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0章 ペガスの商人
ペガスの商人
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「ご足労かけて申し訳ありません、フリントさん」
「いや、こっちこそ急に押しかけて申し訳ない。だがアンタがペガスを出るってなら、見送りにむかわなきゃと思ってな」
ここはペガスの馬車乗り場。今日も日照りが続き暑さ極まる中だが、私はそんな中でヤミー商会の商人達と共に次の町に向けて馬車に荷物を積んでいた。そこに息を切らし、額に汗を滲ませながら現れたのはステーキ屋の店主、フリントだった。
「随分と急いでるみたいだな…」
「ええ、実はここに拠点を構えたらすぐに次の町に行く予定で、3ヶ月も滞在するつもりなかったんですよ。私達の魔法運送を必要としてる人はいるでしょうから」
「そうだな。予定を狂わせて悪かった」
「いえ、おかげさまでいい商売ができましたので」
私がわざとらしい笑顔で言い返すと、彼は軽く笑った。しかし、それからすぐに神妙な面持ちで深々と頭を下げた。
「アンタはあくまで商人としての仕事をしたと言うつもりかもしれないが、改めて礼を言わせてくれ。アンタのおかげでペガスは救われた、ありがとう」
巨漢で不器用そうな見た目からそんなに真剣なお礼を聞けるとは思えず、慌ててこちらも頭を下げる。
「いえいえ!ペガスを救ったなんてとんでもない。こちらこそ、ヤミー商会の拠点の件ではお世話になりました」
なんとか今生の別れみたいな雰囲気を和ませる為、私はなんとか話を別の方向に持っていく。
「商会の方でペガス内に敷地が用意できたので、今月中にそちらの物件は引き払って移転します」
「ああ、アンタの秘書さんから話は聞いてるよ。あのままずっと使ってくれても良かったんだがな」
我ながら慌てて出した話が金の話なんて…とは思うが仕方ない仕方ない。
金の話ついでに私はそうだと思いたって馬車の荷物の中から袋を取り出し、その中に数えながら金貨を入れた。
「急拵えで申し訳ないですが、フリントさん、こちら報酬です。本当は引き払い完了時に秘書から渡す予定だったのですが、できれば直接手渡したいと思ってて」
私はそう言って彼に金貨の入った袋をフリントに手渡す。しかし彼はその中身を確認すると、その口を閉じてすぐにこちらに突き返してきた。
「いや、この金は受け取れないよ」
「う、受け取れないと言われましても、それは契約違反です。3ヶ月前に店の裏で契約書も取り交わしましたよね。貴方の肉屋を間借りしてヤミー商会の拠点として3ヶ月間運用する、その間の賃貸料と肉屋の売上げ補償を報酬として支払うと。前払いは気持ち悪いから後払いにして欲しいって言っていたじゃないですか」
「ああ、契約はしたさ。だがヤミーさん、アンタはペガスの勇者だ。あのままカル・カボネの提示する値段で水や食糧が売られてたら飢え死んでたと言ってる奴もいる。実際暑さで倒れ、水がなくて瀕死だった奴もいたんだ。皆んなを救ったアンタから金を取ったとあっちゃ立つ瀬がねえよ。コレはペガスの町民を代表して、感謝の意として返させてくれ」
しかし頑なに報酬を固辞する店主。なるほどこの人も人情味溢れる義理堅い人の様だ。このような年配者には懐かしくて師匠の影を見てしまうな…。だが…
「感謝を余す事なく伝えるって難しいですよね、フリントさん。言葉だけでは足りなくて、行動にするには身に余るなんて事が多々あります」
「ああ、そうだな。本当は俺も言葉なんかじゃ足りないくらいにアンタには感謝してる。だが、今すぐ何か恩返しをと思っても、この金を返すぐらいしかできんくてな」
「だからこそ、人は感謝を伝える為にお金を払うという事をするのだと、私は思ってます」
