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第二章 いま
第20話 戻
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——嫌だ!魔に取り憑かれたら中将様に逢えなくなる。
その瞬間、記憶が戻った——。
「中将様」
呟く。
彼だ。そうだ、彼だったんだ。
——ピー!
笛の音に電車内の時が一瞬止まる。
「あっ、シゲ君たらダメでしょ!人の物を勝手に触ったら。あなたのオモチャじゃないのよ!」
樹里のホイッスルを口にした男の子と、それを慌てて取り上げるお母さんらしき女性の姿が目に入る。
「ありがとうございます」
樹里は礼を言ってケータイとホイッスルを受け取り、歯を食い締めた。
——助けてくれた。
中将様は女性は笛を吹いてはいけないと言っていた。月の女神の呪いだと。でも樹里は違うように感じた。月の女神は笛の持ち主に恋をしていたのではないか。だから呪いではなく、祈りを込めたのかもしれない。
だって月はたまに、ひどく寂しげ。色や形を変えながらも、ずっと同じ横顔を見せつつ私たちを見守ってくれている。女神も女性。自分のような切ない想いをしないようにと祈りを込めて笛を封じたのではないか。根拠なんてまるでないけれど、樹里はそう思った。
その時、電車が止まった。駅だ。樹里は男の子とそのお母さんにもう一度頭を下げると電車を降りた。みやこちゃんの番号を呼び出して鳴らす。まだ電車の中かも知れないと迷う間もなく指が動いた。
みやこちゃんは、ワンコールですぐに出てくれた。
「はい、ちじゅ?どしたん?何か忘れ物?」
「みやこちゃん、今電車の中?」
「ううん、ちょうど○△駅に着いたとこ」
「私もなの」
「え?ちじゅ、各駅じゃなかったん?」
「うん、追いかけたくて」
「え?」
一つ息を吐いて、深く吸い込む。胸を押さえて口を開いた。
「あの、あのね。もう一度衡さんにお会いしたくて。だから」
そう紡いだ瞬間に、手の中のケータイが奪われた。
「樹里ちゃん、いた」
衡さんだった。
「あ、あれ?みやこちゃんは?」
衡さんは樹里の後ろを指差す。みやこちゃんがケータイ片手に手を振っていた。
「ホームに降りた瞬間、君の声が聞こえた。追いかけたくて、と。誰を追いかけたかったのか、尋ねてもいいですか?」
ホームの壁の広告を反射して、僅かに青味を帯びた大きな瞳が煌めく。樹里は顔を上げて衡さんのその瞳を真っ直ぐ見つめた。
「あなたです。貴方を追いかけてもいいですか?」
衡さんは目を細めて頷いてくれた。
「ええ。ご存分に」
その瞬間、記憶が戻った——。
「中将様」
呟く。
彼だ。そうだ、彼だったんだ。
——ピー!
笛の音に電車内の時が一瞬止まる。
「あっ、シゲ君たらダメでしょ!人の物を勝手に触ったら。あなたのオモチャじゃないのよ!」
樹里のホイッスルを口にした男の子と、それを慌てて取り上げるお母さんらしき女性の姿が目に入る。
「ありがとうございます」
樹里は礼を言ってケータイとホイッスルを受け取り、歯を食い締めた。
——助けてくれた。
中将様は女性は笛を吹いてはいけないと言っていた。月の女神の呪いだと。でも樹里は違うように感じた。月の女神は笛の持ち主に恋をしていたのではないか。だから呪いではなく、祈りを込めたのかもしれない。
だって月はたまに、ひどく寂しげ。色や形を変えながらも、ずっと同じ横顔を見せつつ私たちを見守ってくれている。女神も女性。自分のような切ない想いをしないようにと祈りを込めて笛を封じたのではないか。根拠なんてまるでないけれど、樹里はそう思った。
その時、電車が止まった。駅だ。樹里は男の子とそのお母さんにもう一度頭を下げると電車を降りた。みやこちゃんの番号を呼び出して鳴らす。まだ電車の中かも知れないと迷う間もなく指が動いた。
みやこちゃんは、ワンコールですぐに出てくれた。
「はい、ちじゅ?どしたん?何か忘れ物?」
「みやこちゃん、今電車の中?」
「ううん、ちょうど○△駅に着いたとこ」
「私もなの」
「え?ちじゅ、各駅じゃなかったん?」
「うん、追いかけたくて」
「え?」
一つ息を吐いて、深く吸い込む。胸を押さえて口を開いた。
「あの、あのね。もう一度衡さんにお会いしたくて。だから」
そう紡いだ瞬間に、手の中のケータイが奪われた。
「樹里ちゃん、いた」
衡さんだった。
「あ、あれ?みやこちゃんは?」
衡さんは樹里の後ろを指差す。みやこちゃんがケータイ片手に手を振っていた。
「ホームに降りた瞬間、君の声が聞こえた。追いかけたくて、と。誰を追いかけたかったのか、尋ねてもいいですか?」
ホームの壁の広告を反射して、僅かに青味を帯びた大きな瞳が煌めく。樹里は顔を上げて衡さんのその瞳を真っ直ぐ見つめた。
「あなたです。貴方を追いかけてもいいですか?」
衡さんは目を細めて頷いてくれた。
「ええ。ご存分に」
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