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第2章 私はモブだったはずなのに

Ep.23.5 白の王子の岡惚れ話

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【 誘拐事件の解決から半月。ヴァルハラにより間者として洗脳された被害者達はセレスティア・スチュアート嬢による“魔術無効化”の能力により自我を取り戻した。彼等の証言に加え、アストライヤ国からの協力者ーー“黒の騎士”ガイアス・エトワール殿と我が国の侯爵家子息レイジ・フレイムを筆頭に捕縛した実行犯たちから押収した魔術具類を証拠とし、現在ヴァルハラ国,並びに国際魔導連盟に仔細の開示を請求すべく調書を制作しており……】

「『つきましては、昨年度のナターリエ・キャンベルとヴァルハラの繋がりについて、一度詳細をお聞かせ願いたく存じます』……と。ミシェルは居るかい?」

 認め終えた羊皮紙を入れた封筒に蝋を垂らしながら問えば、背後に音もなく壮年の執事が姿を表した。外交用の特殊な印璽いんじで蝋印を施したそれを、ヴァイスが執事に手渡す。

「陛下から頼まれていたアストライヤ国への書状だ。確実に届くよう手配してくれ」

「御意に御座います」

 恭しく頭を下げたミシェルの退室を見届け一息ついたまま、ソファに移動し姿勢を崩す。目を閉じると脳裏を過る薄紅色の髪の少女の影を、頭を振って振り払った。

「何を考えているんだ、僕は……」

 先刻の書状。万が一に備えセレスティアの家名を旧姓で記すようにと国王から指示された際、正直……安堵した。彼女の名を黒の騎士の妻として記入するのが、嫌だった。

 “留学生”という立場上伏せているが、セレスティア嬢は既に婚姻を結んでいる。ましてや他国の公爵夫人に、王家の人間が懸想するなどあってはならない。
 そんな愚かな想いを、自分が、抱く訳がない。

(そうだ、これはただの落胆だ。初めて得た趣味の共有出来る知人との別れを前に、少し、寂しくなったに過ぎない)

 ふっと、自分の上に影が差した。閉じたまぶた越しでもわかる変化に薄目を開け、目にした姿に嘆息する。

「リアーナ、肉親と言えど礼は必要だ。声くらいかけないか」

「何度もお呼びしましたわよ、失礼な。あまりに反応が無いのでご気分が優れないのかと様子を伺いに参りましたのよ」

 そう言い放つ妹の手元に、精神の安定を促す紅茶の用意があるのに気づく。心配して来たと言うのはどうやら、本音らしい。

「お砂糖は2つでよろしくて?」

「あぁ……いや、そのまま貰おうかな」

 なんとなく、今は甘くないものを口にしたかった。そんな自分に物言いたげな眼差しで、リアーナがカップを差し出す。

「アストライヤ国への書状は書き終えまして?あまり長引かせては、様達が故郷に帰るのがますます先になってしまいますわよ」

 動揺したせいで震えた手元のカップから、波打った紅茶の雫がクロスに染みを滲ませる。その染みを水魔法で洗い流すリアーナを、まっすぐに見ることが出来なかった。
 辛うじて、いつもより少しばかり低い声音で『何の話だ?』と空惚ける自分を、リアーナが睨みつける。

「誤魔化すのはお止めになって、お兄様。彼女達が我が国に長在せざるを得ない要因であった竜巻は、事件解決のあの日に完全におさまりました。本来なら、お二人は翌日にでもアストライヤへお返しすべきだった。違いまして?」

「……人聞きが悪いね、ガイアスがまだギルドの方でやり残した事があるというから期間を延長したまでじゃないか」

 視線を窓の外に流しながら紡ぐ言葉が白々しく感じるのは、そこに感情が伴わないからだろう。
 痺れを切らした妹が、僕のネクタイを無造作に掴み一気に詰め寄る。

「誤魔化すのはお止めになってと申し上げましたわ!事件解決の数日前、お兄様はセレスティア様に魔力を用いた刺繍の製法を伝える為にわざわざお時間を作っていらした。わたくしとの約束を反故にしてまで!」

「それは、あの依頼が事件解決の糸口になるからと判断したまでで」

「嘘!わたくし、レイジから聞きましてよ!お兄様に魔力で裁縫が手早く済むやり方は無いかと尋ねてきたのは黒の騎士だったのに、お兄様はセレスティア様に直接お返事を書いたと!」

 本来、婚約者でもない年若い異性が直接手紙ノやり取りをするなどマナー違反だ。ましてや相手が既婚者ならば、尚更。
 それでもあの日、自分はそうした。あの手紙が、彼女の夫からの牽制だと理解してしまったから。

「お兄様はあの娘に、心奪われているのでしょう!だから我が国から手放そうとなさらないのですわ!」

 髪を振り乱し叫んで走り去る妹を、追いかけることが出来なかった。


   ~Ep.23.5 白の王子の岡惚れ話~









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