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第1章 初恋の彼は、私の運命の人じゃなかった
Ep.20 求婚者は突然に
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あれから唐突な求婚に混乱した私は、とりあえずガイアの思い出の場所でこんなわけがわからない騒ぎを起こすのはよくないとあの場に現れた研究者の人達を全員つれて一度スチュアート家に戻った。
行きとまるで違う大所帯になった上、見ず知らずの男性にずっとくっつかれている姉の姿にソレイユが唖然と呟く。
「姉上、ガイアさん、おかえりなさい。あの、そちらの方は姉上のお知り合い……ですか?」
「い、いえ、そんな覚えはないんだけど……」
ちらっと隣を見ると、目があったメガネの男性にまた改めてがしっと両手を掴まれた。
王室お抱えの魔術研究室の証の紋が刺繍された白衣をまとった見知らぬメガネの男性。その人が私の両手を握ったまま、指輪を差し出してもう一度『私の妻になってください!』と口にした。顔を見なくても、突然すぎる事態にソレイユとスピカが困惑しているのがわかる。これは駄目だ、きっぱり断らないと!
「あ、あの、初対面の方からいきなり求婚されても困りますし、こんな高価な指輪なんて受けとれません!とにかく離してください……!!」
「嫌ですねセレスティア様、忘れてしまわれたのですか?紅葉の舞う小道で運命の出会いを果たしたあの日を!」
キラキラした曇りなき眼で差し出されたそのハンカチは確かに私のもので、そこでようやく思い出した。そうだ、確かこの人……
「先の秋の日にスチュアート領の森の入り口でお怪我をされていた研究者様ですね」
「思い出していただけましたか!魔物に切られた忌まわしい傷に貴方が優しくハンカチを巻いて下さったあの時からずっと、私は貴方と結ばれる為の準備をしてきたのですよ。お会いできてよかった、魔物の生体調査で遥々ここまでやって来た甲斐がありました!遠慮なさらず左手をお出しください、さぁ!」
「いえ、それはたまたま通りがかった際に貴方が血を流されてたから少し応急処置をしただけですから!貴方がたは最近出没している魔物について仕事で調べにいらしたのでしょう?だからほら、一旦落ち着いて下さい!」
「またまた、そんなに恥ずかしがらずとも大丈夫ですよ。サイズは貴方に合わせてあります!」
私の話なんてほぼ聞き流して、男性が私の指に持参した指輪をはめようとする。どの指にかって?聞かないで頂戴!!
とにかくこのまま指輪をはめられてしまっては更に厄介な事態になる。何とか振りほどかないとと思うけど、暴走している男性の力は強くて腕を引っ張ってみてもびくともしない。どうしよう……!
戸惑っている間に、とうとう左の薬指に指輪があてがわれた。
「嫌っ、離して……っ「セレンから離れてもらおうか」ーっ!?ガイアっ……!」
「あいたたたたっ!な、何ですかあなたは!!」
指輪が指先に触れそうになった瞬間、間に入り込んできたガイアが男性の腕を捻りあげて私から引き離してくれた。ほっとして力が抜けた私を一歩下がらせて背中に隠しながら、ガイアが指輪を握りしめ憤慨している男性を睨み付ける。
「俺……いや、私は白竜騎士団・第一支部副主任のガイアス・エトワール。現在は陛下の勅命によりセレスティア・スチュアート嬢の護衛を賜っている。いくら王立魔道研究所の職員と言えど、嫌がっている令嬢の体に触れ力ずくで求婚を迫るなど誉められたことではないと思うが?」
「は、白竜騎士団の“黒の騎士”!!?聞いてないぞ……!」
外行きの威厳さえある態度に切り替えて名乗ったガイアに、研究員の男があからさまにたじろぐ。
それはそうだ。ガイアが所属している“白竜騎士団”は国の男性なら誰もが一度はそこに所属することを夢見るとされる国内随一の力を持つ騎士団。そこに所属する騎士達は国の頂点足る王家に選ばれた存在であり、そこらの下級貴族よりよっぽど社会的に高い力があるのだから。