私はそう言ってフリントに再び袋を突き出す。やはり彼はそれを中々受け取ろうとしない様子を見て、私は続けた。
「私はこのペガスに来て商品を売った。その感謝の印として、既に町民から代金を貰っているんですよ。これ以上感謝されるとお釣りがくる」
私はフリントの左手を取り、その手に金貨の入った袋をしっかりと握らせて両手で包み込んだ。
「むしろ、まだ私は感謝をしていない。そもそも誰のおかげでヤミー商会はペガスで商売をできたのか、私は誰のおかげで町の勇者になれたのか」
フリントさんの目をしっかりと見据える。細い目の中に光る黒い瞳と焦点があったのを感じてから私は次の言葉を口にした。
「あなたが店を間貸ししてくれたおかげで、私はペガスを人々を救う事ができました。ありがとうございます」
私が素直に感謝の意を述べ、頭を下げる。するとフリントは観念したのか深呼吸を一つ置いて手に持つ袋を放すことなく大事そうに胸に抱えた。
「感謝を金で、か。アンタの感謝の気持ち、しかと受け取ったよ」
そう言って彼は懐にしまうとこちらに手を差し伸べてニカッと笑った。
「だが!まだウチの帳簿じゃアンタへ感謝し足りない計算だからな!ツケとして書いといて、今度ステーキを食いに来た時はミルクを飲み放題にしてやるからそれで精算させてもらうぞ!」
ふふふ、ミルク飲み放題か。ステーキ食い放題じゃ無いとは、この人もやはり商売人だな。
「貴方も大概商売上手ですね、フリントさん。わかりました。また来た時は遠慮なく飲ませてもらいますよ」
私は差し伸べられた彼の太い手を握った。
多分、次に私がここのステーキを食べた時は更に美味しくなっているのだろう。その時また私は店が提示する代金では払いきれない感謝のツケを抱える。そしたらヤミー商会の人や知り合いの著名人なんかを呼んで店を盛り上げるのだろう。そしたら店主は私にまた感謝のツケを抱えるはずだ。そうしてお互いに感謝の輪廻を繰り返していき、お互いを幸せにしていく。お金はその為の道具なんだ。
「いや、こっちこそ急に押しかけて申し訳ない。だがアンタがペガスを出るってなら、見送りにむかわなきゃと思ってな」
ここはペガスの馬車乗り場。今日も日照りが続き暑さ極まる中だが、私はそんな中でヤミー商会の商人達と共に次の町に向けて馬車に荷物を積んでいた。そこに息を切らし、額に汗を滲ませながら現れたのはステーキ屋の店主、フリントだった。
「随分と急いでるみたいだな…」
「ええ、実はここに拠点を構えたらすぐに次の町に行く予定で、3ヶ月も滞在するつもりなかったんですよ。私達の魔法運送を必要としてる人はいるでしょうから」
「そうだな。予定を狂わせて悪かった」
「いえ、おかげさまでいい商売ができましたので」
私がわざとらしい笑顔で言い返すと、彼は軽く笑った。しかし、それからすぐに神妙な面持ちで深々と頭を下げた。
「アンタはあくまで商人としての仕事をしたと言うつもりかもしれないが、改めて礼を言わせてくれ。アンタのおかげでペガスは救われた、ありがとう」
巨漢で不器用そうな見た目からそんなに真剣なお礼を聞けるとは思えず、慌ててこちらも頭を下げる。
「いえいえ!ペガスを救ったなんてとんでもない。こちらこそ、ヤミー商会の拠点の件ではお世話になりました」
なんとか今生の別れみたいな雰囲気を和ませる為、私はなんとか話を別の方向に持っていく。
「商会の方でペガス内に敷地が用意できたので、今月中にそちらの物件は引き払って移転します」
「ああ、アンタの秘書さんから話は聞いてるよ。あのままずっと使ってくれても良かったんだがな」
我ながら慌てて出した話が金の話なんて…とは思うが仕方ない仕方ない。
金の話ついでに私はそうだと思いたって馬車の荷物の中から袋を取り出し、その中に数えながら金貨を入れた。
