上 下
61 / 147
第1章 初恋の彼は、私の運命の人じゃなかった

Ep.55 桜の御守り

しおりを挟む
「一体どこのどいつからだ!?」

 顔色を変えたガイアにそう両肩を掴まれ揺すられて、びっくりしてしまう。周りの人達からもちらほら視線が集まってきた。ちょ、ちょっとからかい返すだけのつもりだったのに、まさかこんなに動揺するなんて……。

「学生の頃の話か?それともあの変態所ちょ……」

「待っ、違う違う!誤解だよ!」

「じゃあ一体相手は誰なんだよ!」

「あ、いや、それは……」

「それは!?」

 ひぃぃっ、恐いよーっ!なんでガイアこんなに怒ってるのーっ!? この空気じゃものすごく言いづらいけど、何事かと周りの人達からも視線が集まってきてるし。早く誤解を解く為に素直に白状することにした。
 
「う、うちの家族からです……!」

「ーー……は?」

 きょとん、とガイアの怒気が消えた。そのことにほっとしつつ、指をもじもじさせながら白状する私。

「だから、お父様とソレイユとルカから、毎年貰ってるよー……って、ちょっとからかおうと思っただけなの。あ、あと従兄弟のお兄さんにも一回だけいただいたかな。だから、その、見栄張ってごめんなさい……」

「はぁー……、なんだよ、焦って損した……!」

 しゅんとしつつ謝った私から手を離して、ガイアが深いため息をつく。何をそんなに焦ってたんだろう?

「ふふっ、嫌ね。私がそんなにモテる訳ないじゃない」

「……どうだかな」

 思わずクスクス笑いながらそう言えば、ガイアがポツリとなにかを呟いた。首を傾げた私にもう一度ため息をついて、ガイアが右手を差し出す。手を重ねると、当然みたく指を絡め取られた。

「それで?今まではどんなものを貰ったんだ?」

「色々貰ったけど……、去年はソレイユからは加工されたお花がついた飾り時計で、ルカからは摘んだお花を使った押し花のしおりだったかな」

「伯爵からは?」

「お父様?お父様からは……、たくさんの刺繍糸と質の良い布を貰ったわ」

 貰った時の衝撃と、得意気なお父様の表情を思い出しながら遠い目をして言えば、ガイアもポカンとした表情になった。

「……失礼を百も承知で聞くが、お前のお父上は恋華祭りの趣旨を勘違いしてないか?これは完成品を贈るのが普通だろ」

「そう思って私も意図を聞いたけど、『これを使って好きな花柄の小物でも作りなさい』って言われたわ」

「なんだそりゃ……」

 あきれたようにガイアが笑う。『お父様は生涯、花束と装飾品《アクセサリー》はお母様にしか贈らないと決めてるそうよ』と教えたら、一晩中聞かされた惚気話を思い出したのかうんざりした表情で納得していた。

「まぁそれなら納得出来なくも……、いや、でもお前はそれでよかったのか?結局どうしたんだ、その布と糸」

「ん?言われた通り、自分で刺繍してお花柄のポーチにしたよ。ガイアのハンカチーフにしたのと同じ柄!!」

 丁度カバンにいれてたそのポーチをジャーンと効果音つきで取り出す。ガイアは柔らかく目を細めて、『そうか』と笑った。

「じゃあ、今まで異性から装飾品を貰ったことはないのか?」

「うん、無いよ。前にガイアがくれたリボンが初めて。興味がない訳じゃなかったけど、ご縁がなかったしね」

 それに、好きな人以外からそう言うものをいただくのはちょっと……っていう気持ちもあるし。

「そうか。なら、丁度よかったかもな」

「え?」

 聞き取れなかった呟きに首を傾げる。ガイアはなんでもないと笑って、私の出したポーチを手に取った。

「しかしよく出来てる。流石だな、売り物みたいだ」

「ふふ、ありがとう。まぁこれ実は2個目だから、1回目作った方よりいい出来なんだよね」

「2個目?」

「うん。始めに作った方は一度学園の中庭に忘れちゃって、そのまま無くなっちゃったの。で、同じのを作り直したから、“2個目”なのです」

「あぁ、そう言うことか」

 あの時はすぐに忘れたことに気づいて取りに戻ったのに、結局見つからなかったのよね。学園の職員室にも届けられてなかったし、果たしてどこに行っちゃったのやら……。と、そこでふと思い出す。