いくら王宮お抱えの施設に勤めている高給取りと言えど、いっぱしの研究者である男性が気後れしてしまうのも無理はない。
私を庇ってくれるように前に立つガイアの横顔をちらっと見上げた。
(そう考えるとガイアってやっぱすごい人なんだなぁ……。夕べ食器洗ってる時に私のお気に入りのお皿落として割っちゃってソレイユとスピカに叱られてたけど、すごい人なんだなぁ……)
と、ガン見する私の視線に気づいて振り返って眉を寄せたガイアが、いきなりふにっと私の頬っぺたをつまんだ。
「おい、何だよその目は。言いたいことがあるならハッキリ言え」
「いひゃいいひゃい!な、なんでもないよーっ」
「本当かよ、ったく……。まぁいい、下がってろ」
「はーい……」
解放された頬っぺたを擦る私と苦笑いしてるガイアのやり取りを見て、研究者の男がワナワナと震えながらガイアを指差した。
「くっ……!先程から黙って見ていれば何なんだ貴方は、私の妻となるセレスティア様に馴れ馴れしい!」
「いや、妻になんか絶対なりませんけど……!」
「だから今護衛だって言っただろうが……」
疲れてきたのかそうため息混じりに呟いたガイアに、まだまだ男は突っかかり続ける。
「護衛だと!?不幸を呼び寄せる忌み子の身でありながらなんと身の程知らずな!貴方が彼女の側にいて一体何の役に立つと言うのです!?どうせ戦う以外何も出来やしないのでしょう!ならば私の方がずっと彼女を幸せにして差し上げられます!」
「役立たずとは失礼だな。俺だって普段から買い出しで重たいもの持ったり、傷んだ屋根とか柵直したり、食器洗ったり、チビ達の課題見たり………………。俺、何のためにここに来たんだっけ……」
「「ガイアさんしっかりして!言い負けないで!!!」」
「ほら見なさい!セレスティア様、そんな忌み子の背になど隠れていないでさぁ、私の隣へ……っ」
「はーいそこまでですよーマークス所長、ちょっと落ち着いてくださいねー」
改めて考えてみると護衛らしいことをほとんどしてないことに気づいて語気が弱まっていくガイアにスピカとソレイユが叫ぶ中、ようやく部下らしき他の男性が求婚してきたメガネの男性を後ろから羽交い締めにして止めた。
って止めに入るの遅いよ!しかもその人所長さんだったの!?王立魔道研究室の人事状況大丈夫!!?
「離しなさいお前達!私はまだセレスティア様とお話がぁぁぁぁっ!」
「はいはいわかりましたわかりました、とは言えセレスティア様もいきなりのことでまだ混乱されてるでしょうから今日のところは一旦引き上げましょうねー」
「突然の来訪にも関わらずお騒がせして申し訳ありませんでした。魔物の生態系調査の件につきましてはまた明日打ち合わせに参りますので」
なんて思っている間にメガネの研究者改めマークスさんは、他の部下の人達にずるずると引きずられて帰っていった。あー、疲れたぁ……。
唯一この場に残ったマークスさんの次に偉い立場らしい研究者さんが、改めて私とガイアに向き直る。
「ははは、本当にお騒がせ致しました。改めましてご挨拶致します。私は王立魔道研究室にて主任を勤めております、サフィール・ネクロフィアと申します」
そう言って恭しく頭を下げたサフィールさんは、風になびくガイアの髪を見てスッと目を細めながら微笑んで右手を差し出す。ガイアが多少怪訝な目をしつつもそれに答えて握手をするのを一歩後ろから見ていた。
「お目にかかれて光栄ですよ、ガイアス・エトワール副白竜騎士団長。国内でも有力な侯爵の血筋であったエトワール家に生まれながら“魔持ち”である黒の髪で生まれし薄幸の青年。不幸な境遇をものともせず学院生時代から公爵家に仕え、二年前には国王陛下の暗殺を防ぎ史上最年少で白竜騎士団へ抜擢された実力者だと伺っております。下の世代には貴方を“黒の騎士様”と呼び敬っている者も多いとか」
「買い被りだ、私はただ常に自分の出来ることを全うしてきたに過ぎない。今の立ち位置はその結果論だ」
