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第1章 初恋の彼は、私の運命の人じゃなかった
Ep.31 読めない男〔後編〕
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「あの……、お話って何ですか?早く帰らないとまた皆に心配かけちゃうし、手短にお願いします」
「まぁまぁ、立ち話もなんでしょう。とりあえず座られてはいかがです?」
いかにも人当たりがよさそうな微笑みでそう言われて、仕方がなくサフィールさんの隣に腰かけた。
いつでも逃げられるように拳3つ分の距離を開けた位置に座りながら、何も喋らないその人の横顔を観察する。
(こうして見ると美人だなぁ、この人)
ガイアも中性的な美形ではあるけど、元々騎士として生きてきたこともあって彼は男性らしい凛々しさもしっかりあるタイプなんだけど。反してサフィールさんの容姿は、細くしなやかでキラキラ光る白銀の長髪に、睫毛が長くて色気の感じる眼差しが大人びた雰囲気の正に“美人”だ。体格さえ上手く誤魔化せば女性で通せるかもしれない。
「そんなにまじまじと見つめられると照れてしまいますねぇ。セレスティア様は中性的な美形がお好みですか?」
「ーっ!ちっ、違います!」
「おや、てっきり護衛騎士のガイアス様を慕っている物と思っておりましたが違うんですか。では、うちの阿保……失礼、所長にもまだ機会がありますかねぇ」
「ーっ!?いやっ、それは違ってなくて……!わ、私はガイアが好きなのでマークスさんのお気持ちには何があっても答えられません!!!」
大きな声で怒鳴ってからハッと両手で口を塞いだ。や、やっちゃった……!家族にすらバラしてない本心をこんな形で親しくもない相手に告白してしまった恥ずかしさで顔が熱くなる。
「ちっ、違っ、今のは違くて!いや、ガイアのこと大好きな気持ちは違わないんですけど、決して彼を困らせたい訳じゃないから、その……っ、ガイアには言わないで下さい……!」
ブンブンと腕を振りながら必死に弁明するけど、段々何が言いたいのかわからなくなってきてもう涙目だ。もうヤダ、恥ずかしすぎて泣きそう……!
「ふふっ……、いや、これは失敬。ここまで一途なお嬢さんは初めて拝見した物ですから。しかし“幼き日に大切なハンカチーフを縫い直した”その恩人が貴方であると気づきもしないような男をよくそこまで真っ直ぐに思い続けられますねぇ」
「……!そりゃ、ちょっとはさみしいですけど……」
でも、例えあの日のことは忘れたままでもあの小さな一枚のハンカチが彼の心の支えになってくれているのなら、それが一番嬉しいから。
「ガイアがあのハンカチを大切にしてくれてるなら、今はそれだけで十分ですよ」
胸に片手を当ててそう答えてから、ふと感じた違和に首をかしげた。
「あれ?私、サフィールさんに小さい頃彼と出会ってたこと話しましたっけ……?」
「いいえ?聞いては居ませんねぇ。まぁ何にせよ所長は思い込みが激しい方ですから、何故気持ちに答えられないのかの理由をハッキリ言った上でお断りした方が懸命だと思いますよ」
「は、はい、そうします……」
私、家族にすら初恋の彼がガイアだった話はしてない。一瞬話を逸らされかけたけど、どうやってそれを知ったのかとじっとりと睨み付けるとサフィールさんはにこやかに微笑んだまま『研究者と言うものは知りたがりなんですよ』と言った。結局答えになってないような……。
「まぁ何にせよお気持ちが変わる様子は無いようですね。ですが本当にガイアス様でよろしいのですか?彼は、漆黒の髪の持ち主ですよ」
『平々凡々な貴女やご家族に、災いを運ぶかも知れない』と、端正な顔を私の耳元に近づけて囁いてきたサフィールさんの肩を思い切り押し返した。
