108 / 147
第1章 初恋の彼は、私の運命の人じゃなかった
Ep.100 一難去ってまた多難
しおりを挟む
ふと目を覚ますと、視界にドアップで好きな人の寝顔があった場合の乙女のリアクションは?
「きっ、きゃーっ!!!」
解、羞恥とときめきと混乱が混ざってとりあえず悲鳴をあげる。
私のその悲鳴を受けて、ベッドに突っ伏して寝ていたガイアが飛び起きた。
「……っ!セレン、目が覚めたのか!?異常は無いな!?」
「えっ!?えぇ、すごくドキドキしてる以外は全然何とも無いけど……」
そう答えるなり、ぎゅうっと正面から抱き締められる。えっ、えっ、何なの!?
「良かった……!一週間も目を覚まさないから気が気じゃなかったんだぞ……」
「えぇっ!?私そんなに寝てたの!?」
「寝ていたというより昏倒していたんだろう。無理もない、あれだけの大仕事をしたんだから。医師の診察を受けてから、あの後の事を話そうな」
『医者を呼んでくる』と立ち上がりかけたガイアが何故か止まった。首を傾げていると、風が吹くような然りげ無さでガイアの唇がほっぺたに触れる。数秒間を置いてから、ぼっと顔に熱が上がった。
「ガイア、い、今っ……!」
「スチュアート伯爵……いや、爵位が上がるからもう侯爵か。とりあえず、父君との条件は満たしたんだからもう良いだろう?」
『逃げられると思うなよ』と、甘さと熱を含んだ声で囁いて出ていったその背中を見送ってから、枕を抱えてひとり呟く。
「逃げるわけないじゃない、馬鹿……」
私が会場で気を失ってから一週間。皆それはそれは色々とあったそうだ。
まず、キャンベル公爵は爵位剥奪の末国外追放。行き先は重罪人が集まる魔鉱石の採掘場で、耐えきれず逃げ出す者も多い厳しい現場だそうだ。恰幅が良いあのお身体では動くのも大変だろうな、とちょっと思った。
ガイアがあの日拘束した他の貴族達はほとんどがヴァルハラの件とは関わり合いがなく情状酌量の余地があったことから、ごく一部を除いて上納金を納めるだけに留まったらしい。それでもかなり大きな額を支払わせた為に、彼等は当面大きな顔は出来ないだろうとウィリアム王子が言っていた。
ナターリエ様に魅了されていた面々は、彼女が公衆の面前で操ってたことを自白した為に概ねお咎めなし。第2王子だけは王族の資質なしとして平民落ちの上、十年以上の懲役が確定との事だ。
それから、ナターリエ様は…………。
「生気が抜けたような状態の為、事情聴取がなかなか進んでいない。だが、聞きたい内容が聞き終わり次第離島の修道院に入れられる事が決まった。もう二度と、顔を合わせることは無いだろう」
今はどこに居るのか聞いたけど、ガイアがこれ以上私を彼女と会わせたくないと言うのでそれ以上聞けなかった。
それから、ガイアのご実家、エトワール侯爵家が元々治めていた、スチュアート伯爵領のお隣の土地。そこは爵位の上がった我が家の領地となりまして、結局ガイアはキャンベル公爵の後釜的な形で公爵に格上げになったそうだ。一介の騎士様から一気に公爵様へ。驚異の大出世である。
また、解毒剤は効いているものの陛下はもう体調が芳しくはないとの事で、ウィリアム王子とアイちゃんの教育が済み次第王位を退かれるつもりだそうだ。元々ウィリアム王子は優秀だしアイちゃんもヒロイン補正なのか非常に覚えが良いそうで、数年後には世代交代が成されるだろうとの事。
それに合わせて国を護る結界もガイアの魔力で作り変えて、他国との交流を深めていきたいとウィリアム王子は考えているらしい。
「はぁ……、あんまり実感なかったけど、本当に時代が変わろうとしてるんだね」
「あぁ。それも、セレンや皆の頑張りのお陰だな。俺に向けられる周りの目も変わって変な感じだ」
ガイアは苦笑しているが、これまで散々虐げてきた相手の掌返しを喰らって内心穏やかじゃ無いだろうし、無理はして欲しくないなと思う。
「それでだな、何にせよ一段落ついたし、丁度今日で俺が護衛として就いてから一年経つ。明日にはこの関係はおしまいだ。だから……」
「セレーっっっ!!」