「またまたご謙遜を。魔力に関する研究を生業としている私共としても貴方の存在には非常に関心があるのですよ。何せ貴方は現在我が国で一人しか居ない“魔持ち”であり、幼少期には生家からひと月に一杯の水しか与えられず地下牢に監禁されていたにも関わらず死なずに生き延びられていた程の魔力の持ち主」
「えっ……!?」
予想だにしなかった形でガイアの過去を聞いて私達がぎょっとする中、サフィールさんはガイアと握手する手に更に力を込めた。
「と言うことで非常に興味深いので、ちょっと解剖させていただいてもよろしいでしょうか?」
「よろしいわけ無いだろうが、死ぬわ」
ズバッと切り返したガイアがにこやかにとんでもない提案をしてきたサフィールさんの手を振り払う。
サフィールさんはと言えば、ガイアの反応に対して怒るでも悪びれるでもなく。笑顔のまま『冗談です、とは言え今回の魔物討伐において貴方の魔術には期待しておりますよ』と言い残して帰っていった。
これでようやく、研究チームの全員が我が家から立ち去ったことになる。嵐が過ぎ去った気分で、誰からともなくほぅっと息をついた。
「なんか、すごいのが来ちまったな……」
「本当ね……明日からの魔物生態調査あの面子で大丈夫かな。ところでガイア、あの……」
「ん?」
さっきサフィールさんが言っていた『ひと月に一杯の水しか与えられず監禁』の件が気になって質問しそうになったけど、こちらを見たガイアと視線がかち合って言い淀んでしまった。ついつい聞きそうになっちゃったけど、これって無闇に触れちゃいけない話なんじゃ……。と悩んでいたら、ガイアがふと空を見上げながら『さっきの話なんだけどさ』と口を開いた。
びくっと肩を跳ねさせた私に苦笑混じりのため息を溢してガイアが続ける。
「聞いた通り、俺小さい頃要は『食べなくても死なない身体』だったわけ。で、そのあとお祖父様に引き取られてすぐさ、出てくる食事やらなにやら皆旨いから嬉しかったんだけど……」
「だ、だけど……?」
「俺、食べなくても大丈夫な身体にこんなに栄養取ったらいずれ部屋にあるクマ(のぬいぐるみ)みたいな体型になっちまうんじゃないかって初めの頃怖かったんだよな」
「……へ?」
真面目な顔をしていきなり何を言い出すのだこの人は。と冷静に思う反面、さっきガイアのお祖父様のお屋敷で見た彼の部屋にあったテディベアの姿を思い出す。
思わずぎゅっと抱き締めたくなるようなそのふわっふわモフモフのクマちゃんの耳と尻尾つきの小さな頃のガイアがポンと頭の中に浮かんだ。
「ふふっ、何それ可愛い。やだもうガイアったら」
「ガイアさんでも冗談言うんですね……」
「そうね。で、結局太っちゃったんですか?ガイアお兄様」
「いいや?ご覧の通り大丈夫だったけど」
そうスピカに答えながら笑っている私達を見て安心したように細められた彼の眼差しに、元気付けてくれたのだと気づいて頬が綻ぶ。
「さてと、じゃあ元気になったところで……」
口が悪いことも多いし変な所で不器用な人だけど、やっぱり好きだなぁ……なんて思っていたら、いきなり正面からガイアに両肩を掴まれた。
至近距離で見つめられて、一気に鼓動が早くなる。
「えっ、えっ!!?何!?」
「何?じゃないだろう。あのマークスとか言う研究者と一体何があったのか、じっっくり聞かせて貰おうか?」
私が以前マークスさんに手当てであげたハンカチーフをぎゅうっと握りしめながら笑うその姿に震える。
ひぃぃぃぃっ!笑ってるのに目が笑ってない!怖いよーっ!
「そっ、ソレイユ、スピカ……っ」
「「あ、「私/僕]達学校の課題があるので失礼しますー」」
視線で助けを求めた姉を見捨てて家へと駆け込んでいく二人。あ、あの薄情者ーっ!!
仕方ないのでもう一度恐る恐るガイアの顔を見上げる。
「くっ……!そんな目しても逃がさないぞ。さぁ、話して貰おうか」
一瞬口元を片手で覆って咳払いをしたガイアだけど、逃がしてくれる気はないらしく私の肩は彼のたくましい手にしっかり押さえられたまま。
ガイアやっぱ最近ちょっとおかしいよ。迷惑はそんなかけてないのに何でこんなに怒ってるの?もう、誰か助けてーっ!!
