そらっこと吾妻語り

やまの龍

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第二章 諏訪の神御子姫

第7話 記憶

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 ウトウトと眠たげな昼下がりだった。戸の影に白猫の尻尾が見え隠れする。

 ふわりと和らげに揺れるそれを掴んだら、赤い目をした白蛇だった。悲鳴を上げた開耶の手の中で、白蛇はチロリと赤い舌を見せて笑う。

 その日から開耶は呪われた。

  夜半、声をかけられて開耶は目覚めた。まだ暗く寒い夜の季節。青白く恐い顔をしている母を見て、開耶はぼんやりと思う。今日は神事がある日だったかしら?

 寝ぼけたままの開耶の着物を母はどんどん脱がせていく。

「おたあさま、どうしてお着替えするの?」

「上野国へ行くのですよ」

「こうずけのくに?」

 母は頷いて、手早く娘の荷物を整える。包みを背にくくりつけられながら開耶は目をこすった。

「でも、じじ様に下社の神域を離れてはいけないと言われました」

「じじ様は死ぬのです!」

  豹変した母の語気に少女はビクリと肩を震わせる。大きく目を見開き、母の白い顔を見つめるが、母は少女の視線から目を逸らした。少女は母の唇の上のほくろが細かく震えるのを、黙って目で追い続けた。

「じじ様は鎌倉に死ににゆかれるのです。ここはきっと上社に乗っ取られる。だから、その前に」

「かまくら?」

 でも母はそれ以上は何も口にせず、娘の旅支度を整えると、その首に小さな木片が通された紐をかけた。

「これは神籬ひもろぎの一片です。あなたを守護くださいます」

 その木片は中央がくり抜かれ、大きな黒曜石が磨かれて嵌め込まれていた。

「あなたの腹違いの兄弟達も上野国に向かっていると聞きます」

「どうして?」

 それへの答えはない。

 外に出れば風が啼いていた。龍の声だ。開耶に『何処に行くんだ?』と聞いてくる。

『上野国に行くのよ』

 心の中で答えて、それから真っすぐ前を向いた。連なる山々。龍の国。開耶は生まれて初めてその山を越えようとしていた。


 でも開耶は上野国には辿り着けなかった。途中、盗賊に襲われ、母とも、供の者ともはぐれてしまったのだ。
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