「きゃあっ!あっ、アイちゃん!?」
「お待ち下さいアイシラ様!未来の王太子妃ともあろう者がノックの一つもなしに客間に飛び込むとは何事ですか!!」
「~~~っ、またかよこの女…………!」
どこか歯切れの悪いガイアの話を遮って、飛び込んできたアイちゃんに抱き締められる。
アイちゃんを追ってきた指導役らしき女性と、扉にもたれ掛かりこちらを見ているウィリアム王子が苦笑していた。
「アイシラがすまないね、ガイアス。いや、もうエトワール公爵と呼んだほうが良いかな?」
「そう思われるなら手綱くらいしっかり掴んでおいてくださいませんか、殿下……」
何だか項垂れているガイアの言葉にクスクス笑って、ウィリアム殿下がガイアについてくるよう促す。どうやら公爵になるに当たって騎士団の脱退やら新たなお仕事やらの引き継ぎがまだあるらしい。
渋面になったガイアが、未だにアイちゃんにぎゅうぎゅうされている私に振り返った。
「お医者様も異常は無いと仰っていたし大丈夫よ。行ってらっしゃい」
「……わかった。明日、体調が大丈夫そうなら少し出掛けよう。話がある」
それだけ言い放って立ち去ったガイアに周りから口笛の音が上がる。今のって……。
「なーにボサッとしてんのセレ!さっさと湯浴みして肌も髪も徹底的に磨くわよ!あと髪型とか洋服も選んで、あの男骨抜きにしてやんなさい!!」
「ちょっ!?アイちゃんたら、まだガイアだって気持ちの整理ついてないだろうし、色々多忙で大変な今そんな事……」
「な~に悠長なこと言ってるの!あんたが寝コケてた一週間、あの男宛てに来た釣書で客間が二部屋埋まったのよ!?次期国王であるウィルの覚えもめでたくて能力も高い、しかも国の有力貴族ばかり集まってたあの会場で魔物から窮地を救った英雄!トドメにあの若さと美貌で復権したばかりの公爵様よ。周りがほっとくわけないでしょう!?」
「そっ、そんなに……!?」
いや、差別の件さえなければガイアがさぞモテるであろうことはわかっていた。わかっては居たけど……!
「えぇぇぇっ、どうしようアイちゃん!私、国内随一の娼館の女帝様達から色事に関して絶望的にセンス無いって言われちゃったのに!!!」
「そんなん今からでも頑張……、待って。あんたなんて場所行ってんの!?」
「いや、調査の過程でルドルフさんに連れられて……」
そう答えた瞬間廊下ですごい音がした気がしたけれど、それはすぐに私の髪を乾かすドライヤーの風音に掻き消されていた。
ウィリアムの私室は彼が捕らえられていた際に第2王子が荒らしに荒らしてしまった為、今彼は宮廷で一番質が良い客間を使用している。その広い室内の長机を埋め尽くす釣り書き書の山を見た瞬間、ガイアスはうんざりと頭を抱えた。
「ははは、黒髪や魔術への不快感が大分薄まったのは良かったが、少々目立ち過ぎてしまったようだね。あの日魔物を従え皆を守った君の姿に本気で恋情を抱いてしまったお嬢さん方も居るようだ。釣書だけで無く恋文も届いているよ」
「はっ、虫の良い話だな……反吐が出る」
「まぁそう荒ぶるな。セレスティア嬢のケアは今日はアイシラに任せるから明日まで私と君はあの部屋には行かない事として、この後は君と彼女の婚姻についての話を……ん?」
思わずそう悪態をついた時、廊下から声がして控えの従者が扉を開いた。顔の高さを超えるほどに両手いっぱい書状を抱えたルドルフが、危なっかしい足取りで中に入ってくる。
「失礼しまーす。ガイアス、これ追加の釣り書き書。もう一回断った家からも結構来てんぞー。会場での距離感見てお前とセレンちゃんの仲は察してんのか、『正妻には由緒ある家格である我が家の娘をおいて愛人として彼女を囲ってはどうか』なんてそれはまぁ見当違いな寛大なお言葉付き……熱っチィ!!!!!」
無言でガイアスが指を鳴らした瞬間、部屋中の釣り書き全てが燃え尽き灰へと化す。心底冷え切った眼差しで燃え尽きた灰の山を踏みつけた友に、ルドルフは小さく震えた。
「お前っ、怒りは最もだけどいきなり室内で炎使うなよな……!燃やされるかと思った…………」
