心ゆくまで異世界観光

natuumi

文字の大きさ
上 下
18 / 20
鉄と蒸気の国、マキナガルド

ブリッツという男

しおりを挟む
「そこの人」
 ターミナルの一角、トイレから出てきた案内用女型ゴーレムを引き連れた猫の貴婦人に話しかけた。金持ちの太ったオバさんとそれがよく抱えてそうな白い長毛の猫をフュージョンさせたような女性だ。
 俺が話しかけると、すぐさま横の案内ゴーレムが翻訳して彼女の言語で返す。
 マキナガルドに来る異世界人は必ずしもロキのようにマキナ語をマスターしているわけではない。おそらく大半はこうして通訳用のゴーレムを侍らせてこの世界を歩くだろう。
 このマダムとは勿論知り合いではない。でも適当に話しかけた訳ではなく、ゴーレムを連れているのを確認して話しかけたのだ。
「世界樹へようこそ。私は清掃員のショートです」
「あら、そう」
 差し出した手を鼻であしらわれる。
 いや、大丈夫。今日で二日目、十九回目の挑戦だが、反応が多少あっただけでも上々だ。
「今日はどういった御用事でマキナガルドへ?」
「帰る所よ。構わないで頂戴」
 喉をゴロゴロと低く鳴らす猫の貴婦人。これは相当ご機嫌ナナメ…。いや、だからこそチャンスだ。
「時間が無いようですので、ズバリお当てしましょうか。ビジネスチャンスを目当てにはるばる来たのに、その影も形も無かった。そうでしょう?」
 貴婦人が立ち止まってコチラに向かって目を見開く。
 ドンピシャ。といっても同じような質問を15人にしてようやくだけど。下手な鉄砲数撃ちゃ当たるとはまさにこの事だ。
「あなただけのとっておきの情報、ありますよ?」

 3万、通貨は…えーっとクォーツか。これがどこの通貨で、為替レートがどうなってるかは勉強中だが、世界樹内の両替機を使えば当面の生活費にはなるだろう。情報は資産だというとはまさにこの事だ。
 この報酬を見返りに俺が猫の貴婦人にあげたもの、それはレジスタンスのアジトの場所と合言葉だ。
 対デウス派の反乱の機運が高まっているというのはマキナガルド内外でもそれなりに広まっている。反乱とはいわば戦争だ。倫理を度外視すれば戦争では武器、兵器、食料、衣類、携行品など様々な品目が大量に消費される格好のビジネスチャンス。ニューディール政策でも回復できなかったアメリカの不景気を一発逆転でパックスアメリカーナに導いたのも第二次世界大戦という戦争。戦後占領下の日本を一気に回復させて先進国の仲間入りに導いたのも朝鮮戦争という戦争。
 なにが言いたいかというと、この戦争という金の成る木に資本家が食いつかないわけがないというわけだ。とりわけ技術が産業革命で止まった長らく世界だ。他世界の文化を取り込む意欲も高い。
 しかし、この世界を闇雲に当たっても噂だけでレジスタンスには辿り着けない。だから俺だけが知ってるレジスタンスの確実な情報は希少価値があり、金に替えられるのだ。
 まぁ売れるまでにそれなりの試行回数は踏んでしまったわけだが…まぁそれは仕方がない。とはいえ、売れるかどうかが生活に直結するわけだから、セールスマンの辛さがよく分かった。

 さて、そんなこんなで長々と説明をして生活費を手にしたわけだが、本命は外国人資本家ではない。実はレジスタンスの情報をもっと高く買ってくれる客が他にいる。
 それこそレジスタンスと敵対していて、躍起になって彼らを探してる奴らだ。俺の本命はそこにある。

 二日目、猫の貴婦人を含め2人の金持ちをレジスタンスのアジトに案内すると、臨時雇用最終日の三日目は午前中だけで更に2人案内を求めて俺を尋ねに来た。おそらく資本家間のネットワークでレジスタンスに関する明確な情報が流れ始めたのだろう。こうなると俺が提供する情報は次第に希少性を失っていき、やがては売れなくなる。
 早めに来てもらわないと困るのだが…。そう思ってソワソワしていると、御目当ての彼らは昼過ぎにやってきた。
「失礼、そこの人」
 高低のある独特なビープ音と共に男型翻訳ゴーレムの太い声が俺を呼び止める。
 来た。俺はそう思いつつ、聞こえないフリをして床に撒き散らされた廃液をモップで磨いた。
「そこの清掃員。貴公に話があるのだが」
「え?俺の事?一体何のようだ?」
 振り返ると、そこには黒い厚手のコートをキッチリと着込んだ大柄なマキナ人の男が立っていた。目は義眼なのか真っ白であり、鼻から顎にかけての顔から下半分はトラバサミのような機構に置き換わっていた。
「我はドーム上級生産担当官、上層から来た人間だ」
 彼が礼儀正しく首元に手を当てる。これは上層での挨拶かな?だが、そんな事は関係ない。
「俺はショート。で?上層のマキナ人がターミナルのイチ清掃員に何のようですか?」
 まぁ、アンタが上層の人間でない事も本当の目的も粗方想像ついてるんだけど。
「貴公はレジスタンスの居場所を知っていると伺った。我はレジスタンスの意思に賛同し、志願する者だ。彼らへ取り次ぎを願いたい。勿論、報酬は十分にある」
 なるほど。上級生産担当官って言ったか。偉そうな官職がついてれば、確かに俺の手に忍ばせようとするその金のメダルにも説得力があるわな。
「悪いなぁ、俺は何も知らないし、知ってたとしても嘘をつくアンタには教えられない。さっさと帰れ」
「…何故私が嘘をついていると?」
「目を見れば嘘かどうかわかるんだよ、俺は」
 嘘です。こんな真っ白な目でしかも顔半分機械に置き換わったマキナ人の嘘を表情を見破るなんてイケメンメンタリストでも無理です、はい。
 理由は簡単。俺は外国人資本家にしか情報を流してないからだ。
 外国人資本家はビジネス仲間やネットワーク内の人間に情報を回す事はあるが、基本的にはM.ポーターが競争理論で提唱したように競争が激化するのを避ける。だから手に入れた情報を無闇に流したりはしない。
 ましてや相手は上層の人間だと名乗っている。デウスは異世界との交流を禁止しているからその管理下にある上層の一個人が外国人資本家の一部しか知らないはずの情報を俺が流したと特定できるはずがないのだ。
 特定できるとしたらそうだな…。レジスタンスを血眼で探していて、諜報機関や様々な情報網を使っていつでも国中の人間を監視できるような政府レベルの大組織、とか。
「なぁ、生産ナントカってのは嘘なんだろ?素性を明かせば少しは信用できるかもな?」
 顔を覗き込むように伺うと、彼が観念したかのように溜息をついた。
「我は…ブリッツ。デウス様直属の市民監視機関『神の目』の諜報員だ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

М女と三人の少年

浅野浩二
恋愛
SМ的恋愛小説。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

処理中です...