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第四章 葵
第17話 掴むもの 手離すもの
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「済まんな。もう少しだけそなたの力を借りたい。五月の富士の狩で不審の向きがあった。そなたが備えてくれた五人丸のおかげで私は助かったが、あの時に常陸国の者らが示し合わせたように一斉に賊の前から身を引いたのだ。それで曽我時到と相対峙することになった。咄嗟に刀に手が延びたが、その前に、そなたが袖の裾を、と言っていたので隣にいた大友能直に私の裾を踏ませておいた。おかげで間を微妙に外すことが出来て曽我時到は間合いを狂わされて足が止まり、その刹那に五人丸達が飛び掛かって取り押さえられたというわけだ。何故、私に動くなと言った?時到の呼吸に合わせてしまっていたら間違いなく斬られていただろう」
ヒメコは胸を押さえてはぁと息を吐いた。それからゆっくり顔を上げる。
「視えたのです。それを口にしたまでのこと」
頼朝は、そうか、と答えて続けた。
「今年は鹿島社の大祭の年。だが常陸国を知行している者らが一向に社の造営を進めない。どうも秘密裏に合戦の準備をしている動きがあり、狩を口実に隣の下野国の那須へと軍を動かした所、やはり様子がおかしかった。私の異母弟の範頼は、常陸国の武将らに影響力を持っている。だから狩には参加させなかった。また、富士の辺りは甲斐源氏の影響力が強い。範頼は元々は甲斐源氏と結びついていた。範頼は私が挙兵した時に私の元にはすぐ駆けつけず、甲斐源氏らと動きを共にして義仲と競り合っていた。範頼は京の公家らとも関係が深い。我らが富士に居る間に何らかの手段で範頼は富士の異変を聞きつけ、素知らぬ顔で鎌倉の御台の元へと顔を出して、心配は要らぬと言ったらしい。調べたら、曽我兄弟にはもう一人、京に原小次郎という弟がいて、そやつは範頼の郎等だった。私に何かあれば、取って代われるのは今の鎌倉では範頼くらいだ。だが、範頼だけ切ればいいのか、それとも範頼にそう焚きつけた大きな陰が潜んでいるのか。そなたはどう視る?」
ヒメコは黙った。
頼朝は僅かに迷っていた。弟の義経を自らの手で追討した。また弟を失くすのかと迷っている。同時に、もっと大きな敵が控えているのを感じて身動きが取れなくなっているのだ。踏み留まるか動くか試されていた。
ヒメコは目を閉じて一つ大きく息をした。
やがて目を開く。
迷うなら動くべきだと感じた。本当に大切なものなら迷いはしない。迷う時はそれが真実大切なものではないということ。
ふと、鬼という言葉が浮かんだ。
「以前、大姫様が仰っておられました。父上は鬼になるのだ、と。そして直後、将軍様は甲斐源氏の一条忠頼殿を誅殺された。鬼にならねば武士の国は創れぬと、鬼になる道をお選びになったのでしょう。何もかもをその手に得る事は難しいこと。肉を切らせて骨を断つ。貴方は迷って立ち止まってはいけません。もがいてでも手足を動かせば、沈んでいた塵芥が舞い上がり、陽に照らされて目に映るもの。それが掴むべき玉であれば掴み、手放すべき塵であれば祓い清めるのが将軍の務めかと」
それは低い声だった。自分の声ではないような。
言いたくなかった。また血が流れる。浮かぶに任せて口を動かしながら、心の中では否定していた。でもヒメコの意識は表層にあり、口を使うことを許していた。その口が発しているのが正しい答えとは思えなかったけれど、彼は、佐殿は迷ってはいけない。それだけだった。
