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第1章 初恋の彼は、私の運命の人じゃなかった

Ep.61 転生ヒロインは萌えに飢えていたらしい

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「なっ、ななっ、何でアイシラちゃんがここに……!?」

「そんなチワワみたく震えることないでしょ。ちょっと話聞きに来ただけだってば。お邪魔するわよー。あ、これ返すわ」

「ひゃっ!あ、ありがとう……」

 さっき彼女を助けた時に私が使ったカエルのぬいぐるみを放り投げて、アイシラちゃんが我が物顔でソファーに腰かける。え、えぇと、私はどうしたら……?ここは、やっぱり誤魔化すべき?

「乙女ゲーム、『恋する乙女のラビリンス』」

「ーっ!」

 ポソリと呟かれたそのタイトルに反射的に肩が跳ねてしまった。私の反応を見たアイシラちゃんがニヤリと笑う。部屋に乗り込んできた時点で確信犯だろうし、これはもう誤魔化すのは無理そうだ。

「……えぇ、お察しの通り、私も日本から転生してきました」

 ぎゅっと腕の中のぬいぐるみを抱き締めながら、アイシラちゃんの返事を待つ。小さく吹き出す声がした。

「だから震えすぎー。別に取って食いやしないわよ、大げさね。敬語もいらない、同い年でしょ?」

 やれやれ、と肩を竦めて笑うその仕草は年相応で、飾らないその口調に裏は感じない。ほっとした反面じゃあ彼女は何をしに来たのだろうかと首を傾ぐと、ふっとアイシラちゃんの表情が真剣に変わった。

「あんたが転生者か確かめに来たのは、協力を持ち掛ける為よ。私の大事な旦那を、あのナターリエから守る為にね」

「第一王子殿下を、ですか?」

「そう。あの女は危険よ。強欲で、傲慢で、自分が欲しいものを手に入れる為ならば、どんな手段も厭わない。この世界を、完全にゲームだと思ってる。あんたもこの一年、結構散々な目にあったんじゃない?」

「……っ!どうして、そう思うの?」

「だってあんた、あの女のお気に入りだったガイアス・エトワールのこと大好きでしょう」

「はうっ!!なっ、ななななっ、何でわかるんですか!?」

「いや、あの修羅場真っ只中だった断罪イベントに巻き込まれた中あの男をぽーっと見つめてたあんたの顔見れば丸わかりだし、第一あんたが今抱き締めてるそれ」

「ーっ!!!」

 指を指されてドキッと心臓が跳ねる。慌てて背中にそれを隠したけど、もう今さらだろう。

「そんな好きな男をモデルにした自作ぬいぐるみ抱いて寝てて、隠してるつもりだった訳?ま、推しキャラのグッズが欲しくなる気持ちはわからなくないけどね」

「う、うぅぅ……!だ、だって、お仕事が大変な時期に彼の負担にはなりたくなかったけど、寂しかったんだもん……」

「……っ!」

 キュンっ!!

「え?」

 真っ赤になって湯気が出る顔を隠すように自作のガイアぬいぐるみを抱き締めると、向かいから変な音がした。恐る恐る顔を上げると、アイシラちゃんが両手を自分の左胸に当てて目を閉じている。

「えっ!?どっ、どうしたの?大丈夫!?」

「はっ!大丈夫よ。尊さに一瞬昇天しかけただけだから」

 いや、よくわからないけどそれは大丈夫じゃないのでは!?

「でも、ホントに公式グッズ顔負けのいい出来よね、それ。私にも作ってくんない?」

「良いよー、じゃあ第一王子殿下の髪と目の色にあった材料を……」

「いや、王子じゃなくてあんたのぬいぐるみ」

「えっ、私!?なぜ私!!?」

「いや、何かあんた、癒されそうだから……」

 そう呟くアイシラちゃんの遠い眼差しは完全に死んでいた。思わず立ち上がり、備え付けのキッチンでホットミルクを淹れる。


「……よくわからないけど、すごく疲れてるのね。これでも飲みながら、ゆっくりお話を聞かせて?」

「……っ、あんた、いい人よね。もとはと言えば、私達のシナリオに巻き込まれたせいで酷い目にあったでしょうに」

「あら、でもお陰で私は好きな人と一年も同居出来てすっごくいい思いしたから、謝って貰う必要はないわね」

「何その話詳しく!!」

 可愛い物が好きで、意地悪には真っ向から立ち向かい、好きな人には一直線でコイバナには速攻食い付く。
 ずっとなんとなく怖くて接触を控えていたヒロインちゃんは、ごくごく普通の女の子でした。



