134 / 147
第2章 私はモブだったはずなのに
Ep.19 手の掛かる人
しおりを挟む
ヴァイス殿下達と別行動になって早3日。行方不明者達の安否とかヴァルハラの真意が何なのかとか、ガイアがもしかしたら子どもが欲しくないのかも知れないとか尽きない心配ごとはさておき。現在、私セレスティア・スチュアートは拾い物の風呂敷から出てきた子供服50着の依頼に追われ、三徹目でございます。
「セレン、悪いことは言わない。一旦寝よう、な」
「だって、寝なくても終わらないのに今休んだら私絶対起きられないもの……!」
「そもそもこの依頼、一人でこなせる物なのか……?一週間内に、この全着デザインの違う子供服を50着だなんて不可能だと思うが」
「私も流石におかしいと思って聞いてみたら、元の請け負ってた人なら出来た筈だって」
何なんだ、元に受けてたその方は魔法使いかなんかなのか!!
そんな不満を飲み込み何杯目かわからない眠気覚ましの珈琲を淹れようと立ち上がった隙を突かれ、後ろからガイアにひょいと抱えあげられる。
「ちょっとガイア!?」
「仕事は仕事だしある程度なら好きにさせたが、これは行き過ぎだ。これ以上は見過ごせない、ちゃんと寝ろ」
「でも締め切り……んっ!」
流れるようにベッドに下ろされ、そのまま口を塞がれる。いつもより長い口づけにへろへろになったころ、ようやく唇が離れた。
「黙って寝ろ。それとも……まだ足りないか?」
「い、いえ、充分です……!」
苦笑しつつ身体を起こしたガイアの掌が、瞼を覆うように顔に下りてくる。
「技能が無いから手伝いは出来ないが、対処は俺も考えるから。さぁ、おやすみ」
添えられた手から暖かいものが流れ込んできて、ゆっくり微睡んでいく。最近手に入れた魔導書に載ってたって言う治癒魔法のひとつかな何て考える間もなく、気づいたら完全に寝入ってしまっていた。
----------------------
「全く、手の掛かる……」
台詞とは裏腹に穏やかな笑みでセレンの頭を撫で、反対側の手で漆黒の封筒を綴じて蝋を落とす。そこに彼が印をつけると、封筒は漆黒の鳥へと姿を変えた。
「ギルドへの締め切り変更の交渉には俺が行くとして……、問題は仕事の多さだからな。この地の王家であり自身も刺繍をするヴァイス殿なら何かしら良い手立てを知っているだろう」
ヴァイスがセレンに興味を持ちはじめていることは気づいている。出来ればあまり深く関わらせたくはない。
関わらせたくは無いが……これ以上辟易していく妻を見ていられない気持ちが勝った。
窓を軽く開いてやれば、命じる間でもなく黒鳥は窓際に飛んでくる。
「では、頼んだぞ」
定期の調査報告とガイアからヴァイス宛の手紙が彼の魔力で変化した漆黒の鳥はしっかりと頷き、雲ひとつ無い空へと飛び立って行った。
セレンにギルドに行ってくる、夕方には戻ると書き置きをして出掛けたガイアが目的地にたどり着くと、扉越しに錆びた鉄のような臭いが鼻を突いた。
騎士時代に任務先でよく感じた臭いだ、間違いない。血だ。それも、扉越しに感じるならばかなり多量の。
「……っ!」
何事かとすぐ飛び込みたい気持ちを抑え、裏手に回り小窓から中を窺う。もし襲われたのならば、中にまだ犯人や人質が居る可能性が有るからそうしたが、中では床に敷き詰められた布団の前を忙しなく動き回るギルド役員や医療班の者と、痛々しい姿に変わり果てたメイソン達高位ランク魔導師の姿したなかった。
依頼に出て負傷し帰還した彼等を、総動員で治療中と言った所だろうか。
ならば役に立てるかも知れないと、魔導書を懐から取り出しそっと裏戸を叩く。
「申し訳ありません、今少し立て込んでまして……って、ガイアスさん!?」
「用があって来てみたら異常事態の様だったからな、様子を窺う為に裏から回らせて貰った。失礼する」
「あっ……!」
メイソンの仲間である若手の横をすり抜け中に入れば、より血の臭いが強くなる。一番深手であろうメイソンの横に腰を下ろし、魔導書を開いた。
(頭部と瞼の負傷による多量の出血、腕は複雑化骨折と、左足は……)
止血された足首の先がない。欠損だ。魔物に喰われたか、毒物による腐敗で切断せざるを得なかったか……どちらにせよ、このまま血が止まらねば死を待つばかりであろう。
魔力の扱いに関して稀な才能のあるガイアスだが、治癒の魔法にはまだ不馴れだ。切断された四肢を甦らせる程の大魔法はまだ扱えない。
なので、いくつかの初級の魔法を組み合わせ、まとめて重傷者達に発動した。
一瞬室内に風が吹き抜け心なしか空気が軽くなった中で、メイソンが呻きながら半身を起こした。
「……ってて、流石は黒の騎士様だ。もうそれを使いこなしてんのかい」
「使いこなすだなんて未々だ、俺はあまりこの手の魔術には適正が無いようだからな」
魔力の量と、魔術の適正は別物だ。使ってみてわかる。ガイアスはあまり治癒魔法に向いていない。
(今の術も、もっと適正のある者が使えば完治に近い回復になったろうに……)
だが、こればかりは才だ。どうしようもない。それに、応急措置には十分役立つだろうと治療に回ろうとしたガイアスの腕をメイソンが掴んだ。
「俺達は良い、幸いあんたのお陰で死にかけてた連中は一命を取り留めた。だから今は、治療より先にあの方を止めてくれ……!」
「あの方?」
誰の事だと聞くより早く、メイソンが口早に叫ぶ。
「リアーナ皇女だ!国の特産品の違法輸出をしてる奴等を、一人で追いかけて行っちまった……!」
~Ep.19 手の掛かる人~
「セレン、悪いことは言わない。一旦寝よう、な」
「だって、寝なくても終わらないのに今休んだら私絶対起きられないもの……!」
「そもそもこの依頼、一人でこなせる物なのか……?一週間内に、この全着デザインの違う子供服を50着だなんて不可能だと思うが」
「私も流石におかしいと思って聞いてみたら、元の請け負ってた人なら出来た筈だって」
何なんだ、元に受けてたその方は魔法使いかなんかなのか!!
そんな不満を飲み込み何杯目かわからない眠気覚ましの珈琲を淹れようと立ち上がった隙を突かれ、後ろからガイアにひょいと抱えあげられる。
「ちょっとガイア!?」
「仕事は仕事だしある程度なら好きにさせたが、これは行き過ぎだ。これ以上は見過ごせない、ちゃんと寝ろ」
「でも締め切り……んっ!」
流れるようにベッドに下ろされ、そのまま口を塞がれる。いつもより長い口づけにへろへろになったころ、ようやく唇が離れた。
「黙って寝ろ。それとも……まだ足りないか?」
「い、いえ、充分です……!」
苦笑しつつ身体を起こしたガイアの掌が、瞼を覆うように顔に下りてくる。
「技能が無いから手伝いは出来ないが、対処は俺も考えるから。さぁ、おやすみ」
添えられた手から暖かいものが流れ込んできて、ゆっくり微睡んでいく。最近手に入れた魔導書に載ってたって言う治癒魔法のひとつかな何て考える間もなく、気づいたら完全に寝入ってしまっていた。
----------------------
「全く、手の掛かる……」
台詞とは裏腹に穏やかな笑みでセレンの頭を撫で、反対側の手で漆黒の封筒を綴じて蝋を落とす。そこに彼が印をつけると、封筒は漆黒の鳥へと姿を変えた。
「ギルドへの締め切り変更の交渉には俺が行くとして……、問題は仕事の多さだからな。この地の王家であり自身も刺繍をするヴァイス殿なら何かしら良い手立てを知っているだろう」
ヴァイスがセレンに興味を持ちはじめていることは気づいている。出来ればあまり深く関わらせたくはない。
関わらせたくは無いが……これ以上辟易していく妻を見ていられない気持ちが勝った。
窓を軽く開いてやれば、命じる間でもなく黒鳥は窓際に飛んでくる。
「では、頼んだぞ」
定期の調査報告とガイアからヴァイス宛の手紙が彼の魔力で変化した漆黒の鳥はしっかりと頷き、雲ひとつ無い空へと飛び立って行った。
セレンにギルドに行ってくる、夕方には戻ると書き置きをして出掛けたガイアが目的地にたどり着くと、扉越しに錆びた鉄のような臭いが鼻を突いた。
騎士時代に任務先でよく感じた臭いだ、間違いない。血だ。それも、扉越しに感じるならばかなり多量の。
「……っ!」
何事かとすぐ飛び込みたい気持ちを抑え、裏手に回り小窓から中を窺う。もし襲われたのならば、中にまだ犯人や人質が居る可能性が有るからそうしたが、中では床に敷き詰められた布団の前を忙しなく動き回るギルド役員や医療班の者と、痛々しい姿に変わり果てたメイソン達高位ランク魔導師の姿したなかった。
依頼に出て負傷し帰還した彼等を、総動員で治療中と言った所だろうか。
ならば役に立てるかも知れないと、魔導書を懐から取り出しそっと裏戸を叩く。
「申し訳ありません、今少し立て込んでまして……って、ガイアスさん!?」
「用があって来てみたら異常事態の様だったからな、様子を窺う為に裏から回らせて貰った。失礼する」
「あっ……!」
メイソンの仲間である若手の横をすり抜け中に入れば、より血の臭いが強くなる。一番深手であろうメイソンの横に腰を下ろし、魔導書を開いた。
(頭部と瞼の負傷による多量の出血、腕は複雑化骨折と、左足は……)
止血された足首の先がない。欠損だ。魔物に喰われたか、毒物による腐敗で切断せざるを得なかったか……どちらにせよ、このまま血が止まらねば死を待つばかりであろう。
魔力の扱いに関して稀な才能のあるガイアスだが、治癒の魔法にはまだ不馴れだ。切断された四肢を甦らせる程の大魔法はまだ扱えない。
なので、いくつかの初級の魔法を組み合わせ、まとめて重傷者達に発動した。
一瞬室内に風が吹き抜け心なしか空気が軽くなった中で、メイソンが呻きながら半身を起こした。
「……ってて、流石は黒の騎士様だ。もうそれを使いこなしてんのかい」
「使いこなすだなんて未々だ、俺はあまりこの手の魔術には適正が無いようだからな」
魔力の量と、魔術の適正は別物だ。使ってみてわかる。ガイアスはあまり治癒魔法に向いていない。
(今の術も、もっと適正のある者が使えば完治に近い回復になったろうに……)
だが、こればかりは才だ。どうしようもない。それに、応急措置には十分役立つだろうと治療に回ろうとしたガイアスの腕をメイソンが掴んだ。
「俺達は良い、幸いあんたのお陰で死にかけてた連中は一命を取り留めた。だから今は、治療より先にあの方を止めてくれ……!」
「あの方?」
誰の事だと聞くより早く、メイソンが口早に叫ぶ。
「リアーナ皇女だ!国の特産品の違法輸出をしてる奴等を、一人で追いかけて行っちまった……!」
~Ep.19 手の掛かる人~
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
2,290
1 / 4
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる