【完結】姫の前

やまの龍

文字の大きさ
上 下
60 / 225
第3章 鎌倉の石

第12話 小御所

しおりを挟む
 翌月、二の姫は足利義兼に嫁いだ。
「なんだ。波中太ったらあんな偉そうなこと言ってたけど、彼の力なんか全く必要なかったじゃない」

 アサ姫はそう毒づいたが、満足そうな二の姫の笑顔にホッとしていたから、ちゃんとわかっているのだろう。
「小姉上、いつお相手がかの緑黄の君だってわかるかしらね。婚儀の最中に悲鳴あげちゃったりして」

 そんな想像をしてほくそ笑む三の姫の言葉を聞きながら、肚の座った顔で御所を出て行った二の姫の横顔を思い出す。

 いつか、あんな風に自分も嫁げたらいいな。
でも、それは叶わぬ夢。ヒメコはパンと頰を叩くと八幡姫の部屋に向かった。

「え、小御所?」
頼朝の言葉に首を傾げる。

「そうだ。姫の為の小さな御所。御所では政務を行なうので、男ばかりで騒がしい。姫が落ち着かないだろうから、新たに屋敷と厩を建てて、八幡やアサがくつろげるようにしたいのだ」

「それはきっとお喜びになりましょう。ユキのお世話も気兼ねなく出来ますし」

そう答えたら、頼朝は満足気に頷いた。 
 白い子馬はユキと名付けられていた。自分で世話をすると言うので付き添うのがなかなか大変だったが、姫の為の屋敷と厩なら、侍女にも手伝って貰って、ヒメコの負担が少し減る。
 ヒメコは今、朝夕の頼朝の食事準備に付き添う役に就いていて、かなり多忙だった。

 と言うのも御所の食事に不備があったのだ。

 公にはされなかったが、いつもと違うということで調べた所、怪しげな粉が含まれていた。膳から発せられていた気も悪しかった。

 京では、平家が頼朝追討の院宣を院庁に発令させ、大軍で東国に向かってくるとのことで、頼朝が駿河国に兵を出し、鎌倉中が臨戦態勢に入っている中での出来事だった。

 それで、食事準備の段階からの監視をより厳しくし、御所に出す前に数人で毒味をして、最後にヒメコか波中太が気を確認してから膳を運ぶことになった。

また、常陸国や下野国で鎌倉への謀叛を起こそうという者があるという噂も入ってきていて、御所内の空気はピリピリと張り詰めていた。

 頼朝は常に難しい顔をして、諸寺や若宮に祈願を行なっていた。だが、京で平相国が亡くなったという報が届く。諸国での動乱は収まらないながら、頼朝は少しだけホッとした顔をするようになった。

 四月、頼朝の身辺警護の為、御所の寝所を警護する十一人が選ばれた。その中にコシロ兄が入っていると聞いて、ヒメコは嬉しく思うと同時に心配になった。闇夜に紛れて誰かが襲ってくるのかもしれないのだから。そう言ったら三の姫は笑った。

「十一人も居るんだもの。平気よ。特に小四郎兄なんか存在感ないから、討ち手も気付かないわよ」

 存在感がないというより、わざと消してるようにも思ったけれど、確かにコシロ兄は気配を消すのがうまい。きっと無事だろうとヒメコは信じることにした。

 六月、小御所が完成し、ヒメコは八幡姫と共に小御所に移った。

「あら、素敵じゃない。私もずっと此方に居たいわ。御所は落ち着かなくて」

 アサ姫が開け放たれた蔀戸に寄りかかって庭を眺めながら、隣の御所にチラと目を送る。

「え、母さまはご一緒じゃないの?」
 八幡姫がアサ姫に縋る。アサ姫は少し顔を曇らせて八幡姫を見下ろした。

「そうなの。だって母さまもこちらに来てしまったら、父さまが寂しがるでしょう?だから母さまは半分くらいこちらと御所とを往き来することになったのよ」

 八幡姫が嫌だぁと泣き出す。
「じゃあ、父さまもこちらにおいでになればいいのよ。皆一緒がいいのに、どうして別々なの?」

 アサ姫はそっと袖を目頭に当てて頷いた。
「本当にね。皆一緒がいいのにね。でも父さまは今は大勢のお仲間を守るお役目をこなされているの。もう少ししてお国が全て落ち着いたら、また皆一緒に暮らせる日が来ますからね」

 優しい声に、八幡姫は素直に頷いてアサ姫に抱きついた。
「わかったわ。でも今日だけは母さまずっと此処で姫を抱いていて。そしたら明日は我慢するから。ね、お願い」
涙声ながら無理に笑みを浮かべて母を見上げる八幡姫に、ヒメコはそっと貰い泣きした。
まだ数えで五つ。それでも八幡姫は自らの役目をきちんと果たそうとしている。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

鎌倉最後の日

もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!

あづま日記(頼朝と政子の出逢い

やまの龍
歴史・時代
平治の乱で敗れて伊豆に流された まだうら若き頼朝が、初めて政子と会った話。

旧式戦艦はつせ

古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。

勇者の如く倒れよ ~ ドイツZ計画 巨大戦艦たちの宴

もろこし
歴史・時代
とある豪華客船の氷山事故をきっかけにして、第一次世界大戦前にレーダーとソナーが開発された世界のお話です。 潜水艦や航空機の脅威が激減したため、列強各国は超弩級戦艦の建造に走ります。史実では実現しなかったドイツのZ計画で生み出された巨艦たちの戦いと行く末をご覧ください。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

妖狐連環譚

井上 滋瑛
歴史・時代
 後漢末期、世情、人心は乱れ、妖魔や妖怪の類を招いていた。司徒に就く王允は後世の悪評を恐れ、妓女であり愛妾でもある貂蝉を使って徐栄の籠絡して、朝廷を牛耳る董卓を除こうと計っていた。 一方で当の貂蝉は旧知の妖魔に、王允から寵愛受けながらも感じる空しさや生きる事の悲哀を吐露する。そんな折にかつて生き別れていた、元恋人の呂布と再会する。 そして呂布は自身が抱えていた過去のしこりを除くべく、貂蝉に近付く。

処理中です...