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第1章 初恋の彼は、私の運命の人じゃなかった
Ep.14 雷鳴の夜に
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ドキドキして眠れない。
薄い扉一枚でガイアが居る側の寝室から隔てられた一室のベッドで何度目かわからない寝返りを打った。
え?いつも同じ屋根の下で暮らしてるんだろって?そりゃそうだけど、扉一枚越えた隣に好きな人が寝てるっていうこの状況はまた違った緊張感があるんですよ!
「ガイア、もう寝ちゃったかな……」
明日も早いしきっと寝ちゃっただろうなと身体を起こしたら、丁度外から雨の音が聞こえだした。何となく気になってカーディガンを羽織って窓際に近づいたけど、叩きつけるように降っている雨のせいで外の景色はまるで見えなかった。
「わぁ、すっごい雨。夕方から雲行き怪しかったもんなぁ。朝までには止んでくれると良いけど……ん?」
ザァザァと響く雨音に交じってふと聞こえたノックの音に驚いて振り返る。隣の寝室に繋がる扉から、控えめな声が聞こえた。
「セレン、夜分にすまない。起きてるか?」
「ガイア!? えぇ、起きてるわよ。どうぞ」
しっかりとカーディガンの前を閉め直して軽く髪を整えてから、彼にノックされた扉を開く。何かを迷ってるような表情で私側の寝室に入ってきたガイアの服装を見て、ふと首を傾げた。
「どうして騎士団の制服なの?もう真夜中よ」
「あぁ、実はこのホテルに宿泊してる知り合いから呼び出しを受けて……悪いが少しだけ留守にしたいんだ。護衛って立場上、いくら同じホテル内に居るとは言えお前を部屋に一人にさせるのは良くないことだとはわかってはいるんだが……」
「わかったわ、行ってらっしゃい」
胸元に手を当てながらそう話すガイアがあまりにも申し訳なさそうな顔をしてたから、ついそう答えてしまった。惚れた弱味ってやつかしらと、自分の単純さに苦笑する。
ぽかんとした顔でもう一度『いいのか……?』と聞かれたので頷くと、短く感謝を述べたガイアが部屋から出るための扉に手をかける。
「……ありがとう。じゃあ行くから」
そうガイアが立ち去ろうとしたその時だ。不意に、外で一本の雷が落ちた。
(あっ、不味い……っ!)
身体の芯まで揺らすような雷鳴と煌めいた閃光に嫌な記憶がフラッシュバックして、ぐらりと身体が傾ぐ。体勢を保てなくて、そのままナイトテーブルに向かって倒れ込んだ。
私の転倒に巻き込まれて床に落ちたティーセットがガシャンと激しく割れる。
その音に気づいて振り返ったガイアが目を見開いている姿が見えた。
「おいっ、どうした!?」
「な、何でもないの。ちょっとフラついちゃって……っ、嫌ぁぁっ!!」
戻ってきて隣にしゃがんでくれたガイアを安心させる為に笑おうとしたけど、容赦なく連続で落ちてきた雷に耳をふさいで悲鳴を上げてしまう。床にしゃがみこんだまま震えが止まらない私を、ガイアが困った顔で見ていた。
「雷が恐いのか?」
そう聞かれてビクッと肩が跳ねる。上手い誤魔化しも思い付かなくて頷くと、眉尻を下げたガイアが『理由を聞いても?』と続ける。
「ーー……お母様が亡くなったと聞いたあの日が、雷のひどい夜だったの」
「なっ……!」
「わ、私、その時の春休みは屋敷に、実家に帰らなかったの。学院に入ったばかりでちょっと忙しい時期で、帰るのめんどくさくて……どうせ次の長期休みに帰れば家族にはすぐ会えるからって。でもっ、その休みの最後の日、お母様が死んだと執事が言いに来て……っ!それから雷が鳴る度に、こんなことになるならあの時、ちゃんと帰ればよかったって……っ!!!」
出掛けにこんなことで引き留めて困らせたくはないのに、頭を撫でてくれる手の温もりと穏やかな低い声につられて、つい話してしまった。案の定絶句したガイアにこれ以上迷惑かけたくない。
それなのに、口も涙も止まらなかった。
あの時帰らなかった自分の自業自得だと、親不孝な自分が悪かったんだって、誰にも話さずに来たけれど、本当はずっと、誰かにこうやって聞いてほしかったのかもしれない。
ひとしきり泣きじゃくって、とりあえず涙だけはおさまってきた。みっともないけどタオルがないから手で涙を拭って、ガイアの顔を見上げる。話して少しだけ気が楽になったからか、歪だろうけど笑顔を作ることは出来た。
「って、出掛ける時にこんなことで引き留めてごめんね。雷も弱まってきたしもう大丈夫だから、今度こそ行ってらっしゃい」