 それから数時間。私は、アイシラちゃんが実は在学中ゲームでのいじめよりもっと陰湿な嫌がらせをナターリエ様の言いなりの下位貴族の令嬢達からされていたがなかなか向こうがボロを出さず精神的に追い詰められていたこと。ナターリエ様が自分の破滅を防ぐ為に自身の手は汚していないことは知っていたが、このままやられっぱなしは悔しいと思っていたあの日、本当に偶然突き落とされた先に私がいたのをこれ幸いと思い、断罪イベントに引き込んでしまったことを聞き、正式に謝罪を受けた。その日は取り巻きの子達が第一王子に捕まったばかりで実行犯候補も居なかったし、突き落としてきた子は金髪の縦ロールだったから顔は見なかったけどナターリエ様が自ら突き落としてきたに違いない、ここで裁かなきゃその内本当に殺される!と、躍起になってしまったそうだ。
 で、事情説明と謝罪を受けた後は、私とガイアのこの一年について簡単に説明したんだけど……。

「待って……!小さいときの運命の出会いから一転。悪女に囚われた彼と再会。そこから悪女の呪縛にもめげずに思い出の品の修理して閉ざされた心を愛で徐々に開いて一緒に記憶取り戻して、最終的に取り返したその手腕……!ヒロインじゃん、もう、あんたがガイアスの正ヒロインじゃん……!!そりゃあんな端から見てもバレバレなくらいデレデレにもなるわ……!」

「やっ、やだ!違うよ!?私別にガイアに心から幸せを感じられるようになって欲しいなと思っただけで無理に気持ちを変えようなんて思ってないし!今、家族として仲良くしてくれるのが幸せ過ぎるから、両想いなんて欲張れないんだ……って、アイシラちゃん!?」

「しかも最初とは関係逆転の鈍感ヒロインが改心した男に追いかけられる両片思いパターン……!マジ尊い、しんどい……!!」

「何言ってるかさっぱりわかんないけどとにかくしっかりしてーっ!!!」

 ソファーから崩れ落ちて胸を押さえてハァハァしている彼女をどうにか座らせ直す。

「アイシラちゃん、ヒロインにあるまじき顔してるよ!よだれ垂れてるし!!」

「はっ!ごめん、転生してからずっと欠乏してた萌えが満たされたもんだからつい……!」

「あ、あはは。でも、その……アイシラちゃんは、いいの?」

「いいって何が?」

「その、私が、ガイアを好きなこと……目障りだとか、思わない?」

 ナターリエ様は多分、確実に、自分の“モノ”であるガイアに手を出した私を邪魔だと思っている。その観点からすれば、ヒロインの彼女から見たって、きっと……。

「ううん、全然?」

「……えっ?ほ、本当に?」

「うん、だって私、欲しかった男はもう落としたし。それに、仕事完璧で保護者気質なしっかり者より、私がついてないと破滅しちゃいそうな駄目男のが好きなのよね。そそられるって言うか」

「アイシラちゃんそれわりと不幸になる女が言う台詞だよ!!?」

「大丈夫よ。王子は私が意地でも幸せにするわ!」

 仁王立ちで言い切るその姿が、不覚にもカッコいいと思ってしまった。

「……ふふっ、強いな、アイシラちゃんは。私にも、それくらいの自信があったらいいのに。ガイアを好きになればなる程、彼から正規の幸せを遠ざけちゃってる気がして不安なんだ。この恋を、運命《シナリオ》が許してくれない気がして」

「あら、じゃあ私が許すわよ!」

「……へ?で、っでも!」

「18年、一途に想い続けてた健気な片想いが実っちゃいけない理由がある?第一、ガイアスはヒロインである“私”の攻略対象でしょ。その私が許すって言ってんだからいいのよ、あんたを失ったら生きていけないくらいに徹底的に堕としてやんなさい!!」

 『その代わり、さっき言った作戦にも協力して貰うわよ』と笑って、アイシラちゃんは帰っていった。
 ガイアのぬいぐるみを抱き締めて、思わずくすりと笑う。

「……私、ガイアのこと大好きなままで良いんだって」

 ガイアの爵位、突き落とし事件の真相、さっきアイシラちゃんから聞いたナターリエ様の企み。未来への不安もやらなきゃいけないことも、まだまだたくさんあるけど。

 元気で勝ち気なヒロインちゃんの太鼓判のお陰で、私の恋の見通しが、ちょっとだけ明るくなった気がした夜だった。

    ~Ep.61 転生ヒロインは萌えに飢えていたらしい~

  『いつかしっかり胸を張って、この気持ちを伝えられますように』




 
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