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第1章 初恋の彼は、私の運命の人じゃなかった

閑話 とある聖夜の前日譚

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 これは、私が母を亡くしてすぐの真冬。学園で行われたクリスマスの夜会の日の出来事です。











 帯びた魔力の属性により色とりどりに輝く真ん丸い石飾りに彩られた大樹。着飾った生徒たちと、クリスマスならではの普段より賑わった夜会。
 そんな中……、私達は、盛り上がる会場の中心から離れ、テラスに近い位置で密やかにお食事を頂いていた。

「はぁ、参りましたわ。学園での夜会はまだ婚約者の居ない者に相手を探させる目的があるのは重々承知しておりますが、あまりに打算が丸見えな殿方からのお誘いには辟易してしまいますわね」

「開始からずっと入れ替わり立ち代わりお誘いの嵐でしたものね、お疲れ様ですサラ様。チョコレートを使ったホットドリンクはいかがです?先程給仕の方から頂いておいたんです、お好きでしょう?」

「まぁ、ありがとうございますセレスティア様。頂きますわ」

 にこやかにカップを受け取ったサラ様は、艶やかな茶髪と凛とした眼差しが美しいクール系美女で、伯爵とは名ばかりの我が家と違い社交界でも一目置かれたアルテナ伯爵家の長女。
 ですが己の優秀さや家格に胡座をかかず、こうして私と親しくしてくださる大切なお友達です。

「それにしても、私ばかりに気を取られて貴女方のような可憐な花を素通りだなんて、この学園の殿方は見る目がございませんわね」

 心底あきれたと言わんばかりのその物言いに苦笑する。サラ様を除けば、私が仲良くしていただいている今の面子はうちと同じような立場が弱めの貴族であり、皆様目立つのが苦手であまり華やかに着飾らない方ばかり。
 年若く華やかさや権力を欲する男性陣の目に留まらないのも無理はないと言える。

「とは言え、下手に身分が上の方に言い寄られても私たちの立場ではお断りするのも難しいですし、壁の花でいるくらいが気楽で良いですわ」

「まぁ、セレスティア様は謙虚でいらっしゃるのね……。それとも、既に心に決めたお方でもいらっしゃるの?」

 隠しきれない好奇心に輝く眼差しで訪ねられて、ふと頭を過る黒髪の少年。頭を振ってそれをかき消して、曖昧に微笑んだ。

「ふふ、どうでしょう。ご想像におまかせしますわ」

 そう誤魔化せば友人達は残念そうな顔になったが、それ以上は詮索して来なかった。
 代わりに、急にざわめいたダンスホールの中心を見やってサラ様が眉をひそめる。

「……まぁ、公爵令嬢ともあろう者が夜会で婚約者を差し置いて一曲目を他の殿方と踊るだなんて……はしたないこと」

 夜会の一曲目と言うのは、基本婚約者がいる人達だけがパートナーと踊るのが慣例だ。しかし今ダンスホールで官僚のご子息と一曲目を踊っている公爵令嬢、ナターリエ・キャンベル様は我が国の第一王子の婚約者。つまり、慣例など無視して他の男性と一曲目を踊っていることになる。
 方や第一王子のウィリアム様はそれを咎めるでもなく、最近編入してきたと言う元平民の生徒と親しげに談笑していた。
 その光景に妙な既視感を覚えて、頭の奧が鈍く痛む。

「ナターリエ様は先日の秋の夜会でも、一曲目を第二王子殿下と踊っていらっしゃいましたわね……」

「その前の夜会では、他に婚約者のいらっしゃる殿方と踊っていらっしゃったとか。それも相手の殿方の婚約者の前で!赦しがたいですわ」

 あらあら、まあまあと相づちを打ちつつちらっとダンスホールの方を見る。既に曲は三曲目に変わり、ナターリエ様はひとつ上の騎士科に所属するルドルフ男爵令息と踊っていて、逆にウィリアム王子と編入生の少女は二人で姿を消していた。

(身分の高い方は特に、想いの伴わない政略結婚が常とはわかっているけれど……実際目の当たりにすると、色々事情が複雑なのね)

 会場内にはナターリエ様たちを咎めるような眼差しの者が一部。何も苦言を呈さない第一王子に不服げな者が一部。興味も無さげで自分の相手探しに躍起な者が大半で、後は、ナターリエ様の周辺を監視するように控えている騎士様の姿が壁際に見える。