「ーー……あぁ、わかった」
ため息混じりにそう呟いてガイアが立ち上がる姿に、雷が光る度にまだ肩が震えてる事に気づかれなくて良かったとほっとした。
ーー……のだけれど。次の瞬間ふわりと感じた浮遊感に面食らった。
「えっ!?な、何!?」
「……なんて言うと思ったか?こんな状態の女を一人で置いていける訳が無いだろうが!」
「きゃっ!」
そう怒鳴って私を横抱きにしたガイアは、そのまま部屋にある一番大きなソファーに乱暴に腰かけた。そのせいで、私は座ったガイアの膝の上に抱えられている体勢になってしまう。
何が何だかわからないまま縮こまっていたら、ガイアの腕が優しく私の背中に添えられた。そのままぎゅうっと抱き締められて、一気に顔が熱くなった。
「な、ななっ、何!?いきなりどうしたの……!?」
「『辛い時とかに優しく抱き締めてもらうだけで女の子って安心出来るもの』、……なんだろ?」
優しく囁くように彼が呟いた言葉に抵抗を止める。それは、ナターリエ様をときめかせるひとつの方法として私が彼に教えたことだ。
大人しくなった私を見てガイアがふっと浮かべた微笑みに、とくんと胸が高鳴る。
「安心しろ、俺も朝までこうしてるから」
「で、でもっ、それじゃガイアの約束が……!」
「……構わないさ、『出来たら来てくれ』と言われていただけで絶対に行かなきゃならなかったわけじゃない」
「でも……、ーっ!」
そのタイミングでまた響いた雷に肩が跳ねてガイアにしがみついてしまった私に、彼が『ほら見ろ』と苦笑する。
「……無理をするな。ここには弟達も居ないんだし、強がる必要は無いだろう。安心して休め」
少しだけ抱き締める力を強くして囁かれたその声に、ようやくほっと全身から力が抜けたような気がした。
ポスンと彼の腕に身体を預けると、布越しに触れた胸元からガイアの鼓動が聞こえてくる。
(私の心臓は壊れちゃうんじゃないかってくらい大忙しなのに、ガイアの鼓動はゆっくりだなぁ……音は大きいけど)
つまり、結局ガイアはただ優しさでこうしてくれてるだけで異性としては意識されてないと言うことだ。
ほんの少しだけ寂しいけど、でも……、落ち着いた心臓の音を聞いてるとすごくほっとした。なんだか、本当に眠たくなってきちゃったな……。
うとうとと微睡みながら、もう一度ガイアの顔を見上げる。夜の海みたいな深い青色の双眼に、とろんとした私の間抜け面が写り込んだ。それが妙に嬉しくて、自然と顔が綻んだ。
「ありがとうガイア、おやすみなさい」
「……っ!ーー……あぁ、おやすみ」
ふにゃっとこれまた間抜けに微笑んで目を閉じる。大好きな人の腕の中だからか、まだ微かに聞こえてくる雷はもう全く怖くなかった。
ーーーーーーーーーーーーーーー
「ははっ、無防備な面してんな」
数分と経たずに腕の中ですやすやと寝息を立て始めたセレンの頬を軽く指先でつまみながら、ガイアはひとり呟いた。
ガシャンと響いた音に振り返ったあの時、泣きじゃくるセレンを抱き締めたのは完全に、無意識だった。考えるより先に身体が動いた、とも言える。
「危なっかしくてどうにも放っとけないんだよな、こいつ。ったく、あんま無茶すんなよ?」
「んー……」
独り言同然に語りかけた声に腕の中で身動ぎしたセレンに起こしてしまったかと身構えて顔を覗き込んで、その寝顔がまだ穏やかなことに安堵する。
他人にこんな無条件なお節介をやくなんて、本当に、らしくない。だけど不思議と、悪くないと思えた。
ずっとずっと穴が空いていた心の深い部分がじわりと沸き上がる温かい何かに満たされていくような、芽生え始めたばかりのこの感情の正体を、ガイアはまだ知らない。
~Ep.14 雷鳴の夜に~
「……っ誰だ!?」
それから、女性の身体を冷やしてはいけないとセレンをやはりベッドに寝かせてやろうかと立ち上がったガイアは、不意に廊下から感じた気配に敏感に反応して扉を開いた。しかし、赤い天鵞絨の絨毯がしかれた廊下には誰の姿もなく、気のせいだっただろうかと首を傾ぐ。
「くしゅんっ」
「ーっ!流石に寒いか、ごめんな」
が、セレンが腕の中で小さくこぼしたくしゃみにハッとなる。横抱きにした彼女を見下ろし甘く微笑む自分の横顔を観察されていることに気づかないまま、夜は静かに更けていった。
薄い扉一枚でガイアが居る側の寝室から隔てられた一室のベッドで何度目かわからない寝返りを打った。
え?いつも同じ屋根の下で暮らしてるんだろって?そりゃそうだけど、扉一枚越えた隣に好きな人が寝てるっていうこの状況はまた違った緊張感があるんですよ!
