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第1章 若紫の恋
第18話 求婚
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「それは、小四郎。あんたが悪いのよ。客人があると引きこもって顔を出さないんだから。近所の子だと思われて当たり前よ」
アサ姫がそう言って笑い飛ばす。
むっつり顔のコシロ、改め北条家の次男である小四郎は、一応朝餉の場にはいるものの、隅の方で黙々と食事を口に運んでいた。その横で五郎が同じように汁をすすっている。そう言われるとこの二人はどこか似てるような気もするけれど、その放たれる気はまるで違う。明るく軽やかな五郎の気に対し、コシロ兄の気はじっと重く、なのに薄い。わざと気配を消しているのではないかと思うくらいに。
「あ、そうそう。前に話した廣田神社の御田植神事なんだけど、早苗の生育が良くて日も良いから、明日行われることになったのよ。だから今日が最後の稽古。ヒメコ様、よろしくね」
アサ姫の言葉に頷きつつ、また龍が視られるかもと仄かに期待する。
それに、とヒメコは庭の木陰にいるコシロ兄へと目を向けた。彼の声が聴ける。
コシロ兄の周りには子どもがたくさん群がっていた。馬に乗せてくれるお兄ちゃんと呼ばれ、手を引かれ、足に纏わり付かれ、背に飛びつかれる。コシロ兄は無言無表情のまま、されるに任せている。子らが大笑いしてもニコリともしない。どんなことをされても全く反応を返さないのに、子らはそれすら構わず遠慮なしに纏わりつく。
コシロ兄に話しかけるきっかけを探しながらその光景を見ている内に、ヒメコは何となく纏わりつく子らの気持ちが分かるような気がした。彼は何も言葉を発しない。何かをさせようともしない。でも相手が何かをしてきたら、それには丁寧に対応をする。相手に何も求めず、でも相手からの発信はそのまま受け入れる。身内も、それ以外の子らにも分け隔てなく平等に。ただ、その子の体の大きさなどに合った対応は気を付けているようだった。
だから子らはそれぞれ自分が認められ、受け入れられている安心感から彼に懐くのだろう。
「小四郎兄、投げて!」
五郎の声にコシロ兄が振り返り、紐を受け取ると枝へと投げ上げる。紐は綺麗に回転して枝の根元に引っかかった。
「ねえ!姫姉ちゃん、見てて!」
声をかけられ、今度は五郎が投げ上げるのかと思いきや、五郎はコシロ兄の背によじ登ると、その背を蹴って真上に跳び上がった。同時に紐を枝に投げつける。
「よっしゃ!」
歓声と共にかなりの高さから綺麗に地に着地する五郎。まるで猫の子だ。
それから皆でひふみ祝詞を歌い始める。ヒメコはそっと列から抜けてコシロ兄の側へと近付いた。声が聴きたい。コシロ兄の声が聴きたかった。怒鳴り声じゃない普通の声。でも隣に立って気付く。全く聞こえない。口は動いてる。何か言葉を発してるのも一応わかる。だけど耳に届かない。
ヒメコはコシロ兄の袖を引っ張った。
「コシロ兄、歌ってないじゃない!少しでいいから声を出してよ。それじゃ声が全く聞こえないわ!」
つい声を荒げてしまう。
と、藤原邦通が横に並んでヒメコに微笑みかけた。
「おや、比企の姫君は小四郎君のお声が気になりますか」
「ええ。だって、話しかけても、いつもだんまりなんですもの。どんな声してるのか聞きたくて」
すると邦通は「ああ」としたり顔で手を打った。
「呼ばうという言葉があります。男君が御簾の向こうの女君に声をかける。女君はその声を聴き、相手が自分の運命の相手かどうかを判別し、そうと認めたら自らの元へと通うのを赦すのです。昔からの風習ですが、考えてみれば虫も鳥もそうやって雄が声をあげて雌に選んで貰うのは同じ。つまり生き物というものは、人も獣も女性の方が強いということですな」
——え、そんな事言われたら、声を聴かせてなんてあらためて言えないじゃない。
コシロ兄の隣でニコニコと、いやニヤニヤと笑う邦通を睨み付ける。
でも、ヒメコはわかってしまった。だって、何度も聴いてる。
南無三!