「安心しろ、制御は完璧だ。あぁ、だが別にお前ごと燃やしてやっても良かったな。ルドルフ……お前セレンを娼館に連れ込んだそうじゃないか」
「ーっ!?いっ、いや、それはだな……」
「言い訳は結構」
『さぁ、詳しく話してもらおうか』。そう完全に据わった眼差しでガイアスに詰め寄られ逃げ惑うルドルフを見て、ウィリアムは心底愉快そうに笑った。
「いやぁ、友人づき合いと言うものがここまで愉快極まりないものだなんて知らなかったなぁ」
「俺は全く愉快じゃないんですけどね!!!」
「あっ、アイちゃん、大丈夫かな。このお洋服で……」
「うんうん、可愛いわよ!ああ言う朴念仁には案外お色気より清楚系よね!」
「朴念仁って…………」
アイちゃんの言葉に苦笑する私がまとっているのは、純白の柔らかいフリル付きブラウスと淡い水色のシフォンスカートだった。始まりの日に、ガイアと森で出逢った時によく似た服だ。アイちゃんに『好きなの選んで!』って出された中からついこれを選んじゃったけど、これって見方によってはかなり痛い女なのでは……!?
「大丈夫だってば!それならお忍びで出掛けても問題無さそうだしね。今はあんたも狙われてるし、ナンパだけ気をつけなさいよ」
「……へ?」
「あれ?聞いてない?あんたにも来てんのよ、結婚の申込み」
「聞いてないよ!?」
そう驚愕した私だけど、アイちゃんに『新しく格上げされた侯爵家の長女を抱き込めば自分達も上流階級に入れるって勘違いしてる馬鹿どもがそれなりに居るのよね』と言われて納得した。
ガイアにせよ、私にせよ、舐められてるんだわ。まだ力を得たばかりだから、傀儡にして自分達が代わりに権威を振るえると言う魂胆での求婚なんだろう。
(ガイアは純粋にモテてる面もあるだろうけど私は殿方に好かれるような華やかさは無いし、多分あの釣書全部打算的なものなんだろうなぁ)
ガイアに来た物の十分の一程度しかない平積みされたそれを見て苦笑すると、何故かアイちゃんがため息をついた。
「……あんたまた何か勘違いしてない?隙だらけでホントに心配だわ。まぁ、あれを見て力づくでどうこうしようとする奴は居ないとは思うけど」
「あれって?」
「ん?あぁ、あんたがあの処刑場でぶっ倒れた後、運ぼうとした兵士を拒否してまでガイアスがあんたを抱き上げて会場から運び出したの。他の男には指一本触れさせたくないって感じだったし、あの独占欲と強さを目の当たりにしてあんたに手を出そうなんて猛者は居ないでしょうね」
アイちゃんはさも何でもないように言って笑っているけど、私は初耳な出来事に驚き過ぎてソファに崩れ落ちた。クッションを抱きしめながら、恐る恐る確認のためもう一度アイちゃんに質問する。
「……待って。つまり、あの百何人、しかも有力貴族とか大手商会があつまってた中で、私はガイアにお姫様抱っこされてた、って、事……?」
「うん。馬車の中でも、この王宮の部屋に連れ込まれるまでずーーーーっと」
「~~~~っっっ!!!」
クッションに顔を埋め声にならない声を上げる私。はっ、恥ずかしくてもう外歩けない…………!!!
悶ている私を余所に、控えめなノックと共に年若い侍女がアイちゃんを呼びに来た。ウィリアム王子がお呼びらしい。
「あら、何かしら。ちょっと行ってくるから休んでて。戻ってきたらデートプラン練りましょ」
ヒロインらしく愛らしいウィンクをしてアイちゃんが出ていく。ソファにもたれたままぼんやりしていると、唐突に眠気に襲われた。
(何か甘い香りがする、アロマかな……。駄目だ、何かすごく、眠……い…………)
完全に意識が途絶える前、小さく部屋の扉が軋んだような気がした。
~Ep.100 一難去ってまた多難~
「きっ、きゃーっ!!!」
解、羞恥とときめきと混乱が混ざってとりあえず悲鳴をあげる。
私のその悲鳴を受けて、ベッドに突っ伏して寝ていたガイアが飛び起きた。
「……っ!セレン、目が覚めたのか!?異常は無いな!?」
「えっ!?えぇ、すごくドキドキしてる以外は全然何とも無いけど……」
そう答えるなり、ぎゅうっと正面から抱き締められる。えっ、えっ、何なの!?
