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第2章 私はモブだったはずなのに
Ep.21 黒の騎士の散々な誕生日(仮) 前編
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さて、密輸事件も解決し、寝ずの仕事も無事納め。ヴァイス殿下達の疑惑も一応ながら払拭出来たと言うことで、ようやく久しぶりに予定の無い休日。
いつもより少し気だるげに食卓についたガイアに、コーヒーと一緒に一枚のチラシを差し出した。
「花祭り?」
「えぇ、昨日ギルドに衣装を納めた時にチラシを頂いたの」
オルテンシア王国の国花である紫陽花。その見頃である今の時期に毎年行われるお祭りだそうで。
街中に見応えのある花々が咲き誇るのはもちろん、屋台や大道芸、市民によるバザーや子供達による出し物等が行われる、なかなか賑やかなお祭りのようだ。
「私が納めたあの衣装も、子供劇団の公演に使われるんですって。だから見に行きたいなと思って」
「あぁ、それであんなに大量に注文が入ってたのか……」
ガイアの染々したそのコメントに苦笑を返して、テーブルに投げ出されてる彼の手を取る。
「それに、ガイアあと2週間で誕生日でしょ?本当は色々お祝いでやりたいこと考えてたんだけど、当日までにアストライヤには帰れなそうだから。前祝いって事で、ガイアの欲しいもの探しに行かない?」
ね?と首を傾げる私に穏やかに笑ったガイアが右手を差し出した。
「見た感じは昔行った恋華祭りに近いな」
「どっちも花のお祭りだから尚更かもね」
子供達の劇はお昼過ぎだと言うことで、それまでまずはバザーになっている通りを気ままに回り、何件目かの露店で軽食を見ていた時。少し離れた辺りで悲鳴が聞こえた。
そちらを見てみれば、人混みをかき分け走りながら『退け!』と辺りの人を乱暴に追いやる男と、不自然に開いた人混みの中心で倒れた女性の姿がある。女性に駆け寄って不安げにしているのは女性の息子だろうか。
「ひったくりか……」
よく見れば、犯人の両手には血のついた短刀が握られている。
「邪魔だ、退きやがれ!」
男が短刀を振り回すと、小さな鎌鼬が周囲に飛び散る。どうやら魔道具みたいだ。それで周りが余計手出ししづらいのだろう。
「そこの女!邪魔だ!!」
「きゃっ!」
突進してきた男から庇うようにガイアに肩を抱かれた一瞬の隙に、私は短刀の風の魔術を無効化。これであの短刀はただのナイフだ。いや、ナイフも十分危険だけども。
「おい貴様……今、誰の女を害そうとしたのかわかってるんだろうな」
急に効力を失った武器に狼狽えている間に、犯人の男は怒り心頭のガイアによって空の散歩に旅立った。
「ご協力ありがとうございました!」
駆け付けた警備隊の話によると、あの時はお祭りの範囲内で同時に5ヵ所で様々なトラブルがあったそうで、本来一番警備の人数が多く割り振られる筈のバザーエリアが手薄になってしまったそうだ。明らかに意図的よね、これは……。
そして、その報告を受けて対処に現れたのは、何とリアーナ王女だった。
「何故こうも毎回あなたと顔を合わせなければなりませんの?」
「こちらも好きで巻き込まれている訳ではないが、正直こうまで偶然が続くと何かしらの他意がありそうだな。同時刻に起きた他の揉め事は何だったんだ?」
「あ、いえ、それはですな…………」
ガイアも思う所があるらしく、警備隊にいくつか質問をしている。が、隊長がそれに対し困ったようにガイアの隣に立つ私を見た。
オルテンシアは魔力史上主義。ガイアの漆黒の髪は、この国ではそれだけで尊敬に値する。まして今しがたひったくり犯を捕らえたばかりの彼は、異常に見舞われている警備隊からしたら正に天の助けなのだろう。