「例え誰に何を言われようが、私の気持ちは変わりません。それに黒髪がなんなんですか?皆、黒なら駄目だとか金や銀なら美しいとか好き放題言ってますけど、所詮はどれも“ただの髪”です!そんな下らないネタでこれ以上ガイアのこと傷つけるなら私が許しませんから!!」
珍しく驚いた表情になった読めない男の白銀の髪をひとふさすくいあげながら、真っ直ぐ目を見て言い切った。よし、言ってやったぞ!さて、言いたいことは言ったし帰ろうかな……。
「……ふふっ」
「え?」
「ふっ、はははははははっ!」
「えっ、ち、ちょっとサフィールさん!?」
焦る私の前で、サフィールさんはバンバンと自分の足を叩きながら爆笑している。
「ははっ、申し訳ありません、決して馬鹿にした訳では……。いや、『所詮はどれもただの髪』、なるほど、名言です」
どれくらい笑い続けたのか、ようやく落ち着いてきたサフィールさんの第一声はそれだった。『馬鹿にした訳ではない』って言うけど、笑いすぎで目尻に涙を溜めて息も絶え絶えでそんなこと言われても正直馬鹿にされてる気しかしないんですが。
「いやぁ本当に、自分だけの自由な考えを持てる貴女がうらやましい限りですよ。年寄りにはわからないですからねぇ」
『本当に、貴女が羨ましい』然り気無さを装って吐き出されたそれは、初めて聞いたサフィールさんの本音のような気がした。
「わからないなら、これから知れば良いじゃないですか。知らないことがたくさんあるって、きっと楽しいです。それに……『研究者は知りたがり』なんでしょう?」
「……!」
サフィールさんが一度目を大きく見開いて、それからふわりと笑って立ち上がった。
「まさかこんな年下の幼いお嬢さんに励まして頂けるとは思いませんでした、ありがとうございます。さぁ、長話してしまいましたし、そろそろ帰りましょうか。お家までお送りしますよ、お嬢さん?」
「どういたしまして、って私もう18ですし幼くないですよ!ちょっと、聞いてます!?」
『聞いてます聞いてます』なんて答えつつもがっしり人の手を掴んで歩くサフィールさんに、この人絶対私を幼児だと思ってるでしょと思った。何だ、胸か、胸が絶壁なのがいけないのか……!
「着きましたよ。どうしました?そんなにご自分の足元ばかり見て」
スチュアート家の門の少し手前で振り返ったサフィールさんにそう聞かれたが、私が見ていたのは胸だ。ただ、厚みがないから真下に落とした視線が爪先まで一直線だっただけで。
「……帰ったら冷蔵庫の牛乳飲み尽くしてやる」
「……?よくわかりませんが、頑張ってください」
「ありがとうございます。……あっ、そう言えば、結局サフィールさんのお話ってなんだったんですか?」
「あぁ、そうでしたね。……記憶と言うのは儚いものだ、大切なはずの思い出も、長い月日が経つと薄れていってしまう。そうでしょう?」
「は、はぁ。そうですね……?」
唐突に何を言い出すんだと首をかしげる私の頭を、サフィールさんはポンポンと叩く。
「ですが人とは面白い生き物でしてね。物理的な記憶がどれほど奪われようとも、そこに伴っていた心までは失われない物なのです。どうか、その事をお忘れなきように」
よくわからないけど、サフィールさんがあんまり真剣な顔でそう言うから思わず頷いてしまった。
『いい子です』と笑って、懐からサフィールさんが私のリボンを取り出す。
「では、これはお返しせねばなりませんね。長居させたお詫びに私がお付けしましょう」
「えっ?でもそれは……っ」
「まぁまぁ、ご遠慮なさらずに」
有無を言わせない滑らかな手つきでサフィールさんが私の髪を編み上げて、編み込みの下をリボンで丁寧に結びあげた。て、手慣れている……!