「急拵えで申し訳ないですが、フリントさん、こちら報酬です。本当は引き払い完了時に秘書から渡す予定だったのですが、できれば直接手渡したいと思ってて」
私はそう言って彼に金貨の入った袋をフリントに手渡す。しかし彼はその中身を確認すると、その口を閉じてすぐにこちらに突き返してきた。
「いや、この金は受け取れないよ」
「う、受け取れないと言われましても、それは契約違反です。3ヶ月前に店の裏で契約書も取り交わしましたよね。貴方の肉屋を間借りしてヤミー商会の拠点として3ヶ月間運用する、その間の賃貸料と肉屋の売上げ補償を報酬として支払うと。前払いは気持ち悪いから後払いにして欲しいって言っていたじゃないですか」
「ああ、契約はしたさ。だがヤミーさん、アンタはペガスの勇者だ。あのままカル・カボネの提示する値段で水や食糧が売られてたら飢え死んでたと言ってる奴もいる。実際暑さで倒れ、水がなくて瀕死だった奴もいたんだ。皆んなを救ったアンタから金を取ったとあっちゃ立つ瀬がねえよ。コレはペガスの町民を代表して、感謝の意として返させてくれ」
しかし頑なに報酬を固辞する店主。なるほどこの人も人情味溢れる義理堅い人の様だ。このような年配者には懐かしくて師匠の影を見てしまうな…。だが…
「感謝を余す事なく伝えるって難しいですよね、フリントさん。言葉だけでは足りなくて、行動にするには身に余るなんて事が多々あります」
「ああ、そうだな。本当は俺も言葉なんかじゃ足りないくらいにアンタには感謝してる。だが、今すぐ何か恩返しをと思っても、この金を返すぐらいしかできんくてな」
「だからこそ、人は感謝を伝える為にお金を払うという事をするのだと、私は思ってます」
私はそう言ってフリントに再び袋を突き出す。やはり彼はそれを中々受け取ろうとしない様子を見て、私は続けた。
「私はこのペガスに来て商品を売った。その感謝の印として、既に町民から代金を貰っているんですよ。これ以上感謝されるとお釣りがくる」
私はフリントの左手を取り、その手に金貨の入った袋をしっかりと握らせて両手で包み込んだ。
「むしろ、まだ私は感謝をしていない。そもそも誰のおかげでヤミー商会はペガスで商売をできたのか、私は誰のおかげで町の勇者になれたのか」
フリントさんの目をしっかりと見据える。細い目の中に光る黒い瞳と焦点があったのを感じてから私は次の言葉を口にした。
「あなたが店を間貸ししてくれたおかげで、私はペガスを人々を救う事ができました。ありがとうございます」
私が素直に感謝の意を述べ、頭を下げる。するとフリントは観念したのか深呼吸を一つ置いて手に持つ袋を放すことなく大事そうに胸に抱えた。
「感謝を金で、か。アンタの感謝の気持ち、しかと受け取ったよ」
そう言って彼は懐にしまうとこちらに手を差し伸べてニカッと笑った。
「だが!まだウチの帳簿じゃアンタへ感謝し足りない計算だからな!ツケとして書いといて、今度ステーキを食いに来た時はミルクを飲み放題にしてやるからそれで精算させてもらうぞ!」
ふふふ、ミルク飲み放題か。ステーキ食い放題じゃ無いとは、この人もやはり商売人だな。
「貴方も大概商売上手ですね、フリントさん。わかりました。また来た時は遠慮なく飲ませてもらいますよ」
私は差し伸べられた彼の太い手を握った。
多分、次に私がここのステーキを食べた時は更に美味しくなっているのだろう。その時また私は店が提示する代金では払いきれない感謝のツケを抱える。そしたらヤミー商会の人や知り合いの著名人なんかを呼んで店を盛り上げるのだろう。そしたら店主は私にまた感謝のツケを抱えるはずだ。そうしてお互いに感謝の輪廻を繰り返していき、お互いを幸せにしていく。お金はその為の道具なんだ。
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