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第1章 初恋の彼は、私の運命の人じゃなかった
Ep.70 決別
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夜会と言うのはこんなにも精神を削られる物であったのか。色めきだって自分を取り囲む華美な装いの令嬢達にうんざりとしながら何度目かわからないため息を溢したその時、零時を告げる鐘が鳴り響いた。
(もう零時か……。必要な情報は得ることが出来たし、いい加減撤退しないと不味いな)
セレンとの大切な時間を削ってまで彼女達に大人しく囲まれていたのは、留守にしていたこの一年間のナターリエ嬢と親衛隊の男性陣についての情報を得る為だった。
気位の高い令嬢と言うのは、隙あらば相手を蹴落とす為に自分より優位な者の粗に詳しくなるものだ。案の定、ナターリエ嬢の名を出し少し矜持を刺激するような態度を取ってやれば、欲しかった情報はほとんど手に入れる事が出来た。
だから後は、この辟易とする茶番から撤退するだけなのだが。
「そんなつれない事を仰らず、もう少しご一緒いたしましょう?副団長閣下の数々の功績について是非詳しくお伺いしたいわ」
如何せん、いくら離れたいと態度で示しても周りがこの様子である。
(参ったな。後数ヶ月で爵位を取り返したい事を考えると、貴族令嬢である彼女達を無下に扱う訳にもいかないし……)
とは言え、仕入れていた情報が確かならそろそろ動きがあってもおかしくない時間だ。呑気にはしていられない。令嬢達の人を悪し様に罵る汚ならしい会話を清らかな彼女に聞かせたくないからと別行動にしたが、いつの間にか会場から姿を消したセレンの身も心配だ。
「申し訳ないが、連れが待っているので失礼させて貰う。離してくれ」
「あらあら、つれない方。そんな恐いお顔をしては折角の美貌が台無しでしてよ」
「……っ、いい加減に「ガイアス副騎士団長、非番の所申し訳ありませんが、緊急事態です。至急団長の元へお越し下さい!」ーっ!」
つい荒げそうになった声を上手く遮られ、驚いてそちらを振り返る。視線が重なった瞬間、わざとらしく敬礼をしたルドルフがほんの少し口角を上げた。
なるほど、どうやら助け船を出しに来てくれたらしい。白竜騎士団は近衛騎士団に次ぐ王家直属部隊だ、その任務とあらば、令嬢達とて引き留める資格はない。
「……っ、お待ちなさい!私達を差し置いて仕事だなんて無礼なのではなくて!?」
豪奢な巻き毛の令嬢の言葉に他からも同意の声が上がる。はぁ、本当に、どこまで頭が空っぽなのか。
「無礼なのはどちらだ。非番の騎士をわざわざ呼び出すと言うことはかなりの火急の用件だと貴女方とてわかるだろう。これ以上邪魔立てされるのであれば、騎士団への任務執行妨害行為として罰せられる事となるがよろしいか」
いい加減うんざりとして、かなり冷めた声音になってしまった。ビクッと手を引っ込めた令嬢達を一瞥して歩き出す。もう、しつこくついてこようとする者は居なかった。
会場を抜けて連絡先通路を使い、騎士達が仮眠等に使う小部屋まで駆け込む。かと思うと、鍵をかけた友が突然隊服の上を乱雑に脱ぎ捨てた。
「おいルドルフ、急に何を……」
「脱げ」
「………………は?」
たっぷりと間を開けてから出たのは、間の抜けた一文字だけだった。数秒してから言われた内容を理解し、一気に友と距離を取る。
「突然何の真似だ、ついに遊び過ぎて女性に飽きたか!?悪いが俺にそちらの趣味は……」
「ちげーよ馬鹿!いいからそれ脱いでこっちに着替えろっつってんだよ、礼服のまま追ったら目立つだろうが!!!」
「ーっ!?」
「……つい数刻前、第一王子が拐われた。それにともない、彼と恋仲であったアイシラ嬢及び、偶然現場に居合わせたとある令嬢も姿を消している」
『ここまで言えば、わかるな』。静かにそう告げる友に頷き、受け取った隊服に袖を通す。
そして、感謝すると同時に思った。この謎多き友人は一体、誰の味方であるのかと。
「……おいルドルフ、お前は……ーっ!」
意を決して振り返ったそこはもうもぬけの殻で、代わりに少し開いた窓から入り込む夜風で揺れるカーテンと、何故だか床に散らばった黒い鳥の羽根らしきものがあるだけだった。
(妙だな、この国に黒い鳥なんて存在しなかった筈だが……)
そして、俺の脱いだ方の礼服は現状ここにあるのだが、まさかあいつは裸体で外に出た訳ではあるまいかと、心配になるガイアスだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