言い終わったヒメコは荒く息を繰り返した。
広間を沈黙が支配する。
ややして、頼朝は小さく答えた。
「万事、承知した」
ハッと顔を上げたら、目の端にコシロ兄の姿が映った。その腕の中にはトモがいる。いつの間に入って来ていたのか。どこから聞かれていたのか。
「戻りました。父は大層上機嫌で、侍所にいた者らに酒を振る舞っておりました。では私どもはそろそろ失礼いたします」
言って、コシロ兄はヒメコの隣に腰を下ろして礼をする。ヒメコも慌てて頭を下げた。
頼朝は小御所の金剛を呼んで来いと侍女に指図する。やがて金剛が大姫乙姫と共に広間に現れた。
二人の姫君はコシロ兄の腕の中のトモに駆け寄る。張り詰めていた広間の空気が途端に弾け、華やぐ。
「まぁ、何て愛らしいこと!ほら。三幡、見て。お手てが紅葉のよう。ね、小四郎叔父さま、抱いてもいいかしら?」
八幡姫に請われ、コシロ兄は微笑んで頷いた。八幡姫は危なげなくトモを抱きかかえると妹の三幡姫に向けた。三幡姫が手を伸ばす。
「姉さま、あたしにも抱かせて下さいませ」
「駄目よ。もう少し待ちなさい」
そう言ってトモに顔を寄せる。
「わぁ、甘くていい香り。生まれたての赤さんの匂いだわ」
「姉さま、あたしにも嗅がせて」
「もうちょっとお待ちなさいよ」
「姉さまばっかりずるいわ」
「年齢順よ」
その時、ピタピタと音がして嬰児が這い這いをして現れる。
「おお、千幡。姉さん達に付いて来たのか」
頼朝が嬉しそうに立ち上がり、その子をよいしょと持ち上げる。
「おぉ、重い重い。どうだ、金剛。抱いてみるか?」
いきなり話を振られて戸惑った顔をした金剛だったが、はいと答えて頼朝の側に寄る。
「ほら、千幡。金剛兄だぞ」
ヒメコはドキッとして思わずアサ姫を見た。アサ姫は笑って言った。
「千幡、金剛のように賢く優しい子に育つのですよ」
それから金剛に向かう。
「金剛。千幡をよく導いて、護ってやってね」
金剛は、はいと大きな声で返事をして、よいしょと千幡君を抱き上げた。
「わぁ、本当ですね。トモの十倍くらい重いです。生まれて一年程でこんなに大きく重くなるのですか」
「トモ?」
アサ姫の声にヒメコは慌てる。
「トモはこの子の幼名よ。友のようにずっと共に居て欲しいと金剛が言ってたわよね」
八幡姫が答えてくれる。
「朝に産まれたの?」
アサ姫に問われ、はい、と頷く。
「では、アサでも良かったのに」
ヒメコはコシロ兄とそっと顔を合わせた。
場の空気が和んだ所で頼朝が口を開いた。
「直に万寿を元服させる予定だ。あれは私の嫡男で、私の跡を継ぐ者。狩も終わったので、この冬前には元服させて正室を娶らせるつもりだ」
「正室」
ヒメコはぼんやりと繰り返した。万寿の君は確かまだ十ニ。でも正室を娶るのか。血を絶やさない為に。
続いて頼朝は千幡君をあやす金剛に向き直った。
「金剛、そなたもそろそろ伊豆の山にでも狩に出掛けると良い。誰か弓に堪能な家人と優秀な犬を連れて行けよ。見事何かを狩ったら鎌倉に持って参れ。褒美を取らせよう」
金剛は短く返事をすると頭を下げた。頼朝は満足そうに頷くと場をしめた。
「では皆々、引き留めて悪かったな。小四郎、今日はご苦労だった。また明日参内しろ」
言い置いて広間を後にする。ヒメコはホゥと息をついた。
久しぶりの外出のせいばかりではなく、ひどく疲れていた。
「平気か?」
コシロ兄に問われ、はいと答えつつも、まだ息が上がっているのを感じる。
