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第三章 死人のためのまじない
第11話 望月
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重隆は疲れ切っていた。鎌倉を離れ、久々に戻った望月の領土はかなり荒らされていた。
過去、望月に暮らしていた頃には三男としてのんびりと気楽に過ごしていたが、父も兄らも討ち死にした今は重隆が惣領であり、望月を纏めて守っていかなければいけなかった。荒らされた所領の整備に、盗まれたり逃げたりした軍馬の管理。近く発令される奥州への出兵の準備。早急にやらなくてはいけないことは大量にあり、でもそのどれもが難問だった。
予想していたことだが、重隆の立場は望月では微妙なものとなっていた。望月一族が大将として仰いだ木曽の義仲公。
重隆はその嫡男・義高を守る役として鎌倉に行った。だが義高はむざむざと殺され、重隆はおめおめと生き残って御家人となった。重隆は鎌倉に取り込まれた裏切り者として見なされ、家人らに命を下しても、家人は真っ向から異を唱え、まともに取り合ってくれない。それに頼朝による木曽の残党狩りで望月の家人もその数を多く減らされていた。
それなのに、今度は頼朝の犬となって木曽の残党を狩りながら奥州征伐の為のの馬と兵を提供しなくてはいけないのだ。木曽に味方した氏族の中でも頼朝に従うことを良しとしなかった残党らは各地に隠れ潜みながら、奥州と手を結ぼうと画策している最中。当然、望月の領土において重隆の前で頭を下げている旧来からの家人も表向きは頼朝に従っているものの、木曽の残党と言えた。
望月に帰ってからというもの、命を狙われたことも一度や二度ではない。家人と言えども油断は出来なかった。ここ望月は重隆にとっては既に故郷ではなく敵地だった。
「あー、鎌倉に帰りてぇよ」
つい、ぼそりと泣き言を漏らす。でも、その度に思い出すのが開耶の顔だった。
『過去の栄光にしがみついて、ぐだ巻いてるだけなんて、このずくなし!』
気持ちがいいくらい、はっきりと落とされた。あんな年幼い少女に。
「ずくならあるさ」
首にかけた護り袋からそれを取り出す。何やらわけがわからないが、文字や丸や四角が丁寧に書きこまれた護符。その隅を優しく撫で、これを書いたであろう開耶の面影を浮かばせる。
だが次の瞬間、重隆はチッと舌打ちをした。同時に嫌なことを思い出してしまったからだ。
「何が、佐久姫だよ。ふざけやがって」
それは幸氏からの文の中にあった。護符は幸氏からの文に同封されて来たのだ。『佐久姫より預かった』の文字を見た瞬間の気持ちを一体どう説明すればいいのか。
護符を幸氏に頼んだのは確かに重隆だ。どうしようもなく辛かった時に開耶の存在に縋りたくてつい頼んだ。でも開耶がまだ鎌倉にいるとは正直思っていなかった。いないだろうなと思いながらも、試しにと書いたのだ。
木花咲耶媛はまじないの時の名乗り。本名は敢えて聞いていない。だからと言って、よりにもよって佐久姫とは。佐久は重隆や幸氏にとって大切な故郷の名。幸氏の文から滲む開耶への親しみの色。故郷を想っただけなのだろうとは思いつつも、今自分がこうしている間も幸氏は開耶と同じ鎌倉にいるのだと思うと居ても立ってもいられなくなる。
「あいつに頼むんじゃなかった」
早く鎌倉に戻りたい。戻って開耶に触れたい。
「くそ……ゆっくらしねぇで、早く奥州に行かざ」
近くも遠い鎌倉の主、源頼朝に対して重隆は悪態をついた。
過去、望月に暮らしていた頃には三男としてのんびりと気楽に過ごしていたが、父も兄らも討ち死にした今は重隆が惣領であり、望月を纏めて守っていかなければいけなかった。荒らされた所領の整備に、盗まれたり逃げたりした軍馬の管理。近く発令される奥州への出兵の準備。早急にやらなくてはいけないことは大量にあり、でもそのどれもが難問だった。
予想していたことだが、重隆の立場は望月では微妙なものとなっていた。望月一族が大将として仰いだ木曽の義仲公。
重隆はその嫡男・義高を守る役として鎌倉に行った。だが義高はむざむざと殺され、重隆はおめおめと生き残って御家人となった。重隆は鎌倉に取り込まれた裏切り者として見なされ、家人らに命を下しても、家人は真っ向から異を唱え、まともに取り合ってくれない。それに頼朝による木曽の残党狩りで望月の家人もその数を多く減らされていた。
それなのに、今度は頼朝の犬となって木曽の残党を狩りながら奥州征伐の為のの馬と兵を提供しなくてはいけないのだ。木曽に味方した氏族の中でも頼朝に従うことを良しとしなかった残党らは各地に隠れ潜みながら、奥州と手を結ぼうと画策している最中。当然、望月の領土において重隆の前で頭を下げている旧来からの家人も表向きは頼朝に従っているものの、木曽の残党と言えた。
望月に帰ってからというもの、命を狙われたことも一度や二度ではない。家人と言えども油断は出来なかった。ここ望月は重隆にとっては既に故郷ではなく敵地だった。
「あー、鎌倉に帰りてぇよ」
つい、ぼそりと泣き言を漏らす。でも、その度に思い出すのが開耶の顔だった。
『過去の栄光にしがみついて、ぐだ巻いてるだけなんて、このずくなし!』
気持ちがいいくらい、はっきりと落とされた。あんな年幼い少女に。
「ずくならあるさ」
首にかけた護り袋からそれを取り出す。何やらわけがわからないが、文字や丸や四角が丁寧に書きこまれた護符。その隅を優しく撫で、これを書いたであろう開耶の面影を浮かばせる。
だが次の瞬間、重隆はチッと舌打ちをした。同時に嫌なことを思い出してしまったからだ。
「何が、佐久姫だよ。ふざけやがって」
それは幸氏からの文の中にあった。護符は幸氏からの文に同封されて来たのだ。『佐久姫より預かった』の文字を見た瞬間の気持ちを一体どう説明すればいいのか。
護符を幸氏に頼んだのは確かに重隆だ。どうしようもなく辛かった時に開耶の存在に縋りたくてつい頼んだ。でも開耶がまだ鎌倉にいるとは正直思っていなかった。いないだろうなと思いながらも、試しにと書いたのだ。
木花咲耶媛はまじないの時の名乗り。本名は敢えて聞いていない。だからと言って、よりにもよって佐久姫とは。佐久は重隆や幸氏にとって大切な故郷の名。幸氏の文から滲む開耶への親しみの色。故郷を想っただけなのだろうとは思いつつも、今自分がこうしている間も幸氏は開耶と同じ鎌倉にいるのだと思うと居ても立ってもいられなくなる。
「あいつに頼むんじゃなかった」
早く鎌倉に戻りたい。戻って開耶に触れたい。
「くそ……ゆっくらしねぇで、早く奥州に行かざ」
近くも遠い鎌倉の主、源頼朝に対して重隆は悪態をついた。
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