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第1章 初恋の彼は、私の運命の人じゃなかった

Ep.75 モブ万歳!(泣)

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(わー……、この敷地にうちの実家が何軒入るかしら……)

 はい、無事にたどり着きましたキャンベル公爵家。王都の中でも最大のお屋敷だし、ゲームでもルートによってはヒロインがここに忍び込むエピソードがあったから外観は知っていたのでここまでは楽勝でした。普通に辻馬車拾って来たけど、俯いて顔を隠してたのとモブ特有の地味な容姿だったお陰で特に誰からも気にされることなくトントン拍子に進めましたね。モブ万歳!!

 ……はい、自分で言っておいて悲しくなってきましたので止めましょう。え、何だか今回は人が変わってないかって?仕方がないじゃないですか、人を人とも思わない極悪令嬢と、(ゲームでしか知らないけど)己の権威を守る為ならば実の娘ナターリエを平気で処刑台に送る冷酷公爵の暮らす敵の本拠地に入るんですよ!無理矢理でもテンション上げてかないと足が震えて動けないんです!! 

(まぁ、その前に警備が厳重過ぎて入れそうに無いけど……なんてね)

 いかにも『蟻の一匹も通さん!』て感じのいかつい兵士さんが守る正門をスルーして向かうは、館の東側の高い高い塀。見分けのつかない白の煉瓦がひたすら並ぶそこの一ヶ所、右からも下からも13個目のひとつを力一杯押し込んだ。

 ガコッと音がして押した煉瓦が屋敷側に凹むと、音も無く壁の一部が消えて屋敷の中が露になる。魔石を使った隠し扉の一種だ。
 辺りに誰も居ないことを確かめ、忍び足で薔薇の咲き誇る庭に足を踏み入れる。くぐった直後、隠し扉は音も無く元の外壁に戻った。

(作戦前に念のためアイちゃんに公爵家の情報教わっといてよかったーっ!)

 お陰で中まですんなり入り込むことが出来た。後は、どうやって怪しまれずに情報収集するかだ。

(いくら地味だって言ってもこんな立派なお屋敷の中を平民服でうろついていたら目立つでしょうし……、ーっ!)

「あーぁ!やってらんないわよ、どうして毎日こんなにたくさんの御仕着せの処分が出るのかしら!」

「しかたがないわ。お嬢様の我儘と気まぐれに泣かされて、大半の行儀見習いが数日と持たず辞めていくんですもの」

 急に耳を掠めた会話に慌てて身を隠した。現れたのは、大きな洗濯かごを押した年若い侍女の2人組だ。

(若い従者は忠義が薄いから口が軽い者も多い……、何か口を滑らすかも知れない)

 棚ぼたを期待して、息を殺して耳を澄ます。幸い、彼女達はおしゃべりに夢中で私には気づいてないようだった。

「新品同然なのに、これ全部焼却処分だなんて崇高な公爵家様の価値観はわからないわ」

「しっ!聞かれたらただじゃ済まないわよ」

「大丈夫よ、どうせ今日は旦那様もお嬢様も留守なんだから!」

 “ナターリエ様も公爵も留守”。その情報に小さくガッツポーズをする私に気づかないまま侍女達は持ち場に帰っていった。残された洗濯かごには、綺麗に畳まれた公爵家のお仕着せがたくさん。

(この格好なら、中をうろついていても不都合は無い……ついてるわ)

 脱いだ方の服と使わないものはアイちゃんのマジックポーチにしまい、帽子から靴まで侍女の装いに着替える。これで私は公爵家の使用人モブだ。

 この国で反逆者に処刑が下された例の最短は1ヶ月半……、通常これより早まることはない。残されたタイムリミットは、約1ヶ月だ。

(ガイア、アイちゃん、殿下……、絶対助けるからね)

 誕生日にガイアから貰ったリボンを御守りに持って、いざ公爵家敵地へ!








