81 / 225
第3章 鎌倉の石
第33話 鬼の棲家
しおりを挟む
それから少しして、八幡姫が言った鬼という言葉が現実味を帯びてくる。
御所内で甲斐源氏の一条忠頼が誅殺された。多数の御家人が参列した酒宴の席で、頼朝の指示の元、その目の前で惨劇は行なわれた。ヒメコは丁度奥に下がっていて阿波局から後で話を聞いた。忠頼が刺された直後、家人が太刀をとって頼朝を狙うも、頼朝は守られて奥に下がり、家人らは皆その場で悉く殺された。
そして六月、四月に義高の首を刎ねて持ち帰った藤内光澄が晒し首にされた。見せしめと言っていたアサ姫の言葉が蘇る。
ヒメコはそっと首を竦めて辺りの気配を探った。まだ凶々しさまでは感じない。でもひどく鋭く気が張り詰めている。
ここは鬼の棲家。鬼にならねば生きていけない場所。八幡姫はそう考えたのかだろう。ヒメコもそうすべきなのかもしれない。ここでこれからも生きていくなら。
とにかく、これらの事件は御家人にらに頼朝の冷徹さ非情さ、そして断固たる決意を見せつけた。頼朝、また御台所に逆らう者は容赦なく処断されるのだと。
御家人らはその家臣らにも厳しく規律を課すようになった。そうして野伏せりらの無法集団は、統制の取れた武士団へと変容していく。
それから少しして、頼朝の弟、源範頼が将軍として西国に平家追討の為に出陣した。コシロ兄がその隊に加わって鎌倉を出て行くのをヒメコはアサ姫と共に見送った。
あの日、抱き締められた熱を思い出してヒメコはそっと自らを抱き締める。コシロ兄は死も覚悟して出陣していったのだろう。
——どうか無事で。
一方、華々しく出かけた範頼に対し、前回木曽義仲追討で大きな戦功を上げた同じ弟の九郎義経は、義仲追討後に勝手に任官したことや先走った行動が多かったことなどにより頼朝の信を失っていた。
頼朝は自分一人を頂点に置いた本格的な組織を鎌倉に作ろうとしていた。
御所の敷地内に建てられた公文所では、中原広元ら、文官による朝廷や西国の土豪らとの文の遣り取り、御家人や寺社の所領の沙汰などの政務が開始される。
その公文所の事始めの祝いの酒宴に手伝いで入ったヒメコに、同じく手伝いで入った阿波局がそっと教えてくれた。
「あの奥の方が、波中太殿の実の弟の中原広元殿ですって。兄弟でも全然似てないわよね。ひどく頭が良いらしいわよ。明法博士なんだとか。ちょっと目が鋭くて寡黙な感じが小四郎兄に似てない?」
ヒメコはそっと奥を窺った。
確かに寡黙で思慮深そうな雰囲気は似ている気がするけれど、コシロ兄が纏う直垂はいつも殆ど色味のない地味なのに比べて、中原広元という人の着物は華やかで京風な感じがして、ヒメコは何となく馴染めなかった。
「いいえ、似てないわ」
すると阿波局は笑った。
「でもね、さっきお酒を勧めたら、酒を飲むと頭が働かなくなりますから、って断ったのよ。堅物な所も似てるわ。酒の席なのにああしてつまらなそうな顔して手元の書に目を落としてるし、意外に二人は話が合うかもよ」
そう言われてもう一度中原広元に目を送る。
兄の伸びやかで大らかな雰囲気は弟にはなく、細面に鋭い目。話しかけられると首は頷かせているものの、心はどこか他にある様子。
確かにどこか似てるのかもしれないけれど、似た者同士が会うとどうなるんだろう?
