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第四章 火伏せり、風封じ
第17話 風変わりな女性
しおりを挟む「ええ、そうよ。私、御所様の命で江間義時殿を落とさないといけないの。だから、その成就をあなたに願いに来たのよ」
江間義時。御台所・政子の弟だ。頼朝のお気に入りで、一の側近と言われている人物だった。
「それも、ただ結婚するだけじゃ駄目なの。言葉通り骨抜きにして絶対裏切らないようにしろって御所様からの御命令」
「はぁ」
開耶は曖昧に頷いた。真実か嘘か、この人の言葉はよくわからない。でも考えるのはやめよう。依頼通り、相手の気持ちを虜にする呪を祈願すればいいだけのこと。開耶は邪念を祓うようにフッと強く息を噴き出し、気を入れ直すと姫の前に向かった。
だが始めようとした開耶を制するように、突然姫の前が口を開く。
「望月殿はね、流鏑馬の射手に選ばれたら好きな姫に想いを伝えるんですって。男の人ってそういうこだわりがあるものなのね」
開耶はこっそり溜息をついた。これだけまじないがやりにくい人もそうそういない。きっと今日のこの人のまじないは失敗だ。開耶は重い気分で文箱を開けた。
「え、小町でおたあさんにそっくりな人を見た?」
駆け込んできた禰禰さまに開耶は胸の前で手を結ぶ。
「ああ、そうなんだ。驚いたよ」
「だって、小町って名だたる御家人衆の館が立ち並ぶ所でしょう?」
「ああ。だから見間違いかとも思ったんだけどね。
「おたあさんは何をしていたの?」
「うーん、下女かねぇ。働いてるようだったよ」
「おたあさんが下女……?」
「隠密に何かやってんのかねぇ。唐糸殿の二の舞にならなきゃいいけど」
唐糸殿。金刺盛澄の弟の娘である。鎌倉にて頼朝の命を狙い、牢へ入れられた女密偵だ。
「私も小町に入れないものかしら?」
「あの辺りは下町の人間がそうそう潜り込める場所じゃないよ。猫にでもなるしかないさ」
その時、賑やかな足音がして、誰かが飛び込んで来た。
「木花媛!」
姫の前だった。
「まぁ、姫の前さま」
どうされましたか? と聞く前に姫は勢い良く喋り始める。何でも狙い通りに江間義時から文を貰うようになったということだった。
「すごいわねぇ、あなたのまじない! 私、まだ何にもしてないのに」
「え、まだ何もしてない?」
開耶の問いに姫の前はコクリと頷いた。あの日、半ば心折れながらも護符を書いて渡した。その護符を毎日大切に拝み、寝る時には枕の下に入れるように伝えたはず。
「ああ、枕の下ね。うん、置くのを忘れちゃってあんまり拝んでもいなかったんだけど、とにかくぶつかるべきだと思って、文をくれるように直接頼んだの」
「直接って江間殿に? 自分宛の恋文を書いて欲しいって直接交渉したってことですか?」
「うん、そう。そうしたら、わかったって」
「はぁ、そうですか」
開耶は脱力して床に手をついた。そう、たまにこういう人がいる。人にまじないを頼んでおきながら、まるで言うことを聞かずに独自の解釈で突き進む人だ。こういう人は占いもまじないも必要ない。単なるきっかけでありさえすればいいのだ。
「すごいわねぇ。私、感動したわ。さすが木花媛! 私、御所の皆にあなたのまじないがよく効くって宣伝しておくわね」
まじないの効力ではないけれど、もう面倒なので開耶は曖昧な笑顔で流した。
「でね、是非御礼がしたいんだけれど、何か欲しいものはない?」
「いえ、既にお代はいただいてますので……」
断りかけた開耶の口を、突然禰禰さまが奪う。開耶の口を借りて白猫が喋り出した。
『実は、行儀見習いの為にお武家様のお館におつとめしたいと思っているのですが、口を聞いていただけませんか?』
白猫は涼しい顔をしながら姫の前を見上げている。
「あら、行儀見習い? いいわよ、父に聞いてあげる。小町の比企の館で人を求めてるかもしれないわ。でも良いの? あなたはまじないが専門ではないの?」
『実は私、さる神社の巫女でございました。ですが父が非業の死を遂げ、母とも生き別れました。でも母が生きていると聞き、鎌倉まで参ったのです』
「まぁ、お母上が。それはお辛いこと。それであなたはまじないが得意ってことね。合点がいったわ。ただの下町の娘ではないと思っていたから」
姫の前の言葉に、驚いて禰禰さまと顔を合わせる。姫の前は続けた。
「平家の姫か木曽の姫か武田の姫のいずれかと思っていたのよ。神仙とはね。早くお母上が見つかりますように」
姫の前は再訪を約束すると、また賑やかな音を振りまいて帰って行った。
禰禰さまはホッと溜息をついた。
「やれやれ、勘の良い姫だ。ああいう無頓着なのが意外に核心をついてきたりするんだから怖いよねぇ。今回は落ち人の縁者と疑われていた時点で小町の館への勤めの話はないだろうけど、気を落とすんじゃないよ。また機会はあるさ」
しかしそれから数日後、姫の前は約束通りやって来た。
「え、江間殿のお館……ですか?」
「うん、そう」
事も無げに姫の前は答えると「紹介状よ」と文を開耶に手渡した。
「比企の館は女手が足りてるんですって。で、江間殿に聞いたら受け入れようかって言ってくれたの」
「はぁ」
開耶はぼんやりと手の中の文を眺める。
「ただね、江間殿の館はちょっと変わってるから、行儀見習いが出来るかって言われたら出来ないかもしれないけど、それでもいい?」
「変わってると言いますと?」
「男衆ばっかで女手がほとんどないのよ。出入りが激しくて、ならず者のたまり場になってるから女房が居着かないみたいで」
手元の紹介状らしき文には、比企藤内朝宗の文字。姫の前の父の名なのだろう。どこの素性とも知れぬ、見るからに怪しい娘の為に父に頼んで紹介状を書かせる。それも自らが意中の相手の館への紹介状。罠ではないかと勘繰ってしまう。
無論、もし罠だとしても開耶は話に乗るつもりではいたが、一応聞いてみることにした。
「姫の前さまは江間殿と結婚されようとしてるんですよね?」
「ええ、そうよ」
「それなのに、その館に女である私を送ることを何とも思わないのですか?」
開耶にそんな気はまるでないが、もしその館の主のお手つきになれば、妾となる可能性もあるのだ。
姫の前はきょとんと開耶を見た後にコクリと頷いた。
「うん、大丈夫。あの人、あんまり女に興味がないから。それに木花媛なら信用出来るし」
なんの根拠もないはずのその言葉。でもその美しい顔にニコニコと微笑まれるとそうかもしれないと思ってしまえるのが不思議だ。
遠い日、母に言われた言葉が甦る。
『人に信用して欲しくば、まず相手を信用することです。先に与えてこそ返って来るものもあるのですよ』
開耶は頭を深く下げた。
「有り難くお受けいたします」
姫の前の願いは叶うだろうと開耶は思った。この人はそういう類の人なのだ。
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