6 / 225
第1章 若紫の恋
第4話 佐殿
しおりを挟む
「おやおや、やっぱり五郎か。今度は何をやらかした?」
ゆるゆるとした動作で現れた男性。でもヒメコの視線はその隣に釘付けにされた。観音さまだ。
「ごめんなさいね、騒がしくて。いつもの五郎のわがままよ」
そう言って観音さまは五郎の首根っこを摘み上げ、もう片方の手で拳を作り、ゴンと頭の上に落とそうとする。でもその瞬間、五郎は身を捩ってスルリと観音さまの手の中から抜け出した。ベェと赤い舌を出すと一目散に走って逃げていく。驚くほど身軽で速い。武家の子は皆そうなのかと感心する。
——でも
ヒメコは観音さまの隣に立つ背の高い男性にチラと目を送った。
——武家なのに、とてもそうは見えない人もいるけれどね。
背は高いけれど体格が良いわけではなく、いつものっそりとしている男。名は源頼朝。通称、佐殿。祖母が仕える家の嫡男として生を受けるも、大分前の争乱で、家長はおろか親族揃って一族みな悉く討たれ、または首を刎ねられたり流されたりした。そんな中、嫡男でありながら、辛うじて許されて伊豆に遠流にされてきた人。武家の棟梁の筈だけれど、とてもそうは見えない愚鈍な人。それでも祖母は佐殿を見捨てることなく、祖父と共に比企の庄を管理しながら何くれとなく面倒を見続けてきた。そして今もこうして佐殿に通う姫が出来たと聞いたら、その姫はどんな人物かと探りを入れる程に干渉する。
ただ、祖母自身は比企の庄を離れられないので、こうしてヒメコが代わりに寄越されたというわけだった。
頼朝はヒメコを見るとニヤッと笑った。
「で、用は済んだのか?藤九郎がそろそろ帰りたいとソワソワしているぞ」
その目は早く帰れと言っている。でもヒメコは口の端をついと持ち上げると首を横に振った。
「佐殿、こんにちは。こちらにいらしてたのですね。では、私も暫くこちらに身を寄せさせていただきます。いいでしょう?」
私も、を強調させて、佐殿を振り仰ぐ。
佐殿はヒメコを束の間じっと見つめた後、観音さまへ体を向けた。
「良いかな?」
ただそれだけの言葉に、観音さまは迷いなく微笑んで頷き、ヒメコへと歩を進めた。
「妹達と一緒でもよいかしら?狭くてうるさいけれど」
諾の返事をしたら姫君たちの歓声が上がり、ヒメコはまた手を取られて姫たちの部屋へと引っ張り入れられた。ひいな遊びが再開される。
夕餉時にふと、比企では今頃、母が癇癪を起こしているだろうなと思ったが、祖母と父がうまく宥めてくれるだろうと忘れることにした。父に暫く会えないのは寂しいけれど、それよりも比企の館を離れられたことにヒメコは心からホッとしていた。暫くここでゆっくり羽を伸ばそう。監視をしながらだけれど。
ゆるゆるとした動作で現れた男性。でもヒメコの視線はその隣に釘付けにされた。観音さまだ。
「ごめんなさいね、騒がしくて。いつもの五郎のわがままよ」
そう言って観音さまは五郎の首根っこを摘み上げ、もう片方の手で拳を作り、ゴンと頭の上に落とそうとする。でもその瞬間、五郎は身を捩ってスルリと観音さまの手の中から抜け出した。ベェと赤い舌を出すと一目散に走って逃げていく。驚くほど身軽で速い。武家の子は皆そうなのかと感心する。
——でも
ヒメコは観音さまの隣に立つ背の高い男性にチラと目を送った。
——武家なのに、とてもそうは見えない人もいるけれどね。