(そう言えば、学園で恋華祭りといえば、卒業の年に何か大きな事件を解決するイベントがあったなー……どんなシナリオだったっけ)

 私の記憶が戻ったのがゲームのエンディングに当たる卒業当日だったせいで、実際ヒロインちゃんとナターリエ様がどれくらいゲームのシナリオに添った行動をしてたのかはわからないのよね。しかもこの一年間、ヒロインちゃんと第一王子様がずっとおとなしいままなのも気になるな……。

「どうした?ずっと歩き通しで疲れたか?」

「ーっ!ううん!城下町なんて歩いたこと無かったから、新鮮で楽しいよ!」

 心配してくれたガイアに笑い返す。

「そうか、なら、一ヶ所寄りたい所があるんだがいいか?」

「うん、もちろん!」

 微笑んだ彼に手を引かれ辿りついたのは、街の端にひっそり佇む歴史のありそうな鍛冶屋さんだった。
 いい感じに年季が入った木製の扉を慣れた様子でくぐって行くガイアに私もついていく。

 奥で作業をしていた白髪混じりのお爺ちゃんが、ガイアの姿に気づいて微笑んだ。

「おやおや、いらっしゃいませガイアス様。そちらのお嬢さんが、以前贈り物をされた方ですかな?」

「あぁ、まぁ……な」

 お爺ちゃんの言葉に頬をかきながらガイアが笑う。何の話かわからずきょとんとしてると、お爺ちゃんの目がこっちに向いた。

「ようこそいらっしゃいませ、お嬢様。なにもない所ですが、よろしければご自由に見て回ってください」

「ありがとうございます。よく手入れが行き届いた工房ですね、ご主人が大切にされてるのがよくわかります」

 ご挨拶に答えてペコリと頭を下げると、お爺ちゃんはちょっと驚いてから顔をしわくちゃにして笑った。

「なるほど……。人の気持ちに敏感で思いやりのある素敵なお嬢さんですな、ガイアス様」

「えっ!?そんな、買いかぶりですよ!?」

「いいや?俺もそう思うぞ」

「ガイアまで……!」

 唐突な誉め殺しに耐えきれず、赤くなったほっぺたを手で隠す。

「ほっほっほ。可愛らしいことで」

「そうだろ?ただ……一番肝心な所で鈍いんだ」

 照れてる私に笑いながら、ガイアはお爺ちゃんに何かを耳打ちしていた。なんの話だろ?

「なるほど、ガイアス様も苦労されているようですな」

「まあな、長期戦は覚悟の上だ。地道に攻めるしか無いさ」

 何の話かよくわからないけど、ガイアが誰かと戦っていることはわかった。何の戦いかはわからないけど、頑張ってほしいと思う。

「ところで、頼んでいた物は出来てるか?」

「もちろんですとも。しばしお待ちを」

 お爺ちゃんが奥に設置された鍵付きのチェストから何かを取り出して戻ってきた。それを受け取ったガイアが振り返って、ゆっくりこちらに歩いてくる。

 差し出された彼の手には、紺色のビロードの小箱が乗っていた。

「丁度王都に来ることになってよかった。これを、受け取ってくれないか?」

「え……!?」

 びっくりし過ぎて変な声が出た。え、え!?これってもしかして……!

「わ、私が、貰っていいの……?」

 ナターリエ様にも、恋華祭りの贈り物はあげたこと無いって言ってたのに!? 
 でもガイアは、いつになく穏やかに笑ったまた、私の手にその小箱を握らせる。

「あぁ……他の誰でもない。お前に、受け取って欲しいんだ」

「あ、ありがとう……!」

 緊張して震える指先で、そうっと小箱を開く。中から出てきたのは、桜の形をした銀細工のブローチだった。花びらの所には、一ヶ所を除いてそれぞれ色味の少しずつ違うピンク色の宝石がはまっている。

