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第1章 初恋の彼は、私の運命の人じゃなかった

Ep.59 趣味と知識と、まさかの邂逅

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「一からドレスや礼服を仕立てられるだけの材料の在庫があるだなんて、流石に王族は違うわね……」

 王宮の北塔、王妃様や王女様のお召し物や装飾品用の手芸道具や宝石、貴金属を集めた裁縫室まで案内された私は、部屋中の天井高い棚にあらゆる布や糸がびっしり並んだ壮観な光景に感心していた。

「あの、ここから本当に好きな材料を頂いて良いのですか?」

「はい、陛下よりセレスティア様のご要望はは極力叶えるよう申し使っております。ごゆっくりお選び下さい」

「あ、ありがとうございます」

 ペコッと頭を下げると、ここまで案内してくれた侍女さんはにこりと微笑んでから仕事に戻っていった。

「材料くらい自分で買いに行くつもりだったのに……、こんなによくして頂いて良いのかしら……。わ、この布すごい高そう」

 今朝方、ガイアも帰ってこないしあまりに部屋ですることがないので街に裁縫道具を買いに行きたいと世話役に派遣された侍女さんに声をかけたら、何故か『それなら王宮にある材料を好きに使って下さい』とこの夢のような部屋に案内されたのだ。

「あっ、あれ日本の藍染に似た柄だわ!こっちにはこの世界じゃ珍しいフェルトもあるし……何作ろうかしら。やっぱりお洋服とかポーチとかかなぁ」

 正直、一介の貧乏貴族であり前世はド庶民の私がここまで至れり尽くせりにして貰うのは恐れ多いことこの上無いのだけれど。そんじょそこらのお店を軽く凌ぐ豊富な品揃えの誘惑には勝てず広い材料庫の中をはしゃぎ回る。
 一通り布地と糸を見終わった頃、ふと壁際のガラスケースに並ぶ瑠璃色の石が付いたボタンに目が止まった。何となく手に取って、照明の光にかざしてみる。深いのに澄みきったその深い蒼に、彼の瞳の色が重なった。

「高価な石ではないみたいだけど、すごく綺麗……」

 『セレン』と名前を呼んでくれる低い声と微笑みが浮かんで、ポッと頬が熱くなる。それを誤魔化すように軽く頭を振ってからそのボタンも頂く材料の中に加える。何を作るか決めた!











ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 王都での滞在が始まってから一週間程経った。ガイアは本当に騎士団で大事な存在だったらしく、彼が居ない間出来なかった仕事の埋め合わせに振り回され毎日忙しくしている。それでも毎日、朝か晩に時間を作っては顔を見せに来てくれるのが嬉しい反面、申し訳なくて。

「ガイア、すごい疲れた顔してるよ。ちゃんと眠れてる?少し休んだ方が……」

「大丈夫だよ。前に言ったろ?この時期は元から多忙なんだ、これくらい慣れてるさ。それに、スチュアート伯爵に出された条件を果たす為にも、休んでなんか居られないさ」

「……っ!それなら尚更、貴重な自由時間をわざわざ私なんかに割いてくれなくても……、ーっ!?」

 部屋の入り口で話し込んでいたら、いきなりほっぺたをつままれた。

「い、いひぃにゃりにゃにするにょおぉ……!(訳;いきなり何するの!?)」

「ははっ、よく伸びるな。あちらに居た頃より血色も良くて何よりだ。周りの対応にも問題は無さそうだ」

 笑いながら頬を離れたガイアの手が、今度はポンと頭に乗る。きょとんとすると、やれやれと言わんばかりに肩を竦められた。

「……本当、手強いな」

「え?なんて??」

「いいや、何でもない。それよりも……」

 チュッと、額に口づけを落とされた。一瞬思考が止まってから、一気にそこに熱が集まる。

「がっ、がががっ、ガイア、今……っ!」

「俺が会いたくて来てるんだから、『私なんか』なんて言ってくれるなよ。それじゃあお休み、良い夢を」

 大人びた笑みと甘い余韻を残して立ち去った彼の姿が見えなくなる。結局その晩はドキドキしすぎで胸が痛くて寝付けなかったので、お裁縫がとても捗った。











 昨晩徹夜で仕上げたお陰で作っていたアレはばっちり完成したので、私はまた手持ちぶさたになってしまった。

(ガイアには危なくないようただ大人しく暮らしてろって言われたけど、私だって、頑張ってるガイアの力になりたい)

