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第四章 火伏せり、風封じ
第23話 火付け犯
しおりを挟む「何事だ、落ち着け!」
人に指図する事に慣れた鋭い声に、開耶を囲んでいた人垣が僅かに崩れる。その間を縫って現れたのは江間義時だった。金剛の手をその手に引いていた。また、その後ろには海野幸氏がいる。
「皆、落ち着け。ここは風上だが、またいつ風向きが変わるかわからん。由比の浜へ逃げるが良かろう。さぁ、早く行け」
静かな声に、人々はどこか不満気な顔はしながらも南に向かって足を進め始める。
助かった、と開耶は細く息を継いだ。だけれど、一人の男が開耶に指を突きつけて叫んだ。
「いや、ダメだ。こいつは火付けの犯人なんだ。早くこいつを捕らえて首を刎ねてくれ!」
大きなその声に、周りがシンと静まる。少し離れた場所から聞こえる人々の悲鳴や、家屋が崩れ落ちる音が不気味に広がる。
「違います」
開耶は震える声でもう一度そう言った。
「いいや、この娘がおかしな動きをしていたのを俺は見たんだ! 火を広げようとしていたのに違いない!」
江間義時がチラリと開耶を見る。
「違います!」
「そいつを殺せ! 火付けは死罪だ!」
「火なんか、付けてません」
「黙れ!誰か早くこいつを縛れ!
金剛が駆け寄って来て、開耶の手を握った。それからその父を振り返る。
「父上、彼女はうちの侍女です。彼女は火付けなんかしない」
江間義時は僅かに目を上げて開耶を見てから金剛に目を落とす。
「そうか。見覚えがあると思った」
「サク!」
その時、声と共に肩を掴まれた。重隆だった。
「無事だったか」
問われて、コクコクと頷く。
「一体何が」
問いかけた重隆の声に、先の男が声を重ねた。
「そいつは火付けの犯人だ。お前も仲間か」
「何を言っている。彼女は火なんかつけていない!」
「だが俺は確かに見たんだ。その娘が火打ち石を手に呪文を唱えている所を。大方、戦に敗れた奥州か平家か木曽の縁者だろうが、調べるまでもない。その首掻っ切ってやる。お前のせいで、婆さんが火に巻き込まれたんだ。許さねぇ」
「彼女は火付けなどしてないと言っているだろう。大体、奥州やら平家やら、憶測で物を言うな!これ以上ふざけたことを言うなら、お前の首こそ刎ねてやるぞ」
凄む重隆。今にも殺し合いが始まりそうな空気の中、江間義時が口を開いた。
「皆、静まれ」
「だけど」
重隆、お前もだ」
江間義時は首を回して、辺りを囲む人垣を見渡した。
私は江間小四郎義時。鎌倉殿の家の子として御所に務める者。この娘の身柄はこの義時が確かに預かり、取り調べる。文句がある者は、火事が収まり次第、大蔵御所の問注所に申し出るがいい。だが今はそれどころではない。急ぎ由比の浜に向かい、怪我をした者の手当てや、まだ逃げ遅れている者らの救出に当たって欲しい」
落ち着いた声で告げられる義時の言葉に、殺気だっていた男達もさすがにそれ以上は言えず、舌打ちをし、開耶に唾を吐きかけると由比の浜に向かって走り出した。
殺気立っていた男達が去ったのを確認した義時は、背後にいた幸氏に向かった。
「幸氏、サクを切通の土牢へ籠めておけ」
「はっ」
幸氏は開耶の手首を掴むと上へ引っ張り上げて立たせる。
「待て!サクは火付け犯ではない! 土牢になど入れさせない!」
重隆が幸氏の肩を抑える。だが幸氏はそれを無視し、開耶へそっと声をかけた。
「サク、行くぞ。ここでこれ以上目立たない方がいい」
でもその声は重隆には聞こえない。
「幸氏! サクは火付けなどしていないと言ってるだろう! その手を放せ」
義時が声を上げる。
「重隆、お前は金剛を頼む。私は御所に向かう」
「待ってください! 俺はその命に従えない!」
重隆の抗議の声に、義時は重隆の胸倉を掴み上げると強く睨み据えた。
「周りの目を見ろ。下手な所にサクを置いておいたら却って危ない。保護の為だ」
重隆は目を剥いて義時を見つめ、それから開耶を見た。開耶は項垂れ、幸氏の後を付いて歩いた。
そしてその後、開耶は釈迦堂口切通しの土牢へと入れられた。
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