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第1章 初恋の彼は、私の運命の人じゃなかった
Ep.55 桜の御守り
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「一体どこのどいつからだ!?」
顔色を変えたガイアにそう両肩を掴まれ揺すられて、びっくりしてしまう。周りの人達からもちらほら視線が集まってきた。ちょ、ちょっとからかい返すだけのつもりだったのに、まさかこんなに動揺するなんて……。
「学生の頃の話か?それともあの変態所ちょ……」
「待っ、違う違う!誤解だよ!」
「じゃあ一体相手は誰なんだよ!」
「あ、いや、それは……」
「それは!?」
ひぃぃっ、恐いよーっ!なんでガイアこんなに怒ってるのーっ!? この空気じゃものすごく言いづらいけど、何事かと周りの人達からも視線が集まってきてるし。早く誤解を解く為に素直に白状することにした。
「う、うちの家族からです……!」
「ーー……は?」
きょとん、とガイアの怒気が消えた。そのことにほっとしつつ、指をもじもじさせながら白状する私。
「だから、お父様とソレイユとルカから、毎年貰ってるよー……って、ちょっとからかおうと思っただけなの。あ、あと従兄弟のお兄さんにも一回だけいただいたかな。だから、その、見栄張ってごめんなさい……」
「はぁー……、なんだよ、焦って損した……!」
しゅんとしつつ謝った私から手を離して、ガイアが深いため息をつく。何をそんなに焦ってたんだろう?
「ふふっ、嫌ね。私がそんなにモテる訳ないじゃない」
「……どうだかな」
思わずクスクス笑いながらそう言えば、ガイアがポツリとなにかを呟いた。首を傾げた私にもう一度ため息をついて、ガイアが右手を差し出す。手を重ねると、当然みたく指を絡め取られた。
「それで?今まではどんなものを貰ったんだ?」
「色々貰ったけど……、去年はソレイユからは加工されたお花がついた飾り時計で、ルカからは摘んだお花を使った押し花のしおりだったかな」
「伯爵からは?」
「お父様?お父様からは……、たくさんの刺繍糸と質の良い布を貰ったわ」
貰った時の衝撃と、得意気なお父様の表情を思い出しながら遠い目をして言えば、ガイアもポカンとした表情になった。
「……失礼を百も承知で聞くが、お前のお父上は恋華祭りの趣旨を勘違いしてないか?これは完成品を贈るのが普通だろ」
「そう思って私も意図を聞いたけど、『これを使って好きな花柄の小物でも作りなさい』って言われたわ」
「なんだそりゃ……」
あきれたようにガイアが笑う。『お父様は生涯、花束と装飾品《アクセサリー》はお母様にしか贈らないと決めてるそうよ』と教えたら、一晩中聞かされた惚気話を思い出したのかうんざりした表情で納得していた。
「まぁそれなら納得出来なくも……、いや、でもお前はそれでよかったのか?結局どうしたんだ、その布と糸」
「ん?言われた通り、自分で刺繍してお花柄のポーチにしたよ。ガイアのハンカチーフにしたのと同じ柄!!」
丁度カバンにいれてたそのポーチをジャーンと効果音つきで取り出す。ガイアは柔らかく目を細めて、『そうか』と笑った。
「じゃあ、今まで異性から装飾品を貰ったことはないのか?」
「うん、無いよ。前にガイアがくれたリボンが初めて。興味がない訳じゃなかったけど、ご縁がなかったしね」
それに、好きな人以外からそう言うものをいただくのはちょっと……っていう気持ちもあるし。
「そうか。なら、丁度よかったかもな」
「え?」
聞き取れなかった呟きに首を傾げる。ガイアはなんでもないと笑って、私の出したポーチを手に取った。
