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閑話 追放
誤解
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ギルドの集会場に戻ると、人だかりができていた。傷だらけの隻眼隻腕の女性が大勢の雄々しい海の男達を引き連れて行進する姿。見まごうはずもない、あれはカイエン隊だ。このタイミングで帰ってきたのか!
「リョーマ師匠!」
私は声を張り上げ、今回の報告に向かう為にその集団に飛びつく。
「リョーマ師匠、お話があります。転売ギルドの正体が掴めました。ここでは話せません。この後カイエン隊の2番…」
「ヤミー、その話は終わりダ」
何を言っているのか理解できなかった。その意図を読み取れなかったという意味ではない。理解するより先に喉にナイフを突きつけられたからだ。
リョーマ師匠の手に握られたナイフに。
「…リョーマ師匠、これはどういう…」
「昨日、お前がトリスキンに向かった直後にポワルに寄港したんダ。するとどうだイ、ポワルの町民が『商人ギルドの商人に嘘の情報で騙されて売れない花を買わされた』というじゃないカ」
「そ、それは転売ギルドを潰す為で…」
「訴えてきたのは転売ギルドの人間じゃない、他のギルドに所属する立派な職人達ダ」
「そう見えるかもしれませんが、それは彼らが副業でやっているからで!」
「どちらにせヨ!お前は嘘の情報を流して商品を買わせタ!違うカ!?」
「…ッ!」
そう言われるとぐうの音も出なかった。やった事としてはその通りだ。嘘の情報を流したのは自分だし、それを売ったのも自分、マッチポンプをしていると言われても仕方がない。でも…。
「それにな、ハイドスカスの苗はトリスキンの公爵家に売り出す予定のものだったんダ。売る予定だった品物、それをお前は勝手に横流しして売り上げを着服しタ、違うか!?」
「ちょっと待ってください!それに関しては完全に誤解です!私は注文書を見てどこに売るでもない商品だとカッツ姐さんと確認して売り出しました!売り上げも姐さんに渡してカイエン隊の金庫に入れるようにしましたし、着服もしてません!」
「嘘を言うナ!」
喉元に更にグイッのナイフを押し付けられる。もはや鋭い切先が喉の皮に食い込み血が流れている。
「カッツ姐さんを呼んでください…!私は師匠から依頼を受けてその翌日の夜から姐さんとずっと行動してました。姐さんが私の潔白を…」
「そのカッツはもういなイ…!」
…いない?いないって…ギルド内の調査をして、私が組合室に向かう前、たった2時間程度前に一緒に夕食を取ってたはずだ。それなのに『もういない』…?なんだよそれ…その口振りじゃまるで…。
「…死んダ…!ギルドの斜向かいにある酒場の裏手で…殴り殺されたんダ…!」
視界がぐにゃりと歪む。さっきまで話していたあの鳥人が…死んだ…?どうして…。
転売ギルドの情報を持つ人間だからマスターの手によって消された?いや、黒幕はマスターかもしれないとは言ったが、実際に至る情報を手に入れたのは夕食の後だし、そもそも知ったところであくまで転売ギルドやマスターの商売は合法。マスターにそこまで影響があるとは思えない。
なら一体…なぜ…。
「犯人は逃亡中だが、おそらくハイドスカスで損をした人間だろウ。お前のしたことが、カッツを死に至らしめたんダ!」
それは都合が良すぎる…!確かにハイドスカスの情報は私とカッツ姐さんで流し、顔が割れていた可能性もある。だがそれがトリスキンまで追いかけてきて殺しにくるか?
