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2章 転売ギルド

酔い惑う牡牛亭

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『酔い惑う牡牛亭』
 翌日、私はポワルの町はずれにある小さな醸造酒場に来ていた。ここが…『転売ギルド』の在処…。
 この場所は自分の力で突き止めてたどり着いたわけではない。リョーマ師匠はそこまで予め突き止めていたのだ。

「俺は次の取引でしばらく国外に出ル。この件に関してはお前に一任するガ、カイエン隊に言えば人手も金も品も惜しまなイ。必要なものは遠慮なくいってくレ」
「…あの…師匠。場所も接触方法もわかってるんですよね?それならなぜ自分で手を下さないのですか?」

 先日の事、私がそう聞くと彼女は渋い顔押して顎を掻いた。

「…実はナ、何回かやっているんダ。転売ギルドを見つけて、そいつらが根城にしている店やら集会場やらをウチの若いモンに討ち入らせて潰そうってのハ。だが、実際行ってみると一般人ばかりでギルドメンバーらしい人間はほとんどいないし、普通にやってる店だったりしテ、潰そうにも潰せないんダ。それに店ごと買い取って闇ギルドの集会場めいた事を止めさせても、別の所ですぐに転売ギルドは再開すル。イタチごっこにしかならんのダ」

 …なるほど、力ずくでは解決できないという事か…。

「俺にはロクな学がねぇからナ。こんな雲みてぇに掴みどころのねぇ奴らを殴る方法が分からネェ。だからヤミー、お前に頼むんダ。お前なら何か良い方法が思いつくんじゃないカ?」

 …雲みたいに掴みどころのない奴ら…。まるでネットの闇だな。私も一度せどりや転売情報を扱った掲示板や、ショッピングサイトの転売ヤーと思しきアカウントを違反行為で報告したりなどしていたが、やつらは幾ら掲示板の閉鎖やアカウント停止を食らってもサイトを変えアカウントを変え、すぐにまた同じことをし始める。

 本当に…どの時代も卑怯でクソな奴らだ…!

 …一人で激昂してもしょうがない。落ち着け、この手の事は何度も前世で会っていたじゃないか…。
 とにかく、今は情報収集だ。
 まずは…在処が分かっているなら潜入捜査だ。

 そう思い立ってこの酒場の手前までやってきたわけなのだが…。

「本当に大丈夫なんですかね…合言葉も何も知らないんですが…」

 闇ギルドたる物、王国や正規ギルドの目を盗む為にそうしたセキュリティを用意して然るべきではないだろうか。見張りや警護なんかもいるものじゃないんだろうか。
 しかし酒場の手前まで来てもそうした類のものがあるようには見えない。
 …いやもしかしたら、これまでの話からすると…。

 私は酔い惑う牡牛亭のドアノブに恐る恐る手をかける。看板のかかった木製で鉄鋲のドアに鍵はかかっていない。覗き窓はあるが扉の向こうに人が張っている様子もない。私はそのまま扉をドアを開けて中へと入っていた。

 中は至って普通の酒場といった様子だった。奥に酒樽を並べてカウンターを構え、注文を受けて直接樽からジョッキに酒を入れるバーのマスター。カウンターの他にも並べられた円卓はほぼ満席で、町外れの酒場とは思えない賑わいを見せている。
 …これが、転売ギルド…?
 先にも話した通り、ギルドは同業者組合。オフィス街の居酒屋でスーツの人間が8割を占めるように、ギルドの集会場に集まる人間は職に応じて似通った服装や姿の人間が集まるものだ。
 だが、ここは明らかに違う。防水仕様のウェーダーを履くあの男は漁師。サスペンダーに麦わら帽の女は農家だろうか。白衣にロザリオの老人は明らかに教会関係者だ。驚くべきは職がバラバラにも関わらず異なる職の人間と親しげに話している事だ。
 職が同じならば業界内の事や職業ならではの話など色々話すこともあろう。しかしここは違う。普通の酒場ですらここまでバラバラな職の人間が一堂に会して混ざり合って話す事は中々ない。はっきり言って異常だ。
 この中の誰かが転売ギルドの人間ということか?いやそんなまさか…。
 いよいよ持って嫌な予感が的中しそうだ。

「マスター、ミルクを一つ」
「…え、あ、はい」

 私はカウンター席について適当な注文をすると、すぐ隣で話す魔術師と傭兵と思しき男2人の会話に耳をそば立てた。

「お、おい、この前の水の魔石、どうだった?」
「ああ、ドンピシャ!120,000G分買って260,000Gで売れたぜ!まだ在庫はあるししばらくは酒が上手くなるぜこりゃぁ!」
「そりゃ良かった、へへへ。前はわ、私が矢の転売で儲けさせて貰ったからな…私も役に立ててよかった…」
「やっぱ持つべきは仲間だよなぁ!しかしこうも簡単に儲けられちゃ要人護衛なんかでちまちま稼ぐのがバカらしくなってくるぜ!」
「そ、そうだよね。私もこっちを本業にしようかな…」
「そうしちまえ!肉体労働で金を稼ぐなんてもう古くせぇ!これからは商売の時代よ!」

 コイツら転売ギルドのメンバーか…!いや、でもその口振りからして本業は別にあるのか?

