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第1章 初恋の彼は、私の運命の人じゃなかった

Ep.29.5 眠れぬ夜の悩み事

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「あー、疲れた……」

 夜、風呂から上がったガイアは濡れた髪を乾かす気力すらなくベッドに倒れ込んだ。体が石のように重たく、瞼を開けるのも億劫だ。研究者達の案内で山道を歩き、遭難したセレンを探して崖を滑り降りて、最後には久方ぶりに魔物と戦ったりと、何だかんだと今日は丸一日動き通しだったせいだろう。

 壁に立て掛けた自分の剣を見やる。四ひき目のキラービーに強く弾き飛ばされてしまったそれは一部が派手に歪んでしまっていた。あれでは、戦闘時の威力も半減だろう。
 今日の様子を見るに予想以上に魔物の数が多そうだと言うのに、よりによってこんなときにと肩を落とす。

 ふと『魔法で戦わないの?』と言う昼間セレンから受けた問いが頭を過った。

 確かに、身体も頑丈な魔物に物理で対抗するのはどうやったって分が悪い。本来ならば、魔術を主に使い戦う方がずっと合理的だ。自分には、魔力があるのだから。

「ーーー……」

 明かりもつけていない暗い部屋の中で、両手を体の前にかざす。簡易詠唱を呟くと、手のひらに一瞬炎が揺らいだ。これを使いこなせれば、と思うとぐわっと火力が強まる。
 激しくなったオレンジ色の光の先で、嫌な記憶がぐらりと揺れた。

「……っ、駄目だ!」

 思わず声に出して叫ぶのと同時に、魔力で産み出された炎が弾け消える。更に増した疲労感に、ぐったりと瞳を閉じた。

 やっぱり駄目だ。まだ俺はこの力を、使いこなせる自信が無いと。

(そういえば、引き取られてすぐの頃にお祖父様が俺に魔力の扱いを教えてくれそうな魔持ちの友人が居ると言っていたな……)

 あの時、師匠となってくれたかもしれない祖父の友とやらを拒絶して会いすらもしなかったことを今更ながらに後悔した。

(屋敷にある交遊関係の帳簿を探せば今からでも……いや、無理か)

 祖父の友人ならば、9年前の時点でも既に90近かった筈だ。今さら探したとて、とっくに亡くなっているか、見つかったとしても病に臥せっていて自由に動けない状態である可能性の方が高い。

 コンコンっ

 いや、第一に、魔力持ちであることを相手は隠していたのかも知れない。だとしたら手詰まりだ。探しようがない。

 ゴンゴンゴンッ

 ならばやはり独学だ。いや、でも練習の過程でまた、あの時のような失敗を繰り返してしまったら……

 ドンドンドンドンっ

 ーー……うるさい。

 渦巻いていた思考が派手に扉を叩く音に遮られた。
 苛立ちに任せて扉まで走る。

「こんな遅くにやかましいわ!一体何のよ……うわっ!!」

 扉を開け放し怒鳴りつけていた途中、いきなりふたつの影がぎゅうっと飛び付いてきた。驚いたガイアを見て、彼に抱きついたままの双子が笑う。
 その小さな身体を包んでいるふわふわの布地と、フードについた長い耳を撫でながら首をかしぐ。どうやら新しいパジャマのようだが、これはもしや……

「……うさぎ?」

「「せいかーい!」」

「ねーさまがつくってくれたの!」

「モフモフきもちいいから、すきなだけ撫でていーぞ!!」

 グイグイとくっつかれると、確かに柔らかな手触りに少しだけ気分が解れたような気がする。頭を順番に撫でてやると、双子は満足げに胸を張った。

 なんてタイミングで可愛らしい真似をするのだ、うっかり和んでしまったじゃないかと笑って顔をあげる。扉の影からこちらを覗いていた彼女がさっと身を隠した。

(……って、隙間から髪が見えてるっての)

 揺れているストロベリーブロンドの髪に笑いだしそうな気持ちを抑えて、彼女が裏に潜んでいる扉を掴む。開けようとするといつもより若干重かった。見つかるまいと彼女が反対側から扉を引っ張っているようだ。まぁ、男と女の力差では全く無駄な抵抗な訳だが。