「良かった……!一週間も目を覚まさないから気が気じゃなかったんだぞ……」
「えぇっ!?私そんなに寝てたの!?」
「寝ていたというより昏倒していたんだろう。無理もない、あれだけの大仕事をしたんだから。医師の診察を受けてから、あの後の事を話そうな」
『医者を呼んでくる』と立ち上がりかけたガイアが何故か止まった。首を傾げていると、風が吹くような然りげ無さでガイアの唇がほっぺたに触れる。数秒間を置いてから、ぼっと顔に熱が上がった。
「ガイア、い、今っ……!」
「スチュアート伯爵……いや、爵位が上がるからもう侯爵か。とりあえず、父君との条件は満たしたんだからもう良いだろう?」
『逃げられると思うなよ』と、甘さと熱を含んだ声で囁いて出ていったその背中を見送ってから、枕を抱えてひとり呟く。
「逃げるわけないじゃない、馬鹿……」
私が会場で気を失ってから一週間。皆それはそれは色々とあったそうだ。
まず、キャンベル公爵は爵位剥奪の末国外追放。行き先は重罪人が集まる魔鉱石の採掘場で、耐えきれず逃げ出す者も多い厳しい現場だそうだ。恰幅が良いあのお身体では動くのも大変だろうな、とちょっと思った。
ガイアがあの日拘束した他の貴族達はほとんどがヴァルハラの件とは関わり合いがなく情状酌量の余地があったことから、ごく一部を除いて上納金を納めるだけに留まったらしい。それでもかなり大きな額を支払わせた為に、彼等は当面大きな顔は出来ないだろうとウィリアム王子が言っていた。
ナターリエ様に魅了されていた面々は、彼女が公衆の面前で操ってたことを自白した為に概ねお咎めなし。第2王子だけは王族の資質なしとして平民落ちの上、十年以上の懲役が確定との事だ。
それから、ナターリエ様は…………。
「生気が抜けたような状態の為、事情聴取がなかなか進んでいない。だが、聞きたい内容が聞き終わり次第離島の修道院に入れられる事が決まった。もう二度と、顔を合わせることは無いだろう」
今はどこに居るのか聞いたけど、ガイアがこれ以上私を彼女と会わせたくないと言うのでそれ以上聞けなかった。
それから、ガイアのご実家、エトワール侯爵家が元々治めていた、スチュアート伯爵領のお隣の土地。そこは爵位の上がった我が家の領地となりまして、結局ガイアはキャンベル公爵の後釜的な形で公爵に格上げになったそうだ。一介の騎士様から一気に公爵様へ。驚異の大出世である。
また、解毒剤は効いているものの陛下はもう体調が芳しくはないとの事で、ウィリアム王子とアイちゃんの教育が済み次第王位を退かれるつもりだそうだ。元々ウィリアム王子は優秀だしアイちゃんもヒロイン補正なのか非常に覚えが良いそうで、数年後には世代交代が成されるだろうとの事。
それに合わせて国を護る結界もガイアの魔力で作り変えて、他国との交流を深めていきたいとウィリアム王子は考えているらしい。
「はぁ……、あんまり実感なかったけど、本当に時代が変わろうとしてるんだね」
「あぁ。それも、セレンや皆の頑張りのお陰だな。俺に向けられる周りの目も変わって変な感じだ」
ガイアは苦笑しているが、これまで散々虐げてきた相手の掌返しを喰らって内心穏やかじゃ無いだろうし、無理はして欲しくないなと思う。
「それでだな、何にせよ一段落ついたし、丁度今日で俺が護衛として就いてから一年経つ。明日にはこの関係はおしまいだ。だから……」
「セレーっっっ!!」
「きゃあっ!あっ、アイちゃん!?」
「お待ち下さいアイシラ様!未来の王太子妃ともあろう者がノックの一つもなしに客間に飛び込むとは何事ですか!!」
「~~~っ、またかよこの女…………!」
どこか歯切れの悪いガイアの話を遮って、飛び込んできたアイちゃんに抱き締められる。
アイちゃんを追ってきた指導役らしき女性と、扉にもたれ掛かりこちらを見ているウィリアム王子が苦笑していた。
「アイシラがすまないね、ガイアス。いや、もうエトワール公爵と呼んだほうが良いかな?」
「そう思われるなら手綱くらいしっかり掴んでおいてくださいませんか、殿下……」
何だか項垂れているガイアの言葉にクスクス笑って、ウィリアム殿下がガイアについてくるよう促す。どうやら公爵になるに当たって騎士団の脱退やら新たなお仕事やらの引き継ぎがまだあるらしい。
