上 下
20 / 21
第二章 いま

第20話 戻

しおりを挟む
——嫌だ!魔に取り憑かれたら中将様に逢えなくなる。

その瞬間、記憶が戻った——。

「中将様」

呟く。

彼だ。そうだ、彼だったんだ。

——ピー!

笛の音に電車内の時が一瞬止まる。
「あっ、シゲ君たらダメでしょ!人の物を勝手に触ったら。あなたのオモチャじゃないのよ!」

 樹里のホイッスルを口にした男の子と、それを慌てて取り上げるお母さんらしき女性の姿が目に入る。

「ありがとうございます」

 樹里は礼を言ってケータイとホイッスルを受け取り、歯を食い締めた。

——助けてくれた。



 中将様は女性は笛を吹いてはいけないと言っていた。月の女神の呪いだと。でも樹里は違うように感じた。月の女神は笛の持ち主に恋をしていたのではないか。だから呪いではなく、祈りを込めたのかもしれない。

 だって月はたまに、ひどく寂しげ。色や形を変えながらも、ずっと同じ横顔を見せつつ私たちを見守ってくれている。女神も女性。自分のような切ない想いをしないようにと祈りを込めて笛を封じたのではないか。根拠なんてまるでないけれど、樹里はそう思った。

 その時、電車が止まった。駅だ。樹里は男の子とそのお母さんにもう一度頭を下げると電車を降りた。みやこちゃんの番号を呼び出して鳴らす。まだ電車の中かも知れないと迷う間もなく指が動いた。

 みやこちゃんは、ワンコールですぐに出てくれた。

「はい、ちじゅ?どしたん?何か忘れ物?」

「みやこちゃん、今電車の中?」
「ううん、ちょうど○△駅に着いたとこ」
「私もなの」
「え?ちじゅ、各駅じゃなかったん?」
「うん、追いかけたくて」
「え?」

 一つ息を吐いて、深く吸い込む。胸を押さえて口を開いた。
「あの、あのね。もう一度衡さんにお会いしたくて。だから」

そう紡いだ瞬間に、手の中のケータイが奪われた。

「樹里ちゃん、いた」


 衡さんだった。

「あ、あれ?みやこちゃんは?」

 衡さんは樹里の後ろを指差す。みやこちゃんがケータイ片手に手を振っていた。

「ホームに降りた瞬間、君の声が聞こえた。追いかけたくて、と。誰を追いかけたかったのか、尋ねてもいいですか?」

 ホームの壁の広告を反射して、僅かに青味を帯びた大きな瞳が煌めく。樹里は顔を上げて衡さんのその瞳を真っ直ぐ見つめた。

「あなたです。貴方を追いかけてもいいですか?」

 衡さんは目を細めて頷いてくれた。

「ええ。ご存分に」


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蛇神様の花わずらい~逆ハー溺愛新婚生活~

ここのえ
恋愛
※ベッドシーン多めで複数プレイなどありますのでご注意ください。 蛇神様の巫女になった美鎖(ミサ)は、同時に三人の蛇神様と結婚することに。 優しくて頼りになる雪影(ユキカゲ)。 ぶっきらぼうで照れ屋な暗夜(アンヤ)。 神様になりたてで好奇心旺盛な穂波(ホナミ)。 三人の花嫁として、美鎖の新しい暮らしが始まる。 ※大人のケータイ官能小説さんに過去置いてあったものの修正版です ※ムーンライトノベルスさんでも公開しています

イケメン御曹司、地味子へのストーカー始めました 〜マイナス余命1日〜

和泉杏咲
恋愛
表紙イラストは「帳カオル」様に描いていただきました……!眼福です(´ω`) https://twitter.com/tobari_kaoru ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 私は間も無く死ぬ。だから、彼に別れを告げたいのだ。それなのに…… なぜ、私だけがこんな目に遭うのか。 なぜ、私だけにこんなに執着するのか。 私は間も無く死んでしまう。 どうか、私のことは忘れて……。 だから私は、あえて言うの。 バイバイって。 死を覚悟した少女と、彼女を一途(?)に追いかけた少年の追いかけっこの終わりの始まりのお話。 <登場人物> 矢部雪穂:ガリ勉してエリート中学校に入学した努力少女。小説家志望 悠木 清:雪穂のクラスメイト。金持ち&ギフテッドと呼ばれるほどの天才奇人イケメン御曹司 山田:清に仕えるスーパー執事

【完結】姫の前

やまの龍
歴史・時代
江間義時。北条政子の弟として、棚ぼた的に権力者になってしまった彼は、元々はだんまりむっつりで、ただ流されて生きていただけだった。そんなやる気のない彼が、生涯でただ一度自ら動いて妻にした美貌の女官「姫の前」。後に義時に滅ぼされる比企一族の姫である彼女は、巫女として頼朝に仕え、義時に恋をしていた。※別サイトで連載していたものを微妙に変えながら更新しています。タイトルに※がつくものは、少しだけ大人向けになってる部分があるので苦手な方はご注意ください。

【R18】溺愛の蝶と花──ダメになるまで甘やかして

umi
恋愛
「ずっとこうしたかった」 「こんなの初めてね」 「どうしよう、歯止めがきかない」 「待って、もう少しだけこのままで」 売れっ子官能小説家・蝶子と、高級ハプニングバーの美形ソムリエD。 騙し騙され、抜きつ挿されつ、二人の禁じられた遊びはどこへ向かうのか? 「ダメになってください。今日くらい」 ここは満月の夜にだけオープンする会員制シークレットサロン Ilinx(イリンクス)。 大人のエロス渦巻く禁断の社交場に、今夜もエクスタシーの火が灯る。 ※「眩惑の蝶と花──また墓穴を掘りました?!」のスピンオフ読み切りです。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

【R18】淫夢の城

月島れいわ
恋愛
背徳の官能物語

壁の薄いアパートで、隣の部屋から喘ぎ声がする

サドラ
恋愛
最近付き合い始めた彼女とアパートにいる主人公。しかし、隣の部屋からの喘ぎ声が壁が薄いせいで聞こえてくる。そのせいで欲情が刺激された両者はー

処理中です...