(とりあえず、書斎があればそこから見たいな……)

 今、ガイアとアイちゃん、そしてウィリアム第一王子殿下は、“国家反逆罪”の容疑で王都の南端にある貴族専用の収容塔に捕らえられている。実は、この塔はゲームで失脚した悪役令嬢《ナターリエ》が国外追放に処される前の一ヶ月間捕らえられて居たのと同じ場所。基本、ここに収容されてしまった時点で有罪はほぼ確定。ひっくり返すことは不可能とされている。何故なら、もう結論が出てしまっている為に事件の再調査をして貰えないから。
 なら、再調査せざるを得ない大事件の情報を掴んで持っていくしかない。それこそ、#国の根幹を揺るがす__・#くらいの。だから私はここに来た。だって、おかしいじゃない?

(実の娘が仮にもに冤罪吹っ掛ける為に国王を暗殺しようとしたのよ?そんな大それた事に、国の重鎮たる公爵が全く気づかないなんて事ある?)

 いいや、答えは否だ。今回ナターリエ様は私達を痛め付ける為に公爵家の暗部を連れ出していた。彼等の雇い主は令嬢ナターリエさまじゃなく公爵だ。主が彼等の動きを知らない筈はない。となると、つまり。

(公爵も知っていて、敢えて止めなかった事になる)

 そしてその仮説が正しければ、キャンベル公爵には陛下が死んで都合の良いがあると言うことだろう。

(それこそ、この家が陛下にバレたら即効で今までの権威を全て失うような、大罪を犯しているとしたら……)

 そう考えてみると、色々不可解だった点がストンとふに落ちるのだ。

「ねえねえ、第一王子殿下捕まったんでしょう?未だに婚約は保留のままだったなら、普通お嬢様にも何かしら調べが入るものなんじゃないの?」

「ーっ!」

 不意に聞こえた女性の声に、お掃除係りのフリをしながら廊下を調べていた足を止めた。たどり着いたのは厨房だ。大人数で野菜の下準備をしながらの雑談タイムと言った雰囲気に、これ幸いと紛れ込む。

「でも、昨年の時点でお二人の関係は破綻してたって言うじゃない?ならお嬢様は関係無いのではないかしら」

「えーっ、でもお嬢様よ?寧ろ王子より、お嬢様が悪巧みをしてまたいつもみたく第三者に濡れ衣を……」

「こらっ、口を慎みなさい!」

「だってぇ、あの3歳から神童と呼ばれて切れ者だって評判だったウィリアム第一王子殿下が、1日でバレるような杜撰な犯罪を犯すと思うの?」

 そう。ウィリアム第一王子は、実は幼い頃は聡明で将来有望だと評判の理想の王子様だった。卒業パーティーでの醜態を見た私や他の生徒達はその噂の方が間違いだったんだろうと思ってたけど、昨夜ナターリエ様を追い詰めた見事な手腕から、彼が実は今でも切れ者だったことは証明されたわけで。なら、何でわざわざ無鉄砲で馬鹿な愚か者のフリをしてまでナターリエ様との婚約破棄騒ぎに踏み切ったのか、って疑問が湧くじゃないですか。

(きっと殿下は気づいていたんだわ。この家の裏の顔に。だから、わざわざ傀儡を演じてまで公爵家の人間であるナターリエ様が王家に嫁ぐのを阻止した。罪を暴いたその時に、万が一にも彼等が王家の力を隠れ蓑にしないように)

 そして、この大罪をもし暴けたならば、今の窮地は完全にひっくり返る……!

「ねぇ、確かに昔はご聡明だったと聞くけれど、最近ではずいぶん悪評が多かったじゃない?いつ頃からそうなってしまわれたのかしら」

 うつむいてお芋の皮を剥きながら、さも何でも無いかを装って呟く。欲しかった情報は、拍子抜けするほどあっさり返ってきた。

「あぁ……確か四年前位からでは無かったかしら。あの頃からよね?ウィリアム様がナターリエお嬢様に冷たくなられたのは」

 四年前。丁度、学園に、アイシラちゃんが入学した頃。そこが多分、殿下が公爵家の悪事に勘づいた時だ。

(情報ありがとう侍女さん達。お料理頑張ってください)

 ごみ捨てに行くフリをしてこっそり厨房を抜け出し、今度こそ書斎へと飛び込んだ。魔石製の鍵が付いた棚に並ぶのは、歴代の公爵家の帳簿や歴史だ。

(侍女さん達のお陰でどの年の資料を見れば良いかはわかった。あとは時間の許す限り全力で探すんだ、巧妙にかくされた“綻び”を……!)

 四年前に関わる資料を一冊ずつ片っ端から読んでいく。領地や国税の帳簿に違和感はない。金銭面の不正はなさそうだ。
 読みきってはがっかりし、それを戻してまた次を。そんなことを繰り返し続けてたら、残る四年前に関わる書物は魔術の歴史書のみになってしまった。

(これは普通に魔術研究所にもあったしなぁ、今さら読んでも……あれ?)

 サフィールさんの部屋で散々見慣れた表紙を捲り、端と気づいた。これ、カバーは偽装してあるけど中身が違う……!

(サフィールさんの遺したあの資料は、この国の歴史に関わる魔術のあり方についてだった。でも、これは……)

 うちの国の歴史じゃない。我が国以外の……、つまり、他国での魔法のあり方と、彼等から見た我が国の立ち位置をまとめた資料のようだった。

 一枚ずつ捲っていって、ある気になる一文に手が止まる。

『我が国では悪の能力として秘匿され蔑まれている“魔法”であるが、海を渡った他国では馴染み深い、日常に不可欠な能力のひとつである』

(えっ、そうなの!?)

 なら、なぜガイアは、あんなにも虐げられなければならなかったのか。モヤモヤしながら次を捲って、更に気になる描写を見つけた。

『そして、魔法が一般で無いにもかかわらず“ナノ”が潤沢な我が国の土地は、“魔”に長けた他国より侵略を受けることが常であった。しかし、それを……ぐ……つの、…玉……』

(……駄目だわ、後半が劣化しすぎていて読めない)

 紙の質が良くなかったんだろう。破けてるわけじゃないけど、紙が変色し過ぎて文字が飛び飛びでしか読めなくなってしまっていた。

(せっかく気になるものを見つけられたのに。他の本にもっと情報無いかな……)

「恋華祭りの夜勤がやっと終わったと思ったら今度は公爵家から緊急呼び出しかよ、勘弁して欲しいぜ!」

「文句を言うな、今は近衛騎士団が陛下の件で忙しいからな。我々が回されたのも仕方のないことだ」

「だって天下のキャンベル公爵家だぞ!?たった一人で誰の手引きもなく入れるわけないだろ、よっぽど神がかった強運でもなきゃな!」

 ガヤガヤと廊下から聞こえたのは、年若そうな男性の声。しまった、どこからかわからないけどバレた……!
 しかも声の主はかなり近い。部屋から逃げるのは不可能だ。

(うぅ、かなり狭そうだけど仕方ない……!見つかりませんように!)

 壁に併設された、一人入るのがやっと位のコートラックに飛び込む。私がその扉を閉めるのと、書斎の扉を開いた誰かが中に入ってきたのはほとんど同時だった。

(おかしい、何も聞こえない……)

 侵入者探しなら、普通隠れられそうな場所や怪しい痕跡を探すのに多少なりとも物を動かす筈なのに、椅子や棚を動かす気配すらない。ただ、静かな威圧感があるのを扉越しに感じるだけだ。

「はぁぁ……、それで隠れているつもり?気配の消し方がなってない、とんだ間抜けが来たもんだね」

(……っ!?こ、こっちに来る!?不味いまずいマズイ!!)

 強烈な威圧感が、躊躇いなく真っ直ぐ近づいてるのを感じる。反射的に呼吸を止めたけど、変わりに自分のうるさい鼓動が鮮明に聞こえるだけだった。

「色々やることが目白押しで、馬鹿な間者に構っている時間は無いんだ。今回はどの家からの回し者だい?毎度始末するのも楽じゃないんだよ」

『だから、さぁ。さっさと出てこい』

 ドスが効いた声と一緒に、無情にも軋む音すらせず収納の扉は開いた。
 夕日にまぶしい赤褐色の髪を揺らして、威圧感の主が動画の一時停止のようにビシッと固まる。

「な…………、なんで君がここに居るんだぁぁぁぁっ!!!」

 物静かな夕暮れの書斎に、ルドルフさんの心の叫びが力一杯響いて消えた。



      ~Ep.75 モブ万歳!(泣)~

『地味でいいもん、潜入捜査には向いてるもん……!』




 
 

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