「ねぇねぇ、昨日ちょっとウチのギルドで聞いたんだけど、今アシェントからの麻袋の注文が多くなってるらしいわよ」
「それは買いね。後で注文いれとかなきゃ」

 …!そこの婦人もか…!あんな主婦のような人まで…。

「その話は本当か?なら俺も買いだ!」
「わ、私も」
「俺もだ!買いだ!」
「みんなでやるぞ!麻袋だ!」

 そこにも…!ここにも…!?もしや、この酒場にいる全員がそうなのか!?

「おい、そこの若い人、アンタもやらないか?」

 隣にいた傭兵が肘で私の事を小突いてきた。急な事で飛び上がりそうな程驚いたが、なんとか叫び声はあげずに応える。

「な、なんの事ですか…自分、なんの話の事かよくわからなくて…」
「おお?なんだニュービーか?ならオジサンが優しく教えてやろう」

 そう言ってヒゲモジャの恰幅の良い傭兵男が肩に手を回して身を寄せてくる。私はそれに合わせて居直るフリで身を離す。

「ここではな、色んな職業の人間が情報を持ち寄って、今後値段が高くなりそうな品物を買い集めて、高くなった時に売る。そうしてみんなでちょっとした金稼ぎをしようって場所なんだ」

 聞いていた転売ギルドの概要とほぼ同じだが…やはり、色んな職業の人間か。

「色んなギルドから人間が来ているからな。かなり確度の高い情報を得られるからほぼ確実に儲けられるぞ。場合によっちゃ出した金が5倍になったりもするからな!コレに乗らない手はないぞ、若いの!」

 やはりそうだ。
 ここは闇ギルドなんかでは無い。
 ただ転売を副業にしている人間達の集まりなんだ…!
 彼らは本業を別に持っていて、そこで得られる情報を共有して値段が高くなる品物を予測。それを売買する事で小遣い程度の金を儲けている人達なんだ。
 それがポワルという町でこれだけの人数で同じ物を大量に買うので結果として買い占めの状態になるだけで、組織だって転売を行なっているわけではない。
 転売をしている個々人からすればやっている事は大したことではないし、もちろん闇ギルドという意識もない。それゆえに側から見ればギルドらしき集会があるように見えて、その実何も無いという現象がおこるんだ。
 組織じゃ無いから体制や規律は無く、集会場所を潰してもそれらを再構築する必要がない、人が集まれば同じ事ができるからすぐに復活できるんだ。
 
 コレが…転売ギルドの正体…。

「…おい、若いの、どうした?」
「…いえ、なんでもありませんよ」
「い、いや、それにしてはスッゴイ形相してるんだが…」
「元からです」

 私はジョッキに入ったミルクを一気に飲み干すと、その代金をカウンターに置いてすぐさま酔い惑う牡牛亭を出た。
 転売ギルド、その正体がわかった今、あの空間に1秒でも長くはいたくなかったからだ。あんなに無自覚な転売ヤー共が喜び沸いている空間なんて…。

 そういえば、私が元いた世界でも転売ヤー買い占めるなどとネットで槍玉に上げられてはいたが、転売ヤーは全てが同一人物なわけでも、イチ組織として動いているわけでもない。彼らは全員個々の事業主として動いていて、それぞれがそれぞれの目的と裁量で転売をしている。
 その中には生計を立てるつもりでやっている奴もいれば、数万程度の小遣い稼ぎや副業でやっているつもりの奴もいるのだろう。おそらく酔い惑う牡牛亭同様、副業程度でやっている人間が大半なのかもしれない。

 だからこそ、それが容赦なく人を殺す刃となるのだ。

 自分は大した量買ってないから買い占めてるわけじゃない。それで誰かが困っても私のせいじゃない。
 その軽薄さが自分の行動に対する責任から意識を遠ざけさせる。自分の行った商売が招く結果から関心を削ぐ。

 それが積み重った結果が、エマを殺したんだ…!

 湧き上がる憎悪の炎。やはりこのポワルでも薪は転がっていた様だ。

「転売ヤー…全滅すべし…!」
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