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第1章 初恋の彼は、私の運命の人じゃなかった

Ep.93 決戦を告げる鐘

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 王都の某所、某時間。金にものを言わせキャンベル公爵が買い漁った魔法防御の品に身を包んだ兵士達が、頂上の牢に佇むガイアスを取り囲んだ。

「ガイアス・エトワール!執行の時間だ、出ろ!」

「はぁ!?宣告されてた時間より2時間も早いじゃないの!」

 共犯者として同じく連行されるアイシラの主張も意に返さず兵士の一人が怒鳴り返す。

「これ以上罪人に情けをかけて民が怯える時間が長引くのは可哀想だと言うキャンベル公爵と第二王子殿下の決断だ!貴様らに文句を言う資格など無い!さぁ来い!」

「痛っ……!」

「……野蛮だな。我が国の兵のモラルがここまで下がっていたとは嘆かわしい」

「いっ、いだだだだだっ!」

「ウィル!」

「大丈夫かい?アイシラ」

 アイシラを腕尽くで連行しようとした兵士の足を思い切り踏みつけたウィリアムに、他の兵士達が一斉に刃を向けた。

「彼女も貴方も罪人です、ウィリアム殿下。立場を弁え、大人しくついてきていただきたい!」
 
「わかっているからソレを下ろせ。自分達の足で行ける。なぁ、ガイアス」

 急に水を向けられ、先に歩き出していたガイアスの口角がほんの僅かに上がる。
 不穏な空気に似つかわしくない晴れた空と煌めく海が見える小窓に視線を流し遠い海原に数多の船影を確かめた後、彼は何一つ抵抗しないまま再び足を踏み出すのだった。








 

 王都の南側には国の軍事的な行事を行う為の大きな闘技場がある。年に数回、騎士団対抗の剣術大会の際にしか使われない筈のその場所が、今朝からは喧騒と嫌な空気に包まれていた。
 足音が響くのも気にせず右往左往しているのは処刑執行までのこの場の管理を任された騎士達だ。突然の執行時間変更に、彼等も迅速な対応を余儀なくされている。

「おい、執行人への連絡はついたか!!?」

「警備担当の見直し、並びに罪人の連行ルートの確認は済みました!」

「黒の騎士は魔持ちだ、第2王子殿下から賜った魔力封じの装置の確認急げ!」

 そんな男達の罵声が響く中、にゃあと似つかわしくない声がした。耳ざとく聞き止めた一人が足を止め、闘技場の砂地に目を向ける。
 丸まっていた黒い毛玉がもぞりと動き、伸びをした。

「なんだ、黒猫か。お前は呑気でいいよなぁ、毛づくろいなんかしちゃって」

「おい若造!何油売ってんだ!」

「やべっ、申し訳ありません!」

 話しかけられたのが気に障ったのか、黒猫は伸びをしてから優雅にその場を去っていく。上官に叱られる自分の足元をすり抜けて行った黒猫が煙を撒くように姿を消したことには、気づかなかった。












 時計を持たない市民の為にと朝九時から夜九時まで一時間置きに鳴らされる、時計塔の鐘。
 学生として王都の寮に居た頃は優しい音だと感じていたそれが、今は耳に突き刺さるように痛かった。

 早く、早く、一刻も早く闘技場へ。だが馬車出は悪目立ちするし、そもそも処刑場となるそこにむざむざ姿を現したら今までの準備が全て水の泡だ。だから、脇腹の痛みももつれそうな足も無視してがむしゃらに走る。その甲斐あって、闘技場の裏手にたどり着いたのは10時を知らせる鐘の音が響き割っている時だった。

「もう10時……っ!処刑執行を当日に早めさせるなんて、本当になりふり構わなくなって来たわねナターリエ様!一体どうやって……!」

 気配遮断のマントを羽織中へと足を勧めながら呟くと、るー君が突然おかしなことを言い出した。

「……ねぇセレンちゃん、ガイアスが切ったあとのあいつの髪、どうした?」

「えっ!?普通にほうきで集めて処分した筈だけど何で今その話?」

「…………強い魔力を持つ者の血液や髪、爪は魔術の媒介に出来るんだ。術者の魔力で満ちているからね」

 お互い姿を消しているので、るー君の表情は見えない。でもその重たい声音に、嫌な予感が増した。と、そこで処刑執行に使われるギロチンの置かれた高台に繋がる階段の扉に差し掛かる。
 重厚な南京錠のかかったそこの前で、足を止めた。

 手筈通りなら、処刑執行前に私がこのマントで姿を隠したまま処刑台にて待機。ガイア達がこの場に連れて来られ罪状を読み上げられている間にるー君とレオ、サフィールさんで意識が戻った陛下をお連れして、国内の重役から国民まで集まった面前で彼等の無罪とナターリエ様達の罪の証拠を発表して貰う手筈だったのだ。けれど処刑時間は早まった。薬が効くまではあと2時間。陛下はもう、間に合わない。

 更に嫌な予感は的中した。レオに貰った鍵は、処刑台への扉にかかった南京錠に合わなかったのだ。

「……昨夜別れたあとから連絡がつかないのが気になってたんだ」

 『してやられた』と言うその呟きの意味を察せないほど馬鹿ではない。レオは捕まった。そう考えるのが妥当だろう。

「……るー君、この南京錠壊せる?」

「……出来るけどやらないよ?君の考えなんてわかりきって「では、他に何か手はあるのかしら?」ーっ!」

 嫌な予感に誘発されて思い出したことがある。逆ハーレムルートで失敗した場合、悪役令嬢の手引でやってきた異国ヴァルハラの軍艦が我が国の港を襲うのだ。それは、確かヒロインと攻略対象達が濡れ衣により処刑されたまさにその日のことだった。

「相手は大物。とどめを刺すには陛下が必須だわ。時間を稼ぐしかないけれど、処刑を邪魔するにはサフィールさんの記憶操作の魔法が要る。だから、るー君は急いで合流してサフィールさんを連れてきて」

「……君はどうする気?」

 らしくない弱い声音に、逆に笑ってしまった。

「決まってるじゃない、時間を稼ぐわ。先にガイア達が殺されてしまったら意味無いもの」

 任せたよと微笑むと、るー君は無言で南京錠を壊し窓から飛び出していった。私も、静かに処刑台に登る。

 数多のギャラリーには一切、気づかれずに。

 その直後、執行時間を報せる一際大きな鐘が響いた。


    ~Ep.93 決戦を告げる鐘~

  『モブの底力、見せてやろうじゃないの』
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