「今日はこちらで休んでいったら?」
アサ姫が申し出てくれる。でもヒメコは江間の屋敷に戻りたかった。
「有難う御座います。でも今日は戻ります」
礼をして立ち上がるが、僅かによろける。そのヒメコの腕をコシロ兄が掴んで支えてくれた。
「父上、トモは私が抱いて戻りますので、父上は母上をおぶって下さいませ」
ヒメコは慌てる。
「いえ、歩けますので」
でも金剛はヒメコが被ろうとした笠を取り上げ、その中にトモを入れると大事に抱えた。
「これで安心です。さ、戻りましょう」
プッとアサ姫が笑った。
「しっかり者の長男がいるから、だんまり父とうっかり母がいても江間家は安泰ね」
対し、金剛が元気に、はいと答えて
「それでは、また近々伺います」
しっかりした声で挨拶をしていた。
「やれやれ。しっかり者の長男に、だんまりうっかりの父母か。返す言葉がないな」
苦笑気味のコシロ兄の低い声に頷き、ヒメコは観念してコシロ兄の背に身を預けた。
コシロ兄におぶわれて帰る。ゆっくりと先を行く金剛の背中が頼もしい。コシロ兄の背にもたれ、その鼓動を感じながらヒメコは懐かしい伊豆を思い出していた。
いつだっけ?コシロ兄の背中で泣いたことがあった。そうだ、コシロ兄が元服して八重様を正室に迎えると聞いた日だ。忍び泣くヒメコにコシロ兄は黙って背を貸してくれた。歌を歌ってくれた。
「痛いの痛いの飛んでいけ」
目の端で揺れていた長い垂髪。それを括っていた青い組紐。今、その組紐はヒメコの左手の薬指に巻かれている。
ヒメコはそっと目を閉じてコシロ兄の背に耳をつけた。
背骨を通して低い声がヒメコの胸に響いた。
「辛かったろう。だがよく言ってくれた」
言った?何を?佐殿に言った言葉のこと?でも何故コシロ兄に礼を言われるのか。
ヒメコは黙って耳をコシロ兄の背に押し当てた。
コシロ兄は頼朝の影のような人。頼朝やアサ姫と共に鎌倉を護る人。何かを掴み、何かを手放していく人なんだ。
ヒメコは心の中でそっと歌を歌った。
痛いの痛いの飛んでいけ。
痛いの痛いの、飛んでいけ。
皆が痛みを感じずに日々を暮らしていけますように。それぞれに大切なものを手放さずに生きていけますように。
ヒメコは胸を押さえてはぁと息を吐いた。それからゆっくり顔を上げる。
「視えたのです。それを口にしたまでのこと」
頼朝は、そうか、と答えて続けた。
「今年は鹿島社の大祭の年。だが常陸国を知行している者らが一向に社の造営を進めない。どうも秘密裏に合戦の準備をしている動きがあり、狩を口実に隣の下野国の那須へと軍を動かした所、やはり様子がおかしかった。私の異母弟の範頼は、常陸国の武将らに影響力を持っている。だから狩には参加させなかった。また、富士の辺りは甲斐源氏の影響力が強い。範頼は元々は甲斐源氏と結びついていた。範頼は私が挙兵した時に私の元にはすぐ駆けつけず、甲斐源氏らと動きを共にして義仲と競り合っていた。範頼は京の公家らとも関係が深い。我らが富士に居る間に何らかの手段で範頼は富士の異変を聞きつけ、素知らぬ顔で鎌倉の御台の元へと顔を出して、心配は要らぬと言ったらしい。調べたら、曽我兄弟にはもう一人、京に原小次郎という弟がいて、そやつは範頼の郎等だった。私に何かあれば、取って代われるのは今の鎌倉では範頼くらいだ。だが、範頼だけ切ればいいのか、それとも範頼にそう焚きつけた大きな陰が潜んでいるのか。そなたはどう視る?」
ヒメコは黙った。