「可愛い……!え、これどうしたの!?」

「記憶が戻ってすぐに、設計図を送ってここの店主に作って貰ったんだ」

 まさかのオーダーメイド……!
 幸せなびっくりの連続すぎて段々夢でもみてる気になってきた。アワアワしてる私の前で、ガイアがそっとブローチを取り出す。

「はまっている宝石には、今まで討伐してきた魔物の魔石から作った薬液が入っている。一つ目から、襲ってきた相手を一瞬で眠らせる催眠石。二つ目は、怪我の回復を極限まで高めてくれる回復石。三つ目は、砕くと持ち主の居場所を味方に知らせてくれる連絡石。四つ目は、飲むと一時的に姿を見えなくしてくれる透過石。そして……」

 ガイアが胸ポケットから、一際濃いピンク色の石を取り出した。桜の花びらを真似た石だけど、単体でみるとハート型みたい。

 それを、一ヶ所だけ穴が空いていたブローチにカチッとはめる。

「これが、この間のキラービーの女王《マザー》の毒から作った、どんな毒も無効化する万能毒消し薬だ。これから先、俺がどうしても隣に居られない時は……」

 そのまま私の手にブローチを握らせ、ガイアがそこに軽く口付けを落とす。

「これが“君”を、数多の危険から護ってくれますように」

「……っ!」

 いつになく丁寧な“騎士”らしい口調に、真剣な眼差しに、胸がきゅうううっと音を立てる。
 手渡された桜のブローチを、改めて両手で握りしめた。

「願いを込めた、御守りだ。受け取ってくれるか?」

「うん……っ、大切にするね!」

  私の満面の笑みを見て、ガイアも満足気に笑う。そんな私達を見て、店主のお爺ちゃんもニコニコと笑っていた。

「いやぁ、若いと言うのは良いものですなぁ……」







 お爺ちゃんにもお礼を言って、2人で鍛冶屋さんを後にした。大通りまで戻ったら、今日はレストランでお食事です。テラス席、デートらしくて素敵だけど冬だとちょっと寒いね。

(でも、今日は本当に楽しかったなぁ……)

 早速胸元に着けたブローチを見てはつい表情が緩む私。向かいに座ったガイアが、足を組み直して頬杖を付きながらふっと笑った。

「気に入ったみたいでなによりだ。どれも効果は一回きりだからな、考えて使うんだぞ」

 その言葉にしっかり頷く。この世界の宝石や魔石の相場は知らないけれど、これがとんでもなく貴重な物だってことくらいは私にもよくわかった。

(こんな物を用意してくれるくらい、ガイアは心配してくれてるんだ……)

 ここは王都。本来の乙女ゲームの舞台だった、陰謀渦巻く大都市だ。ちゃんと気をつけよう。自分の身は、出来るだけ自分で護れるように。

「(すこし魔力無効化の力も磨きたいな。サフィールさんの所なら本とかあるかも……)んぶっ!?きゃーっ、何なに!?なにこれ!?」

 急に真っ暗になった視界にその場でバタバタする私。一体何事!?

「はははっ、馬鹿だな。ただ飛んできたチラシが顔に当たっただけだろ。ほら、取ってやる、か、ら……」

 笑いながら私の顔に張り付いたそれを剥がしたガイアの表情が、硬直した。ただならないその様子に、私もチラシを覗き込む。

「嘘…………!」

 グシャグシャにされ煤けたそれは、王立魔術研究所の所長と副所長の殉職を報じた号外記事で。

 震えた指先のせいでカップからこぼれた紅茶の雫が、無情な事実に染みを落としていった。

    ~Ep.55 桜の御守り~


しおりを挟む
感想 140

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!

たぬきち25番
恋愛
 気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡ ※マルチエンディングです!! コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m 2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。 楽しんで頂けると幸いです。

我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。

たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。 しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。 そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。 ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。 というか、甘やかされてません? これって、どういうことでしょう? ※後日談は激甘です。  激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。 ※小説家になろう様にも公開させて頂いております。  ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。  タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~

最低悪女の前世返り

天色茜
恋愛
平和な王国アルカシアの女王として君臨したミティアという極悪非道の悪女。女王に粛清を、神の裁きを。そう叫んだ者は数知れない。ただ彼女の力は絶大で、長い間誰も彼女に手を出すことができなかった。しかし、結局最期には罪人として捕らえられ、処刑された。こうしてアルカシアには平和な日常が戻ったのだ…。 ある日目が覚めた私は前世の記憶を思い出した。 それは国に暴虐の限りを尽くした女王ミティアとしての記憶と、日本で普通の人間として暮らしていた記憶だった。私はこの世界に再びミティアとして転生していたのだ。 禁忌の闇魔法を使う、冷酷で残忍、史上最も最低な悪女……前世ではそう呼ばれたが、今回の人生では真っ当に生きてみせる。そうして自分が傷付けた人たちに償いをして、彼らの幸せを見届けるんだ……。 ――そう思っていたけれど、行動が空回りしてなかなか上手くいかない。でもなぜか私は周りから愛されるようになっていって……!?

私はモブ嬢

愛莉
恋愛
レイン・ラグナードは思い出した。 この世界は前世で攻略したゲーム「煌めく世界であなたと」の世界だと! 私はなんと!モブだった!! 生徒Aという役もない存在。 可愛いヒロインでも麗しい悪役令嬢でもない。。 ヒロインと悪役令嬢は今日も元気に喧嘩をしておられます。 遠目でお二人を眺める私の隣には何故貴方がいらっしゃるの?第二王子。。 ちょ!私はモブなの!巻き込まないでぇ!!!!!

生前はライバル令嬢の中の人でしたが、乙女ゲームは詳しくない。

秋月乃衣
恋愛
公爵令嬢セレスティアは、高熱を出して数日寝込んだ後に目覚めると、この世界が乙女ゲームであるという事を思い出す。 セレスティアの声を担当していた、彼氏いない歴=年齢の売れない声優こそが前世の自分だった。 ゲームでは王太子の婚約者になる事が決まっているセレスティアだが、恋愛経験もなければ乙女ゲームの知識すらない自分がヒロインに勝てる訳がないと絶望する。 「王太子妃になれなくて良いから、とにかく平穏無事に生き延びたい……!」

転生したら乙ゲーのモブでした

おかる
恋愛
主人公の転生先は何の因果か前世で妹が嵌っていた乙女ゲームの世界のモブ。 登場人物たちと距離をとりつつ学園生活を送っていたけど気づけばヒロインの残念な場面を見てしまったりとなんだかんだと物語に巻き込まれてしまう。 主人公が普通の生活を取り戻すために奮闘する物語です 本作はなろう様でも公開しています

異世界細腕奮闘記〜貧乏伯爵家を立て直してみせます!〜

くろねこ
恋愛
気付いたら赤ん坊だった。 いや、ちょっと待て。ここはどこ? 私の顔をニコニコと覗き込んでいるのは、薄い翠の瞳に美しい金髪のご婦人。 マジか、、、てかついに異世界デビューきた!とワクワクしていたのもつかの間。 私の生まれた伯爵家は超貧乏とか、、、こうなったら前世の無駄知識をフル活用して、我が家を成り上げてみせますわ! だって、このままじゃロクなところに嫁にいけないじゃないの! 前世で独身アラフォーだったミコトが、なんとか頑張って幸せを掴む、、、まで。

悪役令嬢は頑張らない 〜破滅フラグしかない悪役令嬢になりましたが、まぁなるようになるでしょう〜

弥生 真由
恋愛
 料理が好きでのんびり屋。何をするにもマイペース。そんな良くも悪くも揺らがない少女、 陽菜は親友と共に事故にあい、次に目覚めたら乙女ゲームの悪役令嬢になっていた。  この悪役令嬢、ふわふわの銀髪に瑠璃色の垂れ目で天使と見紛う美少女だが中身がまぁとんでも無い悪女で、どのキャラのシナリオでも大罪を犯してもれなくこの世からご退場となる典型的なやられ役であった。  そんな絶望的な未来を前に、陽菜はひと言。 「お腹が空きましたねぇ」  腹が減っては生きてはいけぬ。逆にお腹がいっぱいならば、まぁ大抵のことはなんとかなるさ。大丈夫。  生まれ変わろうがその転生先が悪役令嬢だろうが、陽菜のすることは変わらない。  シナリオ改変?婚約回避?そんなことには興味なし。転生悪役令嬢は、今日もご飯を作ります。

処理中です...