【完結】姫の前

やまの龍

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第1章 若紫の恋

第2話 新たな名

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ここは伊豆の北条館。ヒミカの祖母が乳母として育て仕えている「佐殿」こと源頼朝様は、先頃ここの姫の元に通い始めたと聞いた。

 その姫が祖母の目にかなうか、伊東の姫の二の舞にならぬか、よくよく視て祖母に伝えるのがヒミカの役目。
佐殿が選んだのは北条の一の姫と聞いたけれど、北条殿には沢山の姫君が居るらしいから、どの姫かよくよく確かめなければいけない。
でも…

観音さま。
そうだ、彼女に違いない。
ヒミカは確信を持って観音さまのお顔を思い出し、そっと溜息をついた。
想像していたより、がっしりと大柄で、姫というより、君と呼ぶのが似合いそうな、中性的でとても素敵な人だった。何よりあの、全てを見通すような強い目。
あの瞳にヒミカは名も心も奪われたのだ。
絵巻物に出てくる、高鳴る恋の予感とはこれではないのかしら。観音さまは女の人で、私も女だけれど、これこそ恋ではないかとヒミカは思った。

  彼女は先程、ヒミカのことをヒメコと呼んだ。誤ってヒミカと真名を名乗ってしまったのに。聞き間違えたのか聞かなかった振りをしてくれたのか。どちらにしてもヒミカはここではヒメコの名で通すことが出来る。

「ヒメコ」
 声に乗せてみる。

新しい名。観音さまが与えてくださった初めての名。
うん、いいかもしれない。初めて聞いた音なのに、その「ヒメコ」という響きはヒミカにしっとりとした安堵と居場所を与えてくれた気がした。

 きっと観音さまは、ヒミカがうっかり口にしてしまった真名をそれと気付き、わざと隠して下さったんだ。そしてその強い霊力でヒミカに合う新しい名を与えてくれた。
ヒミカは庭からそよぐ風と小鳥の声を耳にしながら自分に都合よくそう考えることにした。


そしてこれよりヒミカは、ヒメコという名の元、その名の響きの有する意味や魂と共に生きていくこととなる。
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