(よりによってワルプルギスの森とは、厄介な場所に隠れたものだ)
闇夜に紛れやすい暗色の隊服で黒馬を走らせながら、小さく舌を鳴らした。
地中のわずかな魔力を吸い上げ育つ黒い木々に覆われたこの森は、迷いこんだ者が簡単には目的地にたどり着けぬ呪いに近い力で満ちている。行方知れずとなっている恩師が遺してくれた追跡魔法を会得していなければ、きっと今のように迷わず彼女の居場所を突き止める事は出来なかっただろう。
(“迷う”……か)
少しでも油断すれば一瞬で道を見失いそうな森を走り抜けながら、ふと思った。考えてみれば、生まれてからずっと自分は、迷ってばかりだったような気がする。
生まれたその時から、他人と違う自分は何者なのか迷い、祖父を失ってからは己の居場所に迷い、一筋の光も見えないまま、偽りの愛にすがり付いて。我ながら本当に、愚かだった。
(だからこそ、決着をつけるべき時が来たのかも知れないな)
パキン、と、耳飾りにしていた魔石が砕けて身体が魔力に包まれた。
長い迷宮の果てにようやく見つけた本物の光。砕けた耳飾りは、彼女に持たせたブローチの石が“彼女に敵意を持つ者”に砕かれた時に連動して砕け、どんなに離れていようと彼女の元に転移する魔術が発動するよう術式を込めた物だ。正確に作動したそれに導かれ、一瞬の浮遊感の後景色が変わる。
(魔石爆弾でも使ったか?障害物こそ無いが圧し殺された殺気が6箇所……認識阻害の衣服でも着ているのか)
状況把握には、10秒もかからなかった。既にのされて意識のないごろつきも、子供騙しに気配を隠した公爵家の刺客も、何より、セレンを足蹴にしているナターリエも全て容赦なく吹き飛ばし、傷だらけの彼女を抱き締める。
しがみついてくるその身体が温かいことに、心底安堵した。
「痛……っ!まさか貴方が私に歯向かう日が来るだなんて、思いませんでしたわ」
よろり、と、近場の木に寄りかかりながらナターリエが立ち上がる。痛みに顔を歪めたその表情を見ても、ひと欠片の同情すら沸かなかった。感じるのはただひたすら、この女に長年騙され全てを奪われてきた己への呆れと、己の命より大切な人を痛め付けた相手への、到底収まらない怒りだけ。
「反抗的な目ね。その様子を見ると、私を裏切った事を謝罪しにきた訳ではなさそうね?今謝れば許して差し上げますのに、愚かなこと。今更一体何をしに来たのかしら?」
どこまでもふざけた悪女の台詞を拐うように、怪しい風が木々を揺らす。
「けじめをつけに来た。貴女との決着を着けなければ、俺は本当の意味で前には進めないんでな」
~Ep.70 決別~
『見つけた光はここにある。だから、もう迷わない』
(もう零時か……。必要な情報は得ることが出来たし、いい加減撤退しないと不味いな)
セレンとの大切な時間を削ってまで彼女達に大人しく囲まれていたのは、留守にしていたこの一年間のナターリエ嬢と親衛隊の男性陣についての情報を得る為だった。
気位の高い令嬢と言うのは、隙あらば相手を蹴落とす為に自分より優位な者の粗に詳しくなるものだ。案の定、ナターリエ嬢の名を出し少し矜持を刺激するような態度を取ってやれば、欲しかった情報はほとんど手に入れる事が出来た。
だから後は、この辟易とする茶番から撤退するだけなのだが。
「そんなつれない事を仰らず、もう少しご一緒いたしましょう?副団長閣下の数々の功績について是非詳しくお伺いしたいわ」
如何せん、いくら離れたいと態度で示しても周りがこの様子である。
(参ったな。後数ヶ月で爵位を取り返したい事を考えると、貴族令嬢である彼女達を無下に扱う訳にもいかないし……)
とは言え、仕入れていた情報が確かならそろそろ動きがあってもおかしくない時間だ。呑気にはしていられない。令嬢達の人を悪し様に罵る汚ならしい会話を清らかな彼女に聞かせたくないからと別行動にしたが、いつの間にか会場から姿を消したセレンの身も心配だ。
「申し訳ないが、連れが待っているので失礼させて貰う。離してくれ」
「あらあら、つれない方。そんな恐いお顔をしては折角の美貌が台無しでしてよ」
「……っ、いい加減に「ガイアス副騎士団長、非番の所申し訳ありませんが、緊急事態です。至急団長の元へお越し下さい!」ーっ!」
つい荒げそうになった声を上手く遮られ、驚いてそちらを振り返る。視線が重なった瞬間、わざとらしく敬礼をしたルドルフがほんの少し口角を上げた。
なるほど、どうやら助け船を出しに来てくれたらしい。白竜騎士団は近衛騎士団に次ぐ王家直属部隊だ、その任務とあらば、令嬢達とて引き留める資格はない。
「……っ、お待ちなさい!私達を差し置いて仕事だなんて無礼なのではなくて!?」
