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第2章 私はモブだったはずなのに

Ep.22 黒の騎士の散々な誕生日(仮)? 後編

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 小一時間後、内心穏やかでないことを警備隊には悟らせないよう気を付けつつ概ねの情報共有と今後の対策の相談を済ませ、ようやくセレンの居る救護テントへ来ることが出来た。

(全く、まだ当日ではないとは言え、誕生祝いもこれでは台無しだな……)

 決して誰が悪い訳ではないが、どうにも運が無いと言うか、なんと言うか。まぁハッキリ言えば釈然としない気持ちのまま、荒い折り目の布を捲る。

「セレン、すまない。待たせ……ーっ!?」 

「あ、えっ……と、お帰りなさい、ガイア」

 驚愕して目を見開いた俺に顔を向け、苦笑いを浮かべる妻。無言で歩み寄り.その膝にすがり付くように密着している少年を引き剥がしその母親へと押し付けた。














ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「…………一体どういう事だ」

 会場内に潜伏している不審者の炙り出しだのなんだので時間を奪われ、改めて訪れたつかの間の自由はもう祭りも終幕に近い時間だった。あまり賑わいの無い道でセレンの右手を強く引きながら問えば、困ったような彼女の声が返ってきた。

「あの子、あまりに異様な目にあった後だったからずいぶん気が滅入ってしまっていたみたいで……それに、家庭の事情からかお母様には弱い面を見せたくなかったみたいなの。それで」

「それで齢10も過ぎた見ず知らずの少年に膝を貸したと?警戒心が無さすぎる」

「ごめんなさい、ついうちの弟達と重なってしまって……」

 末子であるルカやルナはともかく、あの少年と一番歳が近いであろうソレイユにあのような可愛げがあるとは思えないが……。
 そうは思えど、彼女の家族思いの深さを知る身としては、そう言われてしまっては何も言えない。

 これ以上不満を漏らさぬよう口を閉ざせば、隣でセレンが落ち込んでいるのがわかる。
 違うんだ、そんな表情《かお》をさせたかった訳ではないのに。

 このオルテンシアと言う国に来てから、どうしてこうも上手く行かない。

 嫉妬だとか、幼稚な独占欲や女々しい過去の楔にばかり足を取られ、未来に進めている気がまるでしない。見えない壁に、道筋を無理矢理あてがわれて居るようだ。

『駄目だなぁガイアは。頭は悪くない癖に考え方がお堅くていけない。そんなんじゃ女の子は逃げてっちゃうぜ?』

「ーっ!!」

「きゃっ!ガイア?どうしたの?」

「どうしたって……聞こえなかったのか?今の声が!」

 思わず華奢な両肩を掴めば、セレンが驚いたように目を見開き頭を振る。
 聞き間違い?いや、そもそも今しがた歩いていたのは裏通りだ。周囲には誰も居やしない。しかし、幻聴と言うにはあまりにも懐かしく、鮮明すぎる声で。

「色々あって疲れが出たのかしら。お祭りももうお開きの時間みたいだし、今日は帰って休みましょ?お祝いはまた当日に仕切り直そうね」

「………あぁ、そうだな」

 『じゃあ帰りましょう』と温かい手に引かれながらもやるせない気持ちで鉛色の空を仰げば、鈍く光る藍色の羽根がひらりと一枚落ちてきた。












 今の俺達の宿舎はオルテンシア王家より与えられた一室である。その為、世話役として数名の従者がついてくれているのだが、戻るなりその世話係のまとめ役から『火急の要件だと客人が来ている』と告げられた。
 この国では来訪者でしかない筈の俺達に客?と疑問を感じたが、部屋に戻ってみれば何て事はない。我が物顔でソファーにのたまい、服を気崩したレイジがそこに居た。

「よっ、お帰りー。せっかくのデートなのに災難だったなぁお二人さん」

「茶化すなよ。それよりお前、いいのか?これまで散々気を付けてきたのにこんな大っぴらに俺達に会いに来たりして」

「いいのいいの、もうそんな状況じゃなくなっちゃったからさ」

「また何かあったんですか?」

「『何か』なんてレベルの話じゃ無いんだよねぇ。ヤバイよ、事と次第によったら王太子交代の危機かも」

「えっ!!?」

「……詳細は知らんが、バカ弟からヴァイス殿に変わるならばむしろ吉報じゃないか?確かこの国のギルドのシステムや学園の教育体制は彼が基盤を強化して今の状態になったんだろう。教養、人柄共に資質はあるように見受けるが」

