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第1章 初恋の彼は、私の運命の人じゃなかった
Ep.65 廊下の造りが精巧な施設は迷子になりがち
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「いくらゲームとは時期もシナリオも大幅にずれてるって言っても、本来ならこの夜会で狙われるのはアイシラちゃんなんだからね!本当に本当ーっに気をつけてね!」
そんなアイシラちゃんの恋人である殿下の身柄は、本人の身の安全の為と、ナターリエ様から濡れ衣を着せられない為、今は陛下直属の近衛騎士団が護っているそうだ。そんな殿下の元に戻るアイシラちゃんの手をぎゅーっと握って何度も何度も念を押す。
「はいはいわかってるわよ。私なんかより今やあんたの方がよっぽどあの女からヘイト買ってんだから、あんま一人で居ないでさっさとあの男取り返しなさいよ。じゃーね」
お姉さんぶった態度でヒラヒラ手を振るアイシラちゃんを見送って、改めて遠巻きに見えるガイアに視線を戻す。
(わー……最早ガイアの頭しか見えないやー……)
ほんの十数分の間にもガイア狙いのお嬢様は増え続け、漆黒の彼を囲う周りの壁は厚くなるばかりだ。一回だけ近づいて呼べば気づいてくれるんじゃないかなと試みたものの、気の強そうな三人組に弾かれてしまい敢えなく失敗。無念です。
「カクテルのサービスです、おひとついかがでしょうか?」
「あら、ありがとうございます。では一番アルコールの弱いものを頂けますか?」
丁度通りがかったボーイさんから桜色のカクテルを受け取って、ガイア達の様子が見える目立たなそうな壁際に移動。
(仕方ない。下手に割り込んで騒ぎになっちゃったらせっかく練った作戦が台無しだし、あの人だかりが落ち着くまで飲み物でも頂きながら待とうかな)
……なーんて考えが甘かったとよくわかりました。あれからかれこれ一時間、ガイアの周りのご令嬢は減らない!!!
(相手が皆自分より上の身分だから、ガイアもあんま強く断れないんだろうなぁ……)
何度か脱出を試みてる様子はあったのだけど、その度特に高位なご令嬢に無理矢理引き留められている。あれは駄目だわ、よっぽどの理由がないととてもじゃないけど解放して貰えなさそう。
「困ったなぁ、追跡魔術の位置がわかる地図はガイアが持ってるのに……」
恋華祭りの夜会は長い。夜8時から始まって、終わるのはなんと翌日の朝だ。会場の側の高台のベルの元で朝焼けを共に見るとその男女は幸せになると言うジンクスの為だそうだけど、ちょっと長過ぎじゃないかと思う。
そして、調べた通りならナターリエ様が誘拐騒ぎを起こすのは、丁度日付が変わる頃。
(今は11時半か……、一応まだナターリエ様は会場に居るようだけど油断出来ないな)
二階の壁際から下のダンスホールを見れば、鋭利な美貌が特徴の第二王子殿下と踊っているナターリエ様が確認出来る。だけど。
(他の男性陣が居ない……。ガイア曰く今日は会場の護衛任務だと聞いていたルドルフさんも結局一度も見かけて居ないのも気になるな)
そこまで考えた辺りでブルッと一瞬震える。しまった、待ちぼうけの間に冷たい飲み物を飲みすぎた……!
(皆には一人であまり動かないように念を押されたけど、ガイアはまだ戻って来れそうに無いしアイシラちゃんと第一王子殿下は王族用の別室だから論外だし。何より……)
チラッとケープの留め具代わりに付けた桜のブローチを見る。先日ガイアに貰った物だ。実はサフィールさんが遺してくれた魔法の指南書に書かれた追跡魔術を使うにあたり、ガイアが練習をしたいと言ったのでこれにも同じ魔法がかかっている。つまり、これを付けてればガイアには私の居場所がわかるわけで。
(だから、ちょっとお手洗い行く位いいよね?)
誰にでもなくそう言い訳して、こっそり会場から抜け出した。
「………………あら?」
さて、無事用は済んだ帰り道。事件です、道がわからなくなりました!
「えー、案内のひとつもないし壁や扉は皆同じだし、どっちから来たっけ……!」
無駄に精巧な大理石の廊下をあっちにうろうろ、こっちにうろうろ。駄目だわ、完全に迷子だ……!
「ど、どうしよう。歩いていったら警備の騎士さんくらいは居るかしら……っ!」
ボーン……と、少し鈍く響きだした鐘の音に足が止まる。12時を知らせる王宮の鐘だ、何て事……!
「も、もう時間だ。早く会場に戻らなきゃ……!大体会場が無駄に広いのがいけないのよ。あぁ、誰でも良いから誰か通りかからないかな……!」
「……ったく、……の奴…………じゃないのか」
はしたなくならないよう早足で廊下をさ迷っていたら、ほんの少しだけど人の声がした。男性の声だ。
(良かった、これで道が聞ける!)
声の主は会話をしながらこちらに近づいて来てるようで、段々と内容が聞き取れるようになってくる。ほっとしながら、彼等が歩いているであろう通路の方へ私も足を進めていたのだけれど。
「全くガイアス先輩の奴、お嬢様に対してとんっっだ裏切りだよね。不貞だよ不貞!!!」
「……っ!!!」
まさかの言葉に、ピタリと足が止まる。今、“ガイアス”って言ったよね……!?ってことは、まさか……!
「全くだ。エトワール副騎士団長……。忠義深く聡明な男だと思って居たが、この一年でとんだ腑抜けになったものだな。失望した」
「同感ーっ!ルド先輩は『あいつは生真面目過ぎるからたまには羽休めさせないと』なんて言ってお嬢様と公爵様がガイアス先輩を呼び戻すの毎回止めてたけどさ、その結果がさっきのお嬢様への無礼とあんな芋女への誓いの口づけだよ!とんだ失態だと思わない?」
「あの男も胡散臭いからな、いまいち信用出来ん。だが、お嬢様の繊細なお心を思えば、一番許せんのはあの身の程知らずの伯爵令嬢だな。名を何と言ったか……」
「僕覚えてるよ、セレスティア・スチュアートでしょ?大体あいつが使えないからお嬢様が一年もの間裁判待ちで結婚禁止状態になった訳だし、その上ガイアス先輩までたぶらかしやがって……!あーっ考えたら腹立ってきた!あの女、一人で居たらちょっと身の程教えてやろうよ!!」
「……良いな、少し懲らしめてやれば、あの娘も彼をお嬢様に返す気になるだろう」
声が鮮明になってようやく気づいた。この声、どっちも攻略対象だ……!
幸い彼等が居るのは丁度通路の曲がり角の向こう側だからまだ気づかれては居ないようだけど、見つかったら絶対不味い。どうしよう、どうしたら……!
咄嗟にいくつかある休憩室の扉をいくつか触ってみたけど、どれも鍵がかかっていて開かない。余り扉をガチャガチャ揺らせば音で彼等に気づかれるし、かといって他にあるのは裏方さん達が使う用の通路に繋がる扉だけ。こっちは尚更開くわけない。
悩んでいる間にも足音はどんどん迫ってきて、心臓が嫌な音を立てる。仕方ない、顔を見られないよう俯いて反対側に走るしか……!