覚悟を決める。
コシロ兄の前に立つとクッと額を上げて宣言した。
「コシロ兄、私はあなたの妻になる。あなたの妻にしてください!」
アサ姫がそう言って笑い飛ばす。
むっつり顔のコシロ、改め北条家の次男である小四郎は、一応朝餉の場にはいるものの、隅の方で黙々と食事を口に運んでいた。その横で五郎が同じように汁をすすっている。そう言われるとこの二人はどこか似てるような気もするけれど、その放たれる気はまるで違う。明るく軽やかな五郎の気に対し、コシロ兄の気はじっと重く、なのに薄い。わざと気配を消しているのではないかと思うくらいに。
「あ、そうそう。前に話した廣田神社の御田植神事なんだけど、早苗の生育が良くて日も良いから、明日行われることになったのよ。だから今日が最後の稽古。ヒメコ様、よろしくね」
アサ姫の言葉に頷きつつ、また龍が視られるかもと仄かに期待する。
それに、とヒメコは庭の木陰にいるコシロ兄へと目を向けた。彼の声が聴ける。
コシロ兄の周りには子どもがたくさん群がっていた。馬に乗せてくれるお兄ちゃんと呼ばれ、手を引かれ、足に纏わり付かれ、背に飛びつかれる。コシロ兄は無言無表情のまま、されるに任せている。子らが大笑いしてもニコリともしない。どんなことをされても全く反応を返さないのに、子らはそれすら構わず遠慮なしに纏わりつく。
コシロ兄に話しかけるきっかけを探しながらその光景を見ている内に、ヒメコは何となく纏わりつく子らの気持ちが分かるような気がした。彼は何も言葉を発しない。何かをさせようともしない。でも相手が何かをしてきたら、それには丁寧に対応をする。相手に何も求めず、でも相手からの発信はそのまま受け入れる。身内も、それ以外の子らにも分け隔てなく平等に。ただ、その子の体の大きさなどに合った対応は気を付けているようだった。
だから子らはそれぞれ自分が認められ、受け入れられている安心感から彼に懐くのだろう。
「小四郎兄、投げて!」
五郎の声にコシロ兄が振り返り、紐を受け取ると枝へと投げ上げる。紐は綺麗に回転して枝の根元に引っかかった。
「ねえ!姫姉ちゃん、見てて!」
声をかけられ、今度は五郎が投げ上げるのかと思いきや、五郎はコシロ兄の背によじ登ると、その背を蹴って真上に跳び上がった。同時に紐を枝に投げつける。
「よっしゃ!」
歓声と共にかなりの高さから綺麗に地に着地する五郎。まるで猫の子だ。
それから皆でひふみ祝詞を歌い始める。ヒメコはそっと列から抜けてコシロ兄の側へと近付いた。声が聴きたい。コシロ兄の声が聴きたかった。怒鳴り声じゃない普通の声。でも隣に立って気付く。全く聞こえない。口は動いてる。何か言葉を発してるのも一応わかる。だけど耳に届かない。
ヒメコはコシロ兄の袖を引っ張った。
「コシロ兄、歌ってないじゃない!少しでいいから声を出してよ。それじゃ声が全く聞こえないわ!」
つい声を荒げてしまう。
と、藤原邦通が横に並んでヒメコに微笑みかけた。
「おや、比企の姫君は小四郎君のお声が気になりますか」
「ええ。だって、話しかけても、いつもだんまりなんですもの。どんな声してるのか聞きたくて」
すると邦通は「ああ」としたり顔で手を打った。
「呼ばうという言葉があります。男君が御簾の向こうの女君に声をかける。女君はその声を聴き、相手が自分の運命の相手かどうかを判別し、そうと認めたら自らの元へと通うのを赦すのです。昔からの風習ですが、考えてみれば虫も鳥もそうやって雄が声をあげて雌に選んで貰うのは同じ。つまり生き物というものは、人も獣も女性の方が強いということですな」
——え、そんな事言われたら、声を聴かせてなんてあらためて言えないじゃない。
コシロ兄の隣でニコニコと、いやニヤニヤと笑う邦通を睨み付ける。
でも、ヒメコはわかってしまった。だって、何度も聴いてる。
南無三!
覚悟を決める。
コシロ兄の前に立つとクッと額を上げて宣言した。
「コシロ兄、私はあなたの妻になる。あなたの妻にしてください!」
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