【完結】姫の前

やまの龍

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第1章 若紫の恋

第14話 死に時

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 佐殿の幼名は鬼武丸。そう名付けるよう進言したのは祖母だったと聞く。祖母は生まれた子の後ろに鬼を視たのだろうか。ではヒメコが視た龍は?赤い玉は何なのか。
聞きたい。でもどこか薄ら恐い気がしてヒミカは口をつぐんだ。

「佐殿の言う通りだよ。人は皆死ぬ。どう生きるかはそれぞれだけど、することしないことを決めたら、腹を据えて出来る分だけやって死に時が来たら死ぬだけさ」
「死に時?」
「ああ、死に時が来たら夜暗くなって眠くなるように死にたくなって死ぬ。怖いことなんかない。死は眠りと同じさ。誰かがやってきて殺してくれる時もあるし、火事や洪水に呑まれたり病にかかったり。それぞれ一番適った方法で皆死んでいく。例えばヒミカ、おまえ達を襲って背中を刺されて死んだ男は、おまえ達に殺される為にいい頃合いを見ておまえ達の前に現れたんだ」
「な、何を言ってるの?殺される為に?じゃあ私たちは、彼を殺す為にあそこを通ったの?」
「そうさ。縁に偶然はない」
祖母は言い切るとフフンと笑った。
「お祖母さま、死に時だなんて、それはあまりに不遜だわ。神仏の教えに反してると思います。私、お祖母さまの口からそんな言葉聞きたくない。あの野盗を殺す為にあの場に居合わせたなんて、そんなこと考えたくもない!」
 祖母は猫を下ろすとヒミカの隣に腰へと移り、ヒミカが膝の上で固く握っていた拳にそっと触れた。
「ヒミカ、今はまだわからないだろう。それでいい。ただおまえの中に入れておくよ。いつかわかる時がある。その時に思い出せばいい」
祖母はそこで言葉を区切る。

 ヒミカはサッと口を開いた。
「私、観音さまに新しい名を貰いました。ヒメコです」

祖母は目を上げた。
「そうかい。いいんじゃないかい?それでどうする?」
何を尋ねられたのかわからず首を傾げる。
「おまえはこれからどうしたい?北条へ行ってまた見張るかい?ここでもっと修行するかい?」
「北条に戻ってもいいの?」

祖母はやれやれと苦笑すると立ち上がった。
「おまえはまだまだ未熟だがね。おのれで体験して迷って悩んだ方が、巫女として生きるに良いだろうと思うよ」
「巫女として?」
頷く祖母にヒメコはサッと後ろに退がって頭を床につけた。
「ごめんなさい、お祖母さま。私、もう巫女にはなれません。さっき白の着物を手に取ろうとしたけど、どうしても触れることが出来ませんでした。私は死の穢れに触れた。あの真っ赤な血が忘れられないんです。それに私は、私を助けてくれた人を見捨てて先に逃げた。こんな汚れた私では、巫女としてなんて生きられません」

 思い浮かぶのは「行け!」と林を指差した少年の横顔。逃がしてくれた。不思議な音の矢を比企の方角に放って助けを呼んで。その一本で、一人でも相手を減らすことは出来た筈なのに、彼は自分の身よりヒメコを優先してくれた。なのに自分は何も出来なかった。比企の警護の者を説き伏せることすら。

 泣き伏せるヒメコの後頭部がカンカンと叩かれる。顔を上げれば、祖母が扇の骨の部分でヒメコを叩いていた。
「痛い」
「痛くしてんだよ。思い違いしてるお間抜けの頭に叩き込む為にね」
「思い違い?」
祖母は叩く手を止めずに続ける。
「そうさ。穢れたから巫女が出来ないって?巫女は一点の曇りもない清浄なる存在だとでも言いたいのかい?」
「だってお祖母様はいつも言うじゃない。心身をいつも清らに祓い清めておけって」
「そりゃ当たり前だろ?身を祓い清めずに神さまの前に立てるもんか」
「ええ。だから私はもう巫女にはなれないんです」
「本当にお間抜けだねぇ。一度も血や穢れに触れたことがない巫女なんてこの世にいるわけないじゃないか。人は皆、血の中で生まれて血を飲んで大きくなって他の生命を犠牲にして生き永らえてるじゃないか。穢れてない人などいやしない。でもそれでは神に近付けない。だから身に積もった穢れを懸命に祓いながら、少しでもこの世が清浄なる神の国に近付くようにと一生かけて祓い続けるのが巫女の仕事さ。神の声を聴くことが出来なくなった人のかわりに自らの身に神をおろし、その声を聴いて視て、神の御心を人々に伝える。そのお役目を果たすには、自らが穢れていることを充分に知りながら、それでも少しでも神に近付こうと身を潔め続けた者だけ。だから今回のことはおまえが巫女となる為の神のお計らいさ。有り難く受け止めるんだね」
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