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第2章 私はモブだったはずなのに
Ep.6 予想外の誘い
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「そこで布の裏手から仕上げの糸を通して……」
「成る程!これで余計なたるみが引っ張られて柄が綺麗に仕上がるんですね」
「そうだね。でも一度目でここまでよれや歪みなく仕上げられる人は珍しいよ。君は筋がいいんだね」
「いえそんな、教え方がわかりやすかったからで……って、もうこんな時間!?」
どれくらい話し込んだだろうか。細かく基礎から技法を教わりながら小物入れをひとつ仕上げた頃には、すっかり日が傾いていた。いけない、ガイアが心配してるかも……!
「色々と刺繍のお話が出来て楽しかったです、ありがとうございました。申し訳ありませんが、主人が待っておりますのでこれで失礼しますわ」
「あぁ、遅くなってしまったね。確か君は迷い込んだんだろう?帰り道もわからないんじゃないか?誰かに部屋まで送らせよう」
「あ……そうでした。ではお言葉に甘えて「いいや、その必要はありませんよ」ーっ!!」
空気が一瞬揺らいだのを感じたときには、既に背後から抱き締められていた。驚いている私をしっかり捕まえながら、現れたガイアが白い青年に深く頭を下げる。
「ご挨拶が遅れ申し訳ございません。本日は妻が失礼致しました、ヴァイス・オルテンシア王子殿下」
ガイアが呼んだ彼の名にぽかんとしてしまう。
(王子……。この人が、オルテンシアの!?)
「も、申し訳ございませんでした!私、なにも存じ上げなくて……本当になんて失礼を……!」
「あぁ、いいんだよ。先に身分を明かしたらせっかくの気兼ねなく趣味を語らえる機会がなくなりそうだとわざと名乗らなかったのはこちらなのだから。それより、貴方が噂のアストライヤの“黒の騎士”かな?」
「はっ。現在は騎士を退き公爵位を賜っております、ガイアス・エトワールと申します」
「妻のセレスティア・エトワールです。改めてご挨拶申し上げます、王子殿下」
「あぁ、そんなに畏まらなくて構わないよ。そもそも僕はあまり傅かれるような立場ではないし……」
「えっ?」
「いいや、何でもない。それよりエトワール公爵はどうやってここへ?僕には転移魔術で現れたように見えたけれど、空間転移魔法はアストライヤには知識がないはずじゃなかったかな?」
「仰る通りです。妻の居場所自体は彼女のブローチですぐに把握出来たのですが、結界に阻まれ近づけず……途方に暮れていた所を」
「わたくしが偶然お見かけして、こちらまでお送り致しましたの!」
「ーっ!!」
突然割り込んできた、鈴を転がすような愛らしい少女の声。振り返ると、艶やかな黒髪を二つ結いにして毛先だけを軽く巻いた美少女が、微笑みながら立っていた。年齢は多分、私の2つ下くらい。
髪色は違うけど顔立ちがヴァイス殿下にそっくりだ。この子、もしかして……。
「リアーナ……、どういう風の吹きまわしだい?君が他所の者に無償で手を貸すだなんて」
「あら、お兄様ったら人聞きが悪いですわね!わたくしはいつでも親切でしてよ!」
そうヴァイス殿下にむくれっ面を向けてから、改めて美少女が私達の方に向き直った。
「お初にお目にかかります。わたくし、リアーナ・オルテンシアと申しますわ。あのヴァルハラの軍艦をお一人で追い払ったと名高い黒の騎士様、並びに奥様にお目にかかれて光栄です。お兄様とも打ち解けられたようですし、是非また後日ゆっくりお話を伺いたいですわ!仲良くしてくださいね」
「ありがとうございます、リアーナ様」
取られた手を握り返して微笑むと、リアーナ皇女は花が咲くように笑った。可愛い。
しかし、そんな無邪気な妹を苦い顔をしてヴァイス殿下が嗜める。
「こら、リアーナ。無理を言ってはいけないよ。彼等は元々魔法学院の在り方や学習法について視察をすべくロワゾーブルー王国へ向かう際に、事故でやむ終えずオルテンシアに漂着したに過ぎない。未だウィザードサイクロンが収まらず帰れないからと言って、まだ学生の僕らと違い歴とした公爵家である彼等は気ままに遊べる立場では無いのだから」
ヴァイス殿下もリアーナ皇女もまだ学生なんだ。でも王太子だけあってしっかりしてるな……なんて感心してしまう。年はガイアと同い年位に見えるけど、ヴァイス殿下はいくつなの?
「ワガママなんかじゃありませんわ!異文化交流は国の中枢を担う王族なら率先して行うべきですわよ!」
「だからと言って……」
尚も苦言を呈そうとした兄の言葉を遮って、リアーナ皇女が閃いたとばかりに両手を合わせた。
「そうですわ!魔法学院ならばわざわざまた移動しなくとも我が国にも由緒正しき国立の学院があるのですから、お二人には留学生としてそこに通って頂けばよろしいのよ!ねっ、それが良いですわ!」
「えっ!?リアーナ様、お待ちくださ……「手続きはすべてこちらで整えますからご安心なさいませ!ではまた後程~~っ」あっ、ちょっと!」
「……嵐が如く去っていかれたな」
「はは、賑やかな妹ですまないね……」
『とりあえず話は後日に』と、ヴァイス様に促されるまま客室に帰った翌朝。早速私達宛にオルテンシア魔法学術院の入学書類が届けられたのだった。
~Ep.6 予想外の誘い~
「成る程!これで余計なたるみが引っ張られて柄が綺麗に仕上がるんですね」
「そうだね。でも一度目でここまでよれや歪みなく仕上げられる人は珍しいよ。君は筋がいいんだね」
「いえそんな、教え方がわかりやすかったからで……って、もうこんな時間!?」
どれくらい話し込んだだろうか。細かく基礎から技法を教わりながら小物入れをひとつ仕上げた頃には、すっかり日が傾いていた。いけない、ガイアが心配してるかも……!