しかし私は、何の力もなく、まして表向きはまだ彼の“婚約者”でしかない小娘だ。情報を渡せないのも無理はない。
(ガイアになら話せるけど、私には聞かせられないと言うことね)
そして多分、常に“疎外される側”だった彼は、隊長の本心をわかっていない。
煮え切らない隊長に怪訝な表情を浮かべるガイアには気づかれないようため息をこぼしてから、私は警備隊に向かって膝を折った。
「お話中申し訳ないのですが、被害者の方の様子が心配なので私はそちらに行かせて頂いてもよろしいでしょうか?治療の人手も足りていないのでしょう?」
「ーっ!えぇ、そうですな!いやぁ、黒の騎士様の婚約者だけあって実にお優しい。是非ともよろしくお願いいたします!」
「おいセレン、今は……」
「大丈夫、救護テントは目と鼻の先だし、ひとりでそれ以上離れたりはしないわ」
私の申し出にわざとらしいくらい明るく賛同した隊長に会釈して歩きだした私の腕を、眉をひそめたガイアが掴む。危ないから離れるなと、そう言いたいのだろう。
心配しないでと微笑みつつ掴まれた腕をそっと外した。ガイアは追いかけて来なかった。
被害者の女性は、テントの中の簡易椅子にタオルで腕をぐるぐる巻きにされた状態で横たわっていた。女性にすがるようにして寄り添っていた少年が、警戒心むき出しで私を睨み付ける。
「な、何だよ!何度聞かれても、おいら達はあんな奴に狙われた理由なんかわからないぞ!」
どうやら応急措置をした警備隊に、心無い取り調べを受けたようだ。少年は見た感じ13歳位。多感な時期に楽しみにしていたお祭りで母親が事件に巻き込まれ不安な時に他人から更に不
快な思いをさせられたら、警戒心から攻撃的になってしまうのも無理はないだろう。
彼等の不安をこれ以上煽らないように、薬箱を手にゆっくり歩み寄った。
「何だよ、母ちゃんに近づくな!まだ血が止まらないんだから話なんか出来るかよ!」
「えぇ、もちろんわかっています。かなり出血が酷いですし、お体も辛いでしょうが……止血だけしてしまいましょうね。上半身だけ起こせますか?」
「あの、お気持ちはありがたいのですが、治療費は……」
「お構い無く。主人が調査に協力していて手持ち無沙汰なんです。ただのお節介ですわ」
血で固まりつつあるタオルを優しく外し、濡らしたガーゼで傷口を拭う。綺麗になったそこに、ポーチから取り出した魔法薬を3滴、垂らした。
「これは傷の治りを促進してくれるポーションです。毎晩包帯を変える際に3滴つけるようにしてくださいね」
女性はそんな高価な物は貰えないと固辞したけれど、頂き物で自分も使ってなかった物だからと押し切った。手の傷は生活への支障が大きいし、よく動かす部位だから治りも遅くなりがちだものね。
今も母を心配している少年の為にも、早く良くなって貰いたいものだ。
「これでよし、と。血が止まるまで、腕はこちらの台に乗せてあげたままにして下さいね」
「本当に、何から何までありがとうございます」
深く頭を下げる女性に笑みを返して、そのまま少年の方に向き直る。膝を擦りむいているようだったので消毒すると、染みるのかちょっとだけ顔をしかめた。
「染みるかな?ごめんなさいね、すぐ終わるからちょっとだけ我慢してね」
「……ガキ扱いすんな」
「こら!すみません生意気な子で。主人に似て昔から負けん気が強いんです。売り物をひったくられた時も、私を庇おうと犯人の腰に飛び付いたときには胆が冷えました」
母親がそう頭を抱えた姿に、少年が膝の上で両手を握りしめながら『だって、おいらが母ちゃんを守らなきゃと思ったんだ』と呟く。
そうだよね、子どもだって、大好きな親を守りたい矜持くらいあるのだ。
もちろん、保護者からしたら自分達なんて構わず子どもに自衛して欲しいその気持ちもわかるけれど。
だからこれは、お互いが大切な故の優しいすれ違いだ。
「あなたが犯人を足止めしてくれたから、私達があの場に出くわして捕らえる事が出来たのよ。だからこれは、名誉の負傷ね」
悔しげに歯噛みした少年の頬についた切り傷に、そっとガーゼを張り付けた。
~Ep.21 黒の騎士の散々な誕生日(仮) 前編~
いつもより少し気だるげに食卓についたガイアに、コーヒーと一緒に一枚のチラシを差し出した。
「花祭り?」
「えぇ、昨日ギルドに衣装を納めた時にチラシを頂いたの」
オルテンシア王国の国花である紫陽花。その見頃である今の時期に毎年行われるお祭りだそうで。
街中に見応えのある花々が咲き誇るのはもちろん、屋台や大道芸、市民によるバザーや子供達による出し物等が行われる、なかなか賑やかなお祭りのようだ。
「私が納めたあの衣装も、子供劇団の公演に使われるんですって。だから見に行きたいなと思って」
「あぁ、それであんなに大量に注文が入ってたのか……」
ガイアの染々したそのコメントに苦笑を返して、テーブルに投げ出されてる彼の手を取る。
「それに、ガイアあと2週間で誕生日でしょ?本当は色々お祝いでやりたいこと考えてたんだけど、当日までにアストライヤには帰れなそうだから。前祝いって事で、ガイアの欲しいもの探しに行かない?」
ね?と首を傾げる私に穏やかに笑ったガイアが右手を差し出した。
「見た感じは昔行った恋華祭りに近いな」
「どっちも花のお祭りだから尚更かもね」
子供達の劇はお昼過ぎだと言うことで、それまでまずはバザーになっている通りを気ままに回り、何件目かの露店で軽食を見ていた時。少し離れた辺りで悲鳴が聞こえた。
そちらを見てみれば、人混みをかき分け走りながら『退け!』と辺りの人を乱暴に追いやる男と、不自然に開いた人混みの中心で倒れた女性の姿がある。女性に駆け寄って不安げにしているのは女性の息子だろうか。
「ひったくりか……」
よく見れば、犯人の両手には血のついた短刀が握られている。
「邪魔だ、退きやがれ!」
男が短刀を振り回すと、小さな鎌鼬が周囲に飛び散る。どうやら魔道具みたいだ。それで周りが余計手出ししづらいのだろう。
「そこの女!邪魔だ!!」
「きゃっ!」
突進してきた男から庇うようにガイアに肩を抱かれた一瞬の隙に、私は短刀の風の魔術を無効化。これであの短刀はただのナイフだ。いや、ナイフも十分危険だけども。
「おい貴様……今、誰の女を害そうとしたのかわかってるんだろうな」
急に効力を失った武器に狼狽えている間に、犯人の男は怒り心頭のガイアによって空の散歩に旅立った。
「ご協力ありがとうございました!」
駆け付けた警備隊の話によると、あの時はお祭りの範囲内で同時に5ヵ所で様々なトラブルがあったそうで、本来一番警備の人数が多く割り振られる筈のバザーエリアが手薄になってしまったそうだ。明らかに意図的よね、これは……。
そして、その報告を受けて対処に現れたのは、何とリアーナ王女だった。
「何故こうも毎回あなたと顔を合わせなければなりませんの?」
「こちらも好きで巻き込まれている訳ではないが、正直こうまで偶然が続くと何かしらの他意がありそうだな。同時刻に起きた他の揉め事は何だったんだ?」
「あ、いえ、それはですな…………」
ガイアも思う所があるらしく、警備隊にいくつか質問をしている。が、隊長がそれに対し困ったようにガイアの隣に立つ私を見た。
オルテンシアは魔力史上主義。ガイアの漆黒の髪は、この国ではそれだけで尊敬に値する。まして今しがたひったくり犯を捕らえたばかりの彼は、異常に見舞われている警備隊からしたら正に天の助けなのだろう。
しかし私は、何の力もなく、まして表向きはまだ彼の“婚約者”でしかない小娘だ。情報を渡せないのも無理はない。
(ガイアになら話せるけど、私には聞かせられないと言うことね)
そして多分、常に“疎外される側”だった彼は、隊長の本心をわかっていない。
煮え切らない隊長に怪訝な表情を浮かべるガイアには気づかれないようため息をこぼしてから、私は警備隊に向かって膝を折った。
「お話中申し訳ないのですが、被害者の方の様子が心配なので私はそちらに行かせて頂いてもよろしいでしょうか?治療の人手も足りていないのでしょう?」
「ーっ!えぇ、そうですな!いやぁ、黒の騎士様の婚約者だけあって実にお優しい。是非ともよろしくお願いいたします!」
「おいセレン、今は……」
「大丈夫、救護テントは目と鼻の先だし、ひとりでそれ以上離れたりはしないわ」
私の申し出にわざとらしいくらい明るく賛同した隊長に会釈して歩きだした私の腕を、眉をひそめたガイアが掴む。危ないから離れるなと、そう言いたいのだろう。
心配しないでと微笑みつつ掴まれた腕をそっと外した。ガイアは追いかけて来なかった。
被害者の女性は、テントの中の簡易椅子にタオルで腕をぐるぐる巻きにされた状態で横たわっていた。女性にすがるようにして寄り添っていた少年が、警戒心むき出しで私を睨み付ける。
「な、何だよ!何度聞かれても、おいら達はあんな奴に狙われた理由なんかわからないぞ!」
どうやら応急措置をした警備隊に、心無い取り調べを受けたようだ。少年は見た感じ13歳位。多感な時期に楽しみにしていたお祭りで母親が事件に巻き込まれ不安な時に他人から更に不
快な思いをさせられたら、警戒心から攻撃的になってしまうのも無理はないだろう。
彼等の不安をこれ以上煽らないように、薬箱を手にゆっくり歩み寄った。
「何だよ、母ちゃんに近づくな!まだ血が止まらないんだから話なんか出来るかよ!」
「えぇ、もちろんわかっています。かなり出血が酷いですし、お体も辛いでしょうが……止血だけしてしまいましょうね。上半身だけ起こせますか?」
「あの、お気持ちはありがたいのですが、治療費は……」
「お構い無く。主人が調査に協力していて手持ち無沙汰なんです。ただのお節介ですわ」
血で固まりつつあるタオルを優しく外し、濡らしたガーゼで傷口を拭う。綺麗になったそこに、ポーチから取り出した魔法薬を3滴、垂らした。
「これは傷の治りを促進してくれるポーションです。毎晩包帯を変える際に3滴つけるようにしてくださいね」
女性はそんな高価な物は貰えないと固辞したけれど、頂き物で自分も使ってなかった物だからと押し切った。手の傷は生活への支障が大きいし、よく動かす部位だから治りも遅くなりがちだものね。
今も母を心配している少年の為にも、早く良くなって貰いたいものだ。
「これでよし、と。血が止まるまで、腕はこちらの台に乗せてあげたままにして下さいね」
「本当に、何から何までありがとうございます」
深く頭を下げる女性に笑みを返して、そのまま少年の方に向き直る。膝を擦りむいているようだったので消毒すると、染みるのかちょっとだけ顔をしかめた。
「染みるかな?ごめんなさいね、すぐ終わるからちょっとだけ我慢してね」
「……ガキ扱いすんな」
「こら!すみません生意気な子で。主人に似て昔から負けん気が強いんです。売り物をひったくられた時も、私を庇おうと犯人の腰に飛び付いたときには胆が冷えました」
母親がそう頭を抱えた姿に、少年が膝の上で両手を握りしめながら『だって、おいらが母ちゃんを守らなきゃと思ったんだ』と呟く。
そうだよね、子どもだって、大好きな親を守りたい矜持くらいあるのだ。
もちろん、保護者からしたら自分達なんて構わず子どもに自衛して欲しいその気持ちもわかるけれど。
だからこれは、お互いが大切な故の優しいすれ違いだ。
「あなたが犯人を足止めしてくれたから、私達があの場に出くわして捕らえる事が出来たのよ。だからこれは、名誉の負傷ね」
悔しげに歯噛みした少年の頬についた切り傷に、そっとガーゼを張り付けた。
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