頼朝は僅かに迷っていた。弟の義経を自らの手で追討した。また弟を失くすのかと迷っている。同時に、もっと大きな敵が控えているのを感じて身動きが取れなくなっているのだ。踏み留まるか動くか試されていた。
ヒメコは目を閉じて一つ大きく息をした。
やがて目を開く。
迷うなら動くべきだと感じた。本当に大切なものなら迷いはしない。迷う時はそれが真実大切なものではないということ。
ふと、鬼という言葉が浮かんだ。
「以前、大姫様が仰っておられました。父上は鬼になるのだ、と。そして直後、将軍様は甲斐源氏の一条忠頼殿を誅殺された。鬼にならねば武士の国は創れぬと、鬼になる道をお選びになったのでしょう。何もかもをその手に得る事は難しいこと。肉を切らせて骨を断つ。貴方は迷って立ち止まってはいけません。もがいてでも手足を動かせば、沈んでいた塵芥が舞い上がり、陽に照らされて目に映るもの。それが掴むべき玉であれば掴み、手放すべき塵であれば祓い清めるのが将軍の務めかと」
それは低い声だった。自分の声ではないような。
言いたくなかった。また血が流れる。浮かぶに任せて口を動かしながら、心の中では否定していた。でもヒメコの意識は表層にあり、口を使うことを許していた。その口が発しているのが正しい答えとは思えなかったけれど、彼は、佐殿は迷ってはいけない。それだけだった。
言い終わったヒメコは荒く息を繰り返した。
広間を沈黙が支配する。
ややして、頼朝は小さく答えた。
「万事、承知した」
ハッと顔を上げたら、目の端にコシロ兄の姿が映った。その腕の中にはトモがいる。いつの間に入って来ていたのか。どこから聞かれていたのか。
「戻りました。父は大層上機嫌で、侍所にいた者らに酒を振る舞っておりました。では私どもはそろそろ失礼いたします」
言って、コシロ兄はヒメコの隣に腰を下ろして礼をする。ヒメコも慌てて頭を下げた。
頼朝は小御所の金剛を呼んで来いと侍女に指図する。やがて金剛が大姫乙姫と共に広間に現れた。
二人の姫君はコシロ兄の腕の中のトモに駆け寄る。張り詰めていた広間の空気が途端に弾け、華やぐ。
「まぁ、何て愛らしいこと!ほら。三幡、見て。お手てが紅葉のよう。ね、小四郎叔父さま、抱いてもいいかしら?」
八幡姫に請われ、コシロ兄は微笑んで頷いた。八幡姫は危なげなくトモを抱きかかえると妹の三幡姫に向けた。三幡姫が手を伸ばす。
「姉さま、あたしにも抱かせて下さいませ」
「駄目よ。もう少し待ちなさい」
そう言ってトモに顔を寄せる。
「わぁ、甘くていい香り。生まれたての赤さんの匂いだわ」
「姉さま、あたしにも嗅がせて」
「もうちょっとお待ちなさいよ」
「姉さまばっかりずるいわ」
「年齢順よ」
その時、ピタピタと音がして嬰児が這い這いをして現れる。
「おお、千幡。姉さん達に付いて来たのか」
頼朝が嬉しそうに立ち上がり、その子をよいしょと持ち上げる。
「おぉ、重い重い。どうだ、金剛。抱いてみるか?」
いきなり話を振られて戸惑った顔をした金剛だったが、はいと答えて頼朝の側に寄る。
「ほら、千幡。金剛兄だぞ」
ヒメコはドキッとして思わずアサ姫を見た。アサ姫は笑って言った。
「千幡、金剛のように賢く優しい子に育つのですよ」
それから金剛に向かう。
「金剛。千幡をよく導いて、護ってやってね」
金剛は、はいと大きな声で返事をして、よいしょと千幡君を抱き上げた。
「わぁ、本当ですね。トモの十倍くらい重いです。生まれて一年程でこんなに大きく重くなるのですか」
「トモ?」
アサ姫の声にヒメコは慌てる。
「トモはこの子の幼名よ。友のようにずっと共に居て欲しいと金剛が言ってたわよね」