ヒメコは酒宴の手伝いをしながら、西国にいるコシロ兄は今頃どうしているのかと思いを馳せた。
御所内で甲斐源氏の一条忠頼が誅殺された。多数の御家人が参列した酒宴の席で、頼朝の指示の元、その目の前で惨劇は行なわれた。ヒメコは丁度奥に下がっていて阿波局から後で話を聞いた。忠頼が刺された直後、家人が太刀をとって頼朝を狙うも、頼朝は守られて奥に下がり、家人らは皆その場で悉く殺された。
そして六月、四月に義高の首を刎ねて持ち帰った藤内光澄が晒し首にされた。見せしめと言っていたアサ姫の言葉が蘇る。
ヒメコはそっと首を竦めて辺りの気配を探った。まだ凶々しさまでは感じない。でもひどく鋭く気が張り詰めている。
ここは鬼の棲家。鬼にならねば生きていけない場所。八幡姫はそう考えたのかだろう。ヒメコもそうすべきなのかもしれない。ここでこれからも生きていくなら。
とにかく、これらの事件は御家人にらに頼朝の冷徹さ非情さ、そして断固たる決意を見せつけた。頼朝、また御台所に逆らう者は容赦なく処断されるのだと。
御家人らはその家臣らにも厳しく規律を課すようになった。そうして野伏せりらの無法集団は、統制の取れた武士団へと変容していく。
それから少しして、頼朝の弟、源範頼が将軍として西国に平家追討の為に出陣した。コシロ兄がその隊に加わって鎌倉を出て行くのをヒメコはアサ姫と共に見送った。
あの日、抱き締められた熱を思い出してヒメコはそっと自らを抱き締める。コシロ兄は死も覚悟して出陣していったのだろう。
——どうか無事で。
一方、華々しく出かけた範頼に対し、前回木曽義仲追討で大きな戦功を上げた同じ弟の九郎義経は、義仲追討後に勝手に任官したことや先走った行動が多かったことなどにより頼朝の信を失っていた。
頼朝は自分一人を頂点に置いた本格的な組織を鎌倉に作ろうとしていた。
御所の敷地内に建てられた公文所では、中原広元ら、文官による朝廷や西国の土豪らとの文の遣り取り、御家人や寺社の所領の沙汰などの政務が開始される。
その公文所の事始めの祝いの酒宴に手伝いで入ったヒメコに、同じく手伝いで入った阿波局がそっと教えてくれた。
「あの奥の方が、波中太殿の実の弟の中原広元殿ですって。兄弟でも全然似てないわよね。ひどく頭が良いらしいわよ。明法博士なんだとか。ちょっと目が鋭くて寡黙な感じが小四郎兄に似てない?」
ヒメコはそっと奥を窺った。
確かに寡黙で思慮深そうな雰囲気は似ている気がするけれど、コシロ兄が纏う直垂はいつも殆ど色味のない地味なのに比べて、中原広元という人の着物は華やかで京風な感じがして、ヒメコは何となく馴染めなかった。
「いいえ、似てないわ」
すると阿波局は笑った。
「でもね、さっきお酒を勧めたら、酒を飲むと頭が働かなくなりますから、って断ったのよ。堅物な所も似てるわ。酒の席なのにああしてつまらなそうな顔して手元の書に目を落としてるし、意外に二人は話が合うかもよ」
そう言われてもう一度中原広元に目を送る。
兄の伸びやかで大らかな雰囲気は弟にはなく、細面に鋭い目。話しかけられると首は頷かせているものの、心はどこか他にある様子。
確かにどこか似てるのかもしれないけれど、似た者同士が会うとどうなるんだろう?
ヒメコは酒宴の手伝いをしながら、西国にいるコシロ兄は今頃どうしているのかと思いを馳せた。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
鎌倉最後の日
もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!