「しかしよく出来てる。流石だな、売り物みたいだ」
「ふふ、ありがとう。まぁこれ実は2個目だから、1回目作った方よりいい出来なんだよね」
「2個目?」
「うん。始めに作った方は一度学園の中庭に忘れちゃって、そのまま無くなっちゃったの。で、同じのを作り直したから、“2個目”なのです」
「あぁ、そう言うことか」
あの時はすぐに忘れたことに気づいて取りに戻ったのに、結局見つからなかったのよね。学園の職員室にも届けられてなかったし、果たしてどこに行っちゃったのやら……。と、そこでふと思い出す。
(そう言えば、学園で恋華祭りといえば、卒業の年に何か大きな事件を解決するイベントがあったなー……どんなシナリオだったっけ)
私の記憶が戻ったのがゲームのエンディングに当たる卒業当日だったせいで、実際ヒロインちゃんとナターリエ様がどれくらいゲームのシナリオに添った行動をしてたのかはわからないのよね。しかもこの一年間、ヒロインちゃんと第一王子様がずっとおとなしいままなのも気になるな……。
「どうした?ずっと歩き通しで疲れたか?」
「ーっ!ううん!城下町なんて歩いたこと無かったから、新鮮で楽しいよ!」
心配してくれたガイアに笑い返す。
「そうか、なら、一ヶ所寄りたい所があるんだがいいか?」
「うん、もちろん!」
微笑んだ彼に手を引かれ辿りついたのは、街の端にひっそり佇む歴史のありそうな鍛冶屋さんだった。
いい感じに年季が入った木製の扉を慣れた様子でくぐって行くガイアに私もついていく。
奥で作業をしていた白髪混じりのお爺ちゃんが、ガイアの姿に気づいて微笑んだ。
「おやおや、いらっしゃいませガイアス様。そちらのお嬢さんが、以前贈り物をされた方ですかな?」
「あぁ、まぁ……な」
お爺ちゃんの言葉に頬をかきながらガイアが笑う。何の話かわからずきょとんとしてると、お爺ちゃんの目がこっちに向いた。
「ようこそいらっしゃいませ、お嬢様。なにもない所ですが、よろしければご自由に見て回ってください」
「ありがとうございます。よく手入れが行き届いた工房ですね、ご主人が大切にされてるのがよくわかります」
ご挨拶に答えてペコリと頭を下げると、お爺ちゃんはちょっと驚いてから顔をしわくちゃにして笑った。
「なるほど……。人の気持ちに敏感で思いやりのある素敵なお嬢さんですな、ガイアス様」
「えっ!?そんな、買いかぶりですよ!?」
「いいや?俺もそう思うぞ」
「ガイアまで……!」
唐突な誉め殺しに耐えきれず、赤くなったほっぺたを手で隠す。
「ほっほっほ。可愛らしいことで」
「そうだろ?ただ……一番肝心な所で鈍いんだ」
照れてる私に笑いながら、ガイアはお爺ちゃんに何かを耳打ちしていた。なんの話だろ?
「なるほど、ガイアス様も苦労されているようですな」
「まあな、長期戦は覚悟の上だ。地道に攻めるしか無いさ」
何の話かよくわからないけど、ガイアが誰かと戦っていることはわかった。何の戦いかはわからないけど、頑張ってほしいと思う。
「ところで、頼んでいた物は出来てるか?」
「もちろんですとも。しばしお待ちを」
お爺ちゃんが奥に設置された鍵付きのチェストから何かを取り出して戻ってきた。それを受け取ったガイアが振り返って、ゆっくりこちらに歩いてくる。
差し出された彼の手には、紺色のビロードの小箱が乗っていた。
「丁度王都に来ることになってよかった。これを、受け取ってくれないか?」
「え……!?」
びっくりし過ぎて変な声が出た。え、え!?これってもしかして……!
「わ、私が、貰っていいの……?」
ナターリエ様にも、恋華祭りの贈り物はあげたこと無いって言ってたのに!?
でもガイアは、いつになく穏やかに笑ったまた、私の手にその小箱を握らせる。
「あぁ……他の誰でもない。お前に、受け取って欲しいんだ」
「あ、ありがとう……!」
緊張して震える指先で、そうっと小箱を開く。中から出てきたのは、桜の形をした銀細工のブローチだった。花びらの所には、一ヶ所を除いてそれぞれ色味の少しずつ違うピンク色の宝石がはまっている。
「可愛い……!え、これどうしたの!?」
「記憶が戻ってすぐに、設計図を送ってここの店主に作って貰ったんだ」
まさかのオーダーメイド……!
幸せなびっくりの連続すぎて段々夢でもみてる気になってきた。アワアワしてる私の前で、ガイアがそっとブローチを取り出す。
「はまっている宝石には、今まで討伐してきた魔物の魔石から作った薬液が入っている。一つ目から、襲ってきた相手を一瞬で眠らせる催眠石。二つ目は、怪我の回復を極限まで高めてくれる回復石。三つ目は、砕くと持ち主の居場所を味方に知らせてくれる連絡石。四つ目は、飲むと一時的に姿を見えなくしてくれる透過石。そして……」
ガイアが胸ポケットから、一際濃いピンク色の石を取り出した。桜の花びらを真似た石だけど、単体でみるとハート型みたい。
それを、一ヶ所だけ穴が空いていたブローチにカチッとはめる。
「これが、この間のキラービーの女王《マザー》の毒から作った、どんな毒も無効化する万能毒消し薬だ。これから先、俺がどうしても隣に居られない時は……」
そのまま私の手にブローチを握らせ、ガイアがそこに軽く口付けを落とす。
「これが“君”を、数多の危険から護ってくれますように」
「……っ!」
いつになく丁寧な“騎士”らしい口調に、真剣な眼差しに、胸がきゅうううっと音を立てる。
手渡された桜のブローチを、改めて両手で握りしめた。
「願いを込めた、御守りだ。受け取ってくれるか?」
「うん……っ、大切にするね!」
私の満面の笑みを見て、ガイアも満足気に笑う。そんな私達を見て、店主のお爺ちゃんもニコニコと笑っていた。
「いやぁ、若いと言うのは良いものですなぁ……」
お爺ちゃんにもお礼を言って、2人で鍛冶屋さんを後にした。大通りまで戻ったら、今日はレストランでお食事です。テラス席、デートらしくて素敵だけど冬だとちょっと寒いね。
(でも、今日は本当に楽しかったなぁ……)
早速胸元に着けたブローチを見てはつい表情が緩む私。向かいに座ったガイアが、足を組み直して頬杖を付きながらふっと笑った。
「気に入ったみたいでなによりだ。どれも効果は一回きりだからな、考えて使うんだぞ」
その言葉にしっかり頷く。この世界の宝石や魔石の相場は知らないけれど、これがとんでもなく貴重な物だってことくらいは私にもよくわかった。
(こんな物を用意してくれるくらい、ガイアは心配してくれてるんだ……)
ここは王都。本来の乙女ゲームの舞台だった、陰謀渦巻く大都市だ。ちゃんと気をつけよう。自分の身は、出来るだけ自分で護れるように。
「(すこし魔力無効化の力も磨きたいな。サフィールさんの所なら本とかあるかも……)んぶっ!?きゃーっ、何なに!?なにこれ!?」
急に真っ暗になった視界にその場でバタバタする私。一体何事!?