八幡姫が答えてくれる。
「朝に産まれたの?」
アサ姫に問われ、はい、と頷く。
「では、アサでも良かったのに」
ヒメコはコシロ兄とそっと顔を合わせた。
場の空気が和んだ所で頼朝が口を開いた。
「直に万寿を元服させる予定だ。あれは私の嫡男で、私の跡を継ぐ者。狩も終わったので、この冬前には元服させて正室を娶らせるつもりだ」
「正室」
ヒメコはぼんやりと繰り返した。万寿の君は確かまだ十ニ。でも正室を娶るのか。血を絶やさない為に。
続いて頼朝は千幡君をあやす金剛に向き直った。
「金剛、そなたもそろそろ伊豆の山にでも狩に出掛けると良い。誰か弓に堪能な家人と優秀な犬を連れて行けよ。見事何かを狩ったら鎌倉に持って参れ。褒美を取らせよう」
金剛は短く返事をすると頭を下げた。頼朝は満足そうに頷くと場をしめた。
「では皆々、引き留めて悪かったな。小四郎、今日はご苦労だった。また明日参内しろ」
言い置いて広間を後にする。ヒメコはホゥと息をついた。
久しぶりの外出のせいばかりではなく、ひどく疲れていた。
「平気か?」
コシロ兄に問われ、はいと答えつつも、まだ息が上がっているのを感じる。
「今日はこちらで休んでいったら?」
アサ姫が申し出てくれる。でもヒメコは江間の屋敷に戻りたかった。
「有難う御座います。でも今日は戻ります」
礼をして立ち上がるが、僅かによろける。そのヒメコの腕をコシロ兄が掴んで支えてくれた。
「父上、トモは私が抱いて戻りますので、父上は母上をおぶって下さいませ」
ヒメコは慌てる。
「いえ、歩けますので」
でも金剛はヒメコが被ろうとした笠を取り上げ、その中にトモを入れると大事に抱えた。
「これで安心です。さ、戻りましょう」
プッとアサ姫が笑った。
「しっかり者の長男がいるから、だんまり父とうっかり母がいても江間家は安泰ね」
対し、金剛が元気に、はいと答えて
「それでは、また近々伺います」
しっかりした声で挨拶をしていた。
「やれやれ。しっかり者の長男に、だんまりうっかりの父母か。返す言葉がないな」
苦笑気味のコシロ兄の低い声に頷き、ヒメコは観念してコシロ兄の背に身を預けた。
コシロ兄におぶわれて帰る。ゆっくりと先を行く金剛の背中が頼もしい。コシロ兄の背にもたれ、その鼓動を感じながらヒメコは懐かしい伊豆を思い出していた。
いつだっけ?コシロ兄の背中で泣いたことがあった。そうだ、コシロ兄が元服して八重様を正室に迎えると聞いた日だ。忍び泣くヒメコにコシロ兄は黙って背を貸してくれた。歌を歌ってくれた。
「痛いの痛いの飛んでいけ」
目の端で揺れていた長い垂髪。それを括っていた青い組紐。今、その組紐はヒメコの左手の薬指に巻かれている。
ヒメコはそっと目を閉じてコシロ兄の背に耳をつけた。
背骨を通して低い声がヒメコの胸に響いた。
「辛かったろう。だがよく言ってくれた」
言った?何を?佐殿に言った言葉のこと?でも何故コシロ兄に礼を言われるのか。
ヒメコは黙って耳をコシロ兄の背に押し当てた。
コシロ兄は頼朝の影のような人。頼朝やアサ姫と共に鎌倉を護る人。何かを掴み、何かを手放していく人なんだ。
ヒメコは心の中でそっと歌を歌った。
痛いの痛いの飛んでいけ。
痛いの痛いの、飛んでいけ。
皆が痛みを感じずに日々を暮らしていけますように。それぞれに大切なものを手放さずに生きていけますように。
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