黄金の檻の高貴な囚人
せりもも
歴史・時代
短編集。ナポレオンの息子、ライヒシュタット公フランツを囲む人々の、群像劇。
ナポレオンと、敗戦国オーストリアの皇女マリー・ルイーゼの間に生まれた、少年。彼は、父ナポレオンが没落すると、母の実家であるハプスブルク宮廷に引き取られた。やがて、母とも引き離され、一人、ウィーンに幽閉される。
仇敵ナポレオンの息子(だが彼は、オーストリア皇帝の孫だった)に戸惑う、周囲の人々。父への敵意から、懸命に自我を守ろうとする、幼いフランツ。しかしオーストリアには、敵ばかりではなかった……。
ナポレオンの絶頂期から、ウィーン3月革命までを描く。
※カクヨムさんで完結している「ナポレオン2世 ライヒシュタット公」のスピンオフ短編集です
https://kakuyomu.jp/works/1177354054885142129
※星海社さんの座談会(2023.冬)で取り上げて頂いた作品は、こちらではありません。本編に含まれるミステリのひとつを抽出してまとめたもので、公開はしていません
https://sai-zen-sen.jp/works/extras/sfa037/01/01.html
※断りのない画像は、全て、wikiからのパブリック・ドメイン作品です

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。
札束艦隊
蒼 飛雲
歴史・時代
生まれついての勝負師。
あるいは、根っからのギャンブラー。
札田場敏太(さつたば・びんた)はそんな自身の本能に引きずられるようにして魑魅魍魎が跋扈する、世界のマーケットにその身を投じる。
時は流れ、世界はその混沌の度を増していく。
そのような中、敏太は将来の日米関係に危惧を抱くようになる。
亡国を回避すべく、彼は金の力で帝国海軍の強化に乗り出す。
戦艦の高速化、ついでに出来の悪い四姉妹は四一センチ砲搭載戦艦に改装。
マル三計画で「翔鶴」型空母三番艦それに四番艦の追加建造。
マル四計画では戦時急造型空母を三隻新造。
高オクタン価ガソリン製造プラントもまるごと買い取り。
科学技術の低さもそれに工業力の貧弱さも、金さえあればどうにか出来る!

ハンリュウ! 〜隋帝国の野望〜
魔法組
歴史・時代
時は大業8(西暦612)年。
先帝である父・文帝を弑し、自ら隋帝国2代皇帝となった楊広(後の煬帝)は度々隋に反抗的な姿勢を見せている東の隣国・高句麗への侵攻を宣言する。
高句麗の守備兵力3万に対し、侵攻軍の数は公称200万人。その圧倒的なまでの兵力差に怯え動揺する高官たちに向けて、高句麗国26代国王・嬰陽王は一つの決断を告げた。それは身分も家柄も低い最下級の将軍・乙支文徳を最高司令官である征虜大将軍に抜擢するというものだった……。
古代朝鮮三国時代、最大の激戦である薩水大捷のラノベーション作品。

地獄の業火に焚べるのは……
緑谷めい
恋愛
伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。
やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。
※ 全5話完結予定
さようなら竜生、こんにちは人生
永島ひろあき
ファンタジー
最強最古の竜が、あまりにも長く生き過ぎた為に生きる事に飽き、自分を討伐しに来た勇者たちに討たれて死んだ。
竜はそのまま冥府で永劫の眠りにつくはずであったが、気づいた時、人間の赤子へと生まれ変わっていた。
竜から人間に生まれ変わり、生きる事への活力を取り戻した竜は、人間として生きてゆくことを選ぶ。
辺境の農民の子供として生を受けた竜は、魂の有する莫大な力を隠して生きてきたが、のちにラミアの少女、黒薔薇の妖精との出会いを経て魔法の力を見いだされて魔法学院へと入学する。
かつて竜であったその人間は、魔法学院で過ごす日々の中、美しく強い学友達やかつての友である大地母神や吸血鬼の女王、龍の女皇達との出会いを経て生きる事の喜びと幸福を知ってゆく。
※お陰様をもちまして2015年3月に書籍化いたしました。書籍化該当箇所はダイジェストと差し替えております。
このダイジェスト化は書籍の出版をしてくださっているアルファポリスさんとの契約に基づくものです。ご容赦のほど、よろしくお願い申し上げます。
※2016年9月より、ハーメルン様でも合わせて投稿させていただいております。
※2019年10月28日、完結いたしました。ありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる