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第2章 私はモブだったはずなのに
Ep.8 白の忌み子
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オルテンシア国立魔法学園は、いわば学科がたくさんある大学みたいな感じだった。
魔法使いの基礎を学び経験を詰ませる魔術科。
魔術と剣技の掛け合わせ方を実践多めで学ぶ魔法騎士科。ガイアが通うのはここになるそうだ。
そして少し特殊な、魔力がなくとも通える唯一の学科である魔術対策研究科である。私は魔力があると言っても特殊なパターンで普通の魔術は使えないし、無効化の力も公にはしたくないことからこちらの科に通うことになった。
(ガイアと学科離れちゃった、残念)
「ガイアス様はわたくしが、セレスティア様はお兄様が。学園に慣れるまでは補佐役としてご一緒させて頂きますわ。お困りのことがあればいつでもご連絡くださいませ」
「ありがとうございます、リアーナ様」
「あぁ。不馴れな事が多く面倒をお掛けするが、よろしく頼む」
「いえいえ、お任せください。では参りましょうか」
「あぁ。じゃあまた後で、あまり誰にでも親切にしすぎるなよ」
私にそう耳打ちして、ガイアはリアーナ王女と並んで去っていった。ちょっと寂しいけど、学園に居る間は視察に集中だ!
「ここが今日から貴女が通うことになる研究室だ。教授とクラスの者には話を通してあるから安心して。放課後はガイアス殿が迎えに来れるよう、場所をリアーナ経由で伝えておく。それでは」
と、思いきや。先程からずっと暗い顔をしているヴァイス殿下は、私に教室の場所を教えるなりそう言って踵を返した。ってちょっと待って!!
「まっ、待ってください!殿下もこちらの学科なのでは!?」
「……僕は元々、ここでは授業を受けていないから。それから、学園では緊急時以外、僕には関わらないでくれ」
「えっ……?」
数歩離れた先で俯いたままのヴァイス殿下の表情は見えない。淡々と言い切って彼が走り去ったと同時に、始業の鐘が鳴り響いた。
(先日はあんなに朗らかだったのに……、何か不快にさせることしちゃったのかな……)
あの初対面の日以降、お会いするのは今日が二度目のはずなんだけどなぁ……。そう考え込んでいたお昼休み、ひょっと向かい側から同じ学科の子達に声をかけられた。
「ねぇねぇ、貴女よその国から来たのよね?どちらからいらしたの?」
「ーっ!あ、アストライヤですが……」
「まぁ!ではあのヴァルハラに一矢報いた黒の騎士様の国ですわよね?しかも騎士科に今その黒の騎士様が留学なさっているとか!」
「よろしければ昼食をご一緒しませんこと?黒の騎士様について是非お話を伺いたいわ!」
3人組の女の子達にきゃっきゃと囲まれ、苦笑を浮かべながら考える。
(留学の条件として、学園内の風紀の為に私とガイアが夫婦な事は明かさないでほしいって国王様から言われちゃったし、下手に話さない方が良いよね?私すぐボロ出しちゃいそうだし……)
「お誘いありがとうございます。ですが、一応本日からしばらくはヴァイス殿下に学園の案内をして頂くことになっておりまして……」
「「「ヴァイス殿下に!?」」」
「ーっ!?皆様、どうかなさいましたか?」
揃って上げられた驚愕の声に驚きながら問い返すと、3人は何とも言えない表情で顔を見合わせた。
「い、いいえ、何でもございませんの。それより、ヴァイス殿下とご一緒なさるなら身の回りにご注意なさった方が宜しいわ」
「危険だと判断したらすぐに逃げるのですよ!これ、砕くと一度だけ結界になる魔石ですの。差し上げますわ!」
「もう少し学園に慣れたら一緒にお食事にしましょうね!」
「あ、ありがとうございます……」
両手いっぱいに魔石を持たされ、嵐のように去っていった3人を見送る。
(“危険”って、ヴァイス殿下ってどんな方なの?手芸の話を一緒にした時は、ただの優しげなお兄さんだったけどなぁ……)
教授も殿下が授業に居ないことにまるで触れずに普通にしていたし、何か事情があるのかも。
とは言え、本当は約束なんかしてないけど彼女達にあぁ言ってしまった手前一応ヴァイス殿下を探してみることにした。
食堂、中庭のベンチや東屋、屋上等、食事が出来そうな場は軒並み見回ったけど見つからない。もう諦めて裏庭で食事を済ませて戻ろうかとした時、正にそこでがたいの良い男達が誰かを壁に追い込み罵声を浴びせている所を見てしまった。
(やだ、イジメ!?)
柱の陰に隠れた私に気がつかないまま、彼等は囲んだ一人を口々に罵倒し始める。
「まだ学園に来てるのか?王子なんて名ばかりの落ちこぼれの分際で!」
「なんだよその真っ白な髪、赤い瞳!気色悪い、どこの捨て子が王家に迷い込んだんだか不思議だな!」
「白の忌み子は忌み子らしく、宮廷の座敷牢にでも籠っていたらいかがです?」
「……僕のこの髪は生まれつきだが、別にそれで誰かに迷惑をかけた覚えはない。下らない。それより授業にろくに参加せず、こうして多勢に無勢でもないと自分達が他者に劣ると知りながら恥知らずな真似を繰り返している君たちの方が余程国にとって害なのでは?」
(……っ!ヴァイス殿下!?)
そこでようやく見えた顔は、なんとヴァイス殿下だった。貴族であろう生徒達が王子イジメだなんてと困惑する間もなく、反論されたリーダー格の男が激昂する。
「なんだと!!?ろくに戦いもしないで女々しい趣味に逃げてる癖して偉そうに!」
「ーっ!何するんだ!」
そう怒鳴りながらリーダー格の男がヴァイス殿下からひったくったのは、先日の作りかけだったあじさいの刺繍だった。切り裂くつもりなのだろう、手に風の魔力を集めるリーダー格の男が、ヴァイス殿下が抵抗出来ないように押さえろと他の二人に命じる。
(人が大事にしてるものを……許せない!)
「ーっ!?何だ?魔力が消えた……!?」
私が魔術を無効化したことで混乱したリーダーの男。いくら魔力を集め直そうとしても出来ないその状況に彼等が焦れている内に、午後の始業を告げる鐘が鳴ってしまった。
「……くそっ、どんな手を使ったか知らないが、覚えてろよ!」
そんな捨て台詞を吐き彼等が去ったのを見届けてから、放り捨てられたスカーフを拾い上げる。放心した様子のヴァイス殿下が、私の顔を見てバツが悪そうに俯いた。
「……なるほど。先程のが例の無効化かい?ありがとう、助かったよ。みっともない所を見せたが……これでわかったろう?僕のこの髪と瞳は我が国では不吉でね、悪いことは言わないから僕には関……」
「いいえ、私はただこれを破こうとした彼等が許せなかっただけですの!私、ヴァイス殿下の作品のファンですから」
なんとなく彼が何を言わんとしたかわかってしまったので、わざと食い気味に言葉を遮りながらその手にスカーフを握らせる。見開かれたその赤い瞳は、うっすらだが濡れていた。
それには気がつかないふりで、ヴァイス殿下の頭を軽く撫でてから踵を返す。
「殿下はいつもこの場所で刺繍を?」
「あ、あぁ。ここなら人目にあまりつかないからね……」
「では、明日は私がこちらにお邪魔します。ガイアとリアーナ様もお呼びして、4人で食べましょう!」
「ーっ!?どうして……っ」
「どうしてって、流石によその殿方と二人きりじゃうちの旦那様が拗ねちゃいますし」
「いやそうではなくて!さっきのを見ただろう、僕はっ……」
「私は、ヴァイス殿下の真っ白な雪みたいな髪も、林檎みたいな赤い瞳も、うさぎさんみたいで可愛くて好きですよ」
ぽかん、となるヴァイス殿下に一度頭を下げて、その場から走り去る。お節介かも知れないけど、彼の目が三年前のガイアの眼差しにそっくりで、どうしても黙ってられなかったんだ。
「“うさぎさん”ね、そんな可愛らしい例えをされたのは初めてだよ」
ヴァイスは先程のセレンの言葉を思い返しながら、近場の窓ガラスに反射した自身の姿を横目に見る。無意識に上がっていた口角を片手で覆い隠し、先日見たガイアスと並び立つセレンの笑顔を思い出し小さくため息を溢した。
「……人妻か、残念だな」
~Ep.8 白の忌み子~
魔法使いの基礎を学び経験を詰ませる魔術科。
魔術と剣技の掛け合わせ方を実践多めで学ぶ魔法騎士科。ガイアが通うのはここになるそうだ。
そして少し特殊な、魔力がなくとも通える唯一の学科である魔術対策研究科である。私は魔力があると言っても特殊なパターンで普通の魔術は使えないし、無効化の力も公にはしたくないことからこちらの科に通うことになった。
(ガイアと学科離れちゃった、残念)
「ガイアス様はわたくしが、セレスティア様はお兄様が。学園に慣れるまでは補佐役としてご一緒させて頂きますわ。お困りのことがあればいつでもご連絡くださいませ」
「ありがとうございます、リアーナ様」
「あぁ。不馴れな事が多く面倒をお掛けするが、よろしく頼む」
「いえいえ、お任せください。では参りましょうか」
「あぁ。じゃあまた後で、あまり誰にでも親切にしすぎるなよ」
私にそう耳打ちして、ガイアはリアーナ王女と並んで去っていった。ちょっと寂しいけど、学園に居る間は視察に集中だ!