「はははっ、馬鹿だな。ただ飛んできたチラシが顔に当たっただけだろ。ほら、取ってやる、か、ら……」
笑いながら私の顔に張り付いたそれを剥がしたガイアの表情が、硬直した。ただならないその様子に、私もチラシを覗き込む。
「嘘…………!」
グシャグシャにされ煤けたそれは、王立魔術研究所の所長と副所長の殉職を報じた号外記事で。
震えた指先のせいでカップからこぼれた紅茶の雫が、無情な事実に染みを落としていった。
~Ep.55 桜の御守り~
顔色を変えたガイアにそう両肩を掴まれ揺すられて、びっくりしてしまう。周りの人達からもちらほら視線が集まってきた。ちょ、ちょっとからかい返すだけのつもりだったのに、まさかこんなに動揺するなんて……。
「学生の頃の話か?それともあの変態所ちょ……」
「待っ、違う違う!誤解だよ!」
「じゃあ一体相手は誰なんだよ!」
「あ、いや、それは……」
「それは!?」
ひぃぃっ、恐いよーっ!なんでガイアこんなに怒ってるのーっ!? この空気じゃものすごく言いづらいけど、何事かと周りの人達からも視線が集まってきてるし。早く誤解を解く為に素直に白状することにした。
「う、うちの家族からです……!」
「ーー……は?」
きょとん、とガイアの怒気が消えた。そのことにほっとしつつ、指をもじもじさせながら白状する私。
「だから、お父様とソレイユとルカから、毎年貰ってるよー……って、ちょっとからかおうと思っただけなの。あ、あと従兄弟のお兄さんにも一回だけいただいたかな。だから、その、見栄張ってごめんなさい……」
「はぁー……、なんだよ、焦って損した……!」
しゅんとしつつ謝った私から手を離して、ガイアが深いため息をつく。何をそんなに焦ってたんだろう?
「ふふっ、嫌ね。私がそんなにモテる訳ないじゃない」
「……どうだかな」
思わずクスクス笑いながらそう言えば、ガイアがポツリとなにかを呟いた。首を傾げた私にもう一度ため息をついて、ガイアが右手を差し出す。手を重ねると、当然みたく指を絡め取られた。
「それで?今まではどんなものを貰ったんだ?」
「色々貰ったけど……、去年はソレイユからは加工されたお花がついた飾り時計で、ルカからは摘んだお花を使った押し花のしおりだったかな」
「伯爵からは?」
「お父様?お父様からは……、たくさんの刺繍糸と質の良い布を貰ったわ」
貰った時の衝撃と、得意気なお父様の表情を思い出しながら遠い目をして言えば、ガイアもポカンとした表情になった。
「……失礼を百も承知で聞くが、お前のお父上は恋華祭りの趣旨を勘違いしてないか?これは完成品を贈るのが普通だろ」
「そう思って私も意図を聞いたけど、『これを使って好きな花柄の小物でも作りなさい』って言われたわ」
「なんだそりゃ……」
あきれたようにガイアが笑う。『お父様は生涯、花束と装飾品《アクセサリー》はお母様にしか贈らないと決めてるそうよ』と教えたら、一晩中聞かされた惚気話を思い出したのかうんざりした表情で納得していた。
「まぁそれなら納得出来なくも……、いや、でもお前はそれでよかったのか?結局どうしたんだ、その布と糸」
「ん?言われた通り、自分で刺繍してお花柄のポーチにしたよ。ガイアのハンカチーフにしたのと同じ柄!!」
丁度カバンにいれてたそのポーチをジャーンと効果音つきで取り出す。ガイアは柔らかく目を細めて、『そうか』と笑った。
「じゃあ、今まで異性から装飾品を貰ったことはないのか?」
「うん、無いよ。前にガイアがくれたリボンが初めて。興味がない訳じゃなかったけど、ご縁がなかったしね」
それに、好きな人以外からそう言うものをいただくのはちょっと……っていう気持ちもあるし。
「そうか。なら、丁度よかったかもな」
「え?」