渋面になったガイアが、未だにアイちゃんにぎゅうぎゅうされている私に振り返った。
「お医者様も異常は無いと仰っていたし大丈夫よ。行ってらっしゃい」
「……わかった。明日、体調が大丈夫そうなら少し出掛けよう。話がある」
それだけ言い放って立ち去ったガイアに周りから口笛の音が上がる。今のって……。
「なーにボサッとしてんのセレ!さっさと湯浴みして肌も髪も徹底的に磨くわよ!あと髪型とか洋服も選んで、あの男骨抜きにしてやんなさい!!」
「ちょっ!?アイちゃんたら、まだガイアだって気持ちの整理ついてないだろうし、色々多忙で大変な今そんな事……」
「な~に悠長なこと言ってるの!あんたが寝コケてた一週間、あの男宛てに来た釣書で客間が二部屋埋まったのよ!?次期国王であるウィルの覚えもめでたくて能力も高い、しかも国の有力貴族ばかり集まってたあの会場で魔物から窮地を救った英雄!トドメにあの若さと美貌で復権したばかりの公爵様よ。周りがほっとくわけないでしょう!?」
「そっ、そんなに……!?」
いや、差別の件さえなければガイアがさぞモテるであろうことはわかっていた。わかっては居たけど……!
「えぇぇぇっ、どうしようアイちゃん!私、国内随一の娼館の女帝様達から色事に関して絶望的にセンス無いって言われちゃったのに!!!」
「そんなん今からでも頑張……、待って。あんたなんて場所行ってんの!?」
「いや、調査の過程でルドルフさんに連れられて……」
そう答えた瞬間廊下ですごい音がした気がしたけれど、それはすぐに私の髪を乾かすドライヤーの風音に掻き消されていた。
ウィリアムの私室は彼が捕らえられていた際に第2王子が荒らしに荒らしてしまった為、今彼は宮廷で一番質が良い客間を使用している。その広い室内の長机を埋め尽くす釣り書き書の山を見た瞬間、ガイアスはうんざりと頭を抱えた。
「ははは、黒髪や魔術への不快感が大分薄まったのは良かったが、少々目立ち過ぎてしまったようだね。あの日魔物を従え皆を守った君の姿に本気で恋情を抱いてしまったお嬢さん方も居るようだ。釣書だけで無く恋文も届いているよ」
「はっ、虫の良い話だな……反吐が出る」
「まぁそう荒ぶるな。セレスティア嬢のケアは今日はアイシラに任せるから明日まで私と君はあの部屋には行かない事として、この後は君と彼女の婚姻についての話を……ん?」
思わずそう悪態をついた時、廊下から声がして控えの従者が扉を開いた。顔の高さを超えるほどに両手いっぱい書状を抱えたルドルフが、危なっかしい足取りで中に入ってくる。
「失礼しまーす。ガイアス、これ追加の釣り書き書。もう一回断った家からも結構来てんぞー。会場での距離感見てお前とセレンちゃんの仲は察してんのか、『正妻には由緒ある家格である我が家の娘をおいて愛人として彼女を囲ってはどうか』なんてそれはまぁ見当違いな寛大なお言葉付き……熱っチィ!!!!!」
無言でガイアスが指を鳴らした瞬間、部屋中の釣り書き全てが燃え尽き灰へと化す。心底冷え切った眼差しで燃え尽きた灰の山を踏みつけた友に、ルドルフは小さく震えた。
「お前っ、怒りは最もだけどいきなり室内で炎使うなよな……!燃やされるかと思った…………」
「安心しろ、制御は完璧だ。あぁ、だが別にお前ごと燃やしてやっても良かったな。ルドルフ……お前セレンを娼館に連れ込んだそうじゃないか」
「ーっ!?いっ、いや、それはだな……」
「言い訳は結構」
『さぁ、詳しく話してもらおうか』。そう完全に据わった眼差しでガイアスに詰め寄られ逃げ惑うルドルフを見て、ウィリアムは心底愉快そうに笑った。
「いやぁ、友人づき合いと言うものがここまで愉快極まりないものだなんて知らなかったなぁ」
「俺は全く愉快じゃないんですけどね!!!」
「あっ、アイちゃん、大丈夫かな。このお洋服で……」
「うんうん、可愛いわよ!ああ言う朴念仁には案外お色気より清楚系よね!」
「朴念仁って…………」
アイちゃんの言葉に苦笑する私がまとっているのは、純白の柔らかいフリル付きブラウスと淡い水色のシフォンスカートだった。始まりの日に、ガイアと森で出逢った時によく似た服だ。アイちゃんに『好きなの選んで!』って出された中からついこれを選んじゃったけど、これって見方によってはかなり痛い女なのでは……!?