「ここが今日から貴女が通うことになる研究室だ。教授とクラスの者には話を通してあるから安心して。放課後はガイアス殿が迎えに来れるよう、場所をリアーナ経由で伝えておく。それでは」
と、思いきや。先程からずっと暗い顔をしているヴァイス殿下は、私に教室の場所を教えるなりそう言って踵を返した。ってちょっと待って!!
「まっ、待ってください!殿下もこちらの学科なのでは!?」
「……僕は元々、ここでは授業を受けていないから。それから、学園では緊急時以外、僕には関わらないでくれ」
「えっ……?」
数歩離れた先で俯いたままのヴァイス殿下の表情は見えない。淡々と言い切って彼が走り去ったと同時に、始業の鐘が鳴り響いた。
(先日はあんなに朗らかだったのに……、何か不快にさせることしちゃったのかな……)
あの初対面の日以降、お会いするのは今日が二度目のはずなんだけどなぁ……。そう考え込んでいたお昼休み、ひょっと向かい側から同じ学科の子達に声をかけられた。
「ねぇねぇ、貴女よその国から来たのよね?どちらからいらしたの?」
「ーっ!あ、アストライヤですが……」
「まぁ!ではあのヴァルハラに一矢報いた黒の騎士様の国ですわよね?しかも騎士科に今その黒の騎士様が留学なさっているとか!」
「よろしければ昼食をご一緒しませんこと?黒の騎士様について是非お話を伺いたいわ!」
3人組の女の子達にきゃっきゃと囲まれ、苦笑を浮かべながら考える。
(留学の条件として、学園内の風紀の為に私とガイアが夫婦な事は明かさないでほしいって国王様から言われちゃったし、下手に話さない方が良いよね?私すぐボロ出しちゃいそうだし……)
「お誘いありがとうございます。ですが、一応本日からしばらくはヴァイス殿下に学園の案内をして頂くことになっておりまして……」
「「「ヴァイス殿下に!?」」」
「ーっ!?皆様、どうかなさいましたか?」
揃って上げられた驚愕の声に驚きながら問い返すと、3人は何とも言えない表情で顔を見合わせた。
「い、いいえ、何でもございませんの。それより、ヴァイス殿下とご一緒なさるなら身の回りにご注意なさった方が宜しいわ」
「危険だと判断したらすぐに逃げるのですよ!これ、砕くと一度だけ結界になる魔石ですの。差し上げますわ!」
「もう少し学園に慣れたら一緒にお食事にしましょうね!」
「あ、ありがとうございます……」
両手いっぱいに魔石を持たされ、嵐のように去っていった3人を見送る。
(“危険”って、ヴァイス殿下ってどんな方なの?手芸の話を一緒にした時は、ただの優しげなお兄さんだったけどなぁ……)
教授も殿下が授業に居ないことにまるで触れずに普通にしていたし、何か事情があるのかも。
とは言え、本当は約束なんかしてないけど彼女達にあぁ言ってしまった手前一応ヴァイス殿下を探してみることにした。
食堂、中庭のベンチや東屋、屋上等、食事が出来そうな場は軒並み見回ったけど見つからない。もう諦めて裏庭で食事を済ませて戻ろうかとした時、正にそこでがたいの良い男達が誰かを壁に追い込み罵声を浴びせている所を見てしまった。
(やだ、イジメ!?)
柱の陰に隠れた私に気がつかないまま、彼等は囲んだ一人を口々に罵倒し始める。
「まだ学園に来てるのか?王子なんて名ばかりの落ちこぼれの分際で!」
「なんだよその真っ白な髪、赤い瞳!気色悪い、どこの捨て子が王家に迷い込んだんだか不思議だな!」
「白の忌み子は忌み子らしく、宮廷の座敷牢にでも籠っていたらいかがです?」
「……僕のこの髪は生まれつきだが、別にそれで誰かに迷惑をかけた覚えはない。下らない。それより授業にろくに参加せず、こうして多勢に無勢でもないと自分達が他者に劣ると知りながら恥知らずな真似を繰り返している君たちの方が余程国にとって害なのでは?」
(……っ!ヴァイス殿下!?)
そこでようやく見えた顔は、なんとヴァイス殿下だった。貴族であろう生徒達が王子イジメだなんてと困惑する間もなく、反論されたリーダー格の男が激昂する。
「なんだと!!?ろくに戦いもしないで女々しい趣味に逃げてる癖して偉そうに!」
「ーっ!何するんだ!」
そう怒鳴りながらリーダー格の男がヴァイス殿下からひったくったのは、先日の作りかけだったあじさいの刺繍だった。切り裂くつもりなのだろう、手に風の魔力を集めるリーダー格の男が、ヴァイス殿下が抵抗出来ないように押さえろと他の二人に命じる。
(人が大事にしてるものを……許せない!)
「ーっ!?何だ?魔力が消えた……!?」
私が魔術を無効化したことで混乱したリーダーの男。いくら魔力を集め直そうとしても出来ないその状況に彼等が焦れている内に、午後の始業を告げる鐘が鳴ってしまった。
「……くそっ、どんな手を使ったか知らないが、覚えてろよ!」
そんな捨て台詞を吐き彼等が去ったのを見届けてから、放り捨てられたスカーフを拾い上げる。放心した様子のヴァイス殿下が、私の顔を見てバツが悪そうに俯いた。
「……なるほど。先程のが例の無効化かい?ありがとう、助かったよ。みっともない所を見せたが……これでわかったろう?僕のこの髪と瞳は我が国では不吉でね、悪いことは言わないから僕には関……」
「いいえ、私はただこれを破こうとした彼等が許せなかっただけですの!私、ヴァイス殿下の作品のファンですから」
なんとなく彼が何を言わんとしたかわかってしまったので、わざと食い気味に言葉を遮りながらその手にスカーフを握らせる。見開かれたその赤い瞳は、うっすらだが濡れていた。
それには気がつかないふりで、ヴァイス殿下の頭を軽く撫でてから踵を返す。
「殿下はいつもこの場所で刺繍を?」
「あ、あぁ。ここなら人目にあまりつかないからね……」
「では、明日は私がこちらにお邪魔します。ガイアとリアーナ様もお呼びして、4人で食べましょう!」
「ーっ!?どうして……っ」
「どうしてって、流石によその殿方と二人きりじゃうちの旦那様が拗ねちゃいますし」
「いやそうではなくて!さっきのを見ただろう、僕はっ……」
「私は、ヴァイス殿下の真っ白な雪みたいな髪も、林檎みたいな赤い瞳も、うさぎさんみたいで可愛くて好きですよ」
ぽかん、となるヴァイス殿下に一度頭を下げて、その場から走り去る。お節介かも知れないけど、彼の目が三年前のガイアの眼差しにそっくりで、どうしても黙ってられなかったんだ。
「“うさぎさん”ね、そんな可愛らしい例えをされたのは初めてだよ」
ヴァイスは先程のセレンの言葉を思い返しながら、近場の窓ガラスに反射した自身の姿を横目に見る。無意識に上がっていた口角を片手で覆い隠し、先日見たガイアスと並び立つセレンの笑顔を思い出し小さくため息を溢した。
「……人妻か、残念だな」
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