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第四章 火伏せり、風封じ
第18話 大姫君
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江間の館は、確かにならず者達の溜まり場と言えた。正規の御家人とは言えないが腕に覚えのありそうな連中が館内をウロウロとしていた。その顔ぶれがいつも違っているように見えるのは、あまりにその数が多く、入れ替わり立ち替わりするからなのだろう。だが、無法地帯かと言えばそうではなく、ある種の不文律の元に彼らは江間の館を出入りしているようだった。
主である江間義時は、静かで落ち着いた人物と言えば聞こえがいいが、だんまりむっつりでほとんど声を発せず、館内にいる時は大抵座って書物に向かっていた。かなり多忙で、夜間でも御所からの呼び出しがあればすぐに出仕し、何日も帰って来ない日もあった。実家である北条からの呼び出しも多く、一体いつ眠っているんだろうと思う程だった。この人物と姫の前が結婚したらどうなるんだろう? と思わなくもなかったが、姫の前くらいお喋りで無頓着な姫が彼にはちょうどいいのかもしれない。そんな中で、その義時の嫡男である金剛は、『掃きだめに鶴』とは、まさにこのことと言いたくなるような神童で、その利発なこと立ち居振る舞いの堂々としたことに驚くばかりだった。
でも何より驚いたのは、重隆と幸氏がこの江間の館に身を寄せていたことだった。
「御所様は処分に困ると江間殿にポンって簡単に投げちゃうからさ。ま、大抵はその後に許されて表に帰るんだけど、居心地がいいって皆戻って来ちまうんだよ」
そう言って重隆は笑った。主である義高が殺され囚人の扱いとなってより、二人はずっとここにいるのだと言う。重隆は一時は望月領に戻っていたけれど、鎌倉にはまだ望月の館を建てていないらしかった。
「出陣は望月の領土からになるんだし、鎌倉に館を建てるとなると人も金も入り用だしもったいないら。どうせ俺はまだ気楽な一人身だしな」
と妙に現実的なことを言う。ふと、姫の前が口にしていた『流鏑馬の射手に選ばれたら好きな姫に想いを伝えるんですって』という言葉が頭に浮かんで動揺しかけたが、開耶はその密かな恋心には縄をかけ、江間の館の内々の仕事をしながら母を探すことに集中した。
「幸氏!」
ある日、突然甲高い声がして不意の来客があった。淡い色の水干を着た元服前の童だ。
随分偉そうだと開耶が何気なく見ていたら、その童がずかずかと近付いて来て開耶の前に立った。
「幸氏はどこに行ったのよ!」
その口調から、その男の子が実は女の子であることに気付いて、開耶は口がきけなくなる。少女は開耶を後目に辺りをズラリと見回し、そこに重隆の顔を見つけると今度は重隆に向かった。
「重隆、幸氏は?」
それに対し、重隆は肩を竦める。
「御所じゃないか?」
「来てないわよ! ここずっと、全く顔を見せないんだから!」
「いや、姫様の所じゃなくて、侍所だろ」
その瞬間、少女、いや大姫君は悔しそうな顔をして唇を噛んだ。重隆が大きく溜息をついて立ち上がる。
「御所を抜け出すなんて仕方ねぇ姫さんだな。送るから帰るぞ」
「いやよ、帰らない! 幸氏が全然顔を見せないんですもの」
「それは仕方ねえって。もう御所様の近従なんだ。姫さんと遊んではいられねえ。……ほら」
重隆が大姫の手首を掴むのを、大姫は見事に捻って逃げ出した。そして開耶に駆け寄ると手を引っ張る。
「あなたが佐久姫ね? ちょっと来て!」
開耶はそのまま小部屋へと連れて行かれた。
主である江間義時は、静かで落ち着いた人物と言えば聞こえがいいが、だんまりむっつりでほとんど声を発せず、館内にいる時は大抵座って書物に向かっていた。かなり多忙で、夜間でも御所からの呼び出しがあればすぐに出仕し、何日も帰って来ない日もあった。実家である北条からの呼び出しも多く、一体いつ眠っているんだろうと思う程だった。この人物と姫の前が結婚したらどうなるんだろう? と思わなくもなかったが、姫の前くらいお喋りで無頓着な姫が彼にはちょうどいいのかもしれない。そんな中で、その義時の嫡男である金剛は、『掃きだめに鶴』とは、まさにこのことと言いたくなるような神童で、その利発なこと立ち居振る舞いの堂々としたことに驚くばかりだった。
でも何より驚いたのは、重隆と幸氏がこの江間の館に身を寄せていたことだった。
「御所様は処分に困ると江間殿にポンって簡単に投げちゃうからさ。ま、大抵はその後に許されて表に帰るんだけど、居心地がいいって皆戻って来ちまうんだよ」
そう言って重隆は笑った。主である義高が殺され囚人の扱いとなってより、二人はずっとここにいるのだと言う。重隆は一時は望月領に戻っていたけれど、鎌倉にはまだ望月の館を建てていないらしかった。
「出陣は望月の領土からになるんだし、鎌倉に館を建てるとなると人も金も入り用だしもったいないら。どうせ俺はまだ気楽な一人身だしな」
と妙に現実的なことを言う。ふと、姫の前が口にしていた『流鏑馬の射手に選ばれたら好きな姫に想いを伝えるんですって』という言葉が頭に浮かんで動揺しかけたが、開耶はその密かな恋心には縄をかけ、江間の館の内々の仕事をしながら母を探すことに集中した。
「幸氏!」
ある日、突然甲高い声がして不意の来客があった。淡い色の水干を着た元服前の童だ。
随分偉そうだと開耶が何気なく見ていたら、その童がずかずかと近付いて来て開耶の前に立った。
「幸氏はどこに行ったのよ!」
その口調から、その男の子が実は女の子であることに気付いて、開耶は口がきけなくなる。少女は開耶を後目に辺りをズラリと見回し、そこに重隆の顔を見つけると今度は重隆に向かった。
「重隆、幸氏は?」
それに対し、重隆は肩を竦める。
「御所じゃないか?」
「来てないわよ! ここずっと、全く顔を見せないんだから!」
「いや、姫様の所じゃなくて、侍所だろ」
その瞬間、少女、いや大姫君は悔しそうな顔をして唇を噛んだ。重隆が大きく溜息をついて立ち上がる。
「御所を抜け出すなんて仕方ねぇ姫さんだな。送るから帰るぞ」
「いやよ、帰らない! 幸氏が全然顔を見せないんですもの」
「それは仕方ねえって。もう御所様の近従なんだ。姫さんと遊んではいられねえ。……ほら」
重隆が大姫の手首を掴むのを、大姫は見事に捻って逃げ出した。そして開耶に駆け寄ると手を引っ張る。
「あなたが佐久姫ね? ちょっと来て!」
開耶はそのまま小部屋へと連れて行かれた。
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