「ガイア、もう寝ちゃったかな……」
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「どうして騎士団の制服なの?もう真夜中よ」
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ぽかんとした顔でもう一度『いいのか……?』と聞かれたので頷くと、短く感謝を述べたガイアが部屋から出るための扉に手をかける。
「……ありがとう。じゃあ行くから」
そうガイアが立ち去ろうとしたその時だ。不意に、外で一本の雷が落ちた。
(あっ、不味い……っ!)
身体の芯まで揺らすような雷鳴と煌めいた閃光に嫌な記憶がフラッシュバックして、ぐらりと身体が傾ぐ。体勢を保てなくて、そのままナイトテーブルに向かって倒れ込んだ。
私の転倒に巻き込まれて床に落ちたティーセットがガシャンと激しく割れる。
その音に気づいて振り返ったガイアが目を見開いている姿が見えた。
「おいっ、どうした!?」
「な、何でもないの。ちょっとフラついちゃって……っ、嫌ぁぁっ!!」
戻ってきて隣にしゃがんでくれたガイアを安心させる為に笑おうとしたけど、容赦なく連続で落ちてきた雷に耳をふさいで悲鳴を上げてしまう。床にしゃがみこんだまま震えが止まらない私を、ガイアが困った顔で見ていた。
「雷が恐いのか?」
そう聞かれてビクッと肩が跳ねる。上手い誤魔化しも思い付かなくて頷くと、眉尻を下げたガイアが『理由を聞いても?』と続ける。
「ーー……お母様が亡くなったと聞いたあの日が、雷のひどい夜だったの」
「なっ……!」
「わ、私、その時の春休みは屋敷に、実家に帰らなかったの。学院に入ったばかりでちょっと忙しい時期で、帰るのめんどくさくて……どうせ次の長期休みに帰れば家族にはすぐ会えるからって。でもっ、その休みの最後の日、お母様が死んだと執事が言いに来て……っ!それから雷が鳴る度に、こんなことになるならあの時、ちゃんと帰ればよかったって……っ!!!」
出掛けにこんなことで引き留めて困らせたくはないのに、頭を撫でてくれる手の温もりと穏やかな低い声につられて、つい話してしまった。案の定絶句したガイアにこれ以上迷惑かけたくない。
それなのに、口も涙も止まらなかった。
あの時帰らなかった自分の自業自得だと、親不孝な自分が悪かったんだって、誰にも話さずに来たけれど、本当はずっと、誰かにこうやって聞いてほしかったのかもしれない。
ひとしきり泣きじゃくって、とりあえず涙だけはおさまってきた。みっともないけどタオルがないから手で涙を拭って、ガイアの顔を見上げる。話して少しだけ気が楽になったからか、歪だろうけど笑顔を作ることは出来た。
「って、出掛ける時にこんなことで引き留めてごめんね。雷も弱まってきたしもう大丈夫だから、今度こそ行ってらっしゃい」
「ーー……あぁ、わかった」
ため息混じりにそう呟いてガイアが立ち上がる姿に、雷が光る度にまだ肩が震えてる事に気づかれなくて良かったとほっとした。
ーー……のだけれど。次の瞬間ふわりと感じた浮遊感に面食らった。
「えっ!?な、何!?」
「……なんて言うと思ったか?こんな状態の女を一人で置いていける訳が無いだろうが!」
「きゃっ!」
そう怒鳴って私を横抱きにしたガイアは、そのまま部屋にある一番大きなソファーに乱暴に腰かけた。そのせいで、私は座ったガイアの膝の上に抱えられている体勢になってしまう。
何が何だかわからないまま縮こまっていたら、ガイアの腕が優しく私の背中に添えられた。そのままぎゅうっと抱き締められて、一気に顔が熱くなった。
「な、ななっ、何!?いきなりどうしたの……!?」