「あ、ありがとうございました」
「どういたしまして。では……」
「え……?」
ぺこりと頭を下げた直後、いきなりサフィールさんは編み込まずにあえて残した私の髪をひとふさすくいあげた。いきなり何?と戸惑う私を他所に、サフィールさんがにこりと笑って掬った私の髪に軽く、口づけた。
「え、……っ!!!?い、いきなり何するんですか!!」
「すみません、貴女に少々興味が沸きまして。口づけくらいいいじゃありませんか、『所詮はただの髪』でしょう?」
無駄に洗礼された王子染みたキザな仕草とキラキラした顔立ちに耐性がなくて真っ赤になる私を見て心底楽しそうに笑うサフィールさんは、やっぱり読めない人だとうんざりしつつ思った。
~Ep.31 読めない男〔後編〕~
『結局貴方は敵?味方?』
「まぁまぁ、立ち話もなんでしょう。とりあえず座られてはいかがです?」
いかにも人当たりがよさそうな微笑みでそう言われて、仕方がなくサフィールさんの隣に腰かけた。
いつでも逃げられるように拳3つ分の距離を開けた位置に座りながら、何も喋らないその人の横顔を観察する。
(こうして見ると美人だなぁ、この人)
ガイアも中性的な美形ではあるけど、元々騎士として生きてきたこともあって彼は男性らしい凛々しさもしっかりあるタイプなんだけど。反してサフィールさんの容姿は、細くしなやかでキラキラ光る白銀の長髪に、睫毛が長くて色気の感じる眼差しが大人びた雰囲気の正に“美人”だ。体格さえ上手く誤魔化せば女性で通せるかもしれない。
「そんなにまじまじと見つめられると照れてしまいますねぇ。セレスティア様は中性的な美形がお好みですか?」
「ーっ!ちっ、違います!」
「おや、てっきり護衛騎士のガイアス様を慕っている物と思っておりましたが違うんですか。では、うちの阿保……失礼、所長にもまだ機会がありますかねぇ」
「ーっ!?いやっ、それは違ってなくて……!わ、私はガイアが好きなのでマークスさんのお気持ちには何があっても答えられません!!!」
大きな声で怒鳴ってからハッと両手で口を塞いだ。や、やっちゃった……!家族にすらバラしてない本心をこんな形で親しくもない相手に告白してしまった恥ずかしさで顔が熱くなる。
「ちっ、違っ、今のは違くて!いや、ガイアのこと大好きな気持ちは違わないんですけど、決して彼を困らせたい訳じゃないから、その……っ、ガイアには言わないで下さい……!」
ブンブンと腕を振りながら必死に弁明するけど、段々何が言いたいのかわからなくなってきてもう涙目だ。もうヤダ、恥ずかしすぎて泣きそう……!
「ふふっ……、いや、これは失敬。ここまで一途なお嬢さんは初めて拝見した物ですから。しかし“幼き日に大切なハンカチーフを縫い直した”その恩人が貴方であると気づきもしないような男をよくそこまで真っ直ぐに思い続けられますねぇ」
「……!そりゃ、ちょっとはさみしいですけど……」
でも、例えあの日のことは忘れたままでもあの小さな一枚のハンカチが彼の心の支えになってくれているのなら、それが一番嬉しいから。
「ガイアがあのハンカチを大切にしてくれてるなら、今はそれだけで十分ですよ」
胸に片手を当ててそう答えてから、ふと感じた違和に首をかしげた。
「あれ?私、サフィールさんに小さい頃彼と出会ってたこと話しましたっけ……?」
「いいえ?聞いては居ませんねぇ。まぁ何にせよ所長は思い込みが激しい方ですから、何故気持ちに答えられないのかの理由をハッキリ言った上でお断りした方が懸命だと思いますよ」
「は、はい、そうします……」
私、家族にすら初恋の彼がガイアだった話はしてない。一瞬話を逸らされかけたけど、どうやってそれを知ったのかとじっとりと睨み付けるとサフィールさんはにこやかに微笑んだまま『研究者と言うものは知りたがりなんですよ』と言った。結局答えになってないような……。
「まぁ何にせよお気持ちが変わる様子は無いようですね。ですが本当にガイアス様でよろしいのですか?彼は、漆黒の髪の持ち主ですよ」
『平々凡々な貴女やご家族に、災いを運ぶかも知れない』と、端正な顔を私の耳元に近づけて囁いてきたサフィールさんの肩を思い切り押し返した。
「例え誰に何を言われようが、私の気持ちは変わりません。それに黒髪がなんなんですか?皆、黒なら駄目だとか金や銀なら美しいとか好き放題言ってますけど、所詮はどれも“ただの髪”です!そんな下らないネタでこれ以上ガイアのこと傷つけるなら私が許しませんから!!」