「お前はカイエン隊の面子を潰シ、俺の大切の仲間を奪っタ…!俺がまだ海賊の身だったらその喉を搔き切れるんだがなァ!」
ナイフを持ったままの左手の甲で私の頭を一打。石よりも固く握られた拳は容易に額の皮を切り、血が目にかかるほど流れ始めた。
「ヤタロー、この裏切り者をつまみ出セ」
「…ハイ」
そしてリョーマ師匠の合図で背後から2m50はあろうかという巨躯で筋肉質な、そして青い肌色の大女が出てきた。
『鮫肌のヤタロー』
カイエン隊きっての怪力を持ち、過去に座礁した船を己の腕だけで傾けて積荷を瓶に入った豆の様に全部出したという逸話もある鮫の亜人だ。
「…イタイ、ガマン…」
その彼女は私の腕を掴むと軽々と放り上げ、肩に担ぎ上げた。腹に打ち付けられる彼女の硬い肩で嗚咽が漏れる。
殴打されて揺れる視界も収まらないままだが、それでも何とか声を絞り出す。
「リョーマ師匠…!聞いてください!何かの間違いです!」
ギルドの外に運ばれる間にも私は無実を訴え続けたが、彼女は無表情で真っ直ぐ進む道だけを見据えて聴こうとしない。
様子がおかしい…。こんな問答無用な事は師匠は初めて見る…。
やがて、ギルドの外に連れ出された私は表通りの硬い道路へと叩きつけられた。
「商人は信用。お前は今、カイエン隊からの信用を失っタ」
「リョーマ師匠…」
「この件に関して、マスターからの通知も来ている」
ギルドマスター、やはりアイツの手がかかっていたのか!あの男、最初から私が手を組まない事を見越して手を回していたのか…!
ふとギルドの建物を見上げると、3階の窓から誰かがこちらを覗き見ているような気がした。
「ヤミー・デント。貴殿は罪の無い市民から金銭を奪取するべく、虚偽の情報を用いて不当に商品を売っタ。これにより商人ギルドの信用を著しく傷つけ、客に不利益を与えた為、商人ギルドの名に於いて、以後このトリスキンで商売を始め一切の生産活動を禁じル」
懐から出した手紙を読み上げると、リョーマ師匠はそれをクシャクシャに丸め叩きつける様に私に投げた。
「消えろ、ヤミー。お前の居場所は、もうここにはない」
もはや取り付く島もない。師匠は私に背を向け、仲間の男衆どもと共にギルドの扉の向こうへと歩いていった。
「追放だ」
それが、私が直接聞く彼女の最後の言葉だった。
「リョーマ師匠!」
私は声を張り上げ、今回の報告に向かう為にその集団に飛びつく。
「リョーマ師匠、お話があります。転売ギルドの正体が掴めました。ここでは話せません。この後カイエン隊の2番…」
「ヤミー、その話は終わりダ」
何を言っているのか理解できなかった。その意図を読み取れなかったという意味ではない。理解するより先に喉にナイフを突きつけられたからだ。
リョーマ師匠の手に握られたナイフに。
「…リョーマ師匠、これはどういう…」
「昨日、お前がトリスキンに向かった直後にポワルに寄港したんダ。するとどうだイ、ポワルの町民が『商人ギルドの商人に嘘の情報で騙されて売れない花を買わされた』というじゃないカ」
「そ、それは転売ギルドを潰す為で…」
「訴えてきたのは転売ギルドの人間じゃない、他のギルドに所属する立派な職人達ダ」
「そう見えるかもしれませんが、それは彼らが副業でやっているからで!」
「どちらにせヨ!お前は嘘の情報を流して商品を買わせタ!違うカ!?」
「…ッ!」
そう言われるとぐうの音も出なかった。やった事としてはその通りだ。嘘の情報を流したのは自分だし、それを売ったのも自分、マッチポンプをしていると言われても仕方がない。でも…。
「それにな、ハイドスカスの苗はトリスキンの公爵家に売り出す予定のものだったんダ。売る予定だった品物、それをお前は勝手に横流しして売り上げを着服しタ、違うか!?」
「ちょっと待ってください!それに関しては完全に誤解です!私は注文書を見てどこに売るでもない商品だとカッツ姐さんと確認して売り出しました!売り上げも姐さんに渡してカイエン隊の金庫に入れるようにしましたし、着服もしてません!」