「『辛い時とかに優しく抱き締めてもらうだけで女の子って安心出来るもの』、……なんだろ?」
優しく囁くように彼が呟いた言葉に抵抗を止める。それは、ナターリエ様をときめかせるひとつの方法として私が彼に教えたことだ。
大人しくなった私を見てガイアがふっと浮かべた微笑みに、とくんと胸が高鳴る。
「安心しろ、俺も朝までこうしてるから」
「で、でもっ、それじゃガイアの約束が……!」
「……構わないさ、『出来たら来てくれ』と言われていただけで絶対に行かなきゃならなかったわけじゃない」
「でも……、ーっ!」
そのタイミングでまた響いた雷に肩が跳ねてガイアにしがみついてしまった私に、彼が『ほら見ろ』と苦笑する。
「……無理をするな。ここには弟達も居ないんだし、強がる必要は無いだろう。安心して休め」
少しだけ抱き締める力を強くして囁かれたその声に、ようやくほっと全身から力が抜けたような気がした。
ポスンと彼の腕に身体を預けると、布越しに触れた胸元からガイアの鼓動が聞こえてくる。
(私の心臓は壊れちゃうんじゃないかってくらい大忙しなのに、ガイアの鼓動はゆっくりだなぁ……音は大きいけど)
つまり、結局ガイアはただ優しさでこうしてくれてるだけで異性としては意識されてないと言うことだ。
ほんの少しだけ寂しいけど、でも……、落ち着いた心臓の音を聞いてるとすごくほっとした。なんだか、本当に眠たくなってきちゃったな……。
うとうとと微睡みながら、もう一度ガイアの顔を見上げる。夜の海みたいな深い青色の双眼に、とろんとした私の間抜け面が写り込んだ。それが妙に嬉しくて、自然と顔が綻んだ。
「ありがとうガイア、おやすみなさい」
「……っ!ーー……あぁ、おやすみ」
ふにゃっとこれまた間抜けに微笑んで目を閉じる。大好きな人の腕の中だからか、まだ微かに聞こえてくる雷はもう全く怖くなかった。
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「ははっ、無防備な面してんな」
数分と経たずに腕の中ですやすやと寝息を立て始めたセレンの頬を軽く指先でつまみながら、ガイアはひとり呟いた。
ガシャンと響いた音に振り返ったあの時、泣きじゃくるセレンを抱き締めたのは完全に、無意識だった。考えるより先に身体が動いた、とも言える。
「危なっかしくてどうにも放っとけないんだよな、こいつ。ったく、あんま無茶すんなよ?」
「んー……」
独り言同然に語りかけた声に腕の中で身動ぎしたセレンに起こしてしまったかと身構えて顔を覗き込んで、その寝顔がまだ穏やかなことに安堵する。
他人にこんな無条件なお節介をやくなんて、本当に、らしくない。だけど不思議と、悪くないと思えた。
ずっとずっと穴が空いていた心の深い部分がじわりと沸き上がる温かい何かに満たされていくような、芽生え始めたばかりのこの感情の正体を、ガイアはまだ知らない。
~Ep.14 雷鳴の夜に~
「……っ誰だ!?」
それから、女性の身体を冷やしてはいけないとセレンをやはりベッドに寝かせてやろうかと立ち上がったガイアは、不意に廊下から感じた気配に敏感に反応して扉を開いた。しかし、赤い天鵞絨の絨毯がしかれた廊下には誰の姿もなく、気のせいだっただろうかと首を傾ぐ。
「くしゅんっ」
「ーっ!流石に寒いか、ごめんな」
が、セレンが腕の中で小さくこぼしたくしゃみにハッとなる。横抱きにした彼女を見下ろし甘く微笑む自分の横顔を観察されていることに気づかないまま、夜は静かに更けていった。
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