~Ep.20 求婚者は突然に~
『見ず知らずの男に自分の名が入ったハンカチーフをやるなんてお前は馬鹿なのか!』とこの後セレンがガイアからみっちり説教を食らったのはまた別の話……。
行きとまるで違う大所帯になった上、見ず知らずの男性にずっとくっつかれている姉の姿にソレイユが唖然と呟く。
「姉上、ガイアさん、おかえりなさい。あの、そちらの方は姉上のお知り合い……ですか?」
「い、いえ、そんな覚えはないんだけど……」
ちらっと隣を見ると、目があったメガネの男性にまた改めてがしっと両手を掴まれた。
王室お抱えの魔術研究室の証の紋が刺繍された白衣をまとった見知らぬメガネの男性。その人が私の両手を握ったまま、指輪を差し出してもう一度『私の妻になってください!』と口にした。顔を見なくても、突然すぎる事態にソレイユとスピカが困惑しているのがわかる。これは駄目だ、きっぱり断らないと!
「あ、あの、初対面の方からいきなり求婚されても困りますし、こんな高価な指輪なんて受けとれません!とにかく離してください……!!」
「嫌ですねセレスティア様、忘れてしまわれたのですか?紅葉の舞う小道で運命の出会いを果たしたあの日を!」
キラキラした曇りなき眼で差し出されたそのハンカチは確かに私のもので、そこでようやく思い出した。そうだ、確かこの人……
「先の秋の日にスチュアート領の森の入り口でお怪我をされていた研究者様ですね」
「思い出していただけましたか!魔物に切られた忌まわしい傷に貴方が優しくハンカチを巻いて下さったあの時からずっと、私は貴方と結ばれる為の準備をしてきたのですよ。お会いできてよかった、魔物の生体調査で遥々ここまでやって来た甲斐がありました!遠慮なさらず左手をお出しください、さぁ!」
「いえ、それはたまたま通りがかった際に貴方が血を流されてたから少し応急処置をしただけですから!貴方がたは最近出没している魔物について仕事で調べにいらしたのでしょう?だからほら、一旦落ち着いて下さい!」
「またまた、そんなに恥ずかしがらずとも大丈夫ですよ。サイズは貴方に合わせてあります!」
私の話なんてほぼ聞き流して、男性が私の指に持参した指輪をはめようとする。どの指にかって?聞かないで頂戴!!
とにかくこのまま指輪をはめられてしまっては更に厄介な事態になる。何とか振りほどかないとと思うけど、暴走している男性の力は強くて腕を引っ張ってみてもびくともしない。どうしよう……!
戸惑っている間に、とうとう左の薬指に指輪があてがわれた。
「嫌っ、離して……っ「セレンから離れてもらおうか」ーっ!?ガイアっ……!」
「あいたたたたっ!な、何ですかあなたは!!」
指輪が指先に触れそうになった瞬間、間に入り込んできたガイアが男性の腕を捻りあげて私から引き離してくれた。ほっとして力が抜けた私を一歩下がらせて背中に隠しながら、ガイアが指輪を握りしめ憤慨している男性を睨み付ける。
「俺……いや、私は白竜騎士団・第一支部副主任のガイアス・エトワール。現在は陛下の勅命によりセレスティア・スチュアート嬢の護衛を賜っている。いくら王立魔道研究所の職員と言えど、嫌がっている令嬢の体に触れ力ずくで求婚を迫るなど誉められたことではないと思うが?」
「は、白竜騎士団の“黒の騎士”!!?聞いてないぞ……!」
外行きの威厳さえある態度に切り替えて名乗ったガイアに、研究員の男があからさまにたじろぐ。
それはそうだ。ガイアが所属している“白竜騎士団”は国の男性なら誰もが一度はそこに所属することを夢見るとされる国内随一の力を持つ騎士団。そこに所属する騎士達は国の頂点足る王家に選ばれた存在であり、そこらの下級貴族よりよっぽど社会的に高い力があるのだから。
いくら王宮お抱えの施設に勤めている高給取りと言えど、いっぱしの研究者である男性が気後れしてしまうのも無理はない。