(あの方、室内なのにどうしてフードを被っているのかしら……)

 ふと目についた黒衣の騎士をじっと見つめる。彼は私には気づかずに、ただたださまざまな男性と楽しげに踊るナターリエ様を静かに、見守っていた。










 今日も大変平穏な夜会でございました。
 とどのつまり、誰からもお誘いを受けることなく、きらびやかな空気と美味しいお料理だけ楽しんだ私は、同じく慎ましく夜会をやり過ごした友人達と寮に戻った。の、ですが……。

「うぅ、よりによって会場にケープを忘れてきてしまうだなんて……ついてないです」

 急遽忘れ物を取りに会場に戻らざるを得なくなってしまった。こそこそと人目につかないよう気を付けながら、既に明かりが消えた裏庭を駆け抜ける私。
 本来、夜会の日は女子生徒が一人で会場付近を出歩くことは禁止されている。何故ならば。

「何だ?こんな暗がりに女性が一人とは、色仕掛けでもするつもりか?」

「きゃっ!!」

 ……夜会で口にした酒で気が大きくなり、こうして見境なく女性にちょっかいをかける男子生徒が例年現れるからである。
 私の右手を捻り上げたその人は、あまり評判が良くない辺境伯家の三男で。漂ってくる酒の臭いからかなり酔ってしまっていることが伺えた。こう言う輩への抑止力もかねて、必ず騎士団が見回りはしているのだけれど……。丁度間が悪いらしく、辺りには誰も居ない。

「お、お止め下さい!夜会が終了した後の男女の会瀬は校則違反ですわ!」

「なんだ、見かけによらず気が強いじゃないか。中々楽しめそうだ」

「……っ!」

 会場から回収して羽織っていたケープを剥ぎ取られ、恐怖と冷気に鳥肌が立つ。婚約者がいようが居まいが、こんな形で穢されては貴族子女として社会的に死んだも同じだ。そうじたばたと必死に抵抗する私に苛立ったのか、胸元に伸びてくる男の手。

(嫌っ、気持ち悪い……!)

「こんな場所で何をしている?その汚い手を退けろ、愚か者」

「いっ、痛ででででっ!」

「……っ!?」

 もう駄目だとぎゅっと目を閉じた次の瞬間、背後に引き寄せられ頭からなにかを被せられた。もぞもぞとそれを動かしている私に目深までフードを被せ、私と男の間に割り込んだ男性が短く囁く。

「そのまま羽織っていろ、奴に顔を覚えられては厄介だ」

 ぐっと引き寄せられながらのその言葉に素直に頷く。
 既に明かりがほとんど消され暗いせいで相手の顔は見えないが、服装から今日の夜会を警備していた白竜騎士団の騎士様のようだ。

「貴様……!夜会にすら出席出来ないたかが騎士風情が、無礼だろうが!」

 が、そこで逆上した男が近くの木の枝をへし折り騎士様に向かい振り下ろした。それを難なく紙一重でかわした騎士様は、片手で男の手首を掴みそのまま地面に叩きつける。
 見事宙に弧を描き落下した男は、『貴様、覚えていろ!』と捨て台詞を吐き去っていった。

 ほっと息をついた私に、騎士様が落ちたケープの汚れを払ってから差し出してくれる。

「これは貴女の物だろう、嫌な目にあった際に身に付けていた物をあまり持ち帰りたくはないだろうが、下手に現場に残すと後が厄介だ。持ち帰って密かに処分した方が良いだろう」

「そうですね、ありがとうございます」

 何事もなかったとは言え、あまり噂になってほしくない出来事だ。素直に同意した私に、騎士様が背中を向け歩き出す。

「とは言え、規則違反で危険な場に一人で出てきた貴女の落ち度でもある。以後気を付けるように。さぁ、寮まで送ろう」

「ーっ!そんな、騎士様はまだお勤め中でしょう、これ以上ご迷惑をかけられませんわ」

「これも業務の一貫だ。それに、先程の男が悪友を連れ報復に来ないとは言いきれないと思うが?」

 淡々としたその指摘にゾクッと背筋が震える。そんな私にそれ見ろと笑って、騎士様が軽く私の背を押した。

「わかったなら行こう。女性が身体を冷やす物ではない」












 会場から女子寮まではそんなに離れていない。とは言え、男性である騎士様に女子寮の入り口まで来て頂く訳には行かないので、少し離れた並木道の辺りで足を止めた。

「ここで大丈夫です。本当にありがとうございました。あの、上着を……」

 返すためにフードをはずそうとした私の手を押さえ、騎士様が首を横に振る。

「まだ誰に監視されているともわからない。寮内の窓がない場所に入るまでは脱がない方がいい」

「……っ、お気遣いありがとうございます。あの、でしたらこちらは後日お返ししますのでお名前を……」

「その必要はない。コートも隊服の一部だ、中に誰の物かわかるよう番号が振られている。後日騎士団の詰め所に返却して貰えれば良い」

「ですが……」

「良いと言っているだろう!」

 鋭いひと言のあと、シンと冷たい沈黙が落ちる。
 並木道が真っ暗なせいで素っ気なく答えた騎士様の表情は全くわからないけれど、数秒の間のあと、どこかぎこちない声音で騎士様が先に口を開いた。

「突然声を荒げたりして失礼。だが、俺は学園の夜会にすら出席を許可されない一介の騎士だ。貴女は歴とした貴族の子女だろう。俺のような者と名乗りあう必要はない」

 淡々とした物言いに、先程の男が騎士様に吐いた暴言を思い出す。
 『冷えない内に早く行くと良い』と促され歩き出した足が、騎士様から1メートル程離れた辺りで止まる。振り返れば、騎士様はまだそこに居た。多分、私が無事寮に入るまで見守ってくれる気なのだろう。

 辺りが静かな為、多少離れていても十分声は届く。
 だから、その場で騎士様に向かい、呼び掛けた。

「あ、あの!」

「ん?」

「……っ、身分や地位など関係なく、皆の安全をこうして手の届く距離で守って下さる騎士様方がいらっしゃるからこそ、私達は安心して日々を過ごすことが出来ています。きらびやか場でダンスを上手に踊れるよりそちらの方が余程尊敬されるべきで、本当にすごいことです。価値が無いわけないです」

 騎士様は何も答えない。が、ここまで来たら言いきった者勝ちだ。

「では、失礼いたします。本日は誠にありがとうございました!!」

 気恥ずかしさを誤魔化すようにペコッと頭を下げ、小走りでその場を離れるその時。視界の端を掠めた騎士様の口元が、ほんの少しだけ上がっていたような気がした。












「あっ!居た!なにやってんだよガイアス、交代の時間とっくに過ぎて……って、上着どしたのお前」

 交代場所である噴水前にてガイアスと合流したルドルフは、この寒空の下コート無しで現れた同僚に目を見開いた。
 そんな彼に、ガイアスは淡々と業務的に答える。

「迷子になった挙げ句質が悪い男に絡まれていた女子生徒が居たからな、救出した際に貸してきた」

「えーっ、良くやるわ。今日この後雪降るんだぜ?風邪ひいても知んないからな。ただでさえお前は“黒髪”のせいで夜会中も居れるのは寒い壁際ばっかなのにさー……。何で笑ってんのかね、お前は」

「……、笑ってたか?」

  その指摘に口元を押さえ怪訝そうに首を傾げたガイアスに、ルドルフは苦笑した。

「何々、無意識に笑っちゃうくらい良いことでもあったわけ?助けた子がすげー可愛かったとか?」

「馬鹿を言え。この暗さだ、顔など見えなかったさ」

「なーんだ、つまんねぇの」

 心底つまらなそうに興味を無くした同僚に呆れつつ、無意識にまた緩みかけた口元を引き結ぶ。

(単に暗がりで俺の髪色に気づいていなかったからだろうが……中々面白い令嬢だったな)

 だが、自分も、彼女も。お互い顔も名も知らないのだ、もう関わることもないだろう。そう割りきって歩き出したガイアスの胸元で、水色のハンカチーフが小さく揺れた。



 始まりの日まで、あと一年。




    ~閑話 とある聖夜の前日譚~

『聖なる夜の悪戯な、再会未満の些細な出来事』












 長くなりすぎたので書きませんでしたが、後日セレンは新品同然に修復したガイアのコートを騎士団の詰め所に返しています。で、結婚後にセレンがそのコートを見つけて指摘されたガイアが『あーっ』て悶えるまでがセオリーかなと作者は思っています。




 



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