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鉄と蒸気の国、マキナガルド
ブリッツという男
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「そこの人」
ターミナルの一角、トイレから出てきた案内用女型ゴーレムを引き連れた猫の貴婦人に話しかけた。金持ちの太ったオバさんとそれがよく抱えてそうな白い長毛の猫をフュージョンさせたような女性だ。
俺が話しかけると、すぐさま横の案内ゴーレムが翻訳して彼女の言語で返す。
マキナガルドに来る異世界人は必ずしもロキのようにマキナ語をマスターしているわけではない。おそらく大半はこうして通訳用のゴーレムを侍らせてこの世界を歩くだろう。
このマダムとは勿論知り合いではない。でも適当に話しかけた訳ではなく、ゴーレムを連れているのを確認して話しかけたのだ。
「世界樹へようこそ。私は清掃員のショートです」
「あら、そう」
差し出した手を鼻であしらわれる。
いや、大丈夫。今日で二日目、十九回目の挑戦だが、反応が多少あっただけでも上々だ。
「今日はどういった御用事でマキナガルドへ?」
「帰る所よ。構わないで頂戴」
喉をゴロゴロと低く鳴らす猫の貴婦人。これは相当ご機嫌ナナメ…。いや、だからこそチャンスだ。
「時間が無いようですので、ズバリお当てしましょうか。ビジネスチャンスを目当てにはるばる来たのに、その影も形も無かった。そうでしょう?」
貴婦人が立ち止まってコチラに向かって目を見開く。
ドンピシャ。といっても同じような質問を15人にしてようやくだけど。下手な鉄砲数撃ちゃ当たるとはまさにこの事だ。
「あなただけのとっておきの情報、ありますよ?」
3万、通貨は…えーっとクォーツか。これがどこの通貨で、為替レートがどうなってるかは勉強中だが、世界樹内の両替機を使えば当面の生活費にはなるだろう。情報は資産だというとはまさにこの事だ。
この報酬を見返りに俺が猫の貴婦人にあげたもの、それはレジスタンスのアジトの場所と合言葉だ。
対デウス派の反乱の機運が高まっているというのはマキナガルド内外でもそれなりに広まっている。反乱とはいわば戦争だ。倫理を度外視すれば戦争では武器、兵器、食料、衣類、携行品など様々な品目が大量に消費される格好のビジネスチャンス。ニューディール政策でも回復できなかったアメリカの不景気を一発逆転でパックスアメリカーナに導いたのも第二次世界大戦という戦争。戦後占領下の日本を一気に回復させて先進国の仲間入りに導いたのも朝鮮戦争という戦争。
なにが言いたいかというと、この戦争という金の成る木に資本家が食いつかないわけがないというわけだ。とりわけ技術が産業革命で止まった長らく世界だ。他世界の文化を取り込む意欲も高い。
しかし、この世界を闇雲に当たっても噂だけでレジスタンスには辿り着けない。だから俺だけが知ってるレジスタンスの確実な情報は希少価値があり、金に替えられるのだ。
まぁ売れるまでにそれなりの試行回数は踏んでしまったわけだが…まぁそれは仕方がない。とはいえ、売れるかどうかが生活に直結するわけだから、セールスマンの辛さがよく分かった。
さて、そんなこんなで長々と説明をして生活費を手にしたわけだが、本命は外国人資本家ではない。実はレジスタンスの情報をもっと高く買ってくれる客が他にいる。
それこそレジスタンスと敵対していて、躍起になって彼らを探してる奴らだ。俺の本命はそこにある。
二日目、猫の貴婦人を含め2人の金持ちをレジスタンスのアジトに案内すると、臨時雇用最終日の三日目は午前中だけで更に2人案内を求めて俺を尋ねに来た。おそらく資本家間のネットワークでレジスタンスに関する明確な情報が流れ始めたのだろう。こうなると俺が提供する情報は次第に希少性を失っていき、やがては売れなくなる。
早めに来てもらわないと困るのだが…。そう思ってソワソワしていると、御目当ての彼らは昼過ぎにやってきた。
「失礼、そこの人」
高低のある独特なビープ音と共に男型翻訳ゴーレムの太い声が俺を呼び止める。
来た。俺はそう思いつつ、聞こえないフリをして床に撒き散らされた廃液をモップで磨いた。
「そこの清掃員。貴公に話があるのだが」
「え?俺の事?一体何のようだ?」