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(そう考えるとガイアってやっぱすごい人なんだなぁ……。夕べ食器洗ってる時に私のお気に入りのお皿落として割っちゃってソレイユとスピカに叱られてたけど、すごい人なんだなぁ……)
と、ガン見する私の視線に気づいて振り返って眉を寄せたガイアが、いきなりふにっと私の頬っぺたをつまんだ。
「おい、何だよその目は。言いたいことがあるならハッキリ言え」
「いひゃいいひゃい!な、なんでもないよーっ」
「本当かよ、ったく……。まぁいい、下がってろ」
「はーい……」
解放された頬っぺたを擦る私と苦笑いしてるガイアのやり取りを見て、研究者の男がワナワナと震えながらガイアを指差した。
「くっ……!先程から黙って見ていれば何なんだ貴方は、私の妻となるセレスティア様に馴れ馴れしい!」
「いや、妻になんか絶対なりませんけど……!」
「だから今護衛だって言っただろうが……」
疲れてきたのかそうため息混じりに呟いたガイアに、まだまだ男は突っかかり続ける。
「護衛だと!?不幸を呼び寄せる忌み子の身でありながらなんと身の程知らずな!貴方が彼女の側にいて一体何の役に立つと言うのです!?どうせ戦う以外何も出来やしないのでしょう!ならば私の方がずっと彼女を幸せにして差し上げられます!」
「役立たずとは失礼だな。俺だって普段から買い出しで重たいもの持ったり、傷んだ屋根とか柵直したり、食器洗ったり、チビ達の課題見たり………………。俺、何のためにここに来たんだっけ……」
「「ガイアさんしっかりして!言い負けないで!!!」」
「ほら見なさい!セレスティア様、そんな忌み子の背になど隠れていないでさぁ、私の隣へ……っ」
「はーいそこまでですよーマークス所長、ちょっと落ち着いてくださいねー」
改めて考えてみると護衛らしいことをほとんどしてないことに気づいて語気が弱まっていくガイアにスピカとソレイユが叫ぶ中、ようやく部下らしき他の男性が求婚してきたメガネの男性を後ろから羽交い締めにして止めた。
って止めに入るの遅いよ!しかもその人所長さんだったの!?王立魔道研究室の人事状況大丈夫!!?
「離しなさいお前達!私はまだセレスティア様とお話がぁぁぁぁっ!」
「はいはいわかりましたわかりました、とは言えセレスティア様もいきなりのことでまだ混乱されてるでしょうから今日のところは一旦引き上げましょうねー」
「突然の来訪にも関わらずお騒がせして申し訳ありませんでした。魔物の生態系調査の件につきましてはまた明日打ち合わせに参りますので」
なんて思っている間にメガネの研究者改めマークスさんは、他の部下の人達にずるずると引きずられて帰っていった。あー、疲れたぁ……。
唯一この場に残ったマークスさんの次に偉い立場らしい研究者さんが、改めて私とガイアに向き直る。
「ははは、本当にお騒がせ致しました。改めましてご挨拶致します。私は王立魔道研究室にて主任を勤めております、サフィール・ネクロフィアと申します」
そう言って恭しく頭を下げたサフィールさんは、風になびくガイアの髪を見てスッと目を細めながら微笑んで右手を差し出す。ガイアが多少怪訝な目をしつつもそれに答えて握手をするのを一歩後ろから見ていた。
「お目にかかれて光栄ですよ、ガイアス・エトワール副白竜騎士団長。国内でも有力な侯爵の血筋であったエトワール家に生まれながら“魔持ち”である黒の髪で生まれし薄幸の青年。不幸な境遇をものともせず学院生時代から公爵家に仕え、二年前には国王陛下の暗殺を防ぎ史上最年少で白竜騎士団へ抜擢された実力者だと伺っております。下の世代には貴方を“黒の騎士様”と呼び敬っている者も多いとか」
「買い被りだ、私はただ常に自分の出来ることを全うしてきたに過ぎない。今の立ち位置はその結果論だ」
「またまたご謙遜を。魔力に関する研究を生業としている私共としても貴方の存在には非常に関心があるのですよ。何せ貴方は現在我が国で一人しか居ない“魔持ち”であり、幼少期には生家からひと月に一杯の水しか与えられず地下牢に監禁されていたにも関わらず死なずに生き延びられていた程の魔力の持ち主」