珍しく驚いた表情になった読めない男の白銀の髪をひとふさすくいあげながら、真っ直ぐ目を見て言い切った。よし、言ってやったぞ!さて、言いたいことは言ったし帰ろうかな……。
「……ふふっ」
「え?」
「ふっ、はははははははっ!」
「えっ、ち、ちょっとサフィールさん!?」
焦る私の前で、サフィールさんはバンバンと自分の足を叩きながら爆笑している。
「ははっ、申し訳ありません、決して馬鹿にした訳では……。いや、『所詮はどれもただの髪』、なるほど、名言です」
どれくらい笑い続けたのか、ようやく落ち着いてきたサフィールさんの第一声はそれだった。『馬鹿にした訳ではない』って言うけど、笑いすぎで目尻に涙を溜めて息も絶え絶えでそんなこと言われても正直馬鹿にされてる気しかしないんですが。
「いやぁ本当に、自分だけの自由な考えを持てる貴女がうらやましい限りですよ。年寄りにはわからないですからねぇ」
『本当に、貴女が羨ましい』然り気無さを装って吐き出されたそれは、初めて聞いたサフィールさんの本音のような気がした。
「わからないなら、これから知れば良いじゃないですか。知らないことがたくさんあるって、きっと楽しいです。それに……『研究者は知りたがり』なんでしょう?」
「……!」
サフィールさんが一度目を大きく見開いて、それからふわりと笑って立ち上がった。
「まさかこんな年下の幼いお嬢さんに励まして頂けるとは思いませんでした、ありがとうございます。さぁ、長話してしまいましたし、そろそろ帰りましょうか。お家までお送りしますよ、お嬢さん?」
「どういたしまして、って私もう18ですし幼くないですよ!ちょっと、聞いてます!?」
『聞いてます聞いてます』なんて答えつつもがっしり人の手を掴んで歩くサフィールさんに、この人絶対私を幼児だと思ってるでしょと思った。何だ、胸か、胸が絶壁なのがいけないのか……!
「着きましたよ。どうしました?そんなにご自分の足元ばかり見て」
スチュアート家の門の少し手前で振り返ったサフィールさんにそう聞かれたが、私が見ていたのは胸だ。ただ、厚みがないから真下に落とした視線が爪先まで一直線だっただけで。
「……帰ったら冷蔵庫の牛乳飲み尽くしてやる」
「……?よくわかりませんが、頑張ってください」
「ありがとうございます。……あっ、そう言えば、結局サフィールさんのお話ってなんだったんですか?」
「あぁ、そうでしたね。……記憶と言うのは儚いものだ、大切なはずの思い出も、長い月日が経つと薄れていってしまう。そうでしょう?」
「は、はぁ。そうですね……?」
唐突に何を言い出すんだと首をかしげる私の頭を、サフィールさんはポンポンと叩く。
「ですが人とは面白い生き物でしてね。物理的な記憶がどれほど奪われようとも、そこに伴っていた心までは失われない物なのです。どうか、その事をお忘れなきように」
よくわからないけど、サフィールさんがあんまり真剣な顔でそう言うから思わず頷いてしまった。
『いい子です』と笑って、懐からサフィールさんが私のリボンを取り出す。
「では、これはお返しせねばなりませんね。長居させたお詫びに私がお付けしましょう」
「えっ?でもそれは……っ」
「まぁまぁ、ご遠慮なさらずに」
有無を言わせない滑らかな手つきでサフィールさんが私の髪を編み上げて、編み込みの下をリボンで丁寧に結びあげた。て、手慣れている……!
「あ、ありがとうございました」
「どういたしまして。では……」
「え……?」
ぺこりと頭を下げた直後、いきなりサフィールさんは編み込まずにあえて残した私の髪をひとふさすくいあげた。いきなり何?と戸惑う私を他所に、サフィールさんがにこりと笑って掬った私の髪に軽く、口づけた。
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「すみません、貴女に少々興味が沸きまして。口づけくらいいいじゃありませんか、『所詮はただの髪』でしょう?」
無駄に洗礼された王子染みたキザな仕草とキラキラした顔立ちに耐性がなくて真っ赤になる私を見て心底楽しそうに笑うサフィールさんは、やっぱり読めない人だとうんざりしつつ思った。
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