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第1章 初恋の彼は、私の運命の人じゃなかった

Ep.19 鴉

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「森の魔物の生態系調査、ですか?」 

「そうなんだよ、うちの屋敷の裏の森にどうやら魔物の巣が出来てしまったらしくてね。危険が無いかを見に王都から研究者の方々がいらっしゃるんだ。その研究チームのリーダーの方が案内役にお前をご指名なんだよ」

 紅葉の時期が終わって木枯らしに身が震える季節が来たある日、久しぶりに家に帰ってきたお父様からそんなことを言われた。一応そのリーダーさんのお名前を聞いてみたら「マークスさん」と言うらしいけど全く聞き覚えがない。一体何で見ず知らずの私を案内役に? 

「あの、ちなみにそれ拒否権は……」

「王室お抱えの研究所からの依頼だよ?あると思うかい……?いや、でも可愛い愛娘が嫌だと言うなら僕は父としてこの首を差し出……っ」

「さなくていいから!わかった、わかったよ、ちゃんとおもてなしとご案内するからお父様早まらないでーっ!!!」

「あ、そうかい?じゃ、頼んだよ!ちなみにその魔物の本拠地になっている場所はね……」

「……え?」

 私が承諾するなりコロッと笑顔になったお父様が教えてくれた予想外の目的地に、一瞬思考が停止した。












ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 それから三日後、私は研究チームとの合流場所を目指して森の中を歩いている。ピュウっと吹き抜けた風が冷たくてブルッと身震いしたところで、隣を歩いているガイアが小さなくしゃみをしたのが聞こえた。

「くしっ、あー……流石に冬場の森は冷えるな」

「もう12月になるからね、仕方ないよ。だから寒いから無理してついてきてくれなくて大丈夫よって言ったのに」

「駄目だ。研究室は騎士団に次いで女旱《おんなひでり》の男所帯なんだぞ。そんな環境に令嬢がひとりで向かうなんて絶対許さん」

「ガイアったら、それじゃ護衛騎士って言うより過保護なお父さんみたいだよ?」

 クスクス笑うと『誰がお父さんだ!』と鋭い突っ込みが返ってきた。

「相手が魔物であるなら“魔持ち”の俺が出るに越したことはないだろ。魔力の無い彼らは相手が上級魔物では太刀打ち出来ない。ましてや、魔物の本拠地のひとつにになっているかもしれない場所がお祖父様の屋敷だとくれば……尚更な」

 自嘲気味に笑ったガイアのその言葉にコクンと頷く。そう、この世界には確かに魔物が居る。でも、普通の人間には魔法を使う為の魔力が無いのだ。
 そして、この世界で魔力を持って生まれた人間にはひとつの特徴がある。魔持ち、とされるその人達は皆、夜のような漆黒の髪でこの世に生を受けるのだ。今私の隣に居るガイアのように。
 黒髪が忌み子の証だなんて中傷が生まれたのは、長い歴史の中で幾度となく高い魔力を持つ“魔持ち”の人間を狙った魔物による街や村の虐殺が起こってきた為なのだそうだ。『漆黒の髪は忌み子の証、必ず不幸を呼び寄せる』と。

 『お祖父様の屋敷が狙われたのも、俺があそこで育ったからかもな』なんて苦笑したガイアの笑顔が切なくて、胸がモヤモヤする。


(そんなの本人達のせいじゃないのにさ……。都合が悪いときは勝手に怖がって虐げといて、いざ魔物と戦いますってなった時だけ頼りにするのって何かずるくない?)

「うーん……、きゃっ!」

 考え事をしながら歩いてたら、急に額にゴンッと衝撃を受けた。張り出していた木の枝に頭をぶつけたらしい。衝撃で枯れ葉がパラパラとたくさん降ってきた。

「うぅ、痛たたたっ……!」

「ハハッ、何してるんだよ、大丈夫か?髪が葉っぱまみれじゃないか。……っ」

 葉っぱまみれの私の髪に笑いながら手を伸ばしたガイアだけど、その手は髪に触れる直前でピタリと止まった。ピクッと指先が一瞬動いてから離れていったその不自然な動きに首を傾げる。

「ガイア?どうしたの?」

「……いいや、なんでもない。それよりその髪はあとで鏡でも見て整えた方がいいな。みの虫みたいになってるぞ」

「みの虫!?そんなに葉っぱついてるの!?」

「あぁ。だから早く行くぞ、もう着くから」

「はーい。でもみの虫なんて意地悪言うならガイアがちょっと位取ってくれたらいいのに……」

 むくれながら離れていくセレンの背に無意識に伸ばしそうになった指先を、ガイアはぐっと押さえ込む。

「勘弁してくれ。触れたら歯止め利かなくなんだよ……!」

 気を抜けば一気に溢れそうな想いに揺れる葛藤を、聞かれないよう口の中で噛み殺した。





「6 年ぶりか……変わらないな、ここは」

 ようやくたどり着いたお屋敷を見上げてガイアがそう息をついた。確かに彼の言う通り、お屋敷は多少外壁にツタや苔がついているものの他は綺麗なままだった。

「特に荒らされてる感じは無いね、とても魔物に住み憑かれてる様には見えないな……。こんなに素敵なお家なのに」

「あぁ……、事件依頼来るのが怖くて一度も訪れずに居たが……まさかこんなにも綺麗なままだとは驚いたよ」

 『本当に、懐かしい』と、嬉しそうな、でもどうしようもなく悲しそうな横顔でガイアが呟く。


 

