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第1章 初恋の彼は、私の運命の人じゃなかった

Ep.37 不変の男

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 デコピンの痛みに散々悶えたあと、ガイアは結局一人で上に様子を見に向かった。

 私はその間、もう少しこの部屋のことを調べてほしいと彼に頼まれたのだ。



 それから、頼まれた通り魔法の部屋のなかをもう一度調べてみようと一人辺りを練り歩いてみたものの……。



「うーん……、どこまで歩いても行き止まらなんて、不思議」

 

 果ての見えない空間を一直線に歩き続けて来たけど、流石に足が疲れてきたので一旦休憩。何故だか都合よくあった切り株に腰かけて足を擦りながら、まだまだ続く景色を見据えた。



「行けども行けども広がるのは青々した芝生と飛び交う魔法の本ばかり……。一体どれくらい広い空間なのかしら。下手したらこのお屋敷の敷地より広そうだし、魔法で拡張されてるとか?」



 いや、でもそうだとしても、この屋敷の主だったガイアのお祖父様はあくまで彼の義父のような存在であって血縁ではなかった。つまり、魔力を持たない普通の人間だった筈で。第一、この世界に魔力を持つ人間なんて一握りしか居ないし、居たとしてもその人達は“忌み子”として迫害されて自由な生き方はなかなか出来なかった筈だ。それこそ、長く苦しんできた、彼ガイアのように。

 だとしたら、尚更、こんな大がかりな魔術をこの地下室にかけたのは一体誰だと言うのか。



「……~~っ、あーもうっ!駄目だ、全然考えがまとまらなーいっ!」



 謎の白紙本、意図がわからない桜の咲き誇る魔法部屋、ガイアが私と出会った思い出だけを綺麗さっっぱり忘れている理由、この魔法の部屋に魔法をかけた術者の正体その他諸々。

 考えることが多すぎてもう頭がパンクしそうだ。



「かなり遠くまで来ちゃったし、一旦引き返そうかな……きゃっ!」



 わからないときに無理に考えても仕方ない。収穫が無いのは悔しいけれど引き返そうと立ち上がったその時、うっかり切り株の根に足を引っ掻けて尻餅をついてしまった。同時に、何かのスイッチが入ったようなカチッと言う小さな音が耳を掠める。



(何?今の音、ま、まさか……)



 嫌な予感に恐る恐る切り株についた自分の手元を見ると、右手の指先がしっかりと切り株の隠しスイッチらしき窪みにはまっている。青ざめる間もなく、足元に魔方陣が出現して光り出した。この魔法の部屋に転送されたときと同じ魔方陣だ。



「や、やっぱりこうなるのーっ!!?」



 慌てて魔方陣から走って離れようとしても既に手遅れで。目も眩むような激しい閃光と一緒に、私はその場から姿を消した。












━━━━━━━━━━━━━━━━

「わぁっ!!あ、あれ?痛くない……」



 転送されて着地した先は、ふわふわのソファーの上だった。まだ少しチカチカする目を擦りつつ辺りを見ると、先ほどまでとは景色が一変していることがわかる。さっきまで見ていた自然溢れる景色はここにはなく、代わりにシンプルだけど質の良い調度品が置かれた室内が視界に写る。

 やはり、あの魔法の部屋から全く別の場所に飛ばされてしまったようだ。



「何だろうこの部屋、大広間とも客間とも違う……」



 家具や壁紙、敷物も明かりも、昼間散々見た他の部屋より大分控えめな印象だ。

 家具自体ほとんど無いところを見ると、秘密の休憩室のようなものなのだろうか。



「ーっ!わぁ、これ、ガイアとお祖父様かな?小さくて可愛い……、ーっ!」



 そんなことを思いながらふと何の気なしに背後を向くと、壁に大きな肖像画が二枚飾られていた。どちらも家族や親しい者を集めた集合絵。別にそれだけなら何ら珍しくはない……けれど。右の肖像画の小さな彼の可愛さに和んでから、ふと左の肖像画に描かれた一人の男性に見覚えがあることに気づく。



「これ……、サフィールさん、だよね……?」



 銀縁の眼鏡に涼しげな目元、青みがかった銀髪のその美貌はなかなか印象的で、見間違えようがなかった。そう言えばあの人は魔持ちについて研究していてガイアのお祖父様とも面識があったようだし、まぁ顔馴染みであったとしてもわからなくは無い。

 ただ、問題なのは。何故十数年前に亡くなられた筈のガイアのお祖父様の隣に、現在と全く同じ容姿のサフィールさんの姿が書かれているのかだ。



「若作り、なんてレベルじゃないよね……?まさか、サフィールさんって……」



「はーい、潜入捜査兵気取りはそこまでですよ、お嬢様」



「えっ……きゃあ!」



 突然、気配もなかったはずの背後から肩を掴まれて押し倒される。驚いて目を見開いてる間に、両手も頭上で拘束されてしまった。

 せめてもの抵抗で、キッと目の前のその男の顔を睨み付ける。



「嫁入り前の淑女にいきなり襲いかかるだなんて、一体何のおつもりですか?サフィールさん!」



「嫌ですねぇ、そんなに怖い顔をしなくても取って食べたりはしませんよ。ただ……、困るんですよねぇ。今、貴方にここまで知られてしまっては」



 『さぁ、お仕置きの時間です』



 背後の古びた肖像画と寸分違わぬ笑顔を浮かべ、男のその手が私を捉えた。



     ~Ep.37 不変の男~


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