背は高いけれど体格が良いわけではなく、いつものっそりとしている男。名は源頼朝。通称、佐殿。祖母が仕える家の嫡男として生を受けるも、大分前の争乱で、家長はおろか親族揃って一族みな悉く討たれ、または首を刎ねられたり流されたりした。そんな中、嫡男でありながら、辛うじて許されて伊豆に遠流にされてきた人。武家の棟梁の筈だけれど、とてもそうは見えない愚鈍な人。それでも祖母は佐殿を見捨てることなく、祖父と共に比企の庄を管理しながら何くれとなく面倒を見続けてきた。そして今もこうして佐殿に通う姫が出来たと聞いたら、その姫はどんな人物かと探りを入れる程に干渉する。
ただ、祖母自身は比企の庄を離れられないので、こうしてヒメコが代わりに寄越されたというわけだった。
頼朝はヒメコを見るとニヤッと笑った。
「で、用は済んだのか?藤九郎がそろそろ帰りたいとソワソワしているぞ」
その目は早く帰れと言っている。でもヒメコは口の端をついと持ち上げると首を横に振った。
「佐殿、こんにちは。こちらにいらしてたのですね。では、私も暫くこちらに身を寄せさせていただきます。いいでしょう?」
私も、を強調させて、佐殿を振り仰ぐ。
佐殿はヒメコを束の間じっと見つめた後、観音さまへ体を向けた。
「良いかな?」
ただそれだけの言葉に、観音さまは迷いなく微笑んで頷き、ヒメコへと歩を進めた。
「妹達と一緒でもよいかしら?狭くてうるさいけれど」
諾の返事をしたら姫君たちの歓声が上がり、ヒメコはまた手を取られて姫たちの部屋へと引っ張り入れられた。ひいな遊びが再開される。
夕餉時にふと、比企では今頃、母が癇癪を起こしているだろうなと思ったが、祖母と父がうまく宥めてくれるだろうと忘れることにした。父に暫く会えないのは寂しいけれど、それよりも比企の館を離れられたことにヒメコは心からホッとしていた。暫くここでゆっくり羽を伸ばそう。監視をしながらだけれど。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
鎌倉最後の日
もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!
古代ローマの英雄スキピオの物語〜歴史上最高の戦術家カルタゴの名将ハンニバル対ローマ史上最強の男〜本物の歴史ロマンを実感して下さい
秀策
歴史・時代
歴史上最高の戦術家とされるカルタゴの名将ハンニバルに挑む若者の成長物語。紀元前二一九年、ハンニバルがローマの同盟都市サグントゥムを攻撃したのをきっかけに、第二次ポエニ戦争が始まる。ハンニバル戦争とも呼ばれるこの戦争は実に十八年もの長き戦いとなった。
アルプスを越えてローマ本土を攻撃するハンニバルは、騎兵を活かした戦術で次々とローマ軍を撃破していき、南イタリアを席巻していく。
一方、ローマの名門貴族に生まれたスキピオは、戦争を通じて大きく成長を遂げていく。戦争を終わらせるために立ち上がったスキピオは、仲間と共に巧みな戦術を用いてローマ軍を勝利に導いていき、やがて稀代の名将ハンニバルと対峙することになる。
戦争のない世の中にするためにはどうすればよいのか。何のために人は戦争をするのか。スキピオは戦いながらそれらの答えを追い求めた。
古代ローマで最強と謳われた無敗の名将の苦悩に満ちた生涯。平和を願う作品であり、政治家や各国の首脳にも読んで欲しい!
異世界転生ご都合歴史改変ものではありません。いわゆる「なろう小説」ではありませんが、歴史好きはもちろんハイファンタジーが好きな方にも読み進めやすい文章や展開の早さだと思います。未知なる歴史ロマンに触れてみませんか?
二十話過ぎあたりから起承転結の承に入り、一気に物語が動きます。ぜひそのあたりまでは読んで下さい。そこまではあくまで準備段階です。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。
sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。
目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。
「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」
これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。
なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。
記憶なし、魔力ゼロのおっさんファンタジー
コーヒー微糖派
ファンタジー
勇者と魔王の戦いの舞台となっていた、"ルクガイア王国"
その戦いは多くの犠牲を払った激戦の末に勇者達、人類の勝利となった。
そんなところに現れた一人の中年男性。
記憶もなく、魔力もゼロ。
自分の名前も分からないおっさんとその仲間たちが織り成すファンタジー……っぽい物語。
記憶喪失だが、腕っぷしだけは強い中年主人公。同じく魔力ゼロとなってしまった元魔法使い。時々訪れる恋模様。やたらと癖の強い盗賊団を始めとする人々と紡がれる絆。
その先に待っているのは"失われた過去"か、"新たなる未来"か。
◆◆◆
元々は私が昔に自作ゲームのシナリオとして考えていたものを文章に起こしたものです。
小説完全初心者ですが、よろしくお願いします。
※なお、この物語に出てくる格闘用語についてはあくまでフィクションです。
表紙画像は草食動物様に作成していただきました。この場を借りて感謝いたします。
竜頭
神光寺かをり
歴史・時代
幕末の信州上田藩。
藤井松平家の下級藩士・芦田家に、柔太郎と清次郎の兄弟が居た。
兄・柔太郎は儒学を学ぶため昌平黌《しょうへいこう》へ、弟・清次郎は数学を学ぶため瑪得瑪弟加塾《まてまてかじゅく》へ、それぞれ江戸遊学をした。
嘉永6年(1853年)、兄弟は十日の休暇をとって、浦賀まで「黒船の大きさを測定する」ための旅に向かう。
品川宿で待ち合わせをした兄弟であったが、弟・清次郎は約束の時間までにはやってこなかった。
時は経ち――。
兄・柔太郎は学問を終えて帰郷し、藩校で教鞭を執るようになった。
遅れて一時帰郷した清次郎だったが、藩命による出仕を拒み、遊学の延長を望んでいた。
----------
神童、数学者、翻訳家、兵学者、政治思想家、そして『人斬り半次郎』の犠牲者、赤松小三郎。
彼の懐にはある物が残されていた。
幕末期の兵学者・赤松小三郎先生と、その実兄で儒者の芦田柔太郎のお話。
※この作品は史実を元にしたフィクションです。
※時系列・人物の性格などは、史実と違う部分があります。
【ゆっくりのんびり更新中】
百物語 厄災
嵐山ノキ
ホラー
怪談の百物語です。一話一話は長くありませんのでお好きなときにお読みください。渾身の仕掛けも盛り込んでおり、最後まで読むと驚くべき何かが提示されます。
小説家になろう、エブリスタにも投稿しています。
狩野岑信 元禄二刀流絵巻
仁獅寺永雪
歴史・時代
狩野岑信は、江戸中期の幕府御用絵師である。竹川町狩野家の次男に生まれながら、特に分家を許された上、父や兄を差し置いて江戸画壇の頂点となる狩野派総上席の地位を与えられた。さらに、狩野派最初の奥絵師ともなった。
特筆すべき代表作もないことから、従来、時の将軍に気に入られて出世しただけの男と見られてきた。
しかし、彼は、主君が将軍になったその年に死んでいるのである。これはどういうことなのか。
彼の特異な点は、「松本友盛」という主君から賜った別名(むしろ本名)があったことだ。この名前で、土圭之間詰め番士という武官職をも務めていた。
舞台は、赤穂事件のあった元禄時代、生類憐れみの令に支配された江戸の町。主人公は、様々な歴史上の事件や人物とも関りながら成長して行く。
これは、絵師と武士、二つの名前と二つの役職を持ち、張り巡らされた陰謀から主君を守り、遂に六代将軍に押し上げた謎の男・狩野岑信の一生を読み解く物語である。
投稿二作目、最後までお楽しみいただければ幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる