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第2章 私はモブだったはずなのに

Ep.12 どこかの誰かに似ている

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(結局不安すぎて一睡も出来なかったよ、どうしよう……)

 翌朝、まだ薄暗い時間帯にベッドから起き上がり抜け出そうとすると、不意に手を掴まれ布団の中に引き戻された。

「こんな早くにどこに行くんだ?あまり眠れてなかったみたいだが」

 背中側からすっぽり包み込むように抱き締められ、耳元で優しく問われて返答に困る。

(きっと順序だててきちんと説明すれば、“別の世界から転生してきた”なんて突拍子のない話でもガイアは無下にせず聞いてくれるだろうけれど……)

 それはすなわち、彼が受けてきた理不尽な差別の原因を予測もしない箇所から突きつける事になってしまう。ようやく塞がってきたその傷を、私の身勝手で改めて抉るような真似はしたくない。

 だから、やっぱり言えない。

「な、なんでも……んっ!」

 『なんでもないよ』と言おうとした口が、柔らかいもので塞がれる。赤くなった私の頬に手を当て、ガイアが微笑んだ。

「またそうやって一人で抱え込んで……って問いただした所で、どうせ今は話してくれないだろうからな。代わりに嘘をつく毎に唇を塞ぐ事にしようか」

「~~~っ!」

 その後、五回目に口を塞がれた辺りで意識が途切れて、目覚めた時には約束の時間直前でした。ガイアはしれっとした顔で私の分の朝食を用意して身支度を手伝ってくれたわけだけど、その余裕綽々な態度はどこで学んだんですか。解せない、心底解せない。

(まさかオルテンシアに来てからガイアがやたら甘めなのって、メインヒーロー補正とかじゃない……よね?)









-------------------

 学園の中央。ちょうど各学科のエリアから中心に当たるそこに、学生が自由に使えるフリースペースがあった。

 昨日のアイちゃんの話で私達とヴァイス殿下、リアーナ王女に並々ならぬ因果があると発覚したので気まずいことこの上ないが、元はこちらからお誘いした昼食だ。逃げるわけにもいかないし緊張しながら席につく私の様子を見てか、ガイアの手が優しく頭を撫でてくれる。

「今日は午後のみの講義でよかったな。セレンの寝坊助で危うく遅刻する所だった」

「ーっ!?がっ、ガイアが悪戯したからでしょーっ!?」

「はは、悪かった。それにしても遅いな……、そろそろ時間なんだが」

「あっ、いらっしゃったよ。でも、お一人みたい……?」

 昼休み、広い中庭に点在したガラステーブルの1ヵ所に掛けて待っていると、程なくして申し訳なさそうにしたヴァイス殿下が一人で現れる。
 挨拶に立ち上がろうとした私達を片手で制してヴァイス殿下が苦笑を浮かべた。

「遅れてしまってすまないね。実は出掛けにリアーナが行きたくないと我が儘を言い出してしまって。せっかく好意でお誘い頂いたのに申し訳ない。妹に代わって謝罪させてもらうよ」

 頭を下げたヴァイス殿下に驚き、顔を見合わせる私とガイア。とりあえずヴァイス殿下に非は無いので、顔を上げて貰おうと言葉を返す。

「そんな、こちらこそお二人のご都合も考えずに急なお誘いをしてしまって申し訳ございませんでした」

「そうだな。都合が合わないようならまた日を改めて……。どうなさいました?」

「あー……いや、本当に申し訳ないんだが、そうじゃないんだ。その、実はリアーナはこう言って来るのを拒んだんだ。『あのガイアスと言う不躾な方と卓を囲むなどわたくしには耐え難いですわ!』と……」

「……っ!」

 想定外の言葉に目を見開く私に対し、当のガイアは然程おどろきもせず肩を竦めた。

「無理もないな。自分が間違ったことを言ったとは思わないが、昨日は少々厳しい物言いになってしまったから」

「そう、なんだ……」

 私は昨日の詳細を知らないので無闇な事は言えず、ただ頷くに留める。ただ、リアーナ王女がガイアを嫌っている事実に一瞬だけ、安心してしまった事にモヤモヤした。

(やだ、性格悪いな私……)

「まぁ、嫌われてしまったのは致し方ない。ヴァイス殿の責任ではなし、謝罪は結構だ」

「いや、そうはいかない。ガイアス殿は昨日、妹を助けてくれたのだろう?その謝意さえ述べず相手を拒絶し、あまつさえ一度取り決めた約束を私情で反故にするなどもっての他。今日は時間がなく一度諦めたが、必ず埋め合わせはさせるよ」