聞き取れなかった呟きに首を傾げる。ガイアはなんでもないと笑って、私の出したポーチを手に取った。
「しかしよく出来てる。流石だな、売り物みたいだ」
「ふふ、ありがとう。まぁこれ実は2個目だから、1回目作った方よりいい出来なんだよね」
「2個目?」
「うん。始めに作った方は一度学園の中庭に忘れちゃって、そのまま無くなっちゃったの。で、同じのを作り直したから、“2個目”なのです」
「あぁ、そう言うことか」
あの時はすぐに忘れたことに気づいて取りに戻ったのに、結局見つからなかったのよね。学園の職員室にも届けられてなかったし、果たしてどこに行っちゃったのやら……。と、そこでふと思い出す。
(そう言えば、学園で恋華祭りといえば、卒業の年に何か大きな事件を解決するイベントがあったなー……どんなシナリオだったっけ)
私の記憶が戻ったのがゲームのエンディングに当たる卒業当日だったせいで、実際ヒロインちゃんとナターリエ様がどれくらいゲームのシナリオに添った行動をしてたのかはわからないのよね。しかもこの一年間、ヒロインちゃんと第一王子様がずっとおとなしいままなのも気になるな……。
「どうした?ずっと歩き通しで疲れたか?」
「ーっ!ううん!城下町なんて歩いたこと無かったから、新鮮で楽しいよ!」
心配してくれたガイアに笑い返す。
「そうか、なら、一ヶ所寄りたい所があるんだがいいか?」
「うん、もちろん!」
微笑んだ彼に手を引かれ辿りついたのは、街の端にひっそり佇む歴史のありそうな鍛冶屋さんだった。
いい感じに年季が入った木製の扉を慣れた様子でくぐって行くガイアに私もついていく。
奥で作業をしていた白髪混じりのお爺ちゃんが、ガイアの姿に気づいて微笑んだ。
「おやおや、いらっしゃいませガイアス様。そちらのお嬢さんが、以前贈り物をされた方ですかな?」
「あぁ、まぁ……な」
お爺ちゃんの言葉に頬をかきながらガイアが笑う。何の話かわからずきょとんとしてると、お爺ちゃんの目がこっちに向いた。
「ようこそいらっしゃいませ、お嬢様。なにもない所ですが、よろしければご自由に見て回ってください」
「ありがとうございます。よく手入れが行き届いた工房ですね、ご主人が大切にされてるのがよくわかります」
ご挨拶に答えてペコリと頭を下げると、お爺ちゃんはちょっと驚いてから顔をしわくちゃにして笑った。
「なるほど……。人の気持ちに敏感で思いやりのある素敵なお嬢さんですな、ガイアス様」
「えっ!?そんな、買いかぶりですよ!?」
「いいや?俺もそう思うぞ」
「ガイアまで……!」
唐突な誉め殺しに耐えきれず、赤くなったほっぺたを手で隠す。
「ほっほっほ。可愛らしいことで」
「そうだろ?ただ……一番肝心な所で鈍いんだ」
照れてる私に笑いながら、ガイアはお爺ちゃんに何かを耳打ちしていた。なんの話だろ?
「なるほど、ガイアス様も苦労されているようですな」
「まあな、長期戦は覚悟の上だ。地道に攻めるしか無いさ」
何の話かよくわからないけど、ガイアが誰かと戦っていることはわかった。何の戦いかはわからないけど、頑張ってほしいと思う。
「ところで、頼んでいた物は出来てるか?」
「もちろんですとも。しばしお待ちを」
お爺ちゃんが奥に設置された鍵付きのチェストから何かを取り出して戻ってきた。それを受け取ったガイアが振り返って、ゆっくりこちらに歩いてくる。
差し出された彼の手には、紺色のビロードの小箱が乗っていた。
「丁度王都に来ることになってよかった。これを、受け取ってくれないか?」
「え……!?」
びっくりし過ぎて変な声が出た。え、え!?これってもしかして……!
「わ、私が、貰っていいの……?」
ナターリエ様にも、恋華祭りの贈り物はあげたこと無いって言ってたのに!?