「嘘を言うナ!」
喉元に更にグイッのナイフを押し付けられる。もはや鋭い切先が喉の皮に食い込み血が流れている。
「カッツ姐さんを呼んでください…!私は師匠から依頼を受けてその翌日の夜から姐さんとずっと行動してました。姐さんが私の潔白を…」
「そのカッツはもういなイ…!」
…いない?いないって…ギルド内の調査をして、私が組合室に向かう前、たった2時間程度前に一緒に夕食を取ってたはずだ。それなのに『もういない』…?なんだよそれ…その口振りじゃまるで…。
「…死んダ…!ギルドの斜向かいにある酒場の裏手で…殴り殺されたんダ…!」
視界がぐにゃりと歪む。さっきまで話していたあの鳥人が…死んだ…?どうして…。
転売ギルドの情報を持つ人間だからマスターの手によって消された?いや、黒幕はマスターかもしれないとは言ったが、実際に至る情報を手に入れたのは夕食の後だし、そもそも知ったところであくまで転売ギルドやマスターの商売は合法。マスターにそこまで影響があるとは思えない。
なら一体…なぜ…。
「犯人は逃亡中だが、おそらくハイドスカスで損をした人間だろウ。お前のしたことが、カッツを死に至らしめたんダ!」
それは都合が良すぎる…!確かにハイドスカスの情報は私とカッツ姐さんで流し、顔が割れていた可能性もある。だがそれがトリスキンまで追いかけてきて殺しにくるか?
「お前はカイエン隊の面子を潰シ、俺の大切の仲間を奪っタ…!俺がまだ海賊の身だったらその喉を搔き切れるんだがなァ!」
ナイフを持ったままの左手の甲で私の頭を一打。石よりも固く握られた拳は容易に額の皮を切り、血が目にかかるほど流れ始めた。
「ヤタロー、この裏切り者をつまみ出セ」
「…ハイ」
そしてリョーマ師匠の合図で背後から2m50はあろうかという巨躯で筋肉質な、そして青い肌色の大女が出てきた。
『鮫肌のヤタロー』
カイエン隊きっての怪力を持ち、過去に座礁した船を己の腕だけで傾けて積荷を瓶に入った豆の様に全部出したという逸話もある鮫の亜人だ。
「…イタイ、ガマン…」
その彼女は私の腕を掴むと軽々と放り上げ、肩に担ぎ上げた。腹に打ち付けられる彼女の硬い肩で嗚咽が漏れる。
殴打されて揺れる視界も収まらないままだが、それでも何とか声を絞り出す。
「リョーマ師匠…!聞いてください!何かの間違いです!」
ギルドの外に運ばれる間にも私は無実を訴え続けたが、彼女は無表情で真っ直ぐ進む道だけを見据えて聴こうとしない。
様子がおかしい…。こんな問答無用な事は師匠は初めて見る…。
やがて、ギルドの外に連れ出された私は表通りの硬い道路へと叩きつけられた。
「商人は信用。お前は今、カイエン隊からの信用を失っタ」
「リョーマ師匠…」
「この件に関して、マスターからの通知も来ている」
ギルドマスター、やはりアイツの手がかかっていたのか!あの男、最初から私が手を組まない事を見越して手を回していたのか…!
ふとギルドの建物を見上げると、3階の窓から誰かがこちらを覗き見ているような気がした。
「ヤミー・デント。貴殿は罪の無い市民から金銭を奪取するべく、虚偽の情報を用いて不当に商品を売っタ。これにより商人ギルドの信用を著しく傷つけ、客に不利益を与えた為、商人ギルドの名に於いて、以後このトリスキンで商売を始め一切の生産活動を禁じル」
懐から出した手紙を読み上げると、リョーマ師匠はそれをクシャクシャに丸め叩きつける様に私に投げた。
「消えろ、ヤミー。お前の居場所は、もうここにはない」
もはや取り付く島もない。師匠は私に背を向け、仲間の男衆どもと共にギルドの扉の向こうへと歩いていった。
「追放だ」
それが、私が直接聞く彼女の最後の言葉だった。
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