「そうか?しかし、この環境では学内より外の方が気が休まりそうだな」

 ガイアの言葉で周囲を見れば、あまり目立たない席にも関わらずあちらこちらから視線を感じる。やはり、注目されてしまっているようだ。年頃の女の子にこの最中での食事は確かにしんどいかもしれない。

「外……か。それなら「それなら最近城下で評判の喫茶店があるよ!よかったら案内しようか?」レイジ!!」

「えっ、あの、どちら様ですか……?」

「あっ、はじめまして!俺はレイジ、よろしくね!」

 ヴァイス殿下の声を遮り彼の肩からひょっと顔を出した美青年が、前髪を指先で弄りながら軽くウィンクを飛ばす。か、軽い……。

「お初にお目にかかります、セレスティア・エ……っ、スチュアートと申します」

「あはは、知ってるよ~っ!今学内で時の人である黒の騎士様の花だからね!薄紅の髪なんて初めて見たけど素敵じゃない、咲き始めの花みたいで可愛らしいね」

「あ、ありがとうございます……?」

「…………レイジ殿、あまりセレンをからかわないでくれ。彼女はそういった軽口に不慣れなんだ」

「あっはは!婚約者のヤキモチ?ごめんごめん、俺が無神経だったね。でもせっかくなら皆で仲良くしたいじゃない。セレンってセレスティア嬢の愛称?俺も是非……「「却下だこの伊達男」」ひでぇ!!」

(ガイアはともかく、何故ヴァイス殿下まで……)

 ぴったり声を揃えてガイアとヴァイス殿下に却下されて、レイジさん?が頬を膨らます。その達者や口や自由な態度に、懐かしい人が重なった。

「何だか、誰かさんを彷彿させる方ね?」

「あぁ、奇遇だな。俺も同じやつを思い出していた所だ」

 互いにそう囁きあって笑ってから、ガイアが話を本題に戻す。

「それで?喫茶店がどうのと言うのは?」

「あ~そうそう!なんでも味や内装のよさはもちろん、平民に対する接客の心配りが素晴らしいとオーナーの人柄で評判なんだってさ。店内の客に格差がつかないからどんな立場の人も過ごしやすいんだって。どう?興味ない?」

 ちなみに、ケーキバイキングが売りだそうだ。すごく興味はあるけれど……ひとつの懸念に顔を見合わせた私達を気遣ってか、ヴァイス殿下がレイジさんの肩を掴み後ろに下がらせる。

「よさないかレイジ、お二人が困っているだろう。大体なにをしに来た?」

「何って、今日はここで留学生とヴァイスと麗しのリアーナ姫が食事会だって聞いて!ってありゃ、リアーナ姫は?」

「諸事情により欠席だしただの昼食だ、食事会ではない。そもそも君は誘っていない、さっさと自分の科に戻りたまえ」

「つれないぜ義兄様おにいさま!!」

「誰がお前の義兄か」

 ヴァイス殿下に丸めたノートで叩かれ『いってぇ』と笑っているレイジさんはどうやら侯爵家の嫡男で、お二人の幼馴染みで、小さい頃からリアーナ王女がお好きらしい。

(かなり整った顔立ちだし、もしかして彼もリアーナ王女側の攻略対象なのかな?)

 後でアイちゃんに聞いてみよう。とひそかに思う私を他所に、レイジさんの勢いは止まらない。

「リアーナ姫が来れないなら尚更じゃん!埋め合わせってことでさぁーいこうよ喫茶店!!たまには息抜きも必要じゃん!?ねぇねぇねぇ!」

「あ、あの、とても魅力的なお誘いなのですが、私達は生憎、自由に使えるこちらの国の貨幣を持っておりませんので……」

 そうなのだ。何せ遭難同然の漂着。下準備など何もなく……。学費代わりに旅費にするため持っていた装飾品類はお金に変えてもらったものの、そちらは学費としてほとんど納めてしまった。
 衣食住は王宮でお世話になっているし、校内では食事が無償だから問題ないけれど……外で遊べるお金はないのだ。

「……と、言うわけなんだ。すまないな。せめて短期で請け負える仕事があれば良いんだが……」

「そうなの?なら2人とも、ギルドに行ってみたら良いんじゃない?」

「「ーー……“ギルド”??」」

 レイジさんからの提案に、疑問の声が重なった。


    ~Ep.12 どこかの誰かに似ている~
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