転売スレイヤー ~この異世界から転売ヤーを絶滅させます~

natuumi

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0章 ペガスの商人

フリント・ウェストウッド

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 ペガスステーキ、肉質は硬めながらも旨味と肉汁が溢れんばかりであり、欠点である噛み切りにくさは店主の細かな仕事と調理で完全に克服されている。
 前世でも食べたこともない素晴らしい逸品だと賞賛する一方、問題点にも言及せねばなるまい。
 とにかく量が多すぎる。
 そのステーキはミディアムの概念を疑う量で、つい30分前まで空腹で死ぬ所だったのに今は危うく腹が破裂して死ぬ所だ…。

 ケフッ…。
 行儀が悪いと思いながらも満杯になった胃に少しでも空きスペースが出るならと軽くおくびを一つ。

「いい食いっぷりだねぇ。そうだ、デザートをサービスして」
「いえ!結構です!もう入らな…うぷっ」
 店主が余計なお世話を焼く前に呼び止めるが、立ち上がろうとすると途端に胃が中にある肉圧に負けて悲鳴をあげるので言い切れなかった。

「ガハハハ!冗談だ冗談!しばらくカウンターで休んでいきな!ミルクのおかわりもいつでも言ってくれ」
 そう言って店主が平らげられた鉄板を下げた。彼が洗い物を終える頃になっても私は動くことができず、それを見かねてか店主はコック帽を置いた。
「なぁ、あんた商人だろ。若いから答えられるか分からんが、ちょっと聞きたい事があるんだ」
「何ですか?」
「俺は職人として誇りと自信を持ってる。肉切るにしても焼くにしても技術は必要で、人から金を取るだけの仕事ができてると思ってる」
 それは今堪能した所だし、間違い無いだろう。ズブの素人が同じ肉を焼いても包丁の入れ方や火加減、味付けの違いで同じような旨さは演出できないはずだ。
「俺だけじゃ無い。ノウを育てる畜産農家も、農具を作る鍛冶屋も、皆んな自分の技術と時間をかけてそれを金にしてる」
 その通り。全て一人で行うと非効率になる作業を分担し、各々がそれに集中して技術や経験を培う事で生産性を上げ、その余剰で取引を行う。アダム・スミスが唱えた分業の基本だ。

「じゃあさ、お前ら商人はどんな技術を、誰の時間をかけて、それを商品の値段に上乗せして販売してるんだ?」

 …ああ、なんだ。いつもの商人叩きか。

「別にアンタを非難するつもりは無いんだ。だが、俺達職人からすると、右から左に物を動かすだけで儲ける商人のやっている事が不思議でならなくてな」

 こうした理由でいつの時代も商人は疎ましい目で見られる。自分では何も生み出してない、物を右から左に動かすだけで金を取るなんて何事か、とね。ヴェニスの商人や士農工商が良い例だ。商人というのはどの世界でも肩身が狭い。
 馬鹿馬鹿しい、その右から左に動かす事にどれだけ労力が必要だと思っているのか。

「それは運送する為の費用や品を保管する為の倉庫の用意、販売する手間、色々お金はかかるじゃないですか。さっきアナタもおっしゃってた通り、保管するにも管理するにも商品知識が必要ですからね。その辺が職人で言う技術ですかね」
「なるほどな。それなら、現地で商品を買い占めて、値段を釣り上げて売って儲けてるのはなんでなんだ?」

 …なんだって…?

「どういうことですか…?」
 私が聞き返すと、店主は私の顔を見て大慌てで平謝りし始めた。
「すまない、一見のお客さんにこんな話をしちまって。ちょっと商人に関して嫌な事があっただけなんだ。気を悪くしないでくれ」
「お気になさらず。それより詳しく話を聞かせてください」
「い、いや、ホント何でも無いんだ。怒らせたのなら申し訳ない」
「怒ってませんので」

 と言いつつ、もしかしたら凄い形相だったのかもしれない。店主は少しオドオドしながらも話し始めた。

「さっき、カル・カボネ隊商の話をしただろう?実は最近、そいつらがこの町に来るたびに農作物や水なんかを根こそぎ買い占めて行ってしまうんだ。それも別の町で売るためじゃねぇ。明らかに独占して値段を釣り上げて再販売する為に買ってるんだ」
「それで、ペガス・ノウも買い占めの対象であると」
「ああ…しかもペガス・ノウは質が良いとか言って元の値段の3倍の値段で売りやがる…。しかしウチも店を閉めるわけに行かないからな。キャラバンが来てる月はキャラバンからペガス・ノウを買わざるを得ないんだ。他にも野菜や穀物、水までキャラバンから高く買わなきゃならなくなるから、その月は火の車さ」
「なるほど…」
「…あ、アンタ、キャラバンのメンバーとかじゃないよな…?」
「はい、ただの商人ですよ」
「じゃあなんでその…そんなに怒ってるんだよ?」
「怒ってないですよ。普通の顔です」

 静かに、だが確かに沸々と私の腹から湧き上がる感情。だがコレは怒りではない。憎悪だ。

「こんな話、新参者のアンタに言ってもしょうがないとは思うんだがな。今の愚痴は忘れてくれ」
「キャラバンが次来るのはいつですか?」
「と、10日後だが。そんなもの聞いてどうするんだ?」
「わかりました」

   そこまで聞くと、私はおもむろに財布を取り出し「お代は?」と聞く。

「2200Gだ」
 この世界の相場はおおよそ1G(ゲルト)=1円。2200円で1ポンド近くの上質なステーキが食えたと思うと破格もいい所だ。

「ここ置いておきますね。お釣りは情報量という事で」

 そう言って私はカウンターに1000G銀貨を3枚置く。そしてそれに続いてすかさずバッグの中から何かが一杯に詰まった袋を取り出し、代金の横に置いた。

「店主、コレも何かの縁です。一つ私と仕事をしませんか?」
「な、何だよ。仕事?なんのだよ?それにこの袋は?」
「コレは前金です。受けてくれればこの倍をお支払いします」

 恐る恐る私の出した袋の口を広げる店主。その中には10万G金貨が一杯。それに目を丸くしながらも、震える手でカウンターに置き直してこちらに返してくる。

「あんた…何者だ?俺に何をさせるつもりだ?」
「変な事じゃないですよ。ただ、あなたの問題を解決しつつ、カル・カボネ隊商の人達にちょっと痛い目見せる為のお手伝いを、ね」
「…解決、できるのか?」
「ええ、もちろん」

 私は手を彼の前に差し出す。彼はその手を少し見つめて考えた後、金貨の詰まった袋を取ってその差し出した私の手に返した。
「夜10時に店を閉める。その後店の裏手に来てくれ。そこで話を詳しく聞いてから決める」
 金を返された瞬間はどうしたものかと思ったが、どうやら交渉決裂というわけではない様だ。

「俺はフリント・ウェストウッド。アンタの名前は?」
「私はヤミー・デント。ただの商人です」



 …いつの時代も、どこの世界にも、金に目が眩む人間はいる。
 金は物やサービスの交換手段でしかないというのに、その汎用性の高さに何を勘違いしたのか金が全てだと思い、手段を選ばずがむしゃらに稼ぐ奴がいる。
 転売、買い占め、マルチ商法、情報商材…。
 それが例え誰かを苦しめる事になろうとも、買った人間の自己責任だとか、買えなかったのが悪いだとか、更には法律違反はして無いからといって自分の方法を正当化する。

 私はそんな風にして金を人からむしり取っていく奴らを許さない。

 何故かって?
 理由は単純。私は前世でそうした奴らによって家族を奪われ、そして殺されたからだ。

 私はエマの墓前に誓いを立てたのだ。世界から悪質な転売ヤーを全滅させると…!そしてそれは異世界に来ても変わらない!

 転売ヤー…全滅すべし…!
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