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第1章 初恋の彼は、私の運命の人じゃなかった

Ep.100 一難去ってまた多難

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 ふと目を覚ますと、視界にドアップで好きな人の寝顔があった場合の乙女のリアクションは?

「きっ、きゃーっ!!!」

 解、羞恥とときめきと混乱が混ざってとりあえず悲鳴をあげる。

 私のその悲鳴を受けて、ベッドに突っ伏して寝ていたガイアが飛び起きた。

「……っ!セレン、目が覚めたのか!?異常は無いな!?」

「えっ!?えぇ、すごくドキドキしてる以外は全然何とも無いけど……」

 そう答えるなり、ぎゅうっと正面から抱き締められる。えっ、えっ、何なの!?
 
「良かった……!一週間も目を覚まさないから気が気じゃなかったんだぞ……」

「えぇっ!?私そんなに寝てたの!?」

「寝ていたというより昏倒していたんだろう。無理もない、あれだけの大仕事をしたんだから。医師の診察を受けてから、あの後の事を話そうな」

 『医者を呼んでくる』と立ち上がりかけたガイアが何故か止まった。首を傾げていると、風が吹くような然りげ無さでガイアの唇がほっぺたに触れる。数秒間を置いてから、ぼっと顔に熱が上がった。

「ガイア、い、今っ……!」

「スチュアート伯爵……いや、爵位が上がるからもう侯爵か。とりあえず、父君との条件は満たしたんだからもう良いだろう?」

 『逃げられると思うなよ』と、甘さと熱を含んだ声で囁いて出ていったその背中を見送ってから、枕を抱えてひとり呟く。

「逃げるわけないじゃない、馬鹿……」










 私が会場で気を失ってから一週間。皆それはそれは色々とあったそうだ。
 まず、キャンベル公爵は爵位剥奪の末国外追放。行き先は重罪人が集まる魔鉱石の採掘場で、耐えきれず逃げ出す者も多い厳しい現場だそうだ。恰幅が良いあのお身体では動くのも大変だろうな、とちょっと思った。
 ガイアがあの日拘束した他の貴族達はほとんどがヴァルハラの件とは関わり合いがなく情状酌量の余地があったことから、ごく一部を除いて上納金を納めるだけに留まったらしい。それでもかなり大きな額を支払わせた為に、彼等は当面大きな顔は出来ないだろうとウィリアム王子が言っていた。
 ナターリエ様に魅了されていた面々は、彼女が公衆の面前で操ってたことを自白した為に概ねお咎めなし。第2王子だけは王族の資質なしとして平民落ちの上、十年以上の懲役が確定との事だ。
 それから、ナターリエ様は…………。

「生気が抜けたような状態の為、事情聴取がなかなか進んでいない。だが、聞きたい内容が聞き終わり次第離島の修道院に入れられる事が決まった。もう二度と、顔を合わせることは無いだろう」

 今はどこに居るのか聞いたけど、ガイアがこれ以上私を彼女と会わせたくないと言うのでそれ以上聞けなかった。

 それから、ガイアのご実家、エトワール侯爵家が元々治めていた、スチュアート伯爵領のお隣の土地。そこは爵位の上がった我が家の領地となりまして、結局ガイアはキャンベル公爵の後釜的な形で公爵に格上げになったそうだ。一介の騎士様から一気に公爵様へ。驚異の大出世である。

 また、解毒剤は効いているものの陛下はもう体調が芳しくはないとの事で、ウィリアム王子とアイちゃんの教育が済み次第王位を退かれるつもりだそうだ。元々ウィリアム王子は優秀だしアイちゃんもヒロイン補正なのか非常に覚えが良いそうで、数年後には世代交代が成されるだろうとの事。
 それに合わせて国を護る結界もガイアの魔力で作り変えて、他国との交流を深めていきたいとウィリアム王子は考えているらしい。