「諦めろ、もうバレてんぞ」

「きゃっ!」

 ぐっと少し力を込めて扉を開く。支えを失って一瞬体勢を崩したその身体を抱き止めて、白々しいくらいにっこりと笑ってやった。断じて捕まえたわけではない。……が、騎士として取り調べは必要だ。

「で?いきなりこれは何の真似だ?セレン
。ただでさえ疲れているし、夕飯も抜きにされて腹も減ってるだろうから今夜は早めに寝ろと俺や父君やソレイユから散々言われた筈だよな?」

「はぅっ!」

 暗に、『新しいパジャマを縫っている場合か』と言う思いを込めて言えば、腕の中で小さな肩がビクッと跳ねる。じっと見つめていると、ようやくセレンが顔を上げた。
 
「お、怒らない?」

「……っ、あ、あぁ」

 というか、そもそも別に怒ってないのだが。更に上目遣いで恐る恐る聞いてくる仕草にクラっと来て思わず視線を逸らしたが、逆にそのせいでチラリと見えた胸元に更に動揺する。
 爆発的に速くなった鼓動が彼女に聞こえていないことを願うガイアの心中は露知らず、セレンは前世で言う着ぐるみパジャマのようなウサギ型寝巻きに身を包んだ弟達を抱き上げて笑った。

「今日、ガイア結局ウサギちゃん触れなかったでしょう?だから、代わりに何か癒しを提供したいなと思って、うちで一番ふわふわの布で作ってみたんだけど……」

 ぎゅっと小さな双子を抱き締めて、伺うような顔で『ちょっとは癒された?』と聞いてくるその姿に一瞬呆けて。それから思わず吹き出した。

「ははっ、ありがとな。お陰で色々吹き飛んだよ」

「本当!?そっか、良かったぁ」

 笑いすぎて涙が滲んだ視界の先で、セレンが心底嬉しそうに笑う。その笑顔だけで、さっきまで堂々巡りでどうしようもなかった憂鬱な気分さえ吹き飛んでしまった。結局、一番の癒しなど言うまでもないのだ。本当、彼女には敵わない。

「ふふ、効果テキメンで良かったわ。もし癒しが足らなそうなら私も着ようかと思って大人サイズのパジャマも作っちゃったんだけど、要らなかったね~」

「へぇ、そうなん……待て、まさかそれって自分用か?」

「そうだよ?作ってたら楽しくなっちゃって家族全員分塗っちゃった。でも私の奴だけ布地が足りなくなっちゃったからサイズもピチピチだし下は短パンになっちゃったから、流石に人様に着た所は見せられないかな」

「…………っ!やめろ、具体的に話すな!(想像しちまったじゃねーかよ……!)」

 サイズ感の説明まで目の前で当人からされたから、体のラインに沿った可愛らしい寝巻きに身を包んだその姿を想像してしまったじゃないか。わざとか、わざとなのかとモヤモヤしていたら、セレンが控えめに何かを取り出した。

「ちなみに、ガイアの分もあるんだけど……着る?」

「はぁ!?お前大の男に何着せようとしてんだよ。着ねえよ、着るわけないだろ、癒しを自給自足しろと!?悲しすぎるだろうが!」

「えー、ガイアだって絶対似合うのに……」

 取り出された黒色のふわふわパジャマに最早悪意しか感じない。『それは自分で着ろ!』と、なけなしの理性を振り絞ってセレンと双子を部屋から叩き出した。
 力一杯閉めた扉に背を預けて、ズルズルとその場に座り込む。

「あぁもう、何が癒しだよ……!」

 いや、確かに癒されはした。お陰さまで、さっきまでの疲れも悩みも吹き飛んだ。しかし、しかしである。

 惚れた女に無駄に想像を掻き立てられるネタだけを半端に残されて、思春期の男児が何故安眠など出来ようか。

「ったく、セレンの奴……!」

 頭から毛布を被り恨みがましく呟いてみても意味は無い。結局、新たな悩みのせいで今夜は眠れぬ夜になりそうだと、今日一番深いため息をそっと吐き出した。

   ~Ep.29.5 眠れぬ夜の悩み事~

  『その後ガイアが寝付けたのは、空が明るみ始めた明け方の頃であったと言う』
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