな展開になった。無論、三上にも否があった。

 昼前に連絡があって長嶋武雄の家へ向かうとリビングに祖母であるサラ、父である譲治、妹である鈴奈と三上家が勢揃い。式王子家からは既に隠居していて仕事も無い身軽な祖母の琉花が出席していた。

 そんな中で、三上は開口一番に子供が出来たとクオンを指差したのである。

 色々すっ飛ばし過ぎである。

 結果として女性陣から汚物を見るような視線で見下され、父親には関節技を極められている。

 一方、式王子家の方はと言うと。

「きゃぁあぁ!可愛い!可愛いわクオンちゃん!小夜ちゃん小夜ちゃん!この子ウチの娘なのよね!?お持ち帰りしていいのよね!?」
「ウチの娘ですけどお持ち帰りは駄目ですよー。お洋服の生地さえ送ってくれれば仕立てて着せて写真撮って送ってあげますから」
「ちゃっかりしているわね小夜ちゃん!服そのものじゃなくて生地を要求するなんて!」
「余ったら流用できますからねぇ」
「そんな孫娘も可愛いわ!一反ダース単位で送っちゃう!だから動画もよろしく!!」

 唐突に出来た曾孫にテンションが上りまくった着物姿の老女がクオンを抱えてくるくると踊り狂っている。クオンはクオンでアトラクションか何かかと思っているのか、きゃっきゃっと喜んでいた。

「うーん、このカオス」

 その二家のやり取りを見ながら、仲裁をすることもなく長嶋武雄は呟いた。

 いや、やろうと思えば出来なくもないがちょっと面倒だし、混乱していたとは言え三上の不用意な一言が招いたのだ。取り敢えず、これもきっと家族同士のコミュニケーションの取り方なのだろうと我関せずと傍観を決め込んだ。

 基本的にことなかれ主義なのだ、この武神。

「はーい、皆さんお茶が入りましたよー。はい、こっちお茶菓子です」

 そんな中、三上にとっては救いの主が現れた。

 泣きぼくろが特徴的な女性だ。実年齢は既に片手だと言うのに、未だに30前半の見た目をしている。

 長嶋静流。

 長嶋武雄の妻で、形式的には後妻だ。彼女が人数分の湯呑とせんべいや和菓子を詰め合わせた器をテーブルに置き、皆がお茶を飲んで一息ついた。

「ああ、ありがとう静流さん。―――色んな意味で」
「いえいえ。クオンちゃんにはジュースとケーキを用意したからあっちで食べようねー?―――ではごゆっくり」

 収拾がつかなくなりつつあったので、長嶋が礼を言うと彼女はクオンの手を引いて席を外した。どうやら気を利かせてくれたらしい。出来た嫁である。

 さて、と長嶋はお茶で喉を軽く潤して言葉を発した。

「えー、まぁ、色々と言いたいこと聞きたいこと諸々あるでしょうが、まずはお集まり頂いたことに感謝を。ではまず、状況確認からご説明させて頂きたく」
「ちょっと待ちなタケ」

 襟を正して話し始めようとする長嶋に待ったをかけたのは三上祖母―――三上サラだ。加齢のためかくすんできた金の髪をガシガシと荒っぽく掻きながら、彼女は続ける。

「まずはその背筋がムズムズするような口調はやめな」
「そうですねぇ、今更タケ君に畏まられるのも何だか擽ったいです」

 それに便乗したのは着物姿の老女―――式王子琉花だ。

 タケ、等と呼ばれているように長嶋とは既知の仲である。『消却事変』発生当時からの戦友であり、今でもたまに連絡を取ったりするぐらいには気の置けない関係だ。

 とは言え、長嶋にも立場というものがある。

「―――一応、お子さんを預かる立場としてですね」
「何を言ってんだい。武神が一般人風情に謙るんじゃないよ」
「そうですよ。タケ君は私達の英雄なんですから」

 しかしながら、年上の女性、しかも自分の過去を知っている相手には長嶋と言えど分が悪い。

「はぁ、もう。そういうところ、いつまで経っても敵わないなぁ」

 取り繕っても仕方ない、と判断した長嶋は深く吐息して諦めた。

 彼女達も別に嫌味でそう言っている訳ではないのだ。長嶋武雄は広く英雄として知られてはいるが、それに救われた内に彼女達も入る。ちょっとばかしケンカが強かっただけのヘタレ少年が、何を胸に抱いてあの混乱の極地を駆け抜け、人類存続の為に剣を掲げたのか―――彼女達は知っているし、間近で見てきたのだ。