コツン……と軽い音を立て、高級そうなブーツの爪先が曲がり角から顔を出す。それを見たのと同時に踵を返したその瞬間。
「きゃっ……!?」
「ん?ねぇ、今誰か居なかった?」
「いや?気のせいでしょう。このフロアはお嬢様のご指示で我々以外は関係者通路すら立入禁止の筈ですから」
ひとつの扉から出てきた手に口元を覆われ、すぐさま引きずり込まれてしまった。突然の事に身動ぎひとつ出来ず固まっている間に、扉の反対側を例の二人の声が通り過ぎて行った。
声が完全に聞こえなくなって、ドクドクと耳に響く嫌な鼓動が少し収まった頃、ようやく背後から拘束されていた身体が自由になる。
「……行ったか」
少しハスキーなその呟きは、ガイアの声ではなかった。恐る恐る振り返り、手の主の顔を見上げる。
「る、ルドルフ様……!?」
薄明かりの中でもわかる、赤銅色の髪がふわりと揺れた。
~Ep.65 廊下の造りが精巧な施設は迷子になりがち~
『その手の主は、敵か、味方か』
そんなアイシラちゃんの恋人である殿下の身柄は、本人の身の安全の為と、ナターリエ様から濡れ衣を着せられない為、今は陛下直属の近衛騎士団が護っているそうだ。そんな殿下の元に戻るアイシラちゃんの手をぎゅーっと握って何度も何度も念を押す。
「はいはいわかってるわよ。私なんかより今やあんたの方がよっぽどあの女からヘイト買ってんだから、あんま一人で居ないでさっさとあの男取り返しなさいよ。じゃーね」
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(わー……最早ガイアの頭しか見えないやー……)
ほんの十数分の間にもガイア狙いのお嬢様は増え続け、漆黒の彼を囲う周りの壁は厚くなるばかりだ。一回だけ近づいて呼べば気づいてくれるんじゃないかなと試みたものの、気の強そうな三人組に弾かれてしまい敢えなく失敗。無念です。
「カクテルのサービスです、おひとついかがでしょうか?」
「あら、ありがとうございます。では一番アルコールの弱いものを頂けますか?」
丁度通りがかったボーイさんから桜色のカクテルを受け取って、ガイア達の様子が見える目立たなそうな壁際に移動。
(仕方ない。下手に割り込んで騒ぎになっちゃったらせっかく練った作戦が台無しだし、あの人だかりが落ち着くまで飲み物でも頂きながら待とうかな)
……なーんて考えが甘かったとよくわかりました。あれからかれこれ一時間、ガイアの周りのご令嬢は減らない!!!
(相手が皆自分より上の身分だから、ガイアもあんま強く断れないんだろうなぁ……)
何度か脱出を試みてる様子はあったのだけど、その度特に高位なご令嬢に無理矢理引き留められている。あれは駄目だわ、よっぽどの理由がないととてもじゃないけど解放して貰えなさそう。
「困ったなぁ、追跡魔術の位置がわかる地図はガイアが持ってるのに……」
恋華祭りの夜会は長い。夜8時から始まって、終わるのはなんと翌日の朝だ。会場の側の高台のベルの元で朝焼けを共に見るとその男女は幸せになると言うジンクスの為だそうだけど、ちょっと長過ぎじゃないかと思う。
そして、調べた通りならナターリエ様が誘拐騒ぎを起こすのは、丁度日付が変わる頃。
(今は11時半か……、一応まだナターリエ様は会場に居るようだけど油断出来ないな)
二階の壁際から下のダンスホールを見れば、鋭利な美貌が特徴の第二王子殿下と踊っているナターリエ様が確認出来る。だけど。
(他の男性陣が居ない……。ガイア曰く今日は会場の護衛任務だと聞いていたルドルフさんも結局一度も見かけて居ないのも気になるな)
そこまで考えた辺りでブルッと一瞬震える。しまった、待ちぼうけの間に冷たい飲み物を飲みすぎた……!
(皆には一人であまり動かないように念を押されたけど、ガイアはまだ戻って来れそうに無いしアイシラちゃんと第一王子殿下は王族用の別室だから論外だし。何より……)
チラッとケープの留め具代わりに付けた桜のブローチを見る。先日ガイアに貰った物だ。実はサフィールさんが遺してくれた魔法の指南書に書かれた追跡魔術を使うにあたり、ガイアが練習をしたいと言ったのでこれにも同じ魔法がかかっている。つまり、これを付けてればガイアには私の居場所がわかるわけで。
(だから、ちょっとお手洗い行く位いいよね?)
誰にでもなくそう言い訳して、こっそり会場から抜け出した。
「………………あら?」
さて、無事用は済んだ帰り道。事件です、道がわからなくなりました!