「大丈夫だってば!それならお忍びで出掛けても問題無さそうだしね。今はあんたも狙われてるし、ナンパだけ気をつけなさいよ」
「……へ?」
「あれ?聞いてない?あんたにも来てんのよ、結婚の申込み」
「聞いてないよ!?」
そう驚愕した私だけど、アイちゃんに『新しく格上げされた侯爵家の長女を抱き込めば自分達も上流階級に入れるって勘違いしてる馬鹿どもがそれなりに居るのよね』と言われて納得した。
ガイアにせよ、私にせよ、舐められてるんだわ。まだ力を得たばかりだから、傀儡にして自分達が代わりに権威を振るえると言う魂胆での求婚なんだろう。
(ガイアは純粋にモテてる面もあるだろうけど私は殿方に好かれるような華やかさは無いし、多分あの釣書全部打算的なものなんだろうなぁ)
ガイアに来た物の十分の一程度しかない平積みされたそれを見て苦笑すると、何故かアイちゃんがため息をついた。
「……あんたまた何か勘違いしてない?隙だらけでホントに心配だわ。まぁ、あれを見て力づくでどうこうしようとする奴は居ないとは思うけど」
「あれって?」
「ん?あぁ、あんたがあの処刑場でぶっ倒れた後、運ぼうとした兵士を拒否してまでガイアスがあんたを抱き上げて会場から運び出したの。他の男には指一本触れさせたくないって感じだったし、あの独占欲と強さを目の当たりにしてあんたに手を出そうなんて猛者は居ないでしょうね」
アイちゃんはさも何でもないように言って笑っているけど、私は初耳な出来事に驚き過ぎてソファに崩れ落ちた。クッションを抱きしめながら、恐る恐る確認のためもう一度アイちゃんに質問する。
「……待って。つまり、あの百何人、しかも有力貴族とか大手商会があつまってた中で、私はガイアにお姫様抱っこされてた、って、事……?」
「うん。馬車の中でも、この王宮の部屋に連れ込まれるまでずーーーーっと」
「~~~~っっっ!!!」
クッションに顔を埋め声にならない声を上げる私。はっ、恥ずかしくてもう外歩けない…………!!!
悶ている私を余所に、控えめなノックと共に年若い侍女がアイちゃんを呼びに来た。ウィリアム王子がお呼びらしい。
「あら、何かしら。ちょっと行ってくるから休んでて。戻ってきたらデートプラン練りましょ」
ヒロインらしく愛らしいウィンクをしてアイちゃんが出ていく。ソファにもたれたままぼんやりしていると、唐突に眠気に襲われた。
(何か甘い香りがする、アロマかな……。駄目だ、何かすごく、眠……い…………)
完全に意識が途絶える前、小さく部屋の扉が軋んだような気がした。
~Ep.100 一難去ってまた多難~
0
お気に入りに追加
2,285
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!
たぬきち25番
恋愛
気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡
※マルチエンディングです!!
コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m
2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。
楽しんで頂けると幸いです。
我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。
たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。
しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。
そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。
ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。
というか、甘やかされてません?
これって、どういうことでしょう?
※後日談は激甘です。
激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。
※小説家になろう様にも公開させて頂いております。
ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。
タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~
私はモブ嬢
愛莉
恋愛
レイン・ラグナードは思い出した。
この世界は前世で攻略したゲーム「煌めく世界であなたと」の世界だと!
私はなんと!モブだった!!