「えっ……!?」
予想だにしなかった形でガイアの過去を聞いて私達がぎょっとする中、サフィールさんはガイアと握手する手に更に力を込めた。
「と言うことで非常に興味深いので、ちょっと解剖させていただいてもよろしいでしょうか?」
「よろしいわけ無いだろうが、死ぬわ」
ズバッと切り返したガイアがにこやかにとんでもない提案をしてきたサフィールさんの手を振り払う。
サフィールさんはと言えば、ガイアの反応に対して怒るでも悪びれるでもなく。笑顔のまま『冗談です、とは言え今回の魔物討伐において貴方の魔術には期待しておりますよ』と言い残して帰っていった。
これでようやく、研究チームの全員が我が家から立ち去ったことになる。嵐が過ぎ去った気分で、誰からともなくほぅっと息をついた。
「なんか、すごいのが来ちまったな……」
「本当ね……明日からの魔物生態調査あの面子で大丈夫かな。ところでガイア、あの……」
「ん?」
さっきサフィールさんが言っていた『ひと月に一杯の水しか与えられず監禁』の件が気になって質問しそうになったけど、こちらを見たガイアと視線がかち合って言い淀んでしまった。ついつい聞きそうになっちゃったけど、これって無闇に触れちゃいけない話なんじゃ……。と悩んでいたら、ガイアがふと空を見上げながら『さっきの話なんだけどさ』と口を開いた。
びくっと肩を跳ねさせた私に苦笑混じりのため息を溢してガイアが続ける。
「聞いた通り、俺小さい頃要は『食べなくても死なない身体』だったわけ。で、そのあとお祖父様に引き取られてすぐさ、出てくる食事やらなにやら皆旨いから嬉しかったんだけど……」
「だ、だけど……?」
「俺、食べなくても大丈夫な身体にこんなに栄養取ったらいずれ部屋にあるクマ(のぬいぐるみ)みたいな体型になっちまうんじゃないかって初めの頃怖かったんだよな」
「……へ?」
真面目な顔をしていきなり何を言い出すのだこの人は。と冷静に思う反面、さっきガイアのお祖父様のお屋敷で見た彼の部屋にあったテディベアの姿を思い出す。
思わずぎゅっと抱き締めたくなるようなそのふわっふわモフモフのクマちゃんの耳と尻尾つきの小さな頃のガイアがポンと頭の中に浮かんだ。
「ふふっ、何それ可愛い。やだもうガイアったら」
「ガイアさんでも冗談言うんですね……」
「そうね。で、結局太っちゃったんですか?ガイアお兄様」
「いいや?ご覧の通り大丈夫だったけど」
そうスピカに答えながら笑っている私達を見て安心したように細められた彼の眼差しに、元気付けてくれたのだと気づいて頬が綻ぶ。
「さてと、じゃあ元気になったところで……」
口が悪いことも多いし変な所で不器用な人だけど、やっぱり好きだなぁ……なんて思っていたら、いきなり正面からガイアに両肩を掴まれた。
至近距離で見つめられて、一気に鼓動が早くなる。
「えっ、えっ!!?何!?」
「何?じゃないだろう。あのマークスとか言う研究者と一体何があったのか、じっっくり聞かせて貰おうか?」
私が以前マークスさんに手当てであげたハンカチーフをぎゅうっと握りしめながら笑うその姿に震える。
ひぃぃぃぃっ!笑ってるのに目が笑ってない!怖いよーっ!
「そっ、ソレイユ、スピカ……っ」
「「あ、「私/僕]達学校の課題があるので失礼しますー」」
視線で助けを求めた姉を見捨てて家へと駆け込んでいく二人。あ、あの薄情者ーっ!!
仕方ないのでもう一度恐る恐るガイアの顔を見上げる。
「くっ……!そんな目しても逃がさないぞ。さぁ、話して貰おうか」
一瞬口元を片手で覆って咳払いをしたガイアだけど、逃がしてくれる気はないらしく私の肩は彼のたくましい手にしっかり押さえられたまま。
ガイアやっぱ最近ちょっとおかしいよ。迷惑はそんなかけてないのに何でこんなに怒ってるの?もう、誰か助けてーっ!!
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