豪奢な巻き毛の令嬢の言葉に他からも同意の声が上がる。はぁ、本当に、どこまで頭が空っぽなのか。
「無礼なのはどちらだ。非番の騎士をわざわざ呼び出すと言うことはかなりの火急の用件だと貴女方とてわかるだろう。これ以上邪魔立てされるのであれば、騎士団への任務執行妨害行為として罰せられる事となるがよろしいか」
いい加減うんざりとして、かなり冷めた声音になってしまった。ビクッと手を引っ込めた令嬢達を一瞥して歩き出す。もう、しつこくついてこようとする者は居なかった。
会場を抜けて連絡先通路を使い、騎士達が仮眠等に使う小部屋まで駆け込む。かと思うと、鍵をかけた友が突然隊服の上を乱雑に脱ぎ捨てた。
「おいルドルフ、急に何を……」
「脱げ」
「………………は?」
たっぷりと間を開けてから出たのは、間の抜けた一文字だけだった。数秒してから言われた内容を理解し、一気に友と距離を取る。
「突然何の真似だ、ついに遊び過ぎて女性に飽きたか!?悪いが俺にそちらの趣味は……」
「ちげーよ馬鹿!いいからそれ脱いでこっちに着替えろっつってんだよ、礼服のまま追ったら目立つだろうが!!!」
「ーっ!?」
「……つい数刻前、第一王子が拐われた。それにともない、彼と恋仲であったアイシラ嬢及び、偶然現場に居合わせたとある令嬢も姿を消している」
『ここまで言えば、わかるな』。静かにそう告げる友に頷き、受け取った隊服に袖を通す。
そして、感謝すると同時に思った。この謎多き友人は一体、誰の味方であるのかと。
「……おいルドルフ、お前は……ーっ!」
意を決して振り返ったそこはもうもぬけの殻で、代わりに少し開いた窓から入り込む夜風で揺れるカーテンと、何故だか床に散らばった黒い鳥の羽根らしきものがあるだけだった。
(妙だな、この国に黒い鳥なんて存在しなかった筈だが……)
そして、俺の脱いだ方の礼服は現状ここにあるのだが、まさかあいつは裸体で外に出た訳ではあるまいかと、心配になるガイアスだった。
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(よりによってワルプルギスの森とは、厄介な場所に隠れたものだ)
闇夜に紛れやすい暗色の隊服で黒馬を走らせながら、小さく舌を鳴らした。
地中のわずかな魔力を吸い上げ育つ黒い木々に覆われたこの森は、迷いこんだ者が簡単には目的地にたどり着けぬ呪いに近い力で満ちている。行方知れずとなっている恩師が遺してくれた追跡魔法を会得していなければ、きっと今のように迷わず彼女の居場所を突き止める事は出来なかっただろう。
(“迷う”……か)
少しでも油断すれば一瞬で道を見失いそうな森を走り抜けながら、ふと思った。考えてみれば、生まれてからずっと自分は、迷ってばかりだったような気がする。
生まれたその時から、他人と違う自分は何者なのか迷い、祖父を失ってからは己の居場所に迷い、一筋の光も見えないまま、偽りの愛にすがり付いて。我ながら本当に、愚かだった。
(だからこそ、決着をつけるべき時が来たのかも知れないな)
パキン、と、耳飾りにしていた魔石が砕けて身体が魔力に包まれた。
長い迷宮の果てにようやく見つけた本物の光。砕けた耳飾りは、彼女に持たせたブローチの石が“彼女に敵意を持つ者”に砕かれた時に連動して砕け、どんなに離れていようと彼女の元に転移する魔術が発動するよう術式を込めた物だ。正確に作動したそれに導かれ、一瞬の浮遊感の後景色が変わる。
(魔石爆弾でも使ったか?障害物こそ無いが圧し殺された殺気が6箇所……認識阻害の衣服でも着ているのか)
状況把握には、10秒もかからなかった。既にのされて意識のないごろつきも、子供騙しに気配を隠した公爵家の刺客も、何より、セレンを足蹴にしているナターリエも全て容赦なく吹き飛ばし、傷だらけの彼女を抱き締める。
しがみついてくるその身体が温かいことに、心底安堵した。
「痛……っ!まさか貴方が私に歯向かう日が来るだなんて、思いませんでしたわ」
よろり、と、近場の木に寄りかかりながらナターリエが立ち上がる。痛みに顔を歪めたその表情を見ても、ひと欠片の同情すら沸かなかった。感じるのはただひたすら、この女に長年騙され全てを奪われてきた己への呆れと、己の命より大切な人を痛め付けた相手への、到底収まらない怒りだけ。
「反抗的な目ね。その様子を見ると、私を裏切った事を謝罪しにきた訳ではなさそうね?今謝れば許して差し上げますのに、愚かなこと。今更一体何をしに来たのかしら?」
どこまでもふざけた悪女の台詞を拐うように、怪しい風が木々を揺らす。
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