生徒Aという役もない存在。
可愛いヒロインでも麗しい悪役令嬢でもない。。
ヒロインと悪役令嬢は今日も元気に喧嘩をしておられます。
遠目でお二人を眺める私の隣には何故貴方がいらっしゃるの?第二王子。。
ちょ!私はモブなの!巻き込まないでぇ!!!!!
生前はライバル令嬢の中の人でしたが、乙女ゲームは詳しくない。
秋月乃衣
恋愛
公爵令嬢セレスティアは、高熱を出して数日寝込んだ後に目覚めると、この世界が乙女ゲームであるという事を思い出す。
セレスティアの声を担当していた、彼氏いない歴=年齢の売れない声優こそが前世の自分だった。
ゲームでは王太子の婚約者になる事が決まっているセレスティアだが、恋愛経験もなければ乙女ゲームの知識すらない自分がヒロインに勝てる訳がないと絶望する。
「王太子妃になれなくて良いから、とにかく平穏無事に生き延びたい……!」
転生したら乙ゲーのモブでした
おかる
恋愛
主人公の転生先は何の因果か前世で妹が嵌っていた乙女ゲームの世界のモブ。
登場人物たちと距離をとりつつ学園生活を送っていたけど気づけばヒロインの残念な場面を見てしまったりとなんだかんだと物語に巻き込まれてしまう。
主人公が普通の生活を取り戻すために奮闘する物語です
本作はなろう様でも公開しています
無事にバッドエンドは回避できたので、これからは自由に楽しく生きていきます。
木山楽斗
恋愛
悪役令嬢ラナトゥーリ・ウェルリグルに転生した私は、無事にゲームのエンディングである魔法学校の卒業式の日を迎えていた。
本来であれば、ラナトゥーリはこの時点で断罪されており、良くて国外追放になっているのだが、私は大人しく生活を送ったおかげでそれを回避することができていた。
しかしながら、思い返してみると私の今までの人生というものは、それ程面白いものではなかったように感じられる。
特に友達も作らず勉強ばかりしてきたこの人生は、悪いとは言えないが少々彩りに欠けているような気がしたのだ。
せっかく掴んだ二度目の人生を、このまま終わらせていいはずはない。
そう思った私は、これからの人生を楽しいものにすることを決意した。
幸いにも、私はそれ程貴族としてのしがらみに縛られている訳でもない。多少のわがままも許してもらえるはずだ。
こうして私は、改めてゲームの世界で新たな人生を送る決意をするのだった。
※一部キャラクターの名前を変更しました。(リウェルド→リベルト)
【二部開始】所詮脇役の悪役令嬢は華麗に舞台から去るとしましょう
蓮実 アラタ
恋愛
アルメニア国王子の婚約者だった私は学園の創立記念パーティで突然王子から婚約破棄を告げられる。
王子の隣には銀髪の綺麗な女の子、周りには取り巻き。かのイベント、断罪シーン。
味方はおらず圧倒的不利、絶体絶命。
しかしそんな場面でも私は余裕の笑みで返す。
「承知しました殿下。その話、謹んでお受け致しますわ!」
あくまで笑みを崩さずにそのまま華麗に断罪の舞台から去る私に、唖然とする王子たち。
ここは前世で私がハマっていた乙女ゲームの世界。その中で私は悪役令嬢。
だからなんだ!?婚約破棄?追放?喜んでお受け致しますとも!!
私は王妃なんていう狭苦しいだけの脇役、真っ平御免です!
さっさとこんなやられ役の舞台退場して自分だけの快適な生活を送るんだ!
って張り切って追放されたのに何故か前世の私の推しキャラがお供に着いてきて……!?
※本作は小説家になろうにも掲載しています
二部更新開始しました。不定期更新です
異世界細腕奮闘記〜貧乏伯爵家を立て直してみせます!〜
くろねこ
恋愛
気付いたら赤ん坊だった。
いや、ちょっと待て。ここはどこ?
私の顔をニコニコと覗き込んでいるのは、薄い翠の瞳に美しい金髪のご婦人。
マジか、、、てかついに異世界デビューきた!とワクワクしていたのもつかの間。
私の生まれた伯爵家は超貧乏とか、、、こうなったら前世の無駄知識をフル活用して、我が家を成り上げてみせますわ!
だって、このままじゃロクなところに嫁にいけないじゃないの!
前世で独身アラフォーだったミコトが、なんとか頑張って幸せを掴む、、、まで。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる