【完結】姫の前

やまの龍

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第1章 若紫の恋

第9話 龍の玉

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 子らはすぐに節を覚えてヒメコに声を合わせ、ドンドンと足を踏みしめて歩いていく。ヒメコは庭を大きく一巡りし、大きな輪を作った。二の姫やアサ姫、佐殿の手も繋ぎ、輪を大きくしてぐるぐると巡っていく。


 歌っていくうちに歩調がどんどん速くなり、歌も大きく高く速くなり、しまいには全力での駆けっこになって目が回る。はぁはぁと息を切らして輪の外側へ抜けだし、目の前を巡っていく輪をぼんやりと眺めたヒメコは、その渦の中心にうっすらと何かが立ち昇るのを視た。

——トグロを巻く大きな蛇?

 ううん、焔のように真っ赤な玉を右手に大事に握りしめた黄金色の龍だった。
龍は駆け回る子らを眺めていたけれど、皆には見えていないようで、子らは変わりなく歌って駆け回っている。

 これが祖母が言っていた視るということかとヒミカはる。祖母はそういう霊力の持ち主で、他の人には見えない気のようなものを視ることが出来た。ヒミカにも視えるはずだと何度か試されたが、ヒミカはそれらしきものを視ることが出来ずにいた。でも今初めて視ることが出来た。

黄金色の龍は、のそりと首をもたげて天を仰ぐ。大きな大きな龍。でも不思議と怖くない。どこか懐かしいような気すらした。

 龍は左手で地を押すとフワリと空へと舞い上がる。長い尾を揺らして雲へ首を突っ込み、そのまま吸い込まれていく。

——あ、見えなくなってしまう。
伸び上がって龍の姿を追ったヒメコの目の前を何本かの紐が揺れた。

「えい、えい、えーい!!」

「それ、上がれ~!」

 威勢の良い掛け声と共に、色とりどりの紐がバラバラと空に向かって投げ放たれる。

 紐は枝にぶつかり葉を揺らし、羽を休めていた鳥たちを飛び立たせて、またパラパラと落ちてきた。

「やった!乗ったよ」
うまく枝に乗せられた子の歓声と落ちてしまった子の残念がる声。それらを聞きながら、ヒメコは一歩前に出て龍の隠れた雲間を見上げた。

 と、雲が切れて龍が細長い顔を出した。長い身体をくねらせて降りてくる。いや、落ちてきた。大きな口を開けて。雲間から真っ直ぐ墜ちてくる龍。赤い大きな口の奥の暗がりまで見える。下顎に逆向きに付いている鱗が虹色に光っている。ああ、あれが逆鱗というものか。龍がみるみる近付くのに恐怖はなく、ヒメはそんなことをぼんやり考えていた。




——どぅっ!!

  龍が落ちたのはヒメコの上ではなかった。手を繋ぎ、笑い合う佐殿とアサ姫の上。なのに彼らは何も感じていないようで、笑顔のまま歌っている。ただ、突風がザァッと吹き抜け、それに煽られたアサ姫の下げ髪が舞い上がった。

豊かなその髪はたくさんの手を持つ観音菩薩の幻影を形づくる。そのたくさんの手がゆっくりと中心で合わさった時、後光が消えて人の姿を取った。龍はアサ姫へと戻る。

 でも人の形を取ってるのが不思議な程にその姿は暗く、重く、その場を圧倒した。

 アサ姫の背後から立ち昇る薄い影。仄暗いすすのような影が、また龍となり腕を伸ばして紅い玉を持ち上げる。玉は陽の光を浴びて僅かに震えた後、陽の光を吸い込み始めた。光はどんどん吸い込まれて細い糸となり、辺りは急に闇に覆われる。

「あ、雨!」
誰かの声と共に、何の前触れもなく雷が落ちて地響きがビリビリと足裏から腰を這い登り、指先に伝わってきた。



「皆、早く中に入りなさい!」
ニの姫の声と、駆ける子らの足音。そして大粒の雨が地を叩く轟音。

 でもヒメコの足は動かず、落ちた雷の気配が辺りの空気をまだ震わせているのを感じていた。
ビリビリと尖った空気。突き刺すような焦燥感。何も出来ない。何も言えない。ただただ胸に迫る悲壮感。でもその昏い空間にポツリと小さな穴が開いた。そこから子どもの声が漏れ聴こえてくる。

いたいのいたいの、とんでけ」

「いたいのいたいの、とんでいけ」

「いたいのいたいの、とんでけってば!」

——誰?

聞いたことのない声。でも、どこか懐かしい愛しい声。

——行かなきゃ。

 歩き出そうとした途端、袖を引っ張られた。

「姫姉ちゃん!何してるの?雷が落ちてくるよ。早く行こう!」
そうだ、早く行かなくては。
でも足が動かない。
どうしたの?怪我でもした?痛いの?悲しいの?」

五郎だった。

——悲しい?
そう、とても悲しい。とても悲しくて切ない。でも何故なのかがわからない。

——どうして?

 ただ答えた。
「私、帰らなきゃ」

 その時、誰かに小脇に抱えられ、ヒメコは館の中へと放り込まれた。

「何をやってる!雷が鳴ってるだろう!」

 厳しい声。こんな声聞いたことがない。こんな扱いを受けたこともない。
勢いよく放り込まれた時に、したたかに打った腕を摩って声の主を振り返る。

 盗っ人の少年だった。
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