 でも、今の私はまだあまりに無知だ。だから、まずは必要な知識を得るべく今日はある場所にやって来た。

「魔術に関する書物か……、確かにここになら、あると言えばあるが。本が読みたくば城の方に年若い娘向けの物語がたくさんあろうに」

「王宮図書館の書物では駄目なんです!私の中にあるとサフィールさんが言っていた“魔力を無効化する力”……、それに関して調べたいので!」

 王立魔術研究所の代表であるおじいさんが目を見開いた。


 『黒髪の人間しか魔力を持たず、魔には魔を持ってしか対応する事は出来ない。』


 “魔力無効化”は、そんなこの世界の理を崩してしまう能力だから、秘匿とされていたのだとサフィールさんは言っていた。だから当然、色々な人が出入り出きる図書館にそれに関する本があるわけはない。だから王立魔術研究所《ここ》に来た訳なんだけど、正解だったみたい。

「今、ガイアは失ったお祖父さんの爵位を取り戻す為に頑張ってるんです。私もそんな彼の力になりたい……。きっとこの無効化の力をちゃんと制御出来るようになれば、私も役に立てると思うんです!得た知識を横流ししたり悪用はしないと誓いますから、どうかお願いします!」

 深く頭を下げたまま、スカートの裾をぎゅっと握りしめる。

「ここまで一途に思われれば、黒の騎士も男冥利に尽きるじゃろうなぁ」

「え?」

 ぽそっと何か呟かれた後、頭から何かをかけられた。ひんやりする鎖の感触に首筋に触れてみれば、そこには小さな鍵が。

「サフィールが個人的に記した資料庫の鍵じゃ。お前さんになら、渡しても良かろう」

 『本はこの敷地内から持ち出してはいかんよ』と笑って離れていく代表さんの背中に、鍵を握りしめたままもう一度深く頭を下げた。











「もうこんな時間!早く戻らないと……!」

 資料庫に入ったのが朝の9時、そして現在は夕方の6時だ。お昼も忘れて読みふけったお陰で大分色々知れたけど、代わりに門限の6時半に間に合わなそうである。

(例え王宮の中でも夜は何かとトラブルもあるから6時半から7時くらいまでには部屋に帰るようにって散々言われてたのに!来てくれたときに私が部屋にいなかったらまたガイアに心配かけちゃう……!)

 人目の少ないことを言い訳に、ほぼ小走りと変わらない速度の早歩きでお部屋に急ぐ。渡り廊下は4階だっけ?うぅ、そこに行くまでの階段の昇りおりの時間がまたロスだなぁ。

「……あ」

 ふと、塔と塔の間を繋ぐ中庭が目に入る。ここ突っ切ったら、普通に隣の塔に行けるんじゃないかな?

「今の時期なら恋華祭りの為に花壇がライトアップされてて明るいし……行っちゃおうかな」

 そう言い訳をして、巨大な噴水と東屋が印象的な中庭に一歩踏み出す。

「貴方、今のご自分の立場をわかっていらっしゃるのかしら?軟禁に近い立場にも関わらず王太子殿下を誑かして恋華祭りの夜会に出ようだなんて、生意気ですわ!」

「ーっ!?」
 
 突然飛んできた罵声にビクッと肩が跳ねる。今の声、東屋の方から?
 ご立派な白い柱の影に隠れ、そーっと東屋を覗いてみる。

 そこには8人程の勝ち気そうなご令嬢に囲まれた、乙女ゲームのヒロインちゃんの姿があった。


     ~Ep.59 趣味と知識と、まさかの邂逅~

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