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第1章 初恋の彼は、私の運命の人じゃなかった

Ep.9 桜の刺繍が繋ぐもの・後編

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「ま、間に合ったぁ……!」

 最後の一針を入れ終えたそのハンカチを広げ、安堵の息を溢す。0時まであと5分、ギリギリ日付が変わる前に直し終わって良かった。
 刺繍をほどいたエプロンの残骸やらなにやらでソファー周りが盛大に散らかったままだけど、それはまぁあとで片付けるとしてまずはこれをガイアに渡さないと!そう勢い良く立ち上がった瞬間ツルッと足が滑った。散らばっていた端切れを踏んじゃったらしい。本当に私って間抜け……!

「きゃっ……!」

「ーっ!危ない!」

 思わず目をつむって身構えたけど、倒れる前に抱き止められてそっと瞳を開く。呆れたような顔のガイアが私を抱き起こしながらため息をついた。

「あ、ありがとうガイア」

「……どういたしまして。で?お前はこんな夜中まで何……を!?」

 呆れた様子で今にもお説教を始めそうなガイアに、直したばかりのハンカチを差し出す。ぴっかぴかに直ったそれを見て、ガイアは大きく目を見開いた。

「お前、これっ……!」

「ふふ、日付が変わる前に渡せてよかったわ。どう?私のお裁縫の腕もなかなかのものでしょう?」

 自慢げに笑って呆けている彼はハンカチを受け取らないままうつむいて、ハッとしたように顔色を変えた。
 『どうしたの?』と聞くより早く、刺繍がなくなって地味になったエプロンを掴んだガイアに肩を掴まれる。

「お前、まさかここからほどいた糸でこれを直したのか!?大切なエプロンだったんじゃないのかよ……!」

  あぁそのことかと笑って、そっと彼の手を両手で包む。にこっと笑うと、ガイアの手がピクリと動いた。でも、振りほどかれたりはしない。

「いいの、エプロンの思い出は、刺繍がなくなってもちゃんと私の中に刻まれてるから大丈夫だよ。それよりガイア、お誕生日おめでとう。プレゼントとはちょっと違うけど、これが私からのお祝いね!」

「えっ……?」

「貴方の生家、うちの領地の近くだったの。だからお父様に調べてもらったんだ。ガイア、今日が貴方の誕生日よ」

「俺の、誕生日……」

 何かを噛み締めるように、私の手に乗っている直ったハンカチをそっと指先でなぞるガイア。その顔が見れただけで、満足感に胸が満たされるような気がした。
 日付が変わるまであと一分。もう一度、彼の瞳を正面から見つめる。『ガイア』と名前を呼ぶと、揺れる眼差しと視線が重なった。

「改めまして、お誕生日おめでとう。それから……、生まれてきてくれて、ありがとう」

「…………っ!」

 言いきったと同時に、日付が変わった合図の鐘が壁掛け時計から響く。そのせいで、彼がなんて答えたのか聞き取れなかった。でも、もう自棄だ。この際だから言いたいこと全部言っちゃえ!と言葉を続ける。

「ねぇガイア、忌み子の“忌み”って嫌われてる人に使う言葉でしょう?私、ガイアの髪好きよ。穏やかな夏の夜空みたいな色で、吸い込まれそうになるもの」

「セレスティア……、だが、俺が忌まわしい存在なことは変わらなーっ!」

「今言ったでしょ?私も、あとルカとルナも、貴方が好きよ。好かれてるなら、もう忌み子じゃないわ」

 『だから、受け取ってくれる?』ともう一度ハンカチを差し出す。ガイアはそれを受け取って、優しく手で包み込んだ。
 そして一度静かに目を閉じて開いてから、改たまった態度で私に向き直る。その眼差しがあんまり真剣で、ちょっと身構えてしまった。

「え、えと、もしかして余計な御世話だった?」

 恐る恐る聞けば、静かに首を横に振ったガイアが微笑んだ。今まで見た中で一番、穏やかな顔で。

「いいや、違う。嬉しいよ、……本当に。ありがとうセレスティア。……いや」

「ん……?」

 そこでふっと一度目をそらしたガイアが小さく咳払いをする。首を傾げていたら、ぽんと頭を撫でられた。

「ありがとう、“セレン”」

「ーっ!!!」

 ぽかんとなったのはほんの一瞬で、初めて愛称を呼んで貰えたことに胸が弾んだ。どうしよう、嬉しい……!

「へへ、喜んでもらえて良かった」

「……っ!?」

 にやける頬を押さえられないままふにゃっと笑って顔を見上げたら、ガイアにバッと顔を逸らされた。解せない。
 でも、何だかちょっとだけ、心が近づいた気がしたそんな夜だった。

   ~Ep.9 桜の刺繍が繋ぐもの・後編~

   『なんの打算もない優しさが、心と心を紡ぎ出す』
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