「色々と刺繍のお話が出来て楽しかったです、ありがとうございました。申し訳ありませんが、主人が待っておりますのでこれで失礼しますわ」
「あぁ、遅くなってしまったね。確か君は迷い込んだんだろう?帰り道もわからないんじゃないか?誰かに部屋まで送らせよう」
「あ……そうでした。ではお言葉に甘えて「いいや、その必要はありませんよ」ーっ!!」
空気が一瞬揺らいだのを感じたときには、既に背後から抱き締められていた。驚いている私をしっかり捕まえながら、現れたガイアが白い青年に深く頭を下げる。
「ご挨拶が遅れ申し訳ございません。本日は妻が失礼致しました、ヴァイス・オルテンシア王子殿下」
ガイアが呼んだ彼の名にぽかんとしてしまう。
(王子……。この人が、オルテンシアの!?)
「も、申し訳ございませんでした!私、なにも存じ上げなくて……本当になんて失礼を……!」
「あぁ、いいんだよ。先に身分を明かしたらせっかくの気兼ねなく趣味を語らえる機会がなくなりそうだとわざと名乗らなかったのはこちらなのだから。それより、貴方が噂のアストライヤの“黒の騎士”かな?」
「はっ。現在は騎士を退き公爵位を賜っております、ガイアス・エトワールと申します」
「妻のセレスティア・エトワールです。改めてご挨拶申し上げます、王子殿下」
「あぁ、そんなに畏まらなくて構わないよ。そもそも僕はあまり傅かれるような立場ではないし……」
「えっ?」
「いいや、何でもない。それよりエトワール公爵はどうやってここへ?僕には転移魔術で現れたように見えたけれど、空間転移魔法はアストライヤには知識がないはずじゃなかったかな?」
「仰る通りです。妻の居場所自体は彼女のブローチですぐに把握出来たのですが、結界に阻まれ近づけず……途方に暮れていた所を」
「わたくしが偶然お見かけして、こちらまでお送り致しましたの!」
「ーっ!!」
突然割り込んできた、鈴を転がすような愛らしい少女の声。振り返ると、艶やかな黒髪を二つ結いにして毛先だけを軽く巻いた美少女が、微笑みながら立っていた。年齢は多分、私の2つ下くらい。
髪色は違うけど顔立ちがヴァイス殿下にそっくりだ。この子、もしかして……。
「リアーナ……、どういう風の吹きまわしだい?君が他所の者に無償で手を貸すだなんて」
「あら、お兄様ったら人聞きが悪いですわね!わたくしはいつでも親切でしてよ!」
そうヴァイス殿下にむくれっ面を向けてから、改めて美少女が私達の方に向き直った。
「お初にお目にかかります。わたくし、リアーナ・オルテンシアと申しますわ。あのヴァルハラの軍艦をお一人で追い払ったと名高い黒の騎士様、並びに奥様にお目にかかれて光栄です。お兄様とも打ち解けられたようですし、是非また後日ゆっくりお話を伺いたいですわ!仲良くしてくださいね」
「ありがとうございます、リアーナ様」
取られた手を握り返して微笑むと、リアーナ皇女は花が咲くように笑った。可愛い。
しかし、そんな無邪気な妹を苦い顔をしてヴァイス殿下が嗜める。
「こら、リアーナ。無理を言ってはいけないよ。彼等は元々魔法学院の在り方や学習法について視察をすべくロワゾーブルー王国へ向かう際に、事故でやむ終えずオルテンシアに漂着したに過ぎない。未だウィザードサイクロンが収まらず帰れないからと言って、まだ学生の僕らと違い歴とした公爵家である彼等は気ままに遊べる立場では無いのだから」
ヴァイス殿下もリアーナ皇女もまだ学生なんだ。でも王太子だけあってしっかりしてるな……なんて感心してしまう。年はガイアと同い年位に見えるけど、ヴァイス殿下はいくつなの?
「ワガママなんかじゃありませんわ!異文化交流は国の中枢を担う王族なら率先して行うべきですわよ!」
「だからと言って……」
尚も苦言を呈そうとした兄の言葉を遮って、リアーナ皇女が閃いたとばかりに両手を合わせた。
「そうですわ!魔法学院ならばわざわざまた移動しなくとも我が国にも由緒正しき国立の学院があるのですから、お二人には留学生としてそこに通って頂けばよろしいのよ!ねっ、それが良いですわ!」
「えっ!?リアーナ様、お待ちくださ……「手続きはすべてこちらで整えますからご安心なさいませ!ではまた後程~~っ」あっ、ちょっと!」
「……嵐が如く去っていかれたな」
「はは、賑やかな妹ですまないね……」
『とりあえず話は後日に』と、ヴァイス様に促されるまま客室に帰った翌朝。早速私達宛にオルテンシア魔法学術院の入学書類が届けられたのだった。
~Ep.6 予想外の誘い~
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