 そこには当時の政府が広報したプロパガンダ以上の生の情報があり、そこに至った彼の気持ちも知っている。

 故にこそ、自分達の英雄の畏まった姿など見たくないのだ。

「じゃぁ、まずは事の発端から説明するよ」

 それをありがたく思いながらも、長嶋は今回の集会の趣旨―――つまりクオンの出現から混乱、現在に至るまでの現状を説明した。

「―――ふむ。聞いた限りじゃぁ、確かに変な点は多いね」

 サラが頷くように情報を咀嚼すると、横合いで醜い争いが起こった。

「父ちゃんは信じてたぞ正治ィ!」
「嘘つけバカ親父ィ!」
「お兄ぃの言葉足らずが悪い。―――結論、鈴奈ちゃん無罪」
「後で覚えてろよ鈴奈ァ!」
「へーんだ。へっぽこ兄に何が出来るか。やーいやーい兄ーヘタレ兄ー」
「小夜に頼んで強制撮影会」
「ごめんなさい鬼ィさま―――!!」

 三上家は元気だなぁ、と長嶋が呆れるように眺めていると琉花が首を傾げて。

「んー……‥でもクオンちゃんを見ていると……‥何だか何処かで、いえ、クオン………?しかも御殿場市民病院―――?」
「それで私も色々調べてみてね。分かったこともある」

 長嶋がそう告げると、琉花は探していた記憶に思い至ったかのように硬直した。

「まさか………」
「やっぱり、心当たりがあるようだね」
「いえ、でも待って。もう、五十年も前のことですよっ!?」

 皆が彼女に視線を集中させると、狼狽するように叫んだ。

「ルカ。何か知っているのかい?」
「サラさん。旦那さんから―――修二君から聞いたことなかったですか?修司君のお兄さんの話」
「そりゃまぁ、アンタの姉と結婚してたのは知ってたよ。それが理由で仲良くなったんじゃないか、あたし達は」
「はい、修二君のお兄さん―――隆一さんは私の姉である美樹姉さんと結婚していました」

 当時の話だ。

 三上家には二人の兄弟がいて、次男の修二は後にサラと結婚している。それが今ここにいる三上家の直系だ。では長男の隆一はどうかと言えば、式王子家の長女である美樹と結婚し既に一児を授かっていた。

 しかしその子供は身体が弱く、当時も近場の病院に小児喘息で入院していて―――そしてそんな折に『消却事変』が起こった。

 修二と琉花は当時とある政府機関に所属していて、その影響で以後も生き残れたが姉夫婦の行方は知れず。その後も捜索はしたが結局、遺体すら見つかることもなかった。

 何しろ彼等が住んでいたのは御殿場だったのだ。あの界隈は半禁域化の影響で生物が住めない土地になっていた。

 だが、そんな場所から現れたと目されるクオンの名前を持つ幼女。

「まさか、その子供ってのが………」
「三上久遠。それが、亡くなった子の名前です」
「つまりあの子は、あたし達の姪で」
「親父の従姉妹で」
「鈴奈達の従兄弟違い………?」

 荒唐無稽な話に嘘でしょう、と誰かの言葉が響いた。しかし、長嶋はそれを裏付ける情報を与えた。

「そんな馬鹿な、と思いたい気持ちもあるだろうけど、クオンちゃん自身が証言しているんだ。『緑のお姉ちゃん』と『青いお姉ちゃん』、と」
「『緑のお姉ちゃん』とやらは兎も角、『青いお姉ちゃん』、ねぇ。心当たりがありすぎるんだが、ひょっとしなくても―――サナの事かい?」
「恐らくは。再会してから、そんなことをしていただなんて、聞いたことはなかったんだけれども―――あの時期、佐奈が皇竜を追いかけていったルートに、確かに御殿場はあったんだ」
「あの子なら出来そうですしねぇ………」

 普通ならば突拍子もない話だと割り切ることも出来るが、出てきた情報にありえそうだと年寄組は納得仕掛ける。

 しかしついて行けないのは他の世代である。

「あの、そのサナという人は………?」

 譲治が尋ねると、琉花が答える。

「相蘇佐奈………いいえ、長嶋佐奈、と言えば聞いたことあるでしょう?」
「セルビア戦役の聖女………!?あ、いや、あだっ………!?」

 無遠慮な息子の一言に、サラがぼかりと頭を殴りつけた。結構鈍い音がした。

「いや、いいんだ。もう、随分昔のことだし」

 時間にして言えば、34年前―――2015年の事になる。

 あの時の戦いは長い人類史を振り返っても稀に見る総力戦で、これを落とせば人類に明日はないとまで言われた程だ。故にこそ後に『八英雄』と名付けられた世界各国の適合クラスExの英傑達が戦いに投入された。

 中国から四神使い、劉偉。

 ロシアから絶対守護権、アイザック・ヴィクトール。

 オーストラリアから無限鉾、オリバー・ホワイト。

 アメリカから一人砲兵、ジャスティン・ローマンネーク。

 アフリカから精霊の鏡、ケネス・アミン・エニレレ。

 欧州連合から剣帝と名高い少年で、後に本当に欧州の覇王となる冷泉院マティアス。

 日本から氷原の魔女、雨矢希虹。

 そして当時既に皇竜殺しとして世界的に有名だった武神、長嶋武雄。

 実績もある長嶋をリーダーに据えて、迫る皇竜大進撃―――その大本の排除が彼等に与えられた役目で、苦戦や犠牲を強いられながらも彼等は中心地へと辿り着いた。しかし力及ばずここまでかと思われた時、帯同していた長嶋武雄の妻、長嶋佐奈が理外に至り、皇竜の時を止めてその隙に英雄達が全火力を叩き込み殺した。しかしその無茶な異能の運用は彼女の身を蝕み、その場で死に至った。

 ―――と、表向きはそうなっている。少なくとも、民衆が望むような美談にされた。それは結果的に妻を亡くした長嶋を慰める意味もあったのだろう。

 例えばW.A.C.Oの旗印は聖女の祈りがモチーフになっており、それは長嶋佐奈が亡くなった際の姿でもあったりする。だが当然、そんな物は長嶋にとって何の慰めにもならず―――逆を言えば、世界をしてそれぐらいしか出来なかったとも言える。

 長嶋武雄が本当の意味で立ち直ったのは、長嶋静流―――当時は小野田性を名乗っていた―――のお陰と言っても良い。再婚をするのは、ずっと先になるが。

 まぁ、それはともかくだ。

「あの子が持っていた異能は『空間制御』。でも、それは漏れ出た力の一端でしか無い。あの子の力の本質は『時』そのもの。本気を出せば時間だって操れる。―――こういう事もあるのかねぇ」
「それは理外に至ったって事ですか?」

 その途方も無い影響力を持つ異能に関して、式王子小夜が首を傾げるが。

『あー………』

 それに関してサラも琉花も、長嶋の方を気まずげに視線を投げた。

「まぁ、そういう理解でいいと思うよ」
『?』

 何かしら老人組で思うところがあるらしいが、下の世代には今一分からない。しかしそんな疑問を押し流すようにサラがまくし立てた。

「ともかく、あの子が関わっているなら話は別だ。五十年という時間の問題が解決できたなら、状況証拠が揃っているね。となると、後は………」

 それを裏付ける物的証拠だ。

 長嶋もそれは理解していたのだろう。懐から何やら紙を取り出すと、テーブルの上に広げてみせた。

「うん。それでこれが、DNA鑑定の結果。超特急でやってもらったよ」
「あぁ、それで昨日、俺達の唾液を採取してったのか」

 三上が納得したように頷いた。

 どうやら、彼だけではなく彼の家族や式王子家まで訪ねてサンプルの回収を行っていたらしい。であるならば、昨日のあの一方的な慌ただしさも理解できるものだ。

「遺伝子座とかなんちゃら指数とか数字が一杯で目が痛くなってくらぁな」

 皆がそれを覗き込み、余りの数字の多さに辟易して譲治がそれを代弁した。確かに素人には何が何やら分からない。最初に見た長嶋もそうだったので、分かりやすい結果を示した場所を指差す。

「一番下の結果を。パーセンテージの所だね」
「99.358………」

 鈴奈の言葉に、皆が息を呑んだ。

 おおよその親戚達の遺伝子と殆ど似通っている、という結果を加味すればクオンは三上家、式王子家と血の繋がりがある。その可能性が高いということになる。そして親戚筋に、アレぐらいの年の子供はいないと知っている。

 仮に、全く知らない所で両家の血筋が生き残っていたとして何故、死んだと思われる子供の名前なのか。その名付けが偶然だったとして、何故御殿場市民病院の病衣を着ていたのか―――常識を当てはめれば当てはめるほどに矛盾が生じていく。

 素直にありえない現実―――時間を超えた、と考えたほうがしっくり来てしまう。

「詰まるところ、そういうこと、なんだろうねぇ………。前世紀生まれの人間には、SF過ぎて頭が痛くなってくるよ」

 サラの言葉に今世紀生まれだって一緒だよ、と下の世代達もそう思った。
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