振り返ると、そこには黒い厚手のコートをキッチリと着込んだ大柄なマキナ人の男が立っていた。目は義眼なのか真っ白であり、鼻から顎にかけての顔から下半分はトラバサミのような機構に置き換わっていた。
「我はドーム上級生産担当官、上層から来た人間だ」
彼が礼儀正しく首元に手を当てる。これは上層での挨拶かな?だが、そんな事は関係ない。
「俺はショート。で?上層のマキナ人がターミナルのイチ清掃員に何のようですか?」
まぁ、アンタが上層の人間でない事も本当の目的も粗方想像ついてるんだけど。
「貴公はレジスタンスの居場所を知っていると伺った。我はレジスタンスの意思に賛同し、志願する者だ。彼らへ取り次ぎを願いたい。勿論、報酬は十分にある」
なるほど。上級生産担当官って言ったか。偉そうな官職がついてれば、確かに俺の手に忍ばせようとするその金のメダルにも説得力があるわな。
「悪いなぁ、俺は何も知らないし、知ってたとしても嘘をつくアンタには教えられない。さっさと帰れ」
「…何故私が嘘をついていると?」
「目を見れば嘘かどうかわかるんだよ、俺は」
嘘です。こんな真っ白な目でしかも顔半分機械に置き換わったマキナ人の嘘を表情を見破るなんてイケメンメンタリストでも無理です、はい。
理由は簡単。俺は外国人資本家にしか情報を流してないからだ。
外国人資本家はビジネス仲間やネットワーク内の人間に情報を回す事はあるが、基本的にはM.ポーターが競争理論で提唱したように競争が激化するのを避ける。だから手に入れた情報を無闇に流したりはしない。
ましてや相手は上層の人間だと名乗っている。デウスは異世界との交流を禁止しているからその管理下にある上層の一個人が外国人資本家の一部しか知らないはずの情報を俺が流したと特定できるはずがないのだ。
特定できるとしたらそうだな…。レジスタンスを血眼で探していて、諜報機関や様々な情報網を使っていつでも国中の人間を監視できるような政府レベルの大組織、とか。
「なぁ、生産ナントカってのは嘘なんだろ?素性を明かせば少しは信用できるかもな?」
顔を覗き込むように伺うと、彼が観念したかのように溜息をついた。
「我は…ブリッツ。デウス様直属の市民監視機関『神の目』の諜報員だ」
ターミナルの一角、トイレから出てきた案内用女型ゴーレムを引き連れた猫の貴婦人に話しかけた。金持ちの太ったオバさんとそれがよく抱えてそうな白い長毛の猫をフュージョンさせたような女性だ。
俺が話しかけると、すぐさま横の案内ゴーレムが翻訳して彼女の言語で返す。
マキナガルドに来る異世界人は必ずしもロキのようにマキナ語をマスターしているわけではない。おそらく大半はこうして通訳用のゴーレムを侍らせてこの世界を歩くだろう。
このマダムとは勿論知り合いではない。でも適当に話しかけた訳ではなく、ゴーレムを連れているのを確認して話しかけたのだ。
「世界樹へようこそ。私は清掃員のショートです」
「あら、そう」
差し出した手を鼻であしらわれる。
いや、大丈夫。今日で二日目、十九回目の挑戦だが、反応が多少あっただけでも上々だ。
「今日はどういった御用事でマキナガルドへ?」
「帰る所よ。構わないで頂戴」
喉をゴロゴロと低く鳴らす猫の貴婦人。これは相当ご機嫌ナナメ…。いや、だからこそチャンスだ。
「時間が無いようですので、ズバリお当てしましょうか。ビジネスチャンスを目当てにはるばる来たのに、その影も形も無かった。そうでしょう?」
貴婦人が立ち止まってコチラに向かって目を見開く。
ドンピシャ。といっても同じような質問を15人にしてようやくだけど。下手な鉄砲数撃ちゃ当たるとはまさにこの事だ。
「あなただけのとっておきの情報、ありますよ?」
3万、通貨は…えーっとクォーツか。これがどこの通貨で、為替レートがどうなってるかは勉強中だが、世界樹内の両替機を使えば当面の生活費にはなるだろう。情報は資産だというとはまさにこの事だ。
この報酬を見返りに俺が猫の貴婦人にあげたもの、それはレジスタンスのアジトの場所と合言葉だ。
対デウス派の反乱の機運が高まっているというのはマキナガルド内外でもそれなりに広まっている。反乱とはいわば戦争だ。倫理を度外視すれば戦争では武器、兵器、食料、衣類、携行品など様々な品目が大量に消費される格好のビジネスチャンス。ニューディール政策でも回復できなかったアメリカの不景気を一発逆転でパックスアメリカーナに導いたのも第二次世界大戦という戦争。戦後占領下の日本を一気に回復させて先進国の仲間入りに導いたのも朝鮮戦争という戦争。