「研究員達はまだのようだな。仕方ない、彼等が到着するまでは森の方で待機を……って、何してるんだ?」

「ガイア、ここに帰ってくるの6年ぶりなんでしょう?だったら今の内に一度中を見てこようよ!」

「は!?いや、それは確かにそうだが……でも駄目だ。魔物が中に居る恐れがあるんだろう?危険すぎる。今焦って中に入らなくても、研究員が到着すれば嫌でも入るじゃないか」

「でも、研究室の人達が来たらお屋敷の中も外もみーんな調査の為に引っ掻き回されちゃうよ」

「……っ」

「だから、少しでも目に焼き付けておこう?貴方を愛してくれた、お祖父様との思い出の場所を」

 ぐっと押し黙ったガイアの右手をぎゅっと掴む。振りほどかれる気配はない。
 だから、私は握りしめていた正面玄関の錆び付いたドアノブを思い切り押す。
 長年手入れもせずに雨風にさらされてきた蝶番がギィィ……と嫌な音を立てるのを聞きながら、二人で中へと踏み込んだ。

 手始めに大理石の中央ホールから、食事用の広間、ガイアのお祖父様の書斎、衣装部屋と順に回っていく。やっぱり荒らされた様子は無く、魔物の気配もしなかった。
 はじめは私がガイアを引っ張っていたのに、いつの間にか繋いだままの手を引かれるようにして彼に屋敷の中を案内されて。最後にたどり着いたのは、ガイアが小さい頃使っていたという子供部屋だった。

「ここが昔のガイアの部屋?クマちゃん(テディベア)置いてあって可愛いね~。ふふ、もしかしてだっこして寝てたの?」

「そんなわけないだろ!それはお祖父様が『夜寂しくないように』って寄越したんだよ!……それにしても妙だな」

「え、妙って何が?どのお部屋も綺麗だったよ」

「だからだよ、6年放置してたんだぞ?その割には綺麗すぎる。それに、何だか家具の配置や書斎の本も僅かにだがずれているような……」

「ーっ!じゃあ、誰かがこのお屋敷に忍び込んで家具を動かしたり本を調べたりしたってこと?でも、6年も前に無人になった家に、一体誰が?」

「それはわからな…………いや、ひょっとして、鴉《カラス》か?」

「カラス?あの真っ黒い鳥の??」

 首をかしげて聞いた私に、ガイアはがっくりと脱力した。

「そんなわけがないだろうが……。鴉ってのは、王家が雇用している諜報員の総称さ。どんな場所にも入り込み、何者にでも化けて馴染み、普通では権力に阻まれて裁けない高い身分を持つ高位貴族や王族の犯罪についてを誰にも知られぬよう調べあげる。まさしく、王政の影に生きる者達だと言われてる」

「そんな人達が居るんだ……。ガイアは会ったことあるの?」

「まさか。常に前線に立ち戦う国の剣である騎士と、日陰に潜み悪を裁く隠し刀の鴉はまさに対極の存在だ。顔を合わせるわけがない。大体、そもそも鴉の存在自体噂だしな」

「ただの噂にしてはずいぶん具体的だねぇ。ちなみに、なんで名前がカラスなの?」

「変装していない時の仕事着のローブがカラスのように純黒だからだそうだ。貴族は噂も娯楽のひとつだし、それも誰かの作り話かもしれないけどな。さぁ、ひと通り中も見たし、そろそろ一旦外へ……ん?」

「あぁ、やっとお会いできましたねセレスティア様!!!」

「え!?」

 お屋敷から出ようとした途端にバンッと勢い玄関が開いた。と思ったら、いきなり扉からメガネに白衣の男性が飛び込んできて、ぎゅっと私の両手を掴む。え、誰!!?格好的に研究室の人っぽいけど……!

 なんて思ってたら、男性がいきなりビロードの小箱を私の前に差し出し開いた。中から出てきたのは、煌めくダイヤの立派な指輪。

「やはり、この地での研究に志願すればもう一度お会いできるのではないかと思っていました!最早これは運命……!セレスティア様!!初めて貴方にお会いしたあの日、私は貴方に心を奪われてしまいました。貴方が好きです!どうか私の妻になっていただけませんか?」

「え……、えぇぇぇぇぇぇっ!!!?」

 さっきまであんなに静かだったお屋敷に響き渡った私の困惑の絶叫に驚いて、屋根に留まっていたカラスが空へと羽ばたいて行った。

     ~Ep.19 カラス


 
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