「えー、案内のひとつもないし壁や扉は皆同じだし、どっちから来たっけ……!」
無駄に精巧な大理石の廊下をあっちにうろうろ、こっちにうろうろ。駄目だわ、完全に迷子だ……!
「ど、どうしよう。歩いていったら警備の騎士さんくらいは居るかしら……っ!」
ボーン……と、少し鈍く響きだした鐘の音に足が止まる。12時を知らせる王宮の鐘だ、何て事……!
「も、もう時間だ。早く会場に戻らなきゃ……!大体会場が無駄に広いのがいけないのよ。あぁ、誰でも良いから誰か通りかからないかな……!」
「……ったく、……の奴…………じゃないのか」
はしたなくならないよう早足で廊下をさ迷っていたら、ほんの少しだけど人の声がした。男性の声だ。
(良かった、これで道が聞ける!)
声の主は会話をしながらこちらに近づいて来てるようで、段々と内容が聞き取れるようになってくる。ほっとしながら、彼等が歩いているであろう通路の方へ私も足を進めていたのだけれど。
「全くガイアス先輩の奴、お嬢様に対してとんっっだ裏切りだよね。不貞だよ不貞!!!」
「……っ!!!」
まさかの言葉に、ピタリと足が止まる。今、“ガイアス”って言ったよね……!?ってことは、まさか……!
「全くだ。エトワール副騎士団長……。忠義深く聡明な男だと思って居たが、この一年でとんだ腑抜けになったものだな。失望した」
「同感ーっ!ルド先輩は『あいつは生真面目過ぎるからたまには羽休めさせないと』なんて言ってお嬢様と公爵様がガイアス先輩を呼び戻すの毎回止めてたけどさ、その結果がさっきのお嬢様への無礼とあんな芋女への誓いの口づけだよ!とんだ失態だと思わない?」
「あの男も胡散臭いからな、いまいち信用出来ん。だが、お嬢様の繊細なお心を思えば、一番許せんのはあの身の程知らずの伯爵令嬢だな。名を何と言ったか……」
「僕覚えてるよ、セレスティア・スチュアートでしょ?大体あいつが使えないからお嬢様が一年もの間裁判待ちで結婚禁止状態になった訳だし、その上ガイアス先輩までたぶらかしやがって……!あーっ考えたら腹立ってきた!あの女、一人で居たらちょっと身の程教えてやろうよ!!」
「……良いな、少し懲らしめてやれば、あの娘も彼をお嬢様に返す気になるだろう」
声が鮮明になってようやく気づいた。この声、どっちも攻略対象だ……!
幸い彼等が居るのは丁度通路の曲がり角の向こう側だからまだ気づかれては居ないようだけど、見つかったら絶対不味い。どうしよう、どうしたら……!
咄嗟にいくつかある休憩室の扉をいくつか触ってみたけど、どれも鍵がかかっていて開かない。余り扉をガチャガチャ揺らせば音で彼等に気づかれるし、かといって他にあるのは裏方さん達が使う用の通路に繋がる扉だけ。こっちは尚更開くわけない。
悩んでいる間にも足音はどんどん迫ってきて、心臓が嫌な音を立てる。仕方ない、顔を見られないよう俯いて反対側に走るしか……!
コツン……と軽い音を立て、高級そうなブーツの爪先が曲がり角から顔を出す。それを見たのと同時に踵を返したその瞬間。
「きゃっ……!?」
「ん?ねぇ、今誰か居なかった?」
「いや?気のせいでしょう。このフロアはお嬢様のご指示で我々以外は関係者通路すら立入禁止の筈ですから」
ひとつの扉から出てきた手に口元を覆われ、すぐさま引きずり込まれてしまった。突然の事に身動ぎひとつ出来ず固まっている間に、扉の反対側を例の二人の声が通り過ぎて行った。
声が完全に聞こえなくなって、ドクドクと耳に響く嫌な鼓動が少し収まった頃、ようやく背後から拘束されていた身体が自由になる。
「……行ったか」
少しハスキーなその呟きは、ガイアの声ではなかった。恐る恐る振り返り、手の主の顔を見上げる。
「る、ルドルフ様……!?」
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