「はぁ……、あんまり実感なかったけど、本当に時代が変わろうとしてるんだね」

「あぁ。それも、セレンや皆の頑張りのお陰だな。俺に向けられる周りの目も変わって変な感じだ」

 ガイアは苦笑しているが、これまで散々虐げてきた相手の掌返しを喰らって内心穏やかじゃ無いだろうし、無理はして欲しくないなと思う。

「それでだな、何にせよ一段落ついたし、丁度今日で俺が護衛として就いてから一年経つ。明日にはこの関係はおしまいだ。だから……」

「セレーっっっ!!」

「きゃあっ!あっ、アイちゃん!?」

「お待ち下さいアイシラ様!未来の王太子妃ともあろう者がノックの一つもなしに客間に飛び込むとは何事ですか!!」

「~~~っ、またかよこの女…………!」

 どこか歯切れの悪いガイアの話を遮って、飛び込んできたアイちゃんに抱き締められる。
 アイちゃんを追ってきた指導役らしき女性と、扉にもたれ掛かりこちらを見ているウィリアム王子が苦笑していた。

「アイシラがすまないね、ガイアス。いや、もうエトワール公爵と呼んだほうが良いかな?」
 
「そう思われるなら手綱くらいしっかり掴んでおいてくださいませんか、殿下……」

 何だか項垂れているガイアの言葉にクスクス笑って、ウィリアム殿下がガイアについてくるよう促す。どうやら公爵になるに当たって騎士団の脱退やら新たなお仕事やらの引き継ぎがまだあるらしい。
 渋面になったガイアが、未だにアイちゃんにぎゅうぎゅうされている私に振り返った。

「お医者様も異常は無いと仰っていたし大丈夫よ。行ってらっしゃい」

「……わかった。明日、体調が大丈夫そうなら少し出掛けよう。話がある」

 それだけ言い放って立ち去ったガイアに周りから口笛の音が上がる。今のって……。

「なーにボサッとしてんのセレ!さっさと湯浴みして肌も髪も徹底的に磨くわよ!あと髪型とか洋服も選んで、あの男骨抜きにしてやんなさい!!」

「ちょっ!?アイちゃんたら、まだガイアだって気持ちの整理ついてないだろうし、色々多忙で大変な今そんな事……」

「な~に悠長なこと言ってるの!あんたが寝コケてた一週間、あの男宛てに来た釣書で客間が二部屋埋まったのよ!?次期国王であるウィルの覚えもめでたくて能力も高い、しかも国の有力貴族ばかり集まってたあの会場で魔物から窮地を救った英雄!トドメにあの若さと美貌で復権したばかりの公爵様よ。周りがほっとくわけないでしょう!?」

「そっ、そんなに……!?」

 いや、差別の件さえなければガイアがさぞモテるであろうことはわかっていた。わかっては居たけど……!

「えぇぇぇっ、どうしようアイちゃん!私、国内随一の娼館の女帝様達から色事に関して絶望的にセンス無いって言われちゃったのに!!!」

「そんなん今からでも頑張……、待って。あんたなんて場所行ってんの!?」

「いや、調査の過程でルドルフさんに連れられて……」

 そう答えた瞬間廊下ですごい音がした気がしたけれど、それはすぐに私の髪を乾かすドライヤーの風音に掻き消されていた。













 ウィリアムの私室は彼が捕らえられていた際に第2王子が荒らしに荒らしてしまった為、今彼は宮廷で一番質が良い客間を使用している。その広い室内の長机を埋め尽くす釣り書き書の山を見た瞬間、ガイアスはうんざりと頭を抱えた。

「ははは、黒髪や魔術への不快感が大分薄まったのは良かったが、少々目立ち過ぎてしまったようだね。あの日魔物を従え皆を守った君の姿に本気で恋情を抱いてしまったお嬢さん方も居るようだ。釣書だけで無く恋文も届いているよ」

「はっ、虫の良い話だな……反吐が出る」

「まぁそう荒ぶるな。セレスティア嬢のケアは今日はアイシラに任せるから明日まで私と君はあの部屋には行かない事として、この後は君と彼女の婚姻についての話を……ん?」

 思わずそう悪態をついた時、廊下から声がして控えの従者が扉を開いた。顔の高さを超えるほどに両手いっぱい書状を抱えたルドルフが、危なっかしい足取りで中に入ってくる。

「失礼しまーす。ガイアス、これ追加の釣り書き書。もう一回断った家からも結構来てんぞー。会場での距離感見てお前とセレンちゃんの仲は察してんのか、『正妻には由緒ある家格である我が家の娘をおいて愛人として彼女を囲ってはどうか』なんてそれはまぁ見当違いな寛大なお言葉付き……熱っチィ!!!!!」

 無言でガイアスが指を鳴らした瞬間、部屋中の釣り書き全てが燃え尽き灰へと化す。心底冷え切った眼差しで燃え尽きた灰の山を踏みつけた友に、ルドルフは小さく震えた。

「お前っ、怒りは最もだけどいきなり室内で炎使うなよな……!燃やされるかと思った…………」

「安心しろ、制御は完璧だ。あぁ、だが別にお前ごと燃やしてやっても良かったな。ルドルフ……お前セレンを娼館に連れ込んだそうじゃないか」

「ーっ!?いっ、いや、それはだな……」

「言い訳は結構」

 『さぁ、詳しく話してもらおうか』。そう完全に据わった眼差しでガイアスに詰め寄られ逃げ惑うルドルフを見て、ウィリアムは心底愉快そうに笑った。

「いやぁ、友人づき合いと言うものがここまで愉快極まりないものだなんて知らなかったなぁ」

「俺は全く愉快じゃないんですけどね!!!」














「あっ、アイちゃん、大丈夫かな。このお洋服で……」

「うんうん、可愛いわよ!ああ言う朴念仁には案外お色気より清楚系よね!」

「朴念仁って…………」

 アイちゃんの言葉に苦笑する私がまとっているのは、純白の柔らかいフリル付きブラウスと淡い水色のシフォンスカートだった。始まりの日に、ガイアと森で出逢った時によく似た服だ。アイちゃんに『好きなの選んで!』って出された中からついこれを選んじゃったけど、これって見方によってはかなり痛い女なのでは……!?

「大丈夫だってば!それならお忍びで出掛けても問題無さそうだしね。今はあんたも狙われてるし、ナンパだけ気をつけなさいよ」

「……へ?」

「あれ?聞いてない?あんたにも来てんのよ、結婚の申込み」

「聞いてないよ!?」

 そう驚愕した私だけど、アイちゃんに『新しく格上げされた侯爵家の長女を抱き込めば自分達も上流階級に入れるって勘違いしてる馬鹿どもがそれなりに居るのよね』と言われて納得した。
 ガイアにせよ、私にせよ、舐められてるんだわ。まだ力を得たばかりだから、傀儡にして自分達が代わりに権威を振るえると言う魂胆での求婚なんだろう。

(ガイアは純粋にモテてる面もあるだろうけど私は殿方に好かれるような華やかさは無いし、多分あの釣書全部打算的なものなんだろうなぁ)

 ガイアに来た物の十分の一程度しかない平積みされたそれを見て苦笑すると、何故かアイちゃんがため息をついた。

「……あんたまた何か勘違いしてない?隙だらけでホントに心配だわ。まぁ、あれを見て力づくでどうこうしようとする奴は居ないとは思うけど」

「あれって?」

「ん?あぁ、あんたがあの処刑場でぶっ倒れた後、運ぼうとした兵士を拒否してまでガイアスがあんたを抱き上げて会場から運び出したの。他の男には指一本触れさせたくないって感じだったし、あの独占欲と強さを目の当たりにしてあんたに手を出そうなんて猛者は居ないでしょうね」

 アイちゃんはさも何でもないように言って笑っているけど、私は初耳な出来事に驚き過ぎてソファに崩れ落ちた。クッションを抱きしめながら、恐る恐る確認のためもう一度アイちゃんに質問する。

「……待って。つまり、あの百何人、しかも有力貴族とか大手商会があつまってた中で、私はガイアにお姫様抱っこされてた、って、事……?」

「うん。馬車の中でも、この王宮の部屋に連れ込まれるまでずーーーーっと」

「~~~~っっっ!!!」

 クッションに顔を埋め声にならない声を上げる私。はっ、恥ずかしくてもう外歩けない…………!!!

 悶ている私を余所に、控えめなノックと共に年若い侍女がアイちゃんを呼びに来た。ウィリアム王子がお呼びらしい。

「あら、何かしら。ちょっと行ってくるから休んでて。戻ってきたらデートプラン練りましょ」

 ヒロインらしく愛らしいウィンクをしてアイちゃんが出ていく。ソファにもたれたままぼんやりしていると、唐突に眠気に襲われた。

(何か甘い香りがする、アロマかな……。駄目だ、何かすごく、眠……い…………)

 完全に意識が途絶える前、小さく部屋の扉が軋んだような気がした。

   ~Ep.100 一難去ってまた多難~

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