でもガイアは、いつになく穏やかに笑ったまた、私の手にその小箱を握らせる。
「あぁ……他の誰でもない。お前に、受け取って欲しいんだ」
「あ、ありがとう……!」
緊張して震える指先で、そうっと小箱を開く。中から出てきたのは、桜の形をした銀細工のブローチだった。花びらの所には、一ヶ所を除いてそれぞれ色味の少しずつ違うピンク色の宝石がはまっている。
「可愛い……!え、これどうしたの!?」
「記憶が戻ってすぐに、設計図を送ってここの店主に作って貰ったんだ」
まさかのオーダーメイド……!
幸せなびっくりの連続すぎて段々夢でもみてる気になってきた。アワアワしてる私の前で、ガイアがそっとブローチを取り出す。
「はまっている宝石には、今まで討伐してきた魔物の魔石から作った薬液が入っている。一つ目から、襲ってきた相手を一瞬で眠らせる催眠石。二つ目は、怪我の回復を極限まで高めてくれる回復石。三つ目は、砕くと持ち主の居場所を味方に知らせてくれる連絡石。四つ目は、飲むと一時的に姿を見えなくしてくれる透過石。そして……」
ガイアが胸ポケットから、一際濃いピンク色の石を取り出した。桜の花びらを真似た石だけど、単体でみるとハート型みたい。
それを、一ヶ所だけ穴が空いていたブローチにカチッとはめる。
「これが、この間のキラービーの女王《マザー》の毒から作った、どんな毒も無効化する万能毒消し薬だ。これから先、俺がどうしても隣に居られない時は……」
そのまま私の手にブローチを握らせ、ガイアがそこに軽く口付けを落とす。
「これが“君”を、数多の危険から護ってくれますように」
「……っ!」
いつになく丁寧な“騎士”らしい口調に、真剣な眼差しに、胸がきゅうううっと音を立てる。
手渡された桜のブローチを、改めて両手で握りしめた。
「願いを込めた、御守りだ。受け取ってくれるか?」
「うん……っ、大切にするね!」
私の満面の笑みを見て、ガイアも満足気に笑う。そんな私達を見て、店主のお爺ちゃんもニコニコと笑っていた。
「いやぁ、若いと言うのは良いものですなぁ……」
お爺ちゃんにもお礼を言って、2人で鍛冶屋さんを後にした。大通りまで戻ったら、今日はレストランでお食事です。テラス席、デートらしくて素敵だけど冬だとちょっと寒いね。
(でも、今日は本当に楽しかったなぁ……)
早速胸元に着けたブローチを見てはつい表情が緩む私。向かいに座ったガイアが、足を組み直して頬杖を付きながらふっと笑った。
「気に入ったみたいでなによりだ。どれも効果は一回きりだからな、考えて使うんだぞ」
その言葉にしっかり頷く。この世界の宝石や魔石の相場は知らないけれど、これがとんでもなく貴重な物だってことくらいは私にもよくわかった。
(こんな物を用意してくれるくらい、ガイアは心配してくれてるんだ……)
ここは王都。本来の乙女ゲームの舞台だった、陰謀渦巻く大都市だ。ちゃんと気をつけよう。自分の身は、出来るだけ自分で護れるように。
「(すこし魔力無効化の力も磨きたいな。サフィールさんの所なら本とかあるかも……)んぶっ!?きゃーっ、何なに!?なにこれ!?」
急に真っ暗になった視界にその場でバタバタする私。一体何事!?
「はははっ、馬鹿だな。ただ飛んできたチラシが顔に当たっただけだろ。ほら、取ってやる、か、ら……」
笑いながら私の顔に張り付いたそれを剥がしたガイアの表情が、硬直した。ただならないその様子に、私もチラシを覗き込む。
「嘘…………!」
グシャグシャにされ煤けたそれは、王立魔術研究所の所長と副所長の殉職を報じた号外記事で。
震えた指先のせいでカップからこぼれた紅茶の雫が、無情な事実に染みを落としていった。
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