「そりゃそこだけで見ればそうなんだけどねぇ黒の騎士様。残念ながらうちの国は魔法至上主義なんですわ」

 結局の所、魔力の無い第一王子など王族にあらず。そう言うことだろうか。

「………結局、差別される“条件”が変わるだけで、どんな地も人間の選民意識はあるんだな。反吐が出る」

 無意識に握りしめた拳を壁に叩きつけると、セレンは驚きもせずに『痛くなっちゃうわよ』と少し赤くなったそこに冷やしたハンカチを当てた。

「またそうやって見せつける…………」

「何だ、また王女殿下にフラれたのか」

「フラれてないやい!髪型変えてたから褒めたら『相変わらず女性の変化には目敏いわね』で済まされただけだし!真剣なのになんでかなぁ……」

「日頃の行いだろ」

「本っっっ当、俺にだけはやたら辛辣だなアンタ!!!」

 『世界が、世界が俺に冷たい……』と項垂れた挙げ句、慰めてくれとレイジの腕が側で紅茶を淹れていたセレンに伸びる。反射的にその頭を叩けば、弾みで藍色の羽根が床に落ちた。服のどこかにでも引っ掛かっていたのだろうか。

「あら、綺麗な羽根ね。見ない色だけど……オルテンシア固有種の鳥かなにかのかしら」

「どうだろうな、僅かにだが魔力を帯びているようだが……」

 確かに不可思議な色だ。光に翳すと、ほんの僅かに銀色が混じっていることがわかる。
  懐かしい瞳の色に似たそれを捨てる気になれず、ハンカチに包み懐にしまい込んだ。

「それで?話を戻すが、一体何が起きたら魔力と言う先天性の資質において圧倒的に不利なヴァイス殿が現王太子を退けるだなんて話になるんだ?まさか当人やリアーナ王女の意思じゃないだろう」 

「そりゃもちろんそうさ。あいつらがそんな私利私欲で国をかき乱すもんか。ただね、他国が絡むとまた話が違ってきちゃうんだよな」

「もしかして……、ヴァルハラからオルテンシアに、直接交渉が来たんですか?」

「そのまさかなんだよ、本当に。端からそのつもりで間者を送り込んできてたのか、はたまた俺達に勘づかれた事を知り急遽路線変更をしたのかは知らないけどね」

 そう呆れ顔で差し出された契約書の写しには、ヴァルハラ特有の高位魔術具類をオルテンシアへ優先的に流す旨の貿易についてや、長年この国を困らせている魔力暴走による自然災害を沈静化させる研究に全面的に協力する制約他、明らかに破格の厚待遇が連ねられていた。いっそ清々しいほどに胡散臭い。
 まして、これら全ての厚待遇を与える見返りが、第一王子ヴァイスに自国の王女を嫁がせる事とくれば尚更だ。

「十中八九、国ごと乗っとる腹積もりね……」

「しかも、こうもあからさまな態度を出してくると言うことはかなり見下されてるな」

 『いざとなればこちらはもうオルテンシアを容易に潰すことが出来る。それが嫌ならば……』

 シンプルに脅迫だ。それを理解しているから無下に断るわけにも行かず困っている、というのがオルテンシア王家の総意らしい。

「しかも、この話が既に社交界にも異様な早さで広まっててね。これまで王太子に再三反発してきた奴らがこれ幸いと『あの魔術大国ヴァルハラに認められた第一王子こそ王に相応しい!』なんてヴァイスのよいしょを始めちゃったんだよ」

「なら、それも向こうの策の内だろうな。外堀から埋める気か」

「だろうね。せめてヴァイスに想い人でもいりゃまだ多少お断りの運びに出来るんだけど、今のままじゃなかなか……」

「となると、手っ取り早くその貴族達を黙らせるならヴァイス殿自身に何かしら魔術絡みの功績をあげて貰うしかないだろうな。何かないのか」

「何かってそりゃ、直近なら例の拉致事件の解決しかないっしょ。あれを暴けりゃヴァイスの株は上がるしヴァルハラの手の内も暴ける。万々歳だ。ただ、取っ掛かりがなくちゃそれも……」

 例の自爆した拉致被害者達が出て以降、行方不明者はほとんど出なくなった。こちらに足を掴ませぬよう手を引いたなら厄介だ。
 眉を潜めた俺達に、それまでずっとおとなしく話を聞いていたセレンがおずおずと片手をあげる。

「あの、今日仲良くなった親子のお母様からその拉致に関して実はちょっと気になる話を聞いて気づいたことがあるんだけど、話してもいいかしら?」

 驚愕し目を見開いた俺達に、セレンがある仮説を囁いた。

    ~Ep.22 黒の騎士の散々な誕生日(仮)? 後編~
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