なにが言いたいかというと、この戦争という金の成る木に資本家が食いつかないわけがないというわけだ。とりわけ技術が産業革命で止まった長らく世界だ。他世界の文化を取り込む意欲も高い。
しかし、この世界を闇雲に当たっても噂だけでレジスタンスには辿り着けない。だから俺だけが知ってるレジスタンスの確実な情報は希少価値があり、金に替えられるのだ。
まぁ売れるまでにそれなりの試行回数は踏んでしまったわけだが…まぁそれは仕方がない。とはいえ、売れるかどうかが生活に直結するわけだから、セールスマンの辛さがよく分かった。
さて、そんなこんなで長々と説明をして生活費を手にしたわけだが、本命は外国人資本家ではない。実はレジスタンスの情報をもっと高く買ってくれる客が他にいる。
それこそレジスタンスと敵対していて、躍起になって彼らを探してる奴らだ。俺の本命はそこにある。
二日目、猫の貴婦人を含め2人の金持ちをレジスタンスのアジトに案内すると、臨時雇用最終日の三日目は午前中だけで更に2人案内を求めて俺を尋ねに来た。おそらく資本家間のネットワークでレジスタンスに関する明確な情報が流れ始めたのだろう。こうなると俺が提供する情報は次第に希少性を失っていき、やがては売れなくなる。
早めに来てもらわないと困るのだが…。そう思ってソワソワしていると、御目当ての彼らは昼過ぎにやってきた。
「失礼、そこの人」
高低のある独特なビープ音と共に男型翻訳ゴーレムの太い声が俺を呼び止める。
来た。俺はそう思いつつ、聞こえないフリをして床に撒き散らされた廃液をモップで磨いた。
「そこの清掃員。貴公に話があるのだが」
「え?俺の事?一体何のようだ?」
振り返ると、そこには黒い厚手のコートをキッチリと着込んだ大柄なマキナ人の男が立っていた。目は義眼なのか真っ白であり、鼻から顎にかけての顔から下半分はトラバサミのような機構に置き換わっていた。
「我はドーム上級生産担当官、上層から来た人間だ」
彼が礼儀正しく首元に手を当てる。これは上層での挨拶かな?だが、そんな事は関係ない。
「俺はショート。で?上層のマキナ人がターミナルのイチ清掃員に何のようですか?」
まぁ、アンタが上層の人間でない事も本当の目的も粗方想像ついてるんだけど。
「貴公はレジスタンスの居場所を知っていると伺った。我はレジスタンスの意思に賛同し、志願する者だ。彼らへ取り次ぎを願いたい。勿論、報酬は十分にある」
なるほど。上級生産担当官って言ったか。偉そうな官職がついてれば、確かに俺の手に忍ばせようとするその金のメダルにも説得力があるわな。
「悪いなぁ、俺は何も知らないし、知ってたとしても嘘をつくアンタには教えられない。さっさと帰れ」
「…何故私が嘘をついていると?」
「目を見れば嘘かどうかわかるんだよ、俺は」
嘘です。こんな真っ白な目でしかも顔半分機械に置き換わったマキナ人の嘘を表情を見破るなんてイケメンメンタリストでも無理です、はい。
理由は簡単。俺は外国人資本家にしか情報を流してないからだ。
外国人資本家はビジネス仲間やネットワーク内の人間に情報を回す事はあるが、基本的にはM.ポーターが競争理論で提唱したように競争が激化するのを避ける。だから手に入れた情報を無闇に流したりはしない。
ましてや相手は上層の人間だと名乗っている。デウスは異世界との交流を禁止しているからその管理下にある上層の一個人が外国人資本家の一部しか知らないはずの情報を俺が流したと特定できるはずがないのだ。
特定できるとしたらそうだな…。レジスタンスを血眼で探していて、諜報機関や様々な情報網を使っていつでも国中の人間を監視できるような政府レベルの大組織、とか。
「なぁ、生産ナントカってのは嘘なんだろ?素性を明かせば少しは信用できるかもな?」
顔を覗き込むように伺うと、彼が観念したかのように溜息をついた。
「我は…ブリッツ。デウス様直属の市民監視機関『神の目』の諜報員だ」
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