【完結】私の愛した聖人君子

やまの龍

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第7話 その時

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新しい夫をあてがわれ、三浦一族の傍流の一人の女として生きながら、麻理はじっと時を耐えた。やがて何度か三浦一族の危機がやってくる。頼家公の遺児を将軍に据えようとした泉親衡の乱と、それに続く和田合戦。和田合戦では、父義村は従兄弟である和田義盛と約定を交わし、味方につくと起請文まで書いておきながら、戦の最中に裏切った。

そして、三代将軍実朝公の暗殺。将軍実朝を斬ったのは、善哉公、改め、公暁。 
 全ての事変の背後に父がいるのは確かだった。だが父は表には出ず、巧みに裏に回ってやり過ごしていく。それは、実の弟、胤義らが後鳥羽の院に扇動され、執権北条義時打倒に動いた承久の変でも同じだった。

 院の味方にについて北条義時を討とうと協力を請うてきた弟からの密書。それをわざわざ執権屋敷にまで出向いて北条義時に見せ、弟を切り捨てて北条に忠誠を誓った。実の弟まで見捨てるその冷徹さに、麻理はもう笑いしか出て来なかった。

 そうまでして何が欲しい?

 そんなに自分だけが大事か。同じ血の流れる弟も仲間も捨て、たった一人、何を求めている?かつえている?


 結局、承久の変は泰時が総大将となり、その嫡男、時氏が先陣をつとめたと聞いた。


北条時氏。

麻理の産んだ子。

 あの日別れたきり、会えなくなった息子。

その父に似て、優しげな顔が時に不安げに揺れるのが愛おしくてたまらなかった。

 夫と子を棄てて他に嫁した母を息子はさぞ恨んでいることだろう。言い訳はしないし出来ない。離縁しろと言われた時に、麻理は簡単に騙されてしまった。夫を信じ切れなかった。

 三浦と北条の間に生まれたことは、彼をこれまでも、この先もずっと苦しめることだろう。それでも息子を産んで幾許かでも手許で育てることが出来て本当に良かったと麻理は思った。彼を、駄目夫だった泰時をたすける立派な武将となったのだから。


 承久の変で鎌倉方が大勝利を収めたとの吉報が鎌倉に届いた少し後、執権北条義時が突然病に倒れ、それから程なくして亡くなった。あまりに急な執権の死。

 承久の変の総大将で、義時の長男である泰時は戦後処理でまだ京から戻らない。時氏も御家人らも。

 鎌倉がぽっかりと空いた。鎌倉に残されていたのは、僅かな兵と尼御台と幼い将軍のみ。

 その時、父が大きく動いた。北条義時の継室、伊賀の方に鼻薬を嗅がせていたのだ。三代目執権の座を、泰時にではなく、伊賀の方が生んだ政村に譲らせようと。その為には泰時が戻る前に義時を亡き者にし、後継者を決定出来る正当な権利を持つ継室としての立場から、政村を執権に据えると高らかに宣言すればいい。そして伊賀の方はその話に乗った。

 それから執権後継である泰時がその家督譲渡に異を唱えることの出来ないよう、亡き者にすべく兵を鎌倉に結集させる。


義時、並びに泰時の暗殺計画。



 麻理は父の近習らの動きから、そのあらましをほぼ察知していた。

 それにしても、と思う。父の甘言に惑わされたのにしても、本当に夫を毒殺した伊賀の方のやり口にはなんとも苦い思いが残る。執権、北条義時の元々の正室は、姫の前と呼ばれた比企の姫。でも比企の乱後に二人は離縁してその後室として迎えられたのが伊賀の方だった。

 離縁か、とやるせない気持ちになる。

 夫の毒殺は彼女にとっての復讐だったのかも知れない。でも、その前に何か他の道はなかったのか。誰か助けられる人はいなかったのか。

 そう考えてから麻理は密かに笑った。

 自分も復讐しようとしているではないか。父に。

そう、今こそ、その時。

 麻理は立ち上がり、侍女を尼御台の元へと遣わした。泰時暗殺と政村執権譲渡の計画の一部始終を報せる。



 三浦義村は、承久の変を収めて京から鎌倉へ凱旋する泰時を殺し、執権を政村に継がせ、執権と将軍を抱え込む腹積りなのだと。


 むざむざ殺させるものか。彼を。息子を。

そして童を使って鎌倉中に噂を流させた。三浦義村に翻意ありと。当然、いざ鎌倉!と近隣にて待機していた御家人らが鎌